カモン、カノン。
とある異世界のとある学校。ここでは様々な種族が立派な冒険者になるため、座学に実技にと日々研鑽を積んでいた。今年も新入生を募り、今日はその入学初日。皆は教室に集まっていた。
「ピュー、スピー」
初日から突っ伏す少女もいた。
教室のドアから音がして、二本の角を生やした女性が入って来た。
「皆さぁん、こんにちわぁ。私がこのクラス担任になった、竜族のアテナです。皆さんとは仲良くやっていきたいと思いまぁす」
生徒達は思った、良い先生に当たったと。
「でも」
教壇を離れ、爆睡している少女の机に向かう。そのまま頭部に拳を振り下ろした。机を直接叩いたような鈍い音が響く。
「いったーい! 何、モンスター?」
跳ね起きた頭を上から掴み、目が笑っていない笑顔で迫って言う。
「皆さんにその気がないなら、私もそれ用の対応を用意していますので」
ここまで話すと手も離し、教壇に戻って生徒を見渡して続けた。
「それでは皆さん、今日からよろしくお願いします。ね?」
生徒達は決意った、良い生徒でいようと。
アテナは黒板に大きな文字を書き出した。"自己紹介"。
「はい、では皆さぁん? 入学ガイダンスの前に、自己紹介をしてもらいまぁす」
一緒に学んでいく仲間として、最低限名前は知り合っておく。基本的にどこでも行われているイベントだ。だが、実際に名前を覚えるのは、学校生活に馴染んできた辺りからが多い。
「そうですねぇ。最前列の、廊下側の子からお願いします」
生徒達は順番に、名前と種族を述べていく。それだけで終わる子もいれば、趣味や得意分野を話す子もいる。そもそもよく聞き取れない子もいた。一番後ろまで終わると次は横、そのまま前に。そうして、波線を描きながら三列、半分が済んだ。
「それでは、次はぁ、また後ろの人からですね。お願いします」
「はい」
自分の番が回ってきた少女は、椅子を鳴らして立ち上がる。教卓に見えるアテナの方を向き、自らについて説明していく。
「フューズです。種族は人間です」
それまで耳だけを貸していた生徒も、この人間の少女の姿を見るために振り向いていく。
「あら、人間の女の子? 冒険者志望だなんて珍しいですね」
冒険者を目指す人間に特別不思議はない。この学校でも、在学している種族の半数近くは人間である。しかし、そのほとんどが男子であり、女生徒となるとあまり見かけない。
「まあ、はい」
注目されて恥ずかしくなったのか、それとも、異例に扱われて機嫌を損ねたのか。フューズはそれ以上は喋らず、静かに着席していった。
「はぁい、これからよろしくねぇ。それじゃあ次の人」
フューズについて深くは触れず、自己紹介を進行していく。しかし、そんなアテナの声に反応する生徒はいなかった。フューズの前の席には、懲りずに寝息を立てる少女が座っている。すると、それよりずっと前から咳払いが聞こえてくる。
「フューズさん、起こしてくれます? ごめんなさいね」
フューズは返事を忘れて手を動かした。前のめりで腕を伸ばす。背中の下の方を軽く早めに叩く。少女は起きない。席を立ち、肩に手を置き前後させる。すると少女は、危険を察知したうさぎのように頭を上げた。そして、フューズに半分閉じた目で顔を向ける。
「ふぇ? あなにゃた誰、もしかして敵襲?」
「え、いや。そのぉ……」
フューズの視線は少女より上に移っていく。
「カノンさん?」
起こしている間に、アテナが席を挟んで反対側へ来ていた。少女の眼は全開し、血の気が引いていく。
「フューズさん、もう戻っていいですよ」
優しい微笑みが恐怖を助長させる。フューズが席に着くのを確認すると、アテナは少女に笑顔を近づけた。
「今は自己紹介の最中です。名前を種族を教えてください?」
「ひゃい!」
大げさに音を立てて立ち上がると、少女は自分について話し始めた。
「えっと、はじめまして! エルフのカノンです。よろしくお願いしばす!」
元気は良いが心配になる紹介をして、少女はアテナを見る。頷く笑顔を見つけると、そっと座った。その後も自己紹介は続き、クラスの全三十人が終えた。アテナは最後の生徒に労うと、二回手を叩いた。
