お高い女とのデートの仕方
「とりあえず適当に歩こうよ。デートプラン考えてはみたんだけどさ、男が一人で全部決めるのなんて古いと思って。行き当たりばったりも悪くないよ」
「そうね。世の中男に決めさせておいてぎゃあぎゃあ文句を言う女が多いものね」
デートプランを酷評されるリスクを考慮して、ノープランかつ彼女の好みに合わせる手法をとってみたのだが、第一印象はとりあえず悪くなさそうだ。街中をぶらぶらと歩いて面白いお店がないか探しつつ、適当に話をしてみることに。
「漫画だとさあ、美少女とデートしてたらモブキャラが『え、あいつが彼氏? 全然釣り合ってないじゃん』とか言うよね。現実でもあるのかな、そういうこと」
「私は自分の事を可愛いと思っているけど、残念ながら漫画に出てくるような誰もが羨む超絶美少女ではないの。見た目の偏差値75と偏差値50だったら現実にそんな台詞も出てくるかもしれないけれど、偏差値60と50だったら特に不思議には思われないんじゃないかしら。それとも言われたかったの? そんな男の尊厳をぶち壊すようなセリフ」
「ちょっと言われたい気もするけどね。『どや、格上の女捕まえたったで』みたいな」
笑うべきなのか困惑している微妙な笑顔の彼女と共にどこか悲しい会話をしていると、彼女が急に立ち止まって一点を見つめ始める。その視点の先にあったのはノスタルジックなミニシアターであった。
「懐かしいなあ、小学生の頃はよく親と来たもんだよ。街が発展して大きな映画館に気軽に行けるようになってからは行かなくなったけどね」
「私もよ。今でもドマイナーな映画とかやってるからそれなりの需要はあるみたいね。ここで映画見てみない?」
本来デートというものは異性と楽しむべき時間であるが、それは付き合った後の話。付き合う前のデートというものは戦いだ。いかに相手の好感度を下げることなく乗り切ることができるか……そんな戦いにおける映画は本体で2時間、その後お茶して30分と相当な時間を稼ぐことができる素晴らしいイベント。伊達に定番をやっているわけではないのだ。向こうの方から映画を提案してくれて内心ガッツポーズした俺は、意気揚々と財布を取り出してもちろんチケット代は出すよと見栄を張る。『同年代に奢られたくはないけど、素直に好意は受け取っておくわ』と了承した彼女と共に、俺達はミニシアターへと歩を進めたのだった。
「……」
「……よくわからない映画だったわね」
「あ、よかった。神狩さんも理解できなかったんだ。俺だけ理解できなくて馬鹿に思われたらどうしようって」
折角ミニシアターに来たのだから普通の映画館でやってないような映画を見るべきだと、名前も聞いた事のない『逆襲のKOGENTA』という映画を二人で見たのだが、虐待された猫がゾンビとなって人間を襲うというよくわからない代物であり、映画を見終えて自然な流れで喫茶店に向かった俺達は、対面して微妙な一体感を味わっていた。
「……私、猫嫌いなのよね。いや、あの映画はそもそも猫好きが見る映画なのか猫嫌いが見る映画なのかわからないけど」
「そうなんだ。猫嫌いな人って珍しいね」
「猫自体はそこまで嫌いじゃないのだけど、猫好きの人って痛い人が多い気がするのよね。私だって人間よ、ファン憎しで本体憎くなるわ」
「あー……ぬことか言ってる水草さんとは対立しそうだなあ」
映画は微妙だったが、微妙だったという意見が一致したのは不幸中の幸いだ。感性の違いを浮き彫りにさせることなく、比較的まともに四方山話へと繋げて行く。彼女についてもう少し知りたくなった俺は、直接彼女に問いかけた。
「ところで、神狩さんってデートしたことあるの?」
「ないわよ。これが初デート」
「そうなんだ、モテるのに」
「デートに持ち込む段階になるほど男と仲良くなんてしてなかったし、直接告白されても断ってきたしね」
「ふーん。恋愛に興味がないの? それともズーレー?」
学生がするような子供の恋愛に興味はないとか、そもそも男に興味がないとか、そういう理由だったら諦めるべきかなあなんて思っていたのだが、彼女はどこか虚しそうに喫茶店の天井にあるシャンデリアを眺める。
「……別に。恋愛に興味がないわけじゃないし、ノンケよ。ただね、ビビっと来ないっていうか。あんまりスペックかけ離れた人同士が付き合っても不幸になるだけじゃない? 何の能力もないダメなヒモ男に貢ぐ、それなりに能力あるのに食いつぶされてるアホ女とか、あるいは馬鹿な女のせいで人生台無しになってる男とか見ると、悲しくなるのよね。私は天才ではないけれど、自分を優秀な人間だと思ってるわ。相応しい相手を求めるのはおかしなことかしら? 恋愛はよく吟味すべきよ。友情もそうね」
「そんなもんかねえ」
