凸凹なカップルの作り方
「うへへへへ気分は逆ハーですねまあ地味なナード共ですけど人の事言えないし例えナードでもちやほやされるのは悪い気はしませんね」
オタサーの姫? に無事になることができてコミュ障特有の邪悪な笑みを浮かべる水草さんを巣立った雛鳥を見つめる親鳥の気分で眺めつつ、次のターゲットの事を考える。次は神狩さんだ。水草さんと違ってハイスペックなので独りぼっちに戻しても問題は無いだろうが、それでもやはり罪悪感から逃れることはできないし、何より『そう。所詮貴方もその程度の男だったのね』みたいな感じで嘲笑われること間違いなし。
「まったく、学業よりゲームの方が大事なんて呆れるわね。私だって学校は退屈だけど、それでも筋は通しているつもりよ」
もう二度と一緒に昼食を採ることのないであろう水草さんに呆れている彼女が、終焉を悟るのも時間の問題。だからこの日俺は『そろそろ受験を考える時期だよな……』なんて話題から自然な流れで、放課後の参考書選びに付き合ってもらうことにした。
「特に数学がヤバくてさぁ。このシリーズって色がたくさんあるんだっけ? 何色が丁度いいのかな」
「この色は……無理ね」
「じゃあこれ」
「無理ね。高校一年生の時の教科書から始めなさい。そもそも受験する気あるの? 私立に行って親に負担を強いて、そのせいで妹さんが大学に行けなくなるのよ。可哀想に」
「奨学金やらバイトやらで負担はかけないよ……」
実際のところ何故彼女がこの高校にいるのかはわからないが、偏差値で言えば下の方に位置する高校だ。ケースケやロゼッタのような連中とつるむくらいには頭が良くなく、『ハーレムを作りたい』だなんて夢も達成して挫折してしまった。燃え尽き症候群なのだ。それでも高校三年生になれば、進学か就職かを決断しなければならなくなる。その前にカタはつけないといけない。
「はぁ、後一年あると見るべきか、後一年しかないと見るべきか……」
「一年なんてあっという間よ……勉強は諦めて推薦やAOを狙うのも手……いや、無理ね。恋人何人も作ってる爛れた人間が内申点まともに貰えるわけがないわ。こんなことなら女教師を狙うべきだったわね」
「下手したら退学もんだよそれは……何だか参考書眺めていたら頭が痛くなってきたよ。どっか寄ろうよ」
「いいわよ」
女の子をリードする方法の自然さにも磨きがかかったもんだなと脳内でニヤつきつつ、俺達みたいな学生が大量にたむろしているファミレスへと向かう。馬鹿そうな会話を繰り広げる女子高生、ギャンブルの話ばかりしている大学生、充実しているのかよくわからない表情をしているカップル。そんなリア充一歩手前とも言える集団に溶け込むように、俺達は席につく。昔はこういう連中を馬鹿にしていた。大層な夢ばかり語って何もしない連中を。最初から諦めている連中を。俺は違う、大層な夢を叶えるために行動したし諦めたりはしないと、勝手に見下して、勝手に悦に浸っていた。しかし結果はどうだ。具体的に行動して、半年くらいで限界を悟るだなんて。
『じゃーん、やっと免許取れたよー運転させてー』
『おめっとさん。随分かかったな、何回落ちたんだ?』
『実技で4回、学科で8回であります!』
『お前身分証明以外でそれを使うなよ? 絶対運転させないからな?』
『いや! 絶対運転する!』
近くの席で駄弁っているカップルの片割れを呆れた目で眺めている彼女。立派じゃあないか、自分に運転の才能が全くないと思い知っても、彼氏にまで止められても諦めるつもりが毛頭無いのだから。そんなカップルの片割れが事故を起こさないことを祈りつつ、目の前の彼女がこれからの俺の敗北宣言にどんな反応をするか想像する。俺はマゾヒストではないのでそれで興奮したりなんてできないが、ダラダラと引き延ばして女と付き合うようなダメ男でも無いつもりなので、意を決して口を開く。
