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七話

「はぁ……」


 豪奢な机の上で、銀髪の女が目の前の少女と関わりたくないとばかりに重たい息を吐く。

 それを受けた少女はそんな彼女の苦悩などどこ吹く風で、自分の癖の強い髪を弄ってはむくれたような視線を部屋の隅になんとなく向けていた。


 ここはファルガ広場の北側にあるギャラリの一室。商業エリアを通るレンジストリートに並ぶ荘厳な建物の中でも一際作りの立派な場所に二人の女性と一人の男、そして一体の人形が集まっている。。

 普段は画家の作品を展示しているのだが、会議のできる大広間から密談に最適なこぢんまりとした部屋など数多く存在しており、近くで商いをしている商人たちがよく使用している。

 今は、出番のなかった『軍』の今回の指揮を担当予定だった女性軍人を納得させるための説明をする場所を探していたジョーンズが、ギャラリの支配人に頭を下げて使わせてもらっているところだ。


「つまりは、銀行強盗を企てた愚か者が強行手段にでなければこうはならなかったと?」


「ええ、確かに被害は、まぁ多少は出てしまいましたが。必要なことだと思っています」


「アレを『多少』と言い切る貴様の感性を疑うよ。それとも、そこのチビッ子をかばっているつもりか。そうだとしたら見当違いも甚だしいな」


 強気な態度の彼女は王立陸軍に所属するロゼ・ラヴェル中尉という。

 艶やかな銀の長い髪は見る者の心を虜にし、整った顔は彫像のように理想の美を表している。その見た目もあって『軍』では半ば広告塔のような扱いを受けることが多く、一部の男からは絶大な人気があったりする。

 また、ラヴェル家は代々由緒正しい軍人の家系で、厳格な家訓の元育った彼女もまた融通の効かない性格なこともあり、自由なシャーリーとは反りの合わないことがしばしばあった。


「自分で言うのも癪だが。この程度の失態で揺らぐ信頼など、この探偵にはないだろうが。そんなことは貴様自身も知っていることだろうに」


 だが、杓子定規な性格だからこそ認めるべき事実はしっかりと認め、相手を賞賛するだけの度量は持ち合わせているのは彼女の美徳か。

 しかし、そんな彼女の言葉も探偵の前にはイヤミに聞こえたようで、頬を膨らませながら醜い言い訳をし始める。


「そもそも、君たちがもっと早く来てくれればボクもあんな手段を取りはしなかったさ。ロゼ中尉は知らないかもしれないが、探偵というものは謎を解くことこそあれ、あんな無謀は専門外なのだよ」


「貴様ッ――」


「まぁまぁ、中尉落ち着いて。シャーリーさんも、あまりそういうことは言わない方がいいですよ。彼女だって早く出動したかったでしょうし、色々制約があるのは貴女も知っているでしょう」


 様々な武装を認められているだけあって『軍』の出動には面倒臭い許可を取らねばならない。そのため、緊急事態にすぐさま現場に行くことは難しいのが現状だ。


「ふん、勿論知っているとも」


「やれやれ……それで、これからどうしましょうか。既に撤退を始めているとはいえ、局所的ながら武力介入の申請をしてしまった以上、議会うえへの報告はしなければいけないんでしょう?」


「ああ、そのことだが。一度犯人の身柄をこちらに渡して欲しい」


「やはりそうなりますか。確かに事件の発端を考えるとそうならざるをえませんものね。特に……」


 そこまで言って、ジョーンズは苦々しい顔をする。

 確かに騒ぎは沈静化した。暴れていたグサーノも逮捕した。それにも関わらず、警部と探偵の表情が暗いのは決してロゼとの対談だけが理由ではなかった。


「グサーノと共謀した男の逃走を許してしまった今となっては――!」


 あの騒ぎが起きたとき、グサーノに銀行強盗の話を持ちかけた『負け犬(ルーザー)』ことジョン・クレイは残りの部下を見捨てて逃げ出していたのである。

 気づいたのはグサーノを逮捕して残りの者と一緒に連行しようとしたときで、今は手遅れになってしまったが緊急配備を敷いているところだった。


「だから言っただろう? あの男はこの街で四番目に悪賢くて注意が必要だと」


 シャーリーがぶっきらぼうに言うが、だからといって彼女もあの男に対する警戒を疎かにしていた事実は変わらない。

 そのことを追及しようものなら、ますます彼女の機嫌は悪くなってしまうので、ジョーンズはそっと心に留めておいた。


「あのぉ……」


 遠慮がちな涼やかな声が部屋に響く。

 それは聞く者の気持ちを安らげるような心地よさがあったが、この場では何の効果も得られなかった。


「ところで、私はどうしてここにいるのでしょうか」


 目立たないように背中を丸めていた『彼女』は、話がいっこうに自分に向けられないのがじれったくなって声を上げた。

 シャーリーによって破かれた服はそのままで、所々人の肌を模した樹脂で覆われた白い体が見え隠れし、ジョーンズは気まずそうに咳払いをする。


「ふむ、確かに話に出ていたように人形とは思えないほど違和感の強い奴のようだ。自我を持ち、決められた範囲でだが自由に活動する人形は『うち』にもいる。しかし、こうまで人の様子を伺える奴はいないな」


