6 『威厳ゼロ』
俺とルチルは『ペーティウス城下町』へと戻って来た。今から騎士ギルドに入る。
「ここがギルドなんだな」
「ああそうだ」
目の前に聳え立つのは赤を基調とした木造の建物。この中に俺の仲間になる人がいる。
深呼吸をして、扉を押す。ギィィ、という金具の擦れる音が響いた。恐る恐る中を覗いてみると――
「なんで誰もいないんだよ」
もぬけの殻だった。誰もいやしない。中は薄暗く、飲みっぱなしの酒瓶やカウンターに立てかけられた剣、脱ぎ捨てられた服(女物)などで散らかっていた。
「あいつら、片付けくらい出来なくてどうするんだよ」
隣でルチルが項垂れていた。苦労が伝わってくる。
「まあそこらへんのテーブルに座ってくれ、君の部屋はこちらで用意するよ」
そう言って、ルチルはテーブルに腰掛けた。
「なんで誰もいないんだ?」
「多分皆んなで一緒に調査にでも行ってるんだろう。当分帰ってこないぞ。でもレグルスは後二日三日で帰ってくるだろうな」
「調査って、このギルドのメンバーが何人いるか分からないからなんとも言えないんだけど、調査って皆んなで行くようなものなのか? その間にギルドが襲われでもしたら――」
「行くような事だよ」
俺の言葉を遮って、ルチルは呟いた。
「三大魔獣の調査をしてるんだ。『灰被り』『毒林檎』『赤頭巾』奴らの調査を行っている」
俺は生唾を飲み込んだ。改めてこのギルドの凄さを思い知った。ルチルは顔を下に向けている。場違いにも、憂いを含んだ横顔を可愛いと思ってしまう。
三大魔獣――遥か昔『魔神』が作り出したとされる魔神の眷族。英雄も三大魔獣と何度か交戦したが終ぞ一人では倒せなかった。三体の連携は『魔神』単体と戦うよりも倒すのが困難だと聞く。今は英雄のお陰で三体の魔獣が同時に出現する事は無くなった。だが、この世界のどこかに魔獣達は必ずいる。それは一体でも物凄い強さを誇っていて、一般人はおろか騎士でも太刀打ち出来ない。
そんな強敵の調査を行っているのか、このギルドは。
「まあ私やレグルスは授与式の為に教会へ駆り出されたがな、君みたいな逸材が見つかって良かったよ。調査に行かなかったが、それに見合う戦果は上がっと見ているよ」
嬉しい事を言ってくれる。
「何照れるな、私に褒められたからって」
そう言っている彼女の顔はほころんでいて、楽しそうだ。恐ろしい一面もあるが、可愛いところもあるのかも知れない。
「別に照れてないぞ。ところで、ランキングってのは具体的にはどんなものなんだ?」
気にはなっていた。一対一で戦うとはいえ、それは新人だけの話だろう。チームワークなども競うはずだ。それに、どんなギルドとランキング勝負をして、どうなるのか。そういう所も詳しく知りたい。実際にシルフィアの入るギルドと戦えるかどうかも分からないしな。
「ランキングっていうのはこのペーティウス王国にある騎士ギルド同士でギルドランクを賭けて戦う年に二度行われる行事だ。一回目はシンプルにランクを賭けて戦う。二回目は新人のお披露目会だ」
「今回やるのは二度目だろ? 対戦ギルドはどうなんだ? その時はランクはどうなるんだよ? ランクってどんなものなんだ?」
「対戦ギルドは選べない。比較的ランクが近いギルド同士でやるがな。ギルドは勿論ランクを賭けてやるさ。だから負けたら殺す」
ルチルが冷たい瞳で睨んできた。怖い。だけど冗談だって事は分かる。ゴブリンを呼び出した時の恐ろしい闘気は身にまとっていないからだ。
「それでランクっていうのはギルドに与えられる称号みたいなもので、ギルドランクとも呼ばれる。FからSまであって内のランクはSだ」
「高い方が良いってのは何となく分かるんだけど、どんなメリットがあるんだ?」
「ギルドランクが高いと寄せられる依頼の範囲が増えたり、国の枠を超えて世界規模のランク戦に出られたりする。それはSランクのみの特権だ」
ペーティウスの枠を超えた戦いに参加する。それってつまり、強いスキルをコピー出来るチャンスでもあるのか。
「ちなみに今回私たちはジリ貧だ。一回負けたらランクAに成り下がる。ちょいとこの前失敗してしまってな」
「て事は、俺が負ける事は許されないって――」
「そういう事だ」
だから殺す殺すとあれほど。つまり俺の勝敗に左右されるという事か。何としても勝たねば。俺は無意識の内に拳を握りしめていた。
