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勇者が現世で人助けをするようです。  作者: 田舎のパエリア
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第一話「勇者は勇者をやり直すようです」

 「——だから、俺は勇者だっていっているだろう!」


 雲一つない青空の下、多くの人々が忙しなく移動し、他者と会話し、生活している。

 このいつも通りの平和な日常の中で、一人の男の怒声が響き渡った。


 「あぁ、はいはい、もうわかったから。早く住所と名前を教えてくれる?」

 

 全身を黒を基調とした服で統一し、マントを羽織った「勇者」アルマは、水色の服を着た二人の男と長机を挟み、睨みあっていた。———もっとも、睨んでいるのはアルマだけであり、相手の二人は面倒くさそうな顔で、彼を見ているだけなのだが。


 「俺の名前はアルマで!生まれ育った地はガルータ村だ!何度も言っているだろ!」


 「こちらも何度も言っているでしょ、君の名前はともかくとして、そんな村は存在しないの。いい加減本当のことを言ってくれないかな。私たちも暇じゃないんだよ。」


 アルマは長机を勢いよく叩いて立ち上がり、彼の言葉を聞いた男はやれやれといった風に首を振る。

 この世界にアルマが召喚されてから約三時間、そのうちの約一時間を、彼は小さな鉄筋の建物————もとい、交番の中で過ごしていた。

 考えれば当然のことだ。街中のど真ん中で、明らかにおかしな格好をした人間が、腰に剣を差して突っ立っているのだ。それだけならまだしも、道行く人に決死の形相で、「敵は!?どうなった!?それに、どこなんだここは!」などと、何度も何度も聞いていれば、通報されるに決まっている。

 その後は、二人の身体つきの良い警察に交番まで連れてこられ、こうして取り調べを受けつづけ、今に至る———二時間たった今でも、進展は全くしていないのだが。


 「…っんとに、いい加減にしないと———」


 ついに我慢の限界を迎えたアルマが、警察官に詰め寄ろうと声を張り上げたが。

 ———その声は、窓の外で起きた閃光と激しい爆発音によって掻き消された。



 「なっ、なんだ!?」


 アルマの真正面にいた、二人の警察官が狼狽し動揺を隠せないまま、交番の外に出て状況を確認しに行き、アルマも理解が追い付かぬままその後を追う。

 ———どうやら、爆発の源は交番の向かい側に位置する大きな建物———銀行からのようだった。

 

 「おい!とにかく署に連絡して、消防車と救急車を呼べ!俺は様子を見てくる!」


 警察の一人が口早にもう一人の警官に指示を飛ばした後、アルマに向かって、


 「危ないから君は建物の中に入ってそのまま動かないように」


 「なっ、ちょっと待っ———」


 警官の指示に反論しようとするも、彼はすでに銀行に向かって走り始めており、その場に残されたアルマの思考はすでに限界を超えていた。


 「…っっ!!あぁ!もう何だってんだよ!」


 もう、何がどうなっているのか訳が分からない。

 敵に負けて殺されたかと思えば、気づけば見知らぬ土地で一人きり。

 状況を探ろうにも、ここの住人は自分の話など相手にしてくれず、挙句の果てにはいきなり爆発が起きて、何も教えられないままこの場に取り残された。

 この状況で何を理解しろというのか。

 

 「くそっ、ダメだダメだ!考えを止めるな!まずは行動だ!とにかくさっきの男に合流してもう一度話をしないと!」


 思考の停止を拒絶し、行動すれば活路が見いだせるはずだと自分に言い聞かせる。

 そして、先ほどの爆発の源へと向かっていった男にもう一度会うために、アルマも向かいの建物に歩を進めようとした———だが。


 アルマが銀行のほうへと振り向いた瞬間、乾いた発砲音が鳴り響き、建物に向かっていた筈の男が小さな呻き声と共に地面へと倒れこんだ。

 倒れた男は、うつ伏せのまま停止し、彼の身体の下からは夥しいほどの血が流れ、その血は瞬く間に道路に広がっていく。


 「おいっ!大丈夫かお前!!!」


 次々と輪をかけて、理解不能の出来事が襲ってくる。

 だが、この状況、この焦りと恐怖には覚えがある。

 自分が育った村に敵が押し寄せ、なすすべなく殺されていく人々、救いたくても救えなかった災厄の日。

 そして自分自身の無力を嘆いた、忌まわしき後悔と懺悔の記憶だ。


 「……っ!意識はあるか!しっかりしろ!」


 過去の恐怖を振り払い、倒れた男に声をかける。

 半ば祈るように男の手を握り、反応してくれるのを待つ。


 「……っぁ…」


 「よし!大丈夫だ!待ってろ、すぐに治療してやるから!」


 アルマの祈りが通じたのか、意識が回復した男に心から安堵するアルマ。

 急いで治療しようと、男を連れてこの場から離れようとするが、その時、アルマにとっては聞いたことのない———だが、何度も何度も感じたことのある声が、彼の耳に響いてきた。


 「あれぇ~威嚇射撃のつもりだったのに、当たっちゃったか~。よほど運がなかったんだろうねぇ」


 「無駄口を叩くな、金は回収したんだ。さっさとずらかるぞ」


 「そうですよ、早く行きましょ。応援呼ばれたら面倒ですし」


 銀行の入り口から現れたのは、黒い服に身を包んだ三人の人間。

 顔は見えないが彼らの声、特に今、最初に喋った人間の声は幾度となく聞いたことがある。

 薄汚く、劣悪で自分勝手、そして、アルマが最も嫌悪する、命を軽んじる者の声だ。

 

 「……なるほど、そういうことかよ」


 アルマは小さく呟き、傷ついた男を、本部への連絡を終えた二人目の警官に預けた後、警官の制止の声を無視して、黒服の三人に近づいていく。深く、ゆっくりと息を整えながら、現状を確認する。


 ———大丈夫。まだ、誰も死んでいない。そして、敵もまだ、逃げていない。


 ———だから、この『クエスト』はまだ、失敗しちゃいない。


 「おい…ちょっと待てよ」


 建物から奪ってきたであろう荷物を車に積みこみ、今にも逃亡しようとしていた敵に向かって話しかける。怒りを鎮め、恐怖を押し込んだ、静かな声で。


 「ん~、なんだぁ~お前、殺されたいのかぁ?」


 拳銃を持った男が、アルマの呼びかけに対して、非人道的な質問で返してくる。

 聞けば聞くほど不愉快な声だ。あの時の記憶がよみがえってくる。あの時の後悔も悲しみも全て。

 

 ———だから、今回は笑って答えてやる。

 

 ———二度と同じ思いをしないように。


 ———全てを守り、救い、助けられるように。


 「俺の名前はアルマ、お前らを討伐しにきた———『勇者』だよ———」

 

 




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