「シャーリーさんは何か知っているようでしたが」


「あー、そうだね。君たちに詳細を話すつもりはないけど」


「そういう人を食った態度はやめたらどうだ探偵。被害が出ている以上、その人形も無関係ではないんだぞ」


 あまり触れられて欲しくないらしく、シャーリーは『彼女』を一瞥しただけでそっぽを向いてしまった。

 真紅の生地に金の刺繍を施した椅子に両足を乗せて特徴的な座り方をする彼女にキュンと胸をときめかせる『彼女』だったが、ロゼの言葉に違和感を覚え、恐る恐る質問をする。

 初対面だが、険のあるロゼにびびっているらしい。


「えっと、あの、人形って何のことですか。なんか私に向けて言っているみたいなんですけど……」


「驚いた。まさか、自分が人形だという自覚もないのか。いや、そういう風にインプットされているだけなのか?」


「しかし、先程の騒ぎでもそうでしたが真に迫った様子でしたよ」


 ジョーンズはグサーノと『彼女』のやり取りを思い出して感じたことを言った。


「まるで、そう、誰かの魂が乗り移ったみたいに」


 彼の発言にシャーリーはピクっと形のいい眉を上げ何か言いたそうにこちらを見るも、結局その言葉を口に出しはしなかった。


「ハハハ、皆さん冗談きついっすね。私は正真正銘人間ですよ? 見れば分かるじゃないですか」


「……まぁ、見た目ならば人間と見分けがつかないのが増えてきてはいるが。しかし、流石にその瞳は生身の人間のものじゃないだろう」


「え?」


 そうは言われても自分では確かめようがない。

 困ったようにあたりを見回すと、シャーリーがその小さな手に手鏡を乗せて渡してきた。


「ん……」


 見てみろと言わんばかりに押し付けるが、何故か悲しそうな表情で『彼女』を見ようとはしない。


「借りてもいいのかな……どれどれ」


 何やら年季の入った手鏡で、裏に誰かのサインが入っていた。シャーリーにとって大切なものだというのが、丁寧に手入れをしてあることからも伝わった。

 そして、鏡を見た『彼女』が最初に思ったのは、どこかで会ったことのある顔だなという疑問だった。


「どこだったかな。そんな昔ではなかった気がするけど……」


 そんな呑気なことを考えていたのは最初のうちだけで、次第に別の疑問が沸いてきた。


「んんん? もしかして私ってば異世界転移じゃなくて異世界転生をしちゃったの!?」


 転移と転生。どちらも似て非なるもの。『彼女』は目覚めた瞬間から自由に身動きできることから赤ちゃんからスタートの転生ではないと判断した。だからこそ、死にかけの状態での転移だと思いギャアギャア騒いでいたのだ。しかし、こうして鏡で自分の姿を映し出して見ると、どこからどう見ても生前の冴えない姿ではなかった。


「またよく分からないことを言っている」


 ジョーンズは肩をすくめてシャーリーの方を見るが、彼女は彼女で何か別のことに驚いているようだった。


「ちょっと待った。君、自分の置かれている状況を理解しているのかい?」


「うん? まぁ、なんとなくは。私の考えがあっているかは分からないけど、前の自分は死んで新しく生まれ変わったのかなぁって」


「……驚いた。そうか、それならば色々と説明してあげた方がいいのかもしれないな」


「待ってくれ。何を勝手に話を進めているんだ。この人形も当然我らが回収するに決まっているだろう」


 ロゼが不服そうに間に割って入る。

 しかし、シャーリーはそんな彼女のことなど眼中にない様子で食い気味に『彼女』に迫る。


「いやいや、『彼女』はボクの方で面倒を見るべきだ。その方がきっと上手くいくし、面倒事もいくつか早期に対処可能だ。そういえば、まだ名前を聞いていなかったね。今の君の名前はなんと言うんだい」


「名前……?」


 あれ。私の名前ってなんだっけ。自分がどういう人間かは覚えている。しかし、肝心の名前だけはどうしても思い出すことが出来なかった。


「私の、名前は……」


 頭に鈍い痛みが広がり、深く考えることができない。

 ズキッ――火花が散ったかのような感覚に意識は遠のき、体に力が入らなくなる。


 最後に見たのは、慌てて自分に駆け寄る三人の姿だった。

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