ぼっちな少女の縛り方
「……なんだあの子は、想定外だぞ」
「うん、滅茶苦茶喋ったね……抑圧されていた? ってやつかな」
水草さんと初めて会話? をしたその日の放課後、ロコと一緒に帰りながら今後の方針を練る。結局あの後も彼女のペースに巻き込まれ続け、俺の手には彼女に無理やり貸し出されたライトノベルがあった。
「コミュ障でもなんでもないじゃん、滅茶苦茶コミュってるじゃん」
「いやいや、あれはどう考えたってコミュ障だよ」
あんなにペラペラ喋ることができるのに、ロコに言わせれば彼女はばりばりのコミュ障らしい。ロコは君は何もわかってないなあと言わんばかりに、俺を呆れたような目で見る。
「結局のところ、コミュニケーションの苦手な人間っていうのはね、相手との距離感がわからないんだよ。適切な距離感で会話したり行動したりするのがコミュニケーションなんだ。漫画やアニメに出てくる、コミュ障扱いされている無口系ヒロインは、何を話せばいいのかわからない、話す勇気が出ない……そんな感じに自分から距離を置きすぎているから孤独なのさ。で、あれはその逆ってわけ」
「なるほど。水草さんは、自分の趣味に関する事しか喋らない上に、その場合距離を最大限に詰めてくるというわけか」
「その通り。あれじゃあ友達はまずできないよ、私が調べたところによると高校一年生の時はオタク女子のグループに所属していたらしいけど、あんな感じだったからすぐにハブられて、それからは学校ではいつも一人みたいだ」
いつの間にか水草さんについて調べていた有能なロコ。確かにいくら声がキレイでも、あんな風に間髪入れずに、相手に喋る隙も与えずにべらべら喋られたら大半の人はなんだこいつと思うだろうし、現に俺も思った。距離感は離れすぎていても、近すぎてもダメなんだなあと身を以て実感しながら、彼女の問題点を認識する。
「うん、水草さんはあんな感じでぼっちなのは間違いなさそうだね。いやでも、オタクってああいうタイプの人間って結構いるらしいし、今はネットとかもあるし、俺達の知らないところで友達とかいるかもなあ」
「君に怒涛の勢いで喋っていた時の彼女は凄く嬉しそうだったよ、あれは普段趣味を分かち合えていない証拠だと思うんだよね。よって彼女は現実でもネットでもぼっちだと私は推測する」
「とりあえずはぼっち、という体で作戦を考えるか……おっと、もう家についたか」
「善は急げというだろう、君の部屋で恋愛のシミュレーションを行いながら作戦会議をしようじゃないか」
「俺がギャルゲープレイするのを横で眺めてたい、と。何が面白いかねえ他人のギャルゲーなんて。正直浮気みたいなものだと思うんだが」
「滑稽で面白いよ」
「……」
たまに毒舌になる彼女に苦笑いしつつ、俺の部屋で作戦会議という名の、恋人の前でギャルゲーをするという倒錯したプレイが始まった。彼女はゲームの棚にある何本かのゲームソフトを眺めてため息をつく。
「……よくよく説明とか読んでみれば、ハーレム系なんだねこれって。うわあ、気づかなかったよ」
「ハーレム系って言ってもハーレムルートに入るのは難しいけどな、この手のゲームって」
「現実でもゲームでもハーレムを作るのは難しい、というわけか。……お、この子、説明を読む限りだと水草さんに似ているんじゃないか? ハイテンションなオタクって書いてあるし。この子を攻略してみよう、何か糸口が掴めるかもしれない」