「はぁい、皆さん、これから一緒に頑張っていくみんなの事が良く分かったと思います。それでは、ガイダンスを始めまぁす」
ガイダンスは学校行事の説明や教科書の配布、今後の時間割や係決めなどで進行されていった。
昼休み、フューズは外通路脇のベンチにいた。皆の反応は予想していたものの、初日から関わっていく気分にはなれず、こうして一人になっていた。弁当は食べ終わり、午後の実力テストまで暇を持て余しているところだ。
「あ、いたいた」
背中を預けていたベンチから声がして、フューズは首を回した。
「もぉ、探したよぉ。後ろ見たらいなくなってたから。ねぇ! 一緒に食べよ」
居眠りをしていた少女、カノンが、まだ包まれたままの弁当箱を持って話しかけてきた。
「ごめん、もう食べちゃったから」
「そっかぁ、残念」
そう言うと、カノンはフューズの隣に座り、包みを開き始めた。
「え、ちょっと……」
「いやぁ、さっきはごめんね」
「別に気にしてないよ。じゃあ、私行くね」
フューズは空の弁当箱を膝に置き、布で包み始める。特別他人を避けたい訳ではない。ただ、このエルフとはあまり関わりたくなかった。端を結び、席を外そうとした。
「珍しいよね。人間の女の子なんて」
フューズの浮いた腰は、その言葉に戻された。
「やっぱり、変かな」
「え?」
食事の手を止め、顔を向けたカノンの眼には、投げ出してしまいそうなフューズが映った。
「憧れだったから。目指そうって思って、でも、やっぱり変だよね」
「そんなことないよ!」
いつもならストレスになる大声に、フューズは別の思いで気持ちを向けた。
「私なんてエルフだよ! 全然そんなことない。マシだよ!」
何の脈絡もない発言に合わせて、カノンは言った。
「得る負、つってね」
どや顔のカノン。文字に書いたわけでもないため、その意図は伝わらない。それでも、フューズは思った。悪い子じゃないと。
「何言ってるの」
「やっと笑った!」
フューズはカノンに指摘され、自身の口角が上がっているのに気付いた。そのまま声にも出す。カノンも一緒になって笑い出す。暫くして収まってくると、カノンが話し始めた。
「ねぇ、名前教えて欲しいな」
「朝の、聞いてなかったの?」
「寝てたからね」
もう一度笑いが漏れる。そして、二人だけの自己紹介をしていく。
「じゃあ、改めて。私はフューズ、人間です」
「うん、よろしく! 私はカノン、エルフだよぉ」
両手を広げて微笑むカノンに、フューズも同じ表情を返した。そうして一言。
「ねぇ、一ついい?」
「もちろんだよ! 何でも言って」
「もうすぐ昼休み終わるけど」
「え? ああ!」
視界に建つ時計塔に目を合わせると、時刻は十二時四十分。この学校の昼休みは、長めに一時間を割いている。それでも、四限目が始まるのは五十分だ。カノンは綺麗に並んだ弁当を適当にかき込み、包みの端を集めて握る。すると、空いているもう片方の腕で、フューズの手を引いた。
「え、待って。ちょっと」
「ほら、早く行こ? 授業始まっちゃうよ」
慌てて立ち上がり体勢を立て直すと、カノンに連れられるまま足を動かす。フューズは何となく感じていた。これからも忙しく過ごすのだと。
「――って感じで、フューズと友達になったんだよぉ」
「ドラマチックですわね」
「待ってスナッファー。私、このときまだ笑い合ったりしてない。カノンが美化してるだけだから」
「もう照れちゃって。素直じゃないんだからぁ、あんっ! いったーい!」
「お前ちょっと黙って! センスのないギャグと言い、寒いことしか言えないの?」
「あらぁ、私はいいと思いましたけど」
「スナッファーはこいつを甘やかし過ぎ」
少女達の会話は軽やかに響く。そんな中、教室のドアが開く。
「お、ウィール。もう用事は済んだの?」
「ああ。て言うか、私達次移動だぞ」
「えっ! ホントだ、時間ないよ。行こ! フューちゃん、スナちゃん」
「ちょ、引っ張るな」
夢を目指して前へ進む少女達。彼女達が立派な冒険者になるのは、まだまだ先のお話。
あなたの夢は何ですか?
よろしければ一緒に目指してみませんか?
ようこそ、アドバンス高校へ