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現実的なハーレムの作り方  作者: 中高下零郎
現実的なハーレムの終わり方
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現実的な現実の思い知り方

「ストレスによる胃潰瘍と……過労が原因ですな」


 運び込まれた病院で医者の説明を受けながら、俺は茫然としていた。世界が俺を中心にくるくると回っていたと思っていたが、くるくるぱーになっていたのは俺の意識だったようだ。幸いもう少し夏休みがあるということで、短期間だけ入院することになり、何も考えられなくなった俺は点滴のボトルをぼーっと眺める。


「それじゃあ、しっかり治してね、お兄ちゃん」


 両親と四重が病室を出た後、どれくらい天井を眺めていただろうか、ロコに水草さん、神狩さんがお見舞いに押しかけてくる。


「全く心配したよ。熱中症か何かかい?」

「考えてみれば粉ものばかり食べていましたね何事もバランスが大事ということですね」

「鍛錬が足りないのよ鍛錬が」

「……悪い」


 心配しているのか呆れているのかよくわからない言葉を投げかけた後、お大事にと去っていく彼女達。再び一人になった俺は、少しキンキンする耳をどうにかしようと首をゆっくりと回し、そのままため息をつく。入院するくらいなのだから当然だが、疲れがひどい。ぼーっとしながら、医者の言葉を反芻させる。過労はわかる。夏休みにあれだけ遊んでいれば、疲れもするだろう。しかしストレスとは一体どういうことか。念願のハーレムを手に入れて、可愛い彼女達と遊んで癒されて、何故胃に穴ができるほどストレスが溜まるのか。医者だって神様じゃない、適当な事を言っているんだろうと言い聞かせ、残り少ない夏休みを疲労回復のために費やす。そして9月、ロコと一緒に登校し、久々に俺は教室へ足を踏み入れた。既に教室には水草さんが自分の席に着いていて、こちらを見てペコリと一礼する。


「ういーっす。何だお前、入院したって。大丈夫かよ」

「ケケケ、ヤりすぎて性病にでもなったカ?」

「……まぁ、退院できたし、平気平気」


 数少ない友人達と夏休みに何があったかなんて無難な話で盛り上がり、学生にとっての日常がスタートする。休み時間にはロコとお喋りし、昼休憩には神狩さんも加わって皆でお喋りし、放課後にはたまにファーストフード店やファミレスに寄ったり、家に帰ってロコや四重と遊んだり、翌日が休みという理由で金曜日には皆で集まって夜遅くまでワイワイ盛り上がったり。高校生リア充度全国大会を連覇する勢いの充実っぷり。楽しくないわけがなかった。


「いやー、あの演技はちょっと酷いんじゃない?」

「そう? 気にならなかったけど」

「真面目に見てない証拠だよ。あんな棒演技なのに人気が出るとか、信じられないね。所詮素人は見た目でキャーキャー言ってるってこと」

「すいませんね素人で」


 そして週末は可愛い彼女達とデート。学校の退屈な授業による疲労を、彼女達が癒してくれる。映画を見に行ったり。


「何も始発に乗ってゲームセンターに行かなくたって……」

「甘い甘いですよその甘さサッカリンが如しですよ週末のラウンゴは朝6時からゲームセンターがオープンしているんですそれが意味することは即ち誰にも邪魔されずにゲームセンターを楽しめるということですよDQNに笑われることなく音ゲーで下手なプレイができますしメダルゲームで人気台にずっと居座っている老人やニートに先手を取れるんですゲームセンターは遊びじゃないですオタクの戦場なんです」


 ゲームセンターに行ったり。


「全く酷いプレイね。間違いなく私の方が上手いわ」

「じゃあプロになればいいじゃん」

「嫌よ。女子プロなんて儲からないわ。エロ親父と自分に重ね合わせてる馬鹿女以外に、誰がこんなつまらない試合に金を払うってのよ」


 競技人口が少ないが故にグダグダしているマイナースポーツの女子リーグを観戦したり。


「聞いてよお兄ちゃん昨日学校でね……」

「うんうん……なるほど……それは大変だったな」

「だよねー。後一昨日駅のホームでね……」

「ふむふむ……ふうん……それは災難だったな」


 妹の愚痴ラッシュに微妙に言葉を変えて対応したり。ああ、最高だ。幸せだ。こんなにたくさんの可愛い彼女達に愛されている俺は幸せ者に決まっている疲れなんてあるわけがないしストレスなんて感じているわけがない。なのにどうして胃がキリキリと痛むんだ。頭がクラクラとするんだ。



「……はっ、今、何時だ?」


 気づけば土曜日の朝の十一時。今日はロコとデートをする約束で、集合日時は朝の十時に駅前で、つまりは大遅刻な訳で。ムードのために家が隣同士なのに現地集合なんてことをしなければもう少しマシな結果になったのになとスマホを見ると、案の定怒りのメッセージが何通も届いていた。だるい頭でなんとか彼女に電話をかける。