ギャルゲーをプレイして現実の恋愛が得意になるというならば、世の眼鏡ナード共はもっとリア充しているはずだ。結局のところギャルゲーに出てくる女の子は攻略難易度が高いだの低いだの言ったって所詮は自称平凡なイケメンでスーパーマンな主人公に靡くようにプログラムされている都合のいい存在であって、現実の女の子はもっと複雑で難しい。イケメンだとか金持ちだとか、そういった要素にあっさり靡く現実の女の子だって勿論いるけれど、付き合いだしてから結局それだけじゃ駄目だった、って悟って少女から女へとなった子を、俺達は何人も見てきているから。だから俺はこんなことをしたって無意味だろうな、まあ今いる恋人と楽しくゲームをするというだけでも意味があるか、くらいのモチベーションでぐるぐる眼鏡にリュックサック、水草さんのようにペラペラと喋っておまけにござる口調の、オタクに対する偏見をこれでもかと詰め込んだヒロインを攻略していく。
『そ、その、拙者は人付き合いが苦手故、こうやって自分のペースに引き込むことしかできないのでござる……し、しかし、そんな自分をそろそろ変えたいと思っているで候。お願いでござ……いや、お願いします! せっ……私を変えてください!』
「……思いついたかもしれないでござる」
「それは真か!? 是非聞きたいでござるなぁ」
ギャルゲーやったって現実の恋愛にはさっぱり貢献しない、と思っていたのだが、ヒロインのこの台詞を聞いてロコが拍手しながら褒め称えるであろう素晴らしい作戦を思いつく。
「そうだよ! 彼女を変えるんだよ! 彼女がまともにコミュニケーションをとれるように、俺達で何とかする、そして彼女は俺に感謝して好感度爆上げ、きゅんきゅんでハーレムの一員になってもいいって思ってくれるはずだ。こっちとしても、まともにコミュニケーションをとれるようになれば彼女を落としやすいしね、どうだ、完璧だろう」
「……」
俺は自信満々に、ハイテンションなオタクのように捲し立てながらロコに作戦を述べるのだった。そんな俺の作戦を聞いていたロコだったが、聞き終わると拍手どころか大きなため息をつく。
「はぁ……駄目だ、やっぱりギャルゲーなんてやってたら馬鹿になる。私がもっと独占欲の強い女ならもっと君にギャルゲーをプレイさせてアホにして、私以外の女に相手にされないようにするかもしれないね。そもそも君は根本的な作戦を理解しているのかい? 『ぼっちな女の子を自分に依存させる』だよ。彼女を変えてぼっちじゃなくしてどうするのさ、君に感謝しながら友達やら恋人やら作ってどこかへ去っていくのを見送りたいのかい? それは君の仕事じゃあないよ」
「うっ……」
確かに彼女の言う通り、俺はギャルゲーに汚染されていたようだ。『問題を抱えた女の子を救って好感度を稼ぐ』、それは確かに一つの恋愛の答えだし、現実世界にも活用できるはずである。しかしながら、それは一人の恋人を作る方法であって、ハーレムを作る方法ではないのだ。
「むしろ逆なんだよ。彼女をどんどんぼっちにするんだ。そして、『私を理解してくれるのはこの人だけ』という心理にして縛りつけるんだ。それこそ、他に彼女がいても構わない、むしろ寂しいから他の彼女とも遊びたい、ハーレムに加えてくださいってなるくらいにね。時にはわざと悪評を振りまいたり、嫌がらせをする必要だってあるかもしれないね」
「……」
彼女の言っていることは当初の作戦を詳細にしただけだけど、それだけで俺の心にチクチクと針が刺さる。途端に罪悪感とか、こんなことをして本当に幸せな結末になるんだろうか、なんて良心と言えばいいのかヘタレ根性と言えばいいのか、よくわかわらないもやもやに悩んでいると、ロコは俺のカバンからライトノベルを取り出して俺に渡す。
「君が怖気づいたなら、『俺にはハーレムなんて無理です、ロコだけを一生愛します』とここで誓うことだ。君が色々な物を犠牲にしてでもハーレムを作りたいというのなら、まずは彼女を理解するためにこれを読むことだね」
それじゃあまた明日、読んだら私にも内容に教えてねと俺の部屋から去っていくロコ。オートモードでお構いなしにペラペラ喋る、少しずつまともになったゲームのヒロインを電源を消して黙らせると、俺は机に座って深呼吸し、彼女に貸し出された本を開くのだった。