「一回目のルールは毎回変わるが、二回目のルールは毎年同じだ。レグルスっていう内のメンバーがまだ騎士ギルド入団試験を観察してるから、帰ってきたら要注意人物とかの話を聞いて対策を立てよう」
レグルスさんとルチルだけが今このギルドに残っているのか。二回目のルールってのはどういうんだろうか。一対一で戦うだけなのか。
「具体的なルールってのはどんな感じなんだ?」
「一回目のルールは言ったように毎回変わる。例えば、コイン探しとか魔族の討伐数を競ったりだとか、ギルド全員でガチンコ殴り合いしたりとか色々あるな。どれも楽しいぞ。終わった後は皆んなでパーティだ。二回目はシンプルに一対一。各ギルドの新人代表がサシで戦う。サブルールみたいなものは毎回あるけど、予想は出来ないな」
それって結構怖くないか。サブルールってどんな感じなんだろうか。
「まあいいじゃねえか細かい事は気にすんな。負けたら許さないけどな、酒でも飲もうぜ」
ルチルは俺の肩に手を回す。一緒にギルドのカウンターまで連れて行かれて棚から酒瓶を二本取り出した。
「アレンも今日から成人だろ? 酒飲めや。今日はパーティだ」
コップも持たずにテーブルに勢い良く座り込む。ルチルの服装は彼女の体格に対して少し大きめで、ダボダボしたものだ。それに生地が薄い。何が言いたいのかっていうと……彼女のデリケートな所が密着した事によって当たったりチラチラ見えたりしてる。
酒の蓋を開けて、俺に差し出して来た。酒特有の変な香りがする。とてもじゃないが飲める気がしない。ルチルの年は俺と然程変わらないように見えるが、実年齢は何歳なんだろうか。彼女は豪快に酒を飲みだした。口の端から零れ落ちた酒が彼女の首筋を伝う。
「プハァ! 仕事帰りはいつもこれだよな。飲んだら風呂入ろう、その後飯だ!」
「ええ!? ギルドって泊まり込みなの!?」
「当たり前だろお前の部屋も用意してあるぞ」
いかんせん村が田舎だった為に騎士ギルドについての情報に疎い。こんな事なら村からもっと荷物を持ってくるべきだった。ルチルは酒瓶をそこらへんに放り投げる。硝子の砕け散る音が大気を揺らした。酒の回ったルチルの頬は若干だが紅潮していた。
「おおら風呂だ。風呂風呂!!」
気前良く爆笑しながら、俺の手を引いて行く。
「ちょ、一緒に風呂に入る気かよ」
「仲間なんだ。当たり前だろ!!」
ジト目で睨まれる。ダメだ。ルチルは完全に酔っ払っている。酒弱すぎだろ。これあれだな。ギルドが汚かったのルチルのせいだな。酔っ払って記憶が飛んでただけだろうな。レグルスさんの苦労が伝わってきた。
とりあえずギルドの二階まで連れて行かれる。少し歩いて女 男と書かれた赤と青の暖簾を見つけた。
ルチルの魔の手から逃れる為に、俺は逃走を図った。ダメだ。ここで一緒に風呂に入ったら気持ちが揺らぐ。俺には心に決めた人がいるんだ!!
「どうして逃げる!!」
「お腹が減ったんだ! 今は腹減って風呂どころじゃない!」
「なんだ。ならそう言え! 先に飯にするか」
走り出す俺の肩を思い切り掴み、引き戻す。この人から逃げるなんて出来ない。言うなりルチルは一階へと降りていく。一旦しのげたが、もう一度風呂に向かうのは時間の問題だ。なんとかしなくては。
ルチルはカウンターへと向かい、作り置きの食料と酒を運んでくる。なぜか食事は暖かく、湯気が昇っていた。野菜の盛り合わせの上に大きな肉が乗っている。凄い美味しそうだ。
「はいあーん」
ルチルはフォークで肉を指し俺の口へと運んで来た。凄いギャップだ。団長の威厳ゼロだな。さっきまでのクールな団長はどこ行った。俺が頑なに口を閉じていると、ルチルは眉を寄せる。
「なんだ。私の飯が食えんというのか」
口を尖らせ、俺の顔を掴み肉をねじ込もうとする。取っ組み合いになり、俺たちの身体がテーブルから落ちた。瞬間、柔らかい感触が顔面に押し寄せる。ルチルが俺に覆い被さる形で床に倒れた。こんなとこ人に見られたらやばい。
「帰って来ましたよ! 今年の新人はかなり強い人が――」
その時ギルドの扉が開いた。外からやって来たレグルスは俺たちを見るなり固まる。
「失礼しました! まさか団長が男を連れ込んでるとは!!」
初めての団員仲間に持たれた第一印象はとても悪いものになった。