30 『エルフ製浴槽で大洪水』
タオルの場所を聞くために地下に向かった僕。
そこではドクターがてくてくと怪しい機械の並んだ研究室の中を歩いていた。
「これはシオン、お風呂はどうだったです?」
「僕はシャワーを浴びただけだけどね。すっきりしたよ」
「それは良かったです」
「出来れば温水の方が良かったけどね」
「それは考えとくです。予算と時間には限りがあるですからね」
確かにそれもそうか。
とはいえ生活に関わる部分だから優先すべきだと思うんだけどね。
人とエルフ、そして神では生活様式が異なるからなのかな。
それか、明らかにおかしな方向へ予算と時間が使われているかだ。
うん、後者の可能性も捨てきれないな。
「ところでその、カノンって女の子だったんだね」
「知らなかったです?」
「うん、弟だと思ってた」
「人間の特徴を我々は詳しく知りませんが、確かにオスっぽいかもしれないです。胸とか~」
「それは言ってやるなよ。たぶん、本人も気にしてるぞ」
「分かりましたです」
そんな他愛もない会話をしていた僕は、はっと用件を思い出した。
「そうだ、ドクター。体を拭くタオルってある? カノンが浴槽に入って引きこもってるから」
「タオルならあるです。そこの棚に置いてる大きいやつ使うといいです」
ドクターは研究室の隅にある棚を指さした。
「ありがとう。使わせてもらうね」
そう言って僕は棚に手を伸ばして白く大きいタオルを掴む。
その時だった。
「なんだよこれ? うわ、ちょっと! 助けて~!」
上の階の浴室の方から叫び声が聞こえる。
それはカノンの声だった。
「浴室で何かあったみたいだ! ドクターちょっと行ってくるよ!」
僕はタオルを手に浴室へ走った。
浴室に到着するとそこでは洪水が起こっていた。
浴室全体にあふれる水。
その水は奥の浴槽から際限なくあふれているようだった。
「何でこんなことに」
普通に考えてあり得ないことだった。
とにかく異常事態だ。
僕はばしゃばしゃと前進し、浴槽へと向かう。
そこでカノンがもがいていた。
「お兄ちゃん、助けて!」
言われるまでもなかった。
こんな時にお兄ちゃんらしさを発揮せずにいつ発揮するというのだ。
僕はカノンの手を掴んで引き寄せた。
「大丈夫か、カノン?」
「うん、お兄ちゃんのおかげで何とか……って、え?」
一度は引き寄せたものの、カノンの体がまた離れていく。
浴槽の水が渦を巻き始めたのだ。
強力な渦巻き。
その力に負けまいと僕はカノンの手をしっかりと掴む。
しかし、その力はどんどん増していく。
「カ、カノン……この浴槽は洗濯機能がついてたりするのか?」
「なわけないでしょ……、離さないでよ!」
「離すもんかよ!」
しかし無残にも渦巻きは激しくなり、とうとう僕とカノンは渦の中へと引き込まれてしまった。
浴槽で謎の渦巻きに巻き込まれて溺れる。
それが僕達の最後なのだろうか。
何とも不本意だ。
僕はそんなことを思いつつも、大切な妹だけは離さまいと思った。
そして意識が途切れる瞬間まで彼女の手に集中した。




