十七話
「探偵、いるか?」
そう言って部屋の扉を開けたのは、今まさに話題に挙がっていたロゼ中尉であった。彼女の後ろにもう一人いるが、フードを目深にかぶっていて素顔は見えない。
「あっ、これはこれは中尉殿。今朝方ぶりでございますなぁ」
レストレイドが媚を売るように座っていた椅子を彼女に促すも、直前まで男が尻を置いていたところに座りたい女性などいるはずもなく。露骨に嫌な顔をしてロゼは彼の言葉を無視して後ろに控えている人間に時間を確認する。
「ちっ、警察がいたのか……どうする。また出直すか?」
アリスの位置からはロゼの影となってよくは見えないが、謎の人物の外套から覗く服に自然と視線を奪われた。
アレはそう。時代劇や昔の衣装の貸出で見かけた和服というやつではなかったか。
「はぁ……そちらの話は終わりそうか? できることなら警察のいない環境で話をしたいのだが」
「残念ながら、私も今来たばかりでしてねぇ。私に遠慮なさらずに話をされていかれては? 警察と軍、たまには仲良くしましょうよ」
レストレイドは抜け目のない捕食者のように厭らしい目つきでロゼに近寄り、彼女の後ろにいる人間の人相も隙あらばチェックしようとする。
しかし、それは堅物な軍人によって阻まれた。
「結構。互いに街に力を持つ者同士、適切な距離感は大事だからな。そちらが先に来ていたのだから、さっさと話を済ませるといい。我々はその間、外で待たせてもらう」
シャーリーとアリスの住むアパルトマンの外には軍用の蒸気馬車が排熱の煙をもくもくと立ち上がらせているところであった。
馬車と名がついてはいるものの、車輪を回転させる動力源はきちんとした機関であり現代でいうところの自動車となんら違いはない。
走るときに独特なトルク音が鳴り、シャーリーはその音で前もってロゼたちの来訪を察知していた。
「いや、その必要はないよ。レストレイド警部の話も終わったところだし、これから帰るところだったんだよね」
椅子に体を沈めながら小柄な探偵は、警部に向かって出口の扉を指差す。
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ話は終わっていませんって!」
「どうせ事件の捜査を手伝ってくれって言うんだろう? 警部から得られる情報も大したものがないようだし、その懐に忍ばせてあるうっすい捜査資料をボクに渡して帰りたまえ」
彼女の指摘に思わず胸の内ポケットを抑えてしまう警部。
何故分かった、まるでそう言っているかのような姿を見て愉快そうに喉を鳴らすシャーリーは猫を連想させる。
「はぅ、かわいい……」
「?」
アリスの堪らず漏れ出た呟きに白い目を向ける軍人。
だが、こうなってしまえば遠慮はいらない。気を取り直してロゼはレストレイドの肩を掴み、実に良い笑顔で彼の体を出口へと押しやる。
「そういうことだ。その資料を渡して事件の捜査に戻るんだな」
渋々出された数枚の紙を受け取りシャーリーに渡す。何か言いたげな顔をするレストレイドだが、相手が軍の士官では分が悪く、歯ぎしりをして悔しそうに体を震わすだけだった。
「本当に情報が少ないな。これは自分で一から調べた方が良いかも……待った警部。帰る前に、捜査費用はいつもどおり後から請求するけど領収書は君宛でいいのかい?」
「どうぞご自由に!」
捨て台詞のように吐き出された言葉と共に警部は乱暴に扉を開けて出ていく。
折角、アリスに頼みごとをされ恩着せがましく話をしようとしたのにロゼの登場で目算がくるってしまった。
もっとも、そのことで誰も同情を寄せたりはしないのだが。
「まったく、無駄な時間を過ごしてしまった。こちらは警察ほど暇じゃないというのに」
ロゼが長く美しい髪をかきあげてため息をつく。
その姿はさる高名な芸術家の作品から抜け出てきた女神のようで、アリスは眼福眼福と頷いている。ただし、この女神は戦の加護のついた軍神だが。
「しかし、良いのかい? 警部は今回の事件に『軍』が絡んでいると見当違いの憶測を立てていたけど。これでより一層、警察が犯人にたどり着かなくなりそうで心配だよ」
「え? だって不自然な介入だって警部さん言ってたけど」
アリスは先ほどのレストレイドの話を聞いて、そういう『きな臭さ』を感じたものだが彼女の考えでは違うらしい。
「確かに彼の話だけ聞けばね。だけど、何事も多面的に見ていかないと真実からは程遠くなってしまう……中尉、今話題の『リッパー』には軍はどう関わっているのかい?」
「それを今から話す」
ロゼは後ろでずっと事の成り行きを見守っていた人物を紹介する。
隣にロゼが並んでいるせいで小さく見えがちだが、近くで見るとそれなりに背丈があるようだ。
「初めまして。私はナギサといいます。実は街でご高名なシェリンフォード殿に頼みがあって参りました」
外套を脱いだ姿はまさに和を感じさせる装いで、腰に下げた鞘から見えるのは余計な物がついてはいるが日本刀を思わせる。
顔立ちもアリスにとって見慣れた造りをしており、まさかの同郷かと驚く。
この西洋の雰囲気に似つかわしくない格好の登場人物にアリスは混乱するも、その見た目から親しみを感じずにはいられなかった。
「まぁ、ここいらではあまり見ない東の国の人間だが、彼女は昔『軍』に在籍していた士官から剣の手ほどきを受けていてね。その繋がりで今も時々ではあるが彼女と一緒に鍛錬を積むこともある……それで『リッパー』についてだが、軍自体に関わりはない。あるとすれば――」
ロゼは隣に立つ凛とした佇まいの彼女を見やる。
軍人と剣士。銀と黒。すっと伸びた背筋の彼女たちは文化系のアリスには眩しく映った。
シャーリーも彼女の姿に驚いたのか、目を見開いたかと思えば何かを考え始める。
「依頼内容については直接本人に聞いてくれ。私は残念ながら彼女の頼みに付き合うことは出来ないんだ」
「例の学派についてかい?」
「……流石だな。さっきの刑事に対してもそうだが、貴様はよく色んなことに気づく。その調子で彼女の頼みも解決してやってくれないか」
ナギサとは個人的な繋がりもあるのだろう。
今まで見せてきた威圧的な態度は鳴りを潜め、心からシャーリーに頼んでいるように見えた。
そんな彼女の様子に面食らうも、この異国から来た剣客に興味をもったのか二つ返事で了承する。
「すまない……それではナギサ、私はついてやれないが、その、見つかるといいな」
「ありがとう。ロゼもお勤めをしっかりとな」
挨拶もそこそこに銀髪の軍人は部屋を出る。
予定ではナギサを紹介だけして仕事に戻るつもりが、レストレイドのせいで数分のロスをしてしまっていた。
家を離れていく機関音を聞きながら、彼女は探偵に向き直る。
「それでは、詳しい話をしたいと思います」
墨を垂らしたような漆黒の髪。柳のような眉は彼女の意志の強さを感じさせる。
しっかりと胸元をしめた服は彼女の生真面目さの表れだろう。
「探偵殿にはある自動人形を探し出して欲しいのです。そして、おそらくはソレが『リッパー』だと思います」




