贖罪的な妹との遊び方
俺の作戦は想像以上に四重に改心の一撃を食らわせてしまったらしく、あれから彼女の様子が少しずつおかしくなっていった。この日も俺がロコと共に家に戻ると、いつもはソファに座って俺を待っていたのに、リビングでぼーっと突っ立っている彼女の姿。
「ただいま、四重。どうしたんだ」
「おかえり……なんかね、皆がずっと私の悪口言っているの。休憩中も、授業中も、あいつウザいよねとか、いい気味だとか、笑い声とかが、聞こえてくるの」
「被害妄想だよ四重ちゃん……」
俺に気づくと、寂しそうな表情とか、辛そうな表情とか、そういうものを超越した無の表情で学校での出来事を喋り始める。いくら四重が嫌われていたとしても、彼女の通う高校の偏差値が低くても、そんな悲惨な状態になっているとは思えないし、思いたくない。ロコの言う通り、不安定な精神状態の彼女が聞いた幻聴なのだろう。ロコにホットミルクを作ってくれと頼むと、とりあえず彼女をソファに座らせて隣に座る。
「四重。それは幻聴だよ。休憩中にクラスの皆がお喋りして楽しんでいるのを、お前が笑われていると思ってるだけなんだ。授業中に悪口ずっと言われてたら、いくらなんでも教師が黙ってないよ」
「うん……うん……そう、だよね。私、ちょっと変になってるから、過敏になってるんだよね、ありがとう、ヒド、お兄、兄さん。あ、あはは、やばい、ちょっとじゃなくてかなり変だね。おつ、落ち着く、落ち着かなきゃ」
兄の呼称が滅茶苦茶になってしまった四重をよしよしと撫でる。何度かすーはーすーはーと深呼吸をした彼女にロコがホットミルクを差し出し、四重を挟むように隣に座る。大分落ち着いたようで、今日は痙攣せずに、素直にそれを飲むことができた。
「はー……はー……ありがとう。あったかいもの飲んだら、眠くなって来ちゃった。しばらく寝るね」
「ああ、ぐっすり寝ろよ」
部屋に戻っていく四重を見送った後、大きくため息をつく。そんな俺にもホットミルクを差し出しながら、ロコが不思議そうに首を傾げた。
「話を聞く限りでは、特にあれからは酷い事をされてないみたいだけど……トラウマを引きずり過ぎてるのかな? 正直ここまで悪化するとは思わなかったよ」
「いや……その……聞いてくれるか、ロコ」
「心当たりが?」
聖女と呼ぶにはあまりに毒の入ったロコに懺悔をする。先日の実況プレイ動画を撮ろうだなんて催しが、隣の部屋にいる四重に、俺達のハーレムがいかに楽しい連中かを伝えるためのものだったと知ると、ロコは唖然として、露骨に悔しそうな顔をする。
「ぐぬぬ……まさか、君如きの浅はかな策を見抜けないとは……」
「仮にも彼氏だぞ、俺……」
「でもまぁ、方針は悪くないと思うよ。ただちょっと、急所に当たって効果が抜群だったね……とりあえずどうしよっか、もうボール投げて捕まえちゃう?」
「いや、ありゃもう瀕死状態、むしろ吹き飛んでるよ、方舟に乗せられないよ……はぁ」
ゲームネタで茶化してみても、事態が良くなるなんてことはなく、何度目かのため息をつく。その後ロコと話し合った結果、次に皆で遊ぶ時は、自然に四重を誘うという方針へ。もともと少しずつ四重を羨ましがらせて、そのうち俺達の輪に入れて、馴染ませていくつもりだったのだ。少し予定が前倒しになっただけ、どちらにせよ俺は妹が弱っているのを利用しようだなんて酷い事をしようとしているのだ、今更罪悪感に押しつぶされる訳にはいかない。SNSで他の彼女達に連絡し、昔俺と一緒にゲームをやっていたくらいで、今は基本的にオタク趣味のない四重も楽しめる催しは無いだろうかと会議をする。
