十八話
部屋の中で時計の針の音が規則正しくなっている中、彼女は話を続ける。
「私は武者修行の一環で東の国よりはるばるこの蒸気都市に来ました。ここでは身寄りのない私をホルダー少佐が目をかけてくださって。彼は『軍』で武勇を馳せた人物でしたが、まだ現役で通るというのに体が思うように動かないからと既に退役していたのです」
「ホルダー少佐……聞いたことあるね。確か、『軍』では珍しく刀と呼ばれる武器を使っていたとか。『白銀号事件』では獅子奮迅の活躍をしたと昔新聞で読んだことがある。部下に慕われ、筋骨隆々の好人物と評判だったかな」
「そうです! あの事件には私も感銘を受けました。あの太刀捌きと豪胆さ、是非とも見習いたいものです……そんな彼は退役後は後進の育成に力を入れていまして、私も彼に弟子入りして鍛えてもらいました」
そう言って力こぶを作る彼女。
見た目では分からないが、こうして言うからには自信があるのだろう。
「でも待てよ? ホルダー少佐といえば、つい二ヶ月前に亡くなっていたはずだ」
「……ええ、探偵殿は流石ですね。あれほどの方、普通ならば大々的にその死を痛まれるべきなのです。しかし、よりによって彼の死に様に問題があり、新聞の片隅に載る程度の扱いにとどまったのです」
「問題? そういえば、新聞には具体的な死因は書かれておらず、ボクも不思議に思っていたが」
シャーリーの疑問にナギサは答えづらそうだった。
竹を割ったような性格に見える彼女が言えないとは、アリスはどれほど恐ろしい死に方だったのか鳴りもしない喉をゴクリとさせる。
「……殺されたのです」
時間にしてみればさほど経っていないだろうが、彼女の神妙な面持ちは長い時間を思わせた。
ふむ、と綺麗な瞳を輝かせて探偵は彼女の言葉に聞き入る。
「喉を一突き。しかも、真正面からの一撃。武勇に優れた人物がほとんど何も抵抗出来ずに殺されたとあっては、彼の今まで築き上げた名声に泥を塗るようなもの。『軍』としても、それは避けたかったのでしょう。だから、聞屋に圧力をかけた。既に軍を抜けたとはいえ、彼の名前はまだまだ有効でしょうから」
「なるほど。当然、『軍』も犯人を探すために躍起になるだろうね……ああ、だから捜査状況を知りたくて警察に査察という名の情報収集を行ったんだろうね。それをまぁ、レストレイド警部は犯人が彼らの中にいると邪推したわけだ。もし、本当に『軍』内部の犯行なら恥を広げないために、警察なんて無視して独自に粛清するだろうに」
この世界に来てからまだ日の浅いアリスからしてみれば彼女たちの会話についていくことは難しく、出来ることなら夫人のもとでお茶を楽しみたかった。
自動人形なので彼女と同じく香り豊かな紅茶を飲むことはできないが、それでも雰囲気を楽しむことは可能なことに昨日気づいたばかり。既に気分は英国婦人だ。
「それで? 貴女はまるで彼の死を間近で見てきたかのように話しましたが。それは何故です」
そんなことは分かりきったことだろうが、彼女はあえて問いただす。
隣の彼女は話半分にティータイムへの思いに胸をときめかせているが、シャーリーは身体中の全神経をナギサの一挙手一投足に集中させている。少しでも彼女から情報を得ようと、回りくどかろうが、真実にたどり着くための最善の一手を彼女は常に選び続けなければいけない。
それは、常人には計り知れない執念だ。
「……それは、」
またしても彼女は言いよどむ。
シャーリーはこの時点である程度彼女の人間性というものを把握しつつあった。
「いえ、言います。言わなければいけないのです。だから、私はここに来たのですから」
しかし、今度は僅かに逡巡しただけで瞳に強い意志を宿らせて言葉を続ける。
「ホルダー少佐が殺された時、私はあの場にいたのです。剣の修行に来ているというのに、目の前で師を殺されるのをただ見ていることしかできなかった。それが悔しくて、とても悔しくて……今でもあの時のことを思えば怒りで何でも斬り伏せることができそうなくらいです」
