お高い女の常識の壊し方
「やめようぜやっぱり、完全に向こう俺達の事を異端だと思ったよ絶対」
「いや、私の見立てではかなりこちら側に傾いているはずだ。あの手のタイプの人間はね、常識外に弱いんだよ。頭のいい人特有の弱点だね。それを利用するんだ。というわけで明日、どうにかして水草さんとデートしているところを彼女に見せつけよう。日曜日のお昼は大体カフェに行くみたいだからそこを狙う感じで」
神狩さんに公認で二股をかけていることをカミングアウトしたその日の晩、ロコとギャルゲーをプレイしながら今後の方針について話し合う。こちらをからかっていた相手に一泡吹かせた感じなのは嫌いではないが、完全にドン引きされてしまったし彼女は諦めた方がいいと俺は思っていたのだが、ロコに言わせれば彼女はちょろい人間らしい。強がっている人間程、実際には脆くてすぐに落ちるとのことで。丁度攻略していたギャルゲーのヒロインも、勝気な少女だったがその実怖がりで、ちょっと怖い想いをしただけで吊り橋理論により主人公に惚れてしまうという危険な程の脆さを持っていた。
「うわあメイドカフェや執事喫茶じゃないところに来るのはいつぶりでしょうかオシャレですね何頼みましょうか私はヘーゼルナッツクリームドラゴンフルーツチョコレート……」
「そろそろ彼女がここでランチをとるらしいんだが……お、きたきた」
そんなわけで翌日、水草さんを誘って喫茶店へ。メニューを見ながら謎の呪文を唱えている水草さんを眺めつつ、カフェの入り口を注視していると、情報通り神狩さんがやってくる。彼女は週末は大体ここで優雅に読書をしながらランチをとるそうだ。ちなみに情報提供者はここでアルバイトをしているロコの知り合いだそうで。プライバシーもあったものではない。
「……!? ……!?」
空いている席に座ってリラックスしようとした彼女だったが、こちらに気付いたのか驚いた表情でこちらを見やり、何もなかったかのようにメニューを見るが再び驚いた表情でこちらを見てくる。まるで昔のテレビ番組でよくやっていた、彼女がトイレに行っている間に美人さんをチラ見するアレみたいだ。
「あれあそこにいるのって神狩さんじゃないですかどうしますか声かけてみますか」
神狩さんに気付いた水草さんが俺にこっそりと耳打ちしようとしたが、いかんせん小声で話すということができない子、本人どころか店中の人間に聞こえてしまっただろう。別の目的のために彼女とのデートを利用していると伝えるのが嫌だったので伝えなかったが、こんなことなら伝えるべきだったか。
「……やあ神狩さん、奇遇だね。一人でオシャレな喫茶店とか行けるタイプなんだ」
「まあ、ね。……そちらの女の人は?」
「こんにちは神狩さん私は水草太陽ですうわあ間近で見ると綺麗な人ですね羨ましいですそうだ席ご一緒していいですか」
俺が立ち上がって彼女の元に行き声をかけると、彼女は戸惑った表情で水草さんの方を見る。すぐに水草さんが俺と自分の分の椅子をひょいと持ちあげて、承諾も聞かずに一緒になる。彼女の相手に合わせない超積極的コミュニケーションが果たして吉と出るのか凶と出るのか。
「こ、こんにちは。昨日とは、女の子が違うみたいね」
「昨日ああ猫狩さんのことですね昨日も会ったんですか世界は狭いんですね」
「……この人との関係は?」
「彼女ですよ見てわかりませんか卒業するまで付き合わないギャルゲじゃあるまいし彼女でもない人と休日に喫茶店でデートしますかという話ですよああでも最近は付き合ってからデートする人は減ってきてデートして相性確認してから付き合う人も増えてきたらしいですね」
「そう……念のため聞くけど、この男が猫狩さんとも付き合ってることは」
「勿論知ってますよ失礼ですけど人の彼氏をこの男呼ばわりしないでくれませんか」
会話のテンポが合わないのか、神狩さんが若干水草さんに怯えているように見える。彼女にとってきつい言動とは、先手必勝で自分のペースに持っていくための防衛術なのかもしれない。そんな彼女にとってみれば、水草さんの他人の領域にズカズカと土足で踏み込んで圧倒的存在感で荒らしまくるコミュニケーション術は分が悪いだろう。俺ですらテンポが全然合わなくて困っているし。
「ご、ごめんなさい。でも、蛟さんのどこがいいのかしら? というより、二人恋人がいることを納得しているの?」