『そんなの決まってるじゃないですか、アニメですよアニメ。お兄ちゃんと妹がラブラブちゅっちゅするアニメを皆で見るんです。妹さんの中に隠れている感情をそこで爆発させて、いけー、やれー、ヨガスれー!』
『誰かこいつを摘み出せ』
『というかチャットで句読点使ってるの見ると違和感あるわよね』
『テレビ番組とかでいいんじゃないの? お笑いとか』
『それならいいの持ってるわよ。オンエアされなかったバトルの総集編とか』
お笑いなら皆で見ても楽しめるし、何より今の四重には笑いが必要だ。オンエアされなかったバトルが悲しみを吹き飛ばしてくれるかどうかはわからないが、アニメやゲームで詳しくない四重に疎外感を与えるよりはマシだろうとその提案に乗る。そして作戦の日である週末、いつものように学校が終わるとすぐに帰り四重の帰りを待つ。
「……ただいま……」
「おかえり四重。って、どこ行くんだ、まあいつもみたいに座れよ。今日はどうだった? 大丈夫だったか?」
「うん、今日は特に何も無かったよ。今日は部活の人達と遊ぶんでしょ? 私は部屋に戻るから」
「まぁまぁ、たまには四重も楽しもうぜ。今日はな、皆でお笑いを見るんだよお笑いを。思い切り笑えば、気分も少しは晴れるって」
「……いいの? 迷惑じゃない?」
「迷惑なもんか。というよりな、皆が四重に興味津々でさ、じゃあ今日は一緒にお喋りしようって勝手に約束しちゃったんだよ。だから、な? 頼むよ、兄を立てるつもりでさ」
「……うん」
何とか彼女をその気にさせると共に、玄関のドアが開いてハリセンを持ったロコがやってくる。滑ってるぞ、いや滑ってないよなんて微妙な夫婦漫才をして四重を微妙な笑顔にさせているうちに残りの二人もやってきて、俺の部屋でお笑い鑑賞会がスタートした。
「え、何このつまらないコンビは」
「知ってますかこのコンビ今までこの番組に100回以上挑戦してるのにオンエアされたのはたったの1回なんですよ」
「確かにつまらないわね。よくこんなので芸人続けられるものだわ」
「いや結構面白くね? 玄人好みだわ」
「おに、ヒドラ、いつから玄人になったの?」
流石にオンエアされないだけあって微妙なクオリティだったが、こういうものは皆で見れば何でも楽しめるものだ。時には俺が身体を張ったギャグをかます等の努力の甲斐あり、四重もすんなりと輪の中に溶け込んで楽しんでいるように見えた。
「それではおやすみなさい」
「それじゃ、また来週」
「ふぁ~、おやすみ~」
それなりに皆で笑った後、お開きになり部屋には俺と四重が取り残される。結構楽しめたな、そうだねなんて中身のない会話をしばらく続けていたのだが、もう用は済んだとばかりに四重は立ち上がって部屋に戻ろうとする。今回で終わりにしてはいけない、すかさず俺は次の約束を取り付けようとする。
「来週はさ、皆でゲームやろうって話になってるんだ。水草さん……あのペラペラ早口で喋る女の子がさ、戦隊ヒーローになりきって遊ぶゲーム持ってるらしくて。5人で遊べるしさ、来週も皆で盛り上がろうぜ」
「……でも、私がいたらおかしいし」
「いやいや、おかしくなんてないって」
「ううん、おかしいよ。だって」
反応は悪くなかったし、友達と、そして兄と仲良く遊ぶなんて今の四重にとっては喉から手が出る程魅力的なことだろう。だから目を輝かせながら『本当!? うん、楽しみだな』なんて答えが返ってくると思っていた。けれど、四重はとても悲しそうな目をすると、
「あの人達、皆彼女さんでしょ?」
気づいてないとでも思ってたの? とでも言いたげな、俺を、そして自分自身を憐れむようなそんな表情で隠していた事実を突きつけると、泣きそうな顔になって部屋を出て行った。