彼女は腰の無骨な刀の柄に手をかけると、金属の擦れる耳触りの良い音が部屋に反響した。
「もしかして、ナギサさんって犯人を目撃したんですか?」
この街の人間の話題にはついていけないが、殺人事件に関して前知識は必要あるまいとばかりにアリスが横から口を挟む。
それにシャーリーは眉を顰めて不快さを表すが彼女は気づかない。
「え、ええ……」
アリスの生身の人間のような反応に戸惑いを見せるナギサ。どうやらロゼから彼女についての話は聞かされていないようだ。
「えっと、彼女は自動人形なんですよね。探偵殿のお手伝い用でしょうか、それともお気に入りのもので?」
思わず尋ねてしまうのも無理のないことではあったが、アリスからしてみれば今まで部屋のオブジェ程度にしか見られていなかったことに不満顔であった。
忘れてしまいがちだが、この世界の住人は容易にヒトと人形の区別をつけることができる。
ナギサも部屋に入ったときに探偵の隣に座っている人形に驚きはしたが、目的の人物が相当の変わり者でもあると聞かされていたので、そういう趣味なのだと判断していた。
「いいや、彼女は人間だよ。と、いうか君。なにげに酷い決めつけをしていたね」
シャーリーも、ナギサにお人形遊びに興じる子供と思われたことに立腹のようだ。
二対のジト目が異国の剣士に突き刺さる。
「いや、申し訳ありません! お願いをする身でありながら、なんと不届きな考えをしていたのか……ロゼの奴も人が悪い。馬車の中であんなことを言うから」
「あんなこと?」
シャーリーの目がさらに険しくなる。
基本的に傲慢さを着て街を闊歩する彼女とロゼは仲が悪いのだ。尊重するときもあれば、こうして互いにいがみ合うことなど日常茶飯事で、今回はそれにナギサがとばっちりを受けてしまった。
「その、何でもないです。はい」
俯いて小さくなるナギサに何の落ち度もないはずだが、それでも素直に自分を反省するのは彼女の美徳である。
「まぁいい。アリス、君も話をしっかり聞いていたまえ。中途半端なタイミングで茶々を入れるのは感心しないな」
「うぅ、だって私の分からないことばかり話すんだもん」
流れない涙を流すフリをしてシャーリーに抗議する。
その様子を、やはりナギサは驚きながら見ているのだが、今度は余計なことを言うわけにはいかないと口を真一文字に結ぶ。
「分かった分かった、後できちんと説明するから。で、話を戻すよ。アリスも聞いたけど、ナギサさんはホルダー少佐を殺害した犯人を見たんだね」
「はい、あれは間違いありません。今となっては憤りしかありませんが、我が師を死に至らしめたのは――少佐の家にいた自動人形なのです」
「自動人形……」
「彼女……いえ、アレは私が来る前から少佐の家で家事を担当していた人形でした。流石は少佐の雇っていた人形だけあって他のものとは違い、こと戦闘に関しては軍用のものでも相手にならないくらいで……あの夜、少佐を殺した人形は私なんて目もくれずに何処かへ消えてしまったのですが」
「その人形の武装は?」
「この刀とまではいきませんが、それなりの長さの刃物だけです。少佐は人形にも自分の技術を叩き込んでいたようです。一度手合わせをしたことがありますが、お恥ずかしながら負けてしまいまして」
頬を掻きながら赤くなるも、その表情はどこかやるせないものを感じさせた。
「うんうん、これなら私にも分かるよ。その人形があれでしょ、えっと『リッパー』だっけ? ナギサさんの前から消えたあと暴走でもしちゃったのかな」
「おそらくそうだと思います。聞く所によると、今までの被害者の傷口は相当腕の立つ者でなければ無理なほど鋭いとか。あの人形ならばそれは可能かと」
「……なるほど。うん、警部の依頼もあるし、ナギサさんの話も合わせると事件のあらましも見えてきそうだ。そうなると、ボクがやらなければいけないのは絶賛逃亡中の自動人形の発見かな」
「お願い、できますか?」
「いいでしょう。この依頼、お受けします」
心配そうに上目遣いになるナギサに向かって、蒸気都市で唯一の名探偵は自信満々に頷くのだった。




