はちみつプリン
「プリンが食べたい」
珍しく家に遊びに来た幼馴染みの第一声でした。
もう十何年クラスメイトをやったのでしょう。ここまでくるともはや腐れ縁以外の何者でもなく。彼女の唐突な言動には慣れたはずの少年も、さすがにこれには驚きました。
「食べれば?」
しばらく黙り込んだ後、ようやく復活して、少年は呆れたように答えました。
「うん。だから、作って」
「は?」
たっぷり数秒、少年は間抜けな顔で固まりました。どうして、彼女に作らなければならないというのでしょうか。
「はい、材料」
しかも、材料まで用意されているという周到さ。
「何で俺が」
不満そうな顔を隠しもしないのに、しっかりとスーパーの袋を受け取ってしまう辺りが、少年の損な性分をよく表していると言えましょう。
しばらく台所に引っ込んでいた少年が、やがて白いお皿にプリンをのせてやってきました。彼女はしっかりとスプーンを握りしめて、テレビを勝手につけて、けらけら笑っています。もはや怒る気も無くした少年は、やや乱暴にプリンをテーブルにのせました。
「ほら」
プリンは淡い優しいクリーム色。はちみつのカラメルは黄金色につややかに。スプーンで掬うまでもなく、柔らかくてとろけそう。それはそれは、美味しそうなプリンでした。
「美味しそう」
珍しく、心からの笑顔を浮かべた幼馴染みに、少年は驚きました。
「あんた、お菓子作るのだけは昔から上手かったよね。見た目に似合わず」
褒めているのかけなされているのか。少年は微妙な表情をするしかありませんでした。
スプーンで一さじ。口に運ぶと、まろやかな甘みが広がります。ふわりと優しく、あまいあまいはちみつプリン。次から次へと手が伸びて、彼女はあっという間に平らげてしまいました。
「ごちそうさま」
きちんと手を合わせてそう言ったのは、美味しかったなによりの証拠。
「はい」
少年が後かたづけを終えて戻ると、彼女がなにやら包みを差し出しました。
「何」
「お礼に決まっているでしょ。いらないの?」
こんな尊大なお礼なんて、と少年は思いました。が、文句なんて言えるはずもなく、とりあえず受け取ることにしました。
「ありがとう」
人から、何かを貰ったらお礼をしましょう。この場合、どちらが"ありがとう"を言うべきなのでしょうか。律儀な少年は声に出して。意地っ張りな彼女は声には出さないけれど。ふたつのお礼が、重なったように見えました。
包みをほどくと、中から出てきたのはカップ入りチョコレート。少年の口元はほころび、ひとつを迷い無く口に放り込みました。けれど、みるみるうちに、その表情は変わります。どことなく嬉しそうな顔から、しかめっ面に。
「何、これ」
「何って、チョコレート」
相変わらず、彼女は淡々と話します。でも、今はどこか面白がっている風にも見えます。
「いい加減にしろ」
珍しく少年が声を荒げました。が、はっと彼女を見ると、すぐに顔を伏せてしまいました。
「ごめん、頭冷やしてくるから行くわ。食べたら帰れ」
それだけ言うと、彼女に背中を向けて行ってしまいました。
ひとり残されて、彼女はチョコレートに手を伸ばしました。かり、と音を立ててかじると、口いっぱいに広がる苦み。
「うん、美味しい」
でも、その表情は、プリンを食べたときほどは、幸せそうではありませんでした。
「これ、あの子からもらったって言えばあいつは食べたのかしら」
くすくすと、どこか自嘲気味に、彼女は笑います。そして思います。砂糖菓子のような笑顔のチョコレートの贈り主、彼女の親友で、少年の想い人でもある少女のことを。
美味しいという、その言葉に嘘はありませんでした。あまいプリンの後に食べるビターチョコは、風味が増して、とてもとても、美味しかったのです。
でも、甘いものの大好きな少年は気付きません。甘いものが好きだから、だからこそ、苦いチョコレートを食べようとはしないのです。
自分に似合わないものだから、自分にないものだから好きになるのかしら、と彼女は思いました。
あまいプリンは、少年でも、そして彼女でもなく、少年の想い人にこそ、よく似合う。
結局、少年も彼女も、このビターチョコレートと同じなのでした。あまいあまいはちみつプリンに憧れる、ほろ苦いビターチョコレートと。ただ、少年はそのことを知らなくて、彼女はそのことを知っていた。それだけの違いでした。
あまいあまい、はちみつプリン。真っ白なお皿の上に、大事に大事に飾られて。それはそれは、しあわせな味がするのでしょう。
ビターチョコは思います。お菓子なのにあまくなく、彼にいつもいつも残される運命にある、自分のことを。ほろ苦い味は、例えるならば、そう。どこかかなしく、いとおしい。
でも、でも、ビターチョコレートは知らないのです。はちみつプリンもまた、ビターチョコレートに憧れているということを。
はちみつプリンと、ビターチョコレート。
これは、どうしても重なり合わない、ふたつのお菓子の物語。
(初出:2006.8.23)




