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アップル・ヘッド


 さて、お(きさき)さまは魔法の鏡の前で考えます。どうすれば白雪姫は、リンゴを食べてくれるでしょうか。

 「.......」

しかし、いくら考えてもいい案は浮かびません。

 「鏡よ鏡、壁にかかっている鏡よ。白雪姫に毒リンゴを食べさせるには、どうすればいい?」


 『あの白雪姫にリンゴを食べさせる方法はありません。彼女はリンゴに触れるだけで気を失ってしまうほど、世界で一番リンゴを嫌っているのです』


 正直者の魔法の鏡は単調に答えを返しますが、お妃さまは不機嫌に靴の踵を鳴らします。それを見て魔法の鏡は言葉を続けます。


 『最もいいのは、リンゴ以外の果物で毒を盛ることです』


 「それができたら、もうやっている」

なんとお妃さまは、リンゴ以外の物を毒にすることができなかったのです。ですから、お妃さまはどうにかして白雪姫にリンゴを食べさせようと考えますが、やっぱりいい案は思い浮かびませんでした。

「こうなっては、過去に戻って育て直すしかないね」

 お妃さまは何やら怪しげな魔法の道具をいくつも持ち出してくると、魔法の鏡の前で長い呪文を唱えました。それは到底記述することが困難な魔法の言葉で、嵐に打ち砕かれる海の音や魚がぽちゃりと尾びれを返す様を連想させるような奇天烈(キテレツ)なものでした。

 「......ヤー!」

とうとう長い呪文の最後を唱え終えると、お妃さまは両手を空へ突き出して、空に向かって吠えました。それに驚いて、石造りの建物がぴしりと小さく鳴りました。



 「どうやら、うまくいったようだね」

 窓から庭の木々を見てお妃さまはニヤリと口元を歪めます。

 そこは二年前のお城、白雪姫がまだ五歳の頃でした。

 お妃さまは気品のある老女に化けると、長い髪をひっつめてお城の厨房へ向かいました。

 そこでは案の定、今より二歳若いお妃さまがせっせとアップルパイを作っている最中でした。給仕係に化けたお妃さまは、廊下まで漂ってくるシナモンとリンゴとバターの匂いを吸い込み、思わず笑顔になりました。

 「失礼します、奥様」

「おや、年寄りの給仕係が私に何の用だい」

 昔のお妃さまは途端に目をつり上げて高飛車に言いました。給仕係のお婆さんは、強ばった笑顔でにっこりとお妃さまに笑いかけます。

「奥様はリンゴのお料理がお上手で、姫様に作って差し上げていますでしょう」

「ん?よく見ると、私はお前のような年寄りの給仕係は知らないね。どうして私が白雪姫にリンゴ料理を作っていることを知っているんだい」

「私は今日からここで働かせていただいている者です。そして、奥様がリンゴ好きで姫様を可愛がっていらっしゃるのは、国の者なら知らない訳がありません」

「そうかい。で、私に何の用だい」

 こほん、と咳払いをして給仕係はさも心配そうな顔でこう言いました。


 「美味しいものでも、あまり与えすぎるといけません。パイを食べ過ぎると、私の孫のようにまんまるのハンプティ・ダンプティになってしまいますよ」


 お妃さまは給仕係の言葉に眉尻を吊り上げて変な顔をしました。

「私のかわいい白雪は、お前の孫のようにはならないよ」


 「遠くの国の花売りの娘が、リンゴを食べ過ぎて顔が真っ赤になってしまったそうですよ。彼女のあだ名は『アップル・ヘッド』。あまりに美味しそうだから、ネズミがガリガリ食べてしまった」


 今度は顔を青くして、お妃さまは言いました。

「あら、まあ。私はそんな話、聞いたことがない。けれど、もしも白雪姫がそうなってしまっては大変だわ。よし。お前の忠告を聞いて、白雪姫にはリンゴを与えすぎないようにしよう」

 給仕係のお婆さんは、安心したように一息つくと、うやうやしくお辞儀をして厨房を出ていきました。


 「これで白雪姫はリンゴ嫌いにならないはず」



 給仕係に化けていたお妃さまは、ニヤリと笑ってもとの時間に帰ってきました。

 そうして早速物売りの少女に化けると、白雪姫がいる七つ山向こうの七人の小人のところへ向かいました。


 ――トントントン

 「誰かいませんか?」

「あら、可愛い果物売りさん。何かご用?」

「どうか、私のリンゴを買ってください。この、かごにいっぱいのリンゴをすべて売らないと家に入れてもらえないんです」

「まあ可哀想に、それが最後の一個なの?」

「ええ」

「それじゃあ、それを頂きましょう」

 白雪姫はにっこり笑って、美味しそうに色付いた大きなリンゴを受けとりました。


 お城に戻ったお妃さまは、いの一番に鏡に話しかけます。

「鏡よ鏡、壁にかかっている鏡よ。この世で一番美しいのは誰だい」


 『お妃さま、ここではあなたがいちばんうつくしい。けれども、七つ山向こうに住んでいる七人の小人の家にいる白雪姫は、千倍もうつくしい』


 それを聞いたお妃さまは、驚いて後ずさりました。

「ど、どうして?過去は変えたはずなのに、白雪姫はリンゴを食べていないのかい」



 一方その頃、白雪姫。

「そういえば今日、物売りの女の子から真っ赤なリンゴを貰ったの」

一人目の小人が聞きました。

「そのリンゴを食べなかったのかい?」

「ええ」

二人目の小人が聞きました。

「どうして?」

「今朝のご飯にリンゴパイが出たんですもの」

三人目の小人が聞きました。

「リンゴパイを食べたあと、リンゴを食べてはいけないのかい?」

すると白雪姫は、可愛らしく小首をかしげて言いました。


 「だって、リンゴをたくさん食べると真っ赤な顔の『アップル・ヘッド』になってしまうのでしょう?私はネズミに食べられたくなんてないわ」


 小人たちは顔を見合わせてしまいました。だって、そんな話は聞いたことがありません。

四人目の小人が言いました。

「白雪姫、よかったらそのリンゴを貸してもらえるかい?」

「はい、どうぞ」

 白雪姫から大きな赤いリンゴを受け取った小人は、目を真ん丸にして甲高く叫びました。

「これは、魔法のかかったリンゴだね。もし食べていたら、魔法の毒で一息に死んでしまっていただろう」

五人目の小人が言いました。

「いや、全く。命拾いをしたね、白雪姫」

それに続いて、六人目の小人も言いました。

「君に奇妙な話を聞かせた人に、感謝しなくては」

七人目の小人が、感慨深く頷いて言いました。

「その人が、君を悪いお妃さまの魔法から救ったんだ」



 そうして小人たちは毒リンゴをすっかり地面に埋めてしまうと、白雪姫と一緒に熱いアップルティーを飲みました。

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