彼女は恋愛に無関心どころか、真剣だからこそ慎重になっている、というのはその台詞だけで理解できた。そう考えると、俺は恋愛に真剣ではないのだろうか。実を言うと、ロコと付き合うようになった過程を思い出せない。幼馴染で昔から仲が良くて、高校入ってしばらくしたら気が付いたら付き合っていて。どっちが告白したのかすら覚えていないのだ。仲の良いケースケやロゼッタとつるむようになったきっかけも思い出せない。けれど、付き合った以上は彼氏として頑張っているつもりだし、友情も壊さないように努めているつもりだ。とりあえず友達になってから、恋人になってから考えればいい、頑張ればいい、なんてものは甘えでしかないのだろうか? そんなことを考えていると、彼女が俺を心配するような目で見つめてくる。
「貴方の恋人一号、幼馴染なんでしょう? 今後どうするのよ、家が隣とか別れたら気まずいわよ? 学生時代に付き合った人間がそのまま結婚する確率がどの程度低いか知ってるのかしら?」
「酷い事言うなあ。別れること考えて付き合う馬鹿がどこにいるんだよ」
「ここにいるわよ。はっきり言えば、私は学生時代の恋愛なんて、大人になって結婚するための恋愛の予行演習でしかないと思ってるわ。そんな予行演習のために他人を巻き込むのは嫌よ。だから恋人いないしとりあえずこいつでいいや、なんて事はしたくないの。何年経ってもうまくやっていけそうな、そういう相手でもなければね」
ストローの包み紙を千切りながら、行き遅れる女の思考なのかしらね、と困ったような笑みを見せる。スペックが悪いわけでもないのに、高望みしすぎた結果婚期を逃して、おばさんになってしまい結婚が難しくなる……そんな哀れな女性達に彼女がなるとは思えないけれど、貴重な学生時代の青春、恋愛したくてもできない人がたくさんいるのに勿体無い話だとは思う。
「……」
「ふふっ、難しい話だったかしら。私達は恋愛談義をするために集まったわけではないわ、今日は精々私をもてなして楽しませることね」
「そうだね。近くにプラネタリウムが出来たんだってさ、行ってみない?」
喫茶店を出た俺達は、最近オープンしたというプラネタリウムへ。中はキラキラとしていたが、正直なところ俺は星座なんて全くわからないし興味もない。どうして俺はこんなところに彼女を誘ってしまったのだろうか。北斗七星くらいしかわからないなあと綺麗な形を眺めていると、下の方に八つ目の星が見えてしまう。
「……げ、あれって死兆星? 見ちゃったよ……」
「死兆星? ああ、あれね。あれはアルコルって言うの。ここはプラネタリウムだから皆見えるけど、実際には目がよくないと見えないのよ。昔はあれが見えるかどうかで視力をテストして、合格した人は兵隊になってしまう……見えたら死ぬってのは間違ってないかもね。けど、日本では見えなくなるくらい目が悪くなったら寿命だって言われてたみたいよ」
「ふうん。博識だね、神狩さんは。クイズゲームでもばんばん解答してたし、知識をひけらかすの好きなタイプ?」
「そうね。嫌な性格してるかしら?」
「全然。それだったら、神狩さんの相手は同じくらいのスペックよりは、多少馬鹿な方がうまくいくんじゃないかなって」
俺みたいな人間こそが神狩さんに相応しいとアピールしたいわけではなく、単にそう思ったから発言しただけなのだが、彼女は俺を見つめて目を逸らすと、そうかも知れないわね……と大きなため息をついて偽物の星空を眺めた。照れているのだろうか。プラネタリウムを出た後は、路上ライブを見物しながら好きな音楽について語り合ったり、変な政治団体がよくわからないことを演説しているのを聞きながら、彼女に日本の現状について軽く教えて貰ったりと、悪くない流れで時間を潰すことができた。
「今日は楽しかったわ」
「どうも。点数で言うと?」
「85点ってところかしら」
「随分高得点だね。それじゃ、また絡むよ」
「あのチンピラは連れて来ないでね」
別れ際、彼女は頬を赤らめていたように感じる。俺は自覚していないだけでとんでもないジゴロであり、モテ男なのではないだろうかと嬉々としながらロコに今日のデートを報告したのだが、彼女に鼻で笑われてしまう。
「ははは、思い上がりも甚だしい。彼女、初デートなんだろう? 初デートってのはね、バイアスかけちゃうもんなんだよ。女の子ってそういうもんなんだよ。私もそうだったよ、デートが楽しみで楽しみで、何着ていこうかなとか悩みながらキャッキャウフフして、当日の君は輝いて見えて。場所がゲーセンだとかパチンコだとかどうでもよくて、大当たりした時の感動ったらないね」
「結局パチンコ楽しんでたのかよ……」
「異性は星の数程いるけれど、私達が関わるのはごく僅か。よくあるじゃないか、男を知らずに育ってきたお嬢様が、たまたま出会った普通の男に惚れるなんて夢物語。男を知らないんだから、過度な期待をかけていれば、普通の男が王子様に見えてしまうのさ。そして馬鹿な男に騙される……吊り橋効果よりも、ずっと怖いと思うよ」
「俺を馬鹿な男扱いするのはやめてくれないか……ともかく種は撒いたわけだ」
今頃神狩さんは今日のデートの事を思い返してニヤニヤしてるのかなあ、なんて気持ち悪い事を考えながら、今日新たに手に入れた情報を整理して、次につなげるための準備をするのだった。