「神狩さん」
「何かしら」
「もう終わりにしよう」
溜めることなく、彼女の返答にすぐに切り返す。気まずい沈黙。先ほどのカップルが、『えー男の方から別れ話?』『彼女さん美人なのにもったいなーい』とでも言いたげな視線をこちらに寄越す。彼女は立ち上がると、つかつかとドリンクバーのコーナーに向かい、コーヒーと小学生がよくやる色んなジュースを混ぜて最終的に汚い色になったアレを持ってきて、当然アレを俺の前に置く。
「コーヒー飲むから言い訳していいわよ」
「ゲームでもさぁ、やっぱり状態異常とか耐性パズルって大変だよね。色んな女の子と同時並行して付き合えるだけの体力も精神力も俺には無かったみたいだ。俺は主人公にはなれなかったよ、モブキャラだった。もう水草さんとは別れたよ。オタサーの姫になるかもしれない」
「あの子の方が主人公になれそうだったということね……」
もう少しマシな言い訳はできなかったのだろうか。近くのカップルも案の定、『何言ってんだこいつら』『両方電波なのかな、因縁つけられたら怖いから見るのやめよ』とでも言いたげな視線を一瞬だけ寄越して、立ち上がりレジへと向かっていく。俺は目の前のアレを一気に飲み干す。炭酸と、お茶と、果汁が申し訳程度に入ったジュースが混ざった、それぞれの良さを台無しにする味。欲張って全員を幸せにしようととして失敗した俺にはいい薬だ。飲み干した俺は、冷たい目をした彼女を見つめる。どんな罵倒も受けるつもりだ。まだ半分くらい残ったコーヒーを顔にぶちまけられても仕方がない。そんな俺に彼女がかけた言葉は、
「今までありがとう」
罵倒ではなく、優しい目からの感謝だった。
「お世辞でも何でもなく、今まで楽しかったわ。孤高を気取っていたけれど、人と関わるのも悪くないって思えた。クラスの子とにももう少し歩み寄ってみるわ。ありがとう、貴方のおかげよ。貴方の分もこれから充実した人生を送ることにするわ。猫狩さんを大事にしなさいね」
戸惑う俺を後目に、不満を顕わにすることなく、批判することなく、最終的にロコを選んだことすらお見通しな彼女は、財布から自分が注文した分を取り出して机に置くと、ペコリと一礼して店を去った。
「……うっ、ううっ、畜生……畜生……」
彼女を見送った後、机に突っ伏して泣き始める俺。今の俺には、罵倒よりも、人間としての器の大きさを見せつけられる方が、余程自分が惨めに見えて辛かった。せめて、せめて最後にイイところを見せたい。
「ロゼッタのやつ、今度水草さんとデートするんだってよ。どんなデートになるのか想像もつかんな」
「そうだな……」
とはいえど、具体的にどうすれば有終の美を飾れるのかが思いつかずに3日が経つ。そもそも神狩さんとはクラスが違うわけで。気まずくて自分から彼女のクラスに向かうことなんてできないわけで。俺のことなんてすっかり忘れて幸せそうな表情をしている水草さんに若干ジェラスっていると、教室の扉が開いて見知った顔が。
「ああ、良かった。悪いけれど数学の教科書を貸してくれなかしら? 私ともあろう者が不覚にも忘れてしまったのよ。ああ、水草さんのはいらないわ。意味不明な落書きだらけだし」
「意味不明とは何ですかあれは授業中にイラストの練習をして描いたつまり意味のある落書きなんです」
噂は俺の脳内でしかしていないのだが、神狩さんが教室へとやってくる。仕方がないなぁと数学の教科書を机から取り出して彼女に手渡すロコを眺めているうちに、唐突に名案が浮かぶ。
「よし、神狩さんとケースケ、お前ら付き合え」
「あぁ?」
「は?」
水草さんとロゼッタをくっつけることに成功したのだから、この二人もくっつけよう。それで万事解決だと軽い気持ちで言ってみたのだが、神狩さんは物凄い見下すような視線をこちらに寄越しケースケは唐突に話を振られて困惑する。『あぁ?』と言ったのはケースケではない、神狩さんだ。
「別れ話の次はキューピッド気取りかしら。罪悪感から逃れるために誰かとくっつけよう的なその浅はかな考え、実に愚かね。心配しなくても私は文武両道の美少女だからまともな彼氏をすぐに作るわよ」
「そーだぜ、何で俺がこんな女と」
「そーだヨ、こんな男と付き合うだなんて罰ゲームだ」
「そうですよこんなヤンキーと付き合ったら腐ったみかん理論で酷いことになりますよ」
「そうだそうだー」
付き合えと言われた二人だけではなく、ロゼッタに水草さん、ロコまで便乗して俺を批判する始末。ヒーローとは、主人公とは、孤独な生き物だ。だからこそ、戦って勝った時の、自分の正しさを証明した時のカタルシスも凄まじいのだ。
「わかってないなお前ら……ケースケ、お前昔彼女をナンパしていただろう? いいんだよ、見た目がいいからナンパした、その直感は大事だ」
「やかましいわ」
「神狩さん。短い間だったけど、君がどういう男を好むのかはよーく理解しているつもりだよ。神狩さんは自分につり合うハイスペックな男を望んでいるつもりかもしれないが、実は違うんだよ。論より証拠だ、これを見てときめかないでいられるかな?」
俺はケースケの机をガサガサと勝手に漁り、くしゃくしゃになったそれを何枚か彼女に手渡す。何よこの汚い紙はと呆れながらそれを開き中身を確認する彼女の身体がわなわなと震え始めた。
「こ、これは……」
「何ですかそれはうわあこれは酷いですね」
「あーあ、これは3年生にはなれないね」
この前行われた定期テストの結果。持って帰ることなく机の中に封印されていたそれには、悪魔の数字にも劣らない、見るだけで恐ろしくなるような数字とバツが連なっていた。人間とは堕落する生き物だ。高校に入学する時は多少の頭脳はあっても、授業が面倒くさいとかわからなくなったとか、そんな理由でドロップアウトしてしまう人間が必ず出てくるものだ。そんな悲惨なリアルが、そこにあった。
「う、うるせーな……進級くらいはできるわ」
「どうだ神狩さん! 君はこういう馬鹿に知識をひけらかしている時が一番輝いている、それが答えだ!」
「ふ……ふふふ……」
似た者同士がうまくいくとは限らない。時には対極の存在でうまくいくこともある。彼女と何度かデートをした俺だからこそ、口では素敵な男を求めていても、実際にはダメな男をリードする方が合っていると気づいたのだ。無言で震えていた神狩さんは突然笑い出すと、目を輝かせながらケースケの手を取った。
「わかったわ、この挑戦状、受けてやろうじゃないの。この男を私は進級させてみせるわ。ふふ、ふふふ、どんなスケジュールを組もうかしら……ああ、馬鹿が私のおかげで真人間に生まれ変わる、素晴らしいわね」
「ちょっと待て、俺が進級することってそんなに絶望的なミッションなのか?」
「早速放課後、中学生用の参考書を買いに行くわよ。私が小学生の時に使っていた参考書もあげるわ」
「おい、勝手に話を進めるんじゃねえ。しかも何でグレードダウンしてんだ」
手を掴まれて顔を赤らめながらも困惑するケースケを眺めながら、青春っていいよなぁと、最初俺を批判していたロコ達に『どうよ、俺のキューピッドぶりは』とドヤ顔をかます。この後ケースケが無事に進級できるのかどうかは、また別の話。




