第零話 「勇者が異世界転生したようです」
ドスリ。
直径三十メートルはあるであろう、大きな楕円形の広場。その中心で、銀色に光る剣先が鈍い音を立てて、一人の男の心臓を貫いた。
傷口から流れ出した鮮血が地面を真っ赤に染め、刃は彼の身体の自由を奪っていく。
四肢が完全に麻痺し、刃が身体から抜かれると同時に膝から崩れ落ち、その勢いを止められぬまま地面へと倒れこむ。視界が狭まり、周りの音もほとんど聞こえない。命の終わりが近いことが、自分自身でも理解できた。
「……ち、くしょう。」
彼が発した言葉はか細く、誰の耳にも聞こえることはない。
彼に刃を突き刺した相手にも。
二人の周りに倒れている、既に息絶えた三人の仲間にも。
薄れていく意識の中で、大粒の涙を浮かべながら、微かに唇を動かす。
「…ご、ぇんな…。」
共に戦った仲間に向けて、そして遠く離れた場所にいる、愛する人たちに向けて、彼はもう一度声を上げる。
「…助け…られなくて。」
守れなかった悔しさ、救いたいものを救えなかった無力感、自らの後悔と自責の念に押しつぶされながら、「勇者」アルマはその生涯を終えた。
———かと思われたのだが…。
「……な、んだこれ。」
目覚めたアルマが目にしたのは、天高くそびえたつ建物、高速で移動する鉄のような物体、全身黒色の服のおかしな格好をした人間たち。彼の記憶からでは見たことのない物が、次々と視界に入ってくる。
それだけではない、アルマの目の前を横切る多くの人が、彼の姿を指さして笑い、物珍しそうに観察している。彼の中では至極真っ当な、腰に剣を差し、マントを背中に羽織ったこの服装を。
アルマにとっては、何一つ理解できない状況であるが、それは仕方のないことだろう。
———つまり「勇者」アルマは転生したのだ。多様な生き物が生息し、高度な技術を持つ「人間」達が住んでいる、二十一世紀の日本という「異世界」に。