「蛟さんはとてもいい人ですよああいい人呼ばわりだと恋人として見てないみたいですねでも蛟さんは本当にいい人なんですよ私の話もちゃんと聞いてくれますしオタク文化にも寛容ですしデートにも誘ってくれますし自分だってわかってますよ友達いないからちょっと優しくされただけで好きになってしまった馬鹿な女だってラノベに出てくる量産型ヒロインみたいで滑稽だってでもしょうがないじゃないですか私だって人間なんですから一般的な人間の心理が働いて当然じゃないですか他に恋人がいたっていいんですよ世の中ギブアンドテイクなんですから猫狩さんもいい人ですしね」
「……」
呆然とする神狩さん。昨日の時点では疑っていたのだろう、実際に二人目の恋人の口から納得していると言われると認めざるを得ない、それでも信じらないといった表情だ。そんな彼女の表情なんてお構いなし、水草さんは尚も怒涛の勢いで言葉を並べて行く。
「神狩さんも私達のハーレムに加わりませんか実際楽しいですよハーレムの構成員って漫画のヒロインみたいで神狩さん性格悪いって評判ですけど蛟さんは仏のような方ですから神狩さんも受け入れてくれますしこうして懲りずにアプローチしているところが証拠ですよ大変だと思いますよ複数の女の子と付き合うのって女の子の性格やら趣向やらも千差万別だからそれら全てに対応しないといけませんし付き合うのも楽しいことばかりじゃなくてやっぱり疲れますし世間の目だってありますよでもそんなハンデを跳ねのけているんです魅力的な人間だと思いませんかあれですよね神狩さん自分はその辺の凡人とは違うとか思ってるタイプですよねそれは問題ないと思いますよ実際神狩さん美人だし背も高いし黒髪サラサラで綺麗ですし頭もいいしスポーツもできるみたいですしでも恋愛には一般論を振りかざすなんておかしいんじゃないですか蛟さんはその辺の凡人とは違いますよなんせこの現代日本で堂々と二股をかけることのできる男なんですから」
「ま、まぁ、確かにそうね、普通とは違うわね……ごめんなさい、私用事があるからこの辺で」
よくもまあ初対面なのに彼女の話を理解できるものだと感心する、流石頭がいいだけのことはある。けれどもこれ以上会話をするつもりはないようで、困惑した表情で神狩さんは席を立ち、結局何も注文せずに喫茶店を出て行ってしまった。水草さんは何も注文せずに出て行った神狩さんに首をかしげながらも、すぐに店員を呼んで謎の呪文を呟くのだった。
「……という感じだったよ」
「くぅ~最高じゃねえの、俺もあのアマが敗北するその瞬間立ち合いたかったぜ」
「性格悪い女の子ってイメージ持ってたけど、そのエピソード聞いたらちょっと魅力的に思えてくるネ、ギャップ萌エ?」
そして翌日。ケースケ、ロゼッタと体育の授業をサボりつつ駄弁り、土日での出来事を語ると彼女を恨んでいたケースケがとても嬉しそうな表情をする。最初はやめとけと言っていたケースケだが、なんだかんだ言って俺が彼女を攻略する事に関して協力的なようで、不良の役をやってもいいと言い出す始末。
「しかしどうしたもんだかなあ。成果としては彼女に一泡吹かせたくらい。別に向こうは俺に対して好意を持っているわけでもないだろうし」
「そうか? なんだかんだ言っても気になってると思うぜ。なんせ自分のことを特別な人間だと思っているような奴だからな、実際に公認で二股かけている、何度からかっても諦めないお前をリスペクトしてると思うぜ。そこで、俺があの女を襲ってボコボコにする。そこをお前が助ける。キュン! 素敵! 抱いて!」
「ボコボコにしたら駄目だロ。というか作戦が成功してゴッドイーターさんが彼女三号になったら、必然的にケースケとの接点も増えるわけだけどいいのケ?」
「ぐっ……っと、もうこんな時間か、戻ろうぜ」
体育の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったので、俺達は教室に戻る。その途中、偶然にも神狩さんと鉢合わせてしまった。まだ引きずっているようでその表情は芳しくない。さて、話しかけてみようかなと悩んでいると、ケースケが突然彼女に詰め寄る。
「おうおうおう何だてめえガン飛ばしてんじゃねーよああ? やるんか? おお?」
馬鹿なケースケのことだ、彼女が強がっているだけの弱い人間だと踏んで恨みを晴らしてやろうと考えていたのだろう。神狩さんはそんなケースケを見て、心底哀れむような表情をする。
「……可哀想な人ね。男が女を威勢でビビらせようだなんて。本当に可哀想」
「んだとてめえ喧嘩売ってんのかマジでボコボコにしたるぞこらあいててててててててて」
ただ威勢がいいだけの安直な対