『……もしもし』

『ほうほう、随分と遅いお目覚めですなぁ?』

『わ、わりぃ……今すぐ向かう、ダッシュで向かうから』

『ベッドで横になってて。今日は親御さんも出かけてるし、四重ちゃんも友達と遊びに行ってるよね? 薬とか買ってくる。……こうなるとは思ってたんだ』


 怒りとはどこか違う、呆れるような、憐れむような声と共に電話が切れる。三十分後、当然のように家の鍵を開けて、ドラッグストアとコンビニの袋を抱えたロコが部屋に入ってきた。


「慣れないことはするもんじゃないね。風邪薬に胃腸薬に頭痛薬、どれがいい?」

「別に身体が悪いわけじゃねえよ、デートが楽しみすぎて寝坊したんだ」

「可愛い幼馴染の前でくらい素直になったらどうなんだい。……今から言うことは、彼氏に別の彼女ができて焦っている哀れな女の戯言だと思ってくれても構わないよ」


 俺の寝ているベッドに薬やらお菓子やらをばらまき、近くに腰掛ける彼女。そのまま彼女は、恋愛論について語り始めた。


「恋愛ってさぁ、楽しいことばかりじゃないと思うんだよね。クラスの女子とかの会話を適当に聞くだけでも、なんとなくわからない? いつも彼氏の愚痴を言ってばかりの女子とかいるじゃん。付き合ってデートして、まあ楽しいこともあるけどさ、苛立つこともあるよ、男と女だし」

「ああ、そうだな。だが、そんな苛立ちなんて些細なもんだろう。苛立ちが勝っているなら別れるさ。苛立ちを遥かに上回るほどの素晴らしいサムシングを貰える、それが恋愛なんだよ」

「そうだね。……で、人間の身体、っていうか心は、正の感情を溜め込む場所と、負の感情を溜め込む場所、別々にあると思うんだよね。どんなに人間の素晴らしい部分を見ても、人間の愚かな部分を見て絶望してしまう、みたいな?」

「まあ、なんとなくわかる」

「つまりさ……限界なんじゃないの? 女の子4人と付き合って、女の子4人に気を遣ってさ、ストレス溜まるに決まってるよ、そんなの。疲れるに決まってるよ、そんなの」


 限界。ロコのその言葉が空きっ腹に突き刺さる。俺はハーレムを作るために努力した。一員になってくれそうな女の子を探して、説得して、我ながらよく頑張ったと思っている。だからこそ、4人も可愛い彼女を作るなんていう夢物語を実現させたのだから。けれども、作った後は? 4人の彼女と対等に付き合いながら、彼女達を喜ばせるだけの器量は?


「はは……ははは……無かったのかよ……俺には……そんな器……」


 女の子と何人付き合おうが、問題無いと思っていた。ロコと付き合っている時はとても楽しかったし、ハーレム物のギャルゲーをやったり、ラノベを読んでいる時だって、胸が満たされていた。あの時は彼女が一人だったから、バランスが取れていたのだ。お話の世界だから、女の子に気を遣うなんて面倒な要素は無くて、ただヒロインにキャーキャー言われるだけだったのだ。現実は、負担に感じている自分がいた。夏休みの途中あたりから、薄々はきっと気づいていた。けれど認めたくなかったんだ。だから倒れても医者の言うことを信用しなかったし、デートをしても楽しいに決まってるなんて何度も言い聞かせていたんだ。ああ、でももうダメだ、身体がいい加減認めろと俺を縛り付ける。ロコがいい加減認めろと憐れむような視線を送る。


「図星だったんだね。で、どうするつもり? このまま素敵な彼氏を演じて、身体と心をボロボロにするつもり? 世の男が女と付き合う理由の半分くらいは、アレだよね。一人目の責任として、私がアレとストレスのはけ口になってあげようか? それとも……」

「……」

「ごめん、こんな時に言われても、頭が追い付かないよね。……話なんてするんじゃなかったかな」


 都合の悪い現実を知ってしまい放心状態の俺におやすみと告げると、ロコは部屋を出ていく。どれくらい経っただろうか、


「う……うああ……ああああっ! うっ、うぇ、うぇ、えっ……」


 泣き声のような、奇声のような、どうにもならない感情を本能のままに表現し始める。隣の家の彼女に聞こえるくらいに。隣の家の彼女が後悔するかもしれない程に。終わったのだ、俺のハーレムは。俺の身体も心も、負けを認めたのだ。涙が枯れて疲れ果てて眠りに落ち、夢の中で彼女達とデートをした。楽しかった。二度と夢から覚めて欲しくなかった。けれども夢はいつか覚めるものだし、俺も覚悟を決めなければいけないとわかっていたから、数時間後に目が覚めた俺は、これからの事を決めるためにロコを呼んだ。

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