7 『出発』
「もう団長しっかりして下さいよ」
「面目ない」
一夜明け、今はお説教タイムだ。レグルスがルチルを叱っている。ルチルは下を向いて項垂れていた。彼女の小柄さもあってお母さんに怒られた少女みたいに見える。レグルスは腰に手を当ててお母さんスタイル。俺が起きてからかれこれ十五分。
レグルスさん怒らせると面倒くさそうな人だ。
レグルスは見た目が四十代くらいのダンディなおじさんだ。彫りが深い顔立ちをしている。騎士らしい黒い礼服に身を包んでいるが、その身体が引き締まっている事は理解出来た。
「んん! ではレグルス。今回の入団試験アレン以外に見込みのある奴はいたか? 私の見た感じではアレンが一番だったが、どうだった?」
ルチルはわざとらしく咳払いをし、話をすり替えた。
「そうですな。一人。かなり見込みのある逸材がいました」
レグルスは顎に手を当て一瞬考える素振りを見てた後、指を一本だけ立てた。
「そいつが入団したギルドってのは――」
「鉄の心」
ルチルの言葉を遮ってレグルスは告げる。それを聞いたルチルは肩を落とした。
「やはりか。鉄の心――今私たちとランクSを賭けて争っているギルドだ」
ルチルは俺を見る。そして口を綻ばせた。
「アレン、君にかかっているぞ。私は信じているがな」
「ああ、大丈夫だ。負ける気は無い」
嬉しい事を言ってくれる。その期待に応えたい。だから俺もルチルの瞳をしっかりと見つめ応えた。
「お、おう。ところで、その見込みがあるというのが誰だかっていうのは分かるのか?」
えぇ〜。ルチルはすぐさまレグルスの方を向き、仕切りに髪を弄り回していた。
「昨日の事を気にしているのですか。照れないでしっかりして頂きたい」
「うるさい! 良いから質問に答えろ!」
なんだ。照れてたのか、まあ昨日の事があったのなら仕方ない。なんだか俺まで恥ずかしくなってきた。
「分かりました。『鉄の心』に入団した逸材はシルフィア。恐らくですがシルフィア・スノウレインです」
「嘘だろ」
レグルスの口から聞き慣れた単語が放たれた。
「ほう。そのシルフィアさんは君の彼女さんか? 負けたら殺すぞ」
ルチルは声を低くし、訴えてくる。ギルドがランクS以下に落ちるのがそんなに嫌なのか。でも、ルチルだけじゃなく俺も負ける気なんてさらさら無い。むしろ再戦が出来て嬉しいくらいだ。
「これで決闘をやり直せる」
俺は小さく呟き、右拳を固く握り締める。その動作をレグルスは見逃していなかった。
「やり残した事でもあるのですか?」
「あります」
「そうですか。そういった類の物は早急に解決すべきです。出来なくなってからでは遅い。怠慢は許されませんよ」
なぜだか、レグルスの言葉が胸の奥に突き刺さった。彼の顔は凛としていて、どこか遠くを見ているように感じた。彼が三大魔獣の調査に行っていないのと何か関係があるのだろうか。
「レグルス。私情は絡めるな。アレンにはアレンなりの思いがある。それと本当にシルフィアという奴が『鉄の心』代表で来ると考えて良いんだな?」
「ええ、十中八九そうでしょう」
「分かった」
ルチルは短く答えて、テーブルに腰掛けた。そして顎に手を添えて考える素振りを見せる。
「そういえばアレン。君にスキルブーストのやり方を教えていなかったな」
「スキルブースト? それっていったいどういう」
「お前の『収納』との相性も良い。運良く同じスキルを手に入れた時に使う技なんだか、いかんせん確立が低くてな、忘れてしまっていたよ」
ルチルは頭を掻いて舌を見せて戯けてみせる。なんだか昨日の一件いらいやけに友好的だ。
「同じスキル同士を合成されるんだ。そうすると強化するより比較的強いスキルを生む事ができる。私もまだ一度しかやった事が無い」
つまり、スキルがダブったりしても喜べるという事か。
「どんな雑魚スキルでも良い。次の『鉄の心』戦は手数を増やしておくべきだ。レグルスが認める程の実力者だ。そのシルフィアさんとやらは手強いぞ」
「そんなの俺が一番知ってる。あいつは強い。物凄く、だけど負ける訳にはいかない」
「うん。その意気だ」
そう言ってルチルは俺の頭を撫でる。
「おいレグルス。これから一ヶ月間アレンの面倒を見てやれ、動いていないと気が狂ってしまうだろう? 意識を反らすんだ。今は待て」
「分かりました」
ルチルの指示にレグルスは一礼で応える。そして俺の方を向いた。
「ではまずスキルブーストから行いましょうか」
まず俺はレグルスに教わりながらスキルブーストを行った。『収納』や『未来視』は一枚しか持っていないので、俺は持っている『連携』を全てスキルブーストに使った。
【創造スキル 『連携』Lv 4
指定した相手と会話無しで意気の疎通が取れる】
カードの詳細にはそう書かれていた。一対一の場面でどう使うかは考えていないが、何かに使えるだろう。
そして、レグルスやルチルに訓練してもらう期間が一ヶ月ほど続いた。
ランキング戦当日の朝を迎えた。俺はギルド内にある自室で目覚めた。未だこの固いベッドには慣れない。ベッドから起き上がろうとしたところで、部屋の扉が勢い良く明け放たれる。
「やあ! 起きたかアレン!!」
「おはようルチル」
中に入って来たのはルチルだ。
「分かっていると思うが、今日はランキング当日だ。彼女と会えるからって浮かれていてはダメだぞ。勝つ事だけを考えろ。何回も言ったが負けたら殺す」
彼女は俺の隣に座り、優しく語りかけてくる。殺される心配は無い。何せ負けないんだから。
「大丈夫だ。お前に俺は殺させない。レグルスさんに一杯しごかれたしな。シルフィアが逸材であって強くなっていたとしても負ける気なんてさらさらねえよ」
「そうか。それを聞けて安心した。じゃあ準備するか」
ルチルはそう言って部屋を出た。俺も準備しなくてはいけない。
準備を整え、俺は下に降りる。
「準備は出来ましたか?」
レグルスが紳士な佇まいで待っていた。彼は既に準備が終わっているようだ。
「結局、ルチルとレグルスさん以外のギルドメンバーは来ませんでしたね」
「ええ、そのようです。それほど、三大魔獣の調査は難しいのです」
レグルスはそう断言する。その瞳は力強く、確信を持っていた。
「私の準備も整ったぞ」
遅れてルチルがやって来た。彼女は大きなリュックを背負っている。出かける前の少女のようだ。
俺たちは皆で扉の前に立つ。
「我らがギルド『鉄血の砦』に負けは無い。出発するぞ!」
ルチルの叫びと共に俺たちは扉を開けた。