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5.自信たっぷりに言い切った姿に、妙な感動すら覚えた。

 最高の時計といわれてすぐ思い浮かべたのは、トレードーマークの王冠が燦然と輝くブランド。続いて、電気抵抗の単位のようなギリシャ文字一文字をその名に頂いているブランドだった。


 しかし、親爺さんのイタズラっぽい目付きがそんなありきたりな答えでないことを語っていた。答えあぐねているのを見かねて、親爺さんが口を開いた。


「和光のレジの前や」


「えっ和光電気に陳列してるんですか?」


「いやいや。そんな大層なもんやない。最高の時計はな、そこにぶら下がってる1000円のんや。間違いないで、日本製のクオーツは。間違いない。まあ、時間見るためだけに使う時計やったら、ちゅう話やけどな」


 和光というのは近畿地盤の家電量販店の和光デンキのこと。1000円の時計を推すという時計職人らしからぬ、自信たっぷりに言い切った姿に、妙な感動すら覚えた。


 親爺さんにとって、時計とはただ時を知るためのものではなく、それを手にする者と人生の時をともに刻むもの、だったのかも知れない。真相を聞きそびれた今となっては、知るすべもないのだが。


 使い古された道具に囲まれ、節くれだった手を額に当てながら穏やかに笑う親爺さん。いつかどこかに置き忘れてしまった、チーク板のような濃いセピア色に包まれた空間で、結局2時間ほど話し込んでしまった。



 前の年にな、姪っ子があんたと同じ仕事に就職したんや。そりゃあ、希望通りに行けたんですっちゅうて喜んどったわ。でもなぁ、朝は早いわ、夜は遅いわ、休みはないわ。頑張ってます、って元気にゆうとったけど、女の子やのにホンマにえらい仕事やと思うで。あんたも無理したらあかんで



 時計に使う油はな。ようさん、種類があってな。使うとこで色々変えていかなあんねや。歯車の、ほれここのとことかはな、粘り気の強い油を使わなあなんねや。でもこっちはその逆や。これ見てみ、なんや仰山あるやろ



 むちゃくちゃやっかいな時計やってんけどな。オーナーさんが、どんだけ掛かってもええから、よう直しといてって言わはるさかいに、こっちも気合入ってな。直してから一月ひとつきこっちの棚に置いといてやな、計り直したらどうや、ピタッてきたんや。一秒も狂ってなかったんやで。すごいと思わへんか……


◇ ◇ ◇


 ポケベルから電話機子機のような数センチの画面しかない携帯電話に進化し、折りたたみのタイプが生まれ、いつの間にかシュルシュルと伸ばすアンテナがなくなり、スマホの時代となった。


 激しすぎる時代のうねりにのまれ、1円の節約が豊かな実を実らせていた近畿地盤のかの家電量販店も姿を消したが、「世界一の時計」は相変わらず街のレジそばの網棚にぶら下がり、通り過ぎゆく人々を眺め続けている。


◇ ◇ ◇


 百貨店にずらりと並ぶ時計は、どれも眩しいくらいに輝いていた。これからの結婚生活を祝福するかのように、と書けばいささか芝居臭さを伴うが。結納の品に時計を贈ってもらうこととなり、せっかくなら気に入ったものを選んでは、との配慮で彼女とともに都心の売り場をめぐった。


 光り輝く何百もの品をウォッチするなかで、一目惚れした時計は祖父の想い出が香る、ロンジンのものだった。



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