友樹の想い 下
2012年5月20日
【友樹side】
田んぼ道を歩いている途中、朱莉が口を開いた。
「私ね、水族館ってはじめて来たんだ」
「え?」
水族館って行ったことない人、いないと思ってた。それに、悔しいけど朱莉には彼氏がいたわけだし、デートで行ったことはあると思ってた。
「友樹が引っ越した後だったかな?うちの家族、壊れたの」
「壊れた…?」
朱莉の家族はすごく仲が良かった。2週間に1度、ちょっとした家族旅行に行くという俺からみたらすごく贅沢で楽しそうな生活を送っていた。
そんな朱莉の家族が壊れるなんて信じらんない。
「お父さんが不倫したの。それで、さすがにお母さんも怒って『離婚だ』って毎日のように言ってた。離婚届までもらって来てね。毎日、顔を合わせるたんびに口喧嘩して、しまいには物を投げつけて。お皿とかガラスとかが割れるたんびに身を小さくして震えてた」
「今はどうなったんだ…?」
「私が大人になるまでは離婚しないんだって。でも、一切しゃべんないし、ご飯も一緒に食べないの。もう、家に居場所がないって言うか、家にいても息苦しいんだよね。……あっごめんね。なんかこんな話しちゃって」
俺は思わず朱莉を抱き締めた。
「朱莉は辛かったんだよな」
俺がそう言うと朱莉が抱きしめ返してくるのが分かった。その手は俺よりも小さくて小刻みに震えていた。
「親がそんな状況の時、優太が死んじゃうし、私、もうどうしたらいいのかわかんなくってぇ」
恋愛値の低い俺は朱莉をただただ抱き締めることしか出来なかった。
「俺が支えてやれなくってごめん。でも、これからは俺が朱莉のこと、支えるから」
「うっ…うっ…」
朱莉は泣いていた。手だけじゃなくて体まで震え始めた朱莉は抱き締める力もちょっと強くなっていた。
「友樹は、なんで私に、こんなに良くしてくれるの?」
唐突な質問だった。
そんなの決まってるのに。
「朱莉が好きだからに決まってるだろ。朱莉は俺のこと好きじゃないかもしれないけど、俺はずっと朱莉のこと、思ってたんだ。だから、俺は、朱莉の力になりたい」
「ずるいよ…」
「俺は朱莉の1番じゃなくてもいい。朱莉が俺のこと、好きじゃなくてもいい。だから、朱莉のそばにいさせてくれないか?俺は朱莉のそばにいて、朱莉を支えてやりたいんだ」
俺の本音だった。本当にそれでもよかった。朱莉が好きなこの想いはどうしようもできないし、振られるよりはマシだった。
「……そんなのダメだよ。友樹に悪いよ」
「俺は朱莉のそばにいられればそれでいいんだ」
「こんなこと言われたら好きになっちゃう…」
「え?」
俺は耳を疑った。朱莉が今、『好きになっちゃう」って言った?それって俺のこと?
「そんなこと言わないでよ。好きになっちゃうじゃん!まだ優太が死んでから1ヶ月も経ってないのに」
「俺のこと、好きになればいいじゃん」
俺がそう言うと今まで俺の胸に顔を埋めていた朱莉が顔を上げた。
「でも」
俺は朱莉が言葉を続ける前に口を封じた。キスで。
「んっ」
俺はしまったと思った。やってしまった。しくじった。
でも、朱莉は俺のことを突き飛ばさなかった。ただ受け入れてくれた。
俺たちはやっと唇を離した。
朱莉の顔はリンゴのように真っ赤だった。たぶん俺も。
朱莉がなんで受け入れたのかはわからない。でも、何かが変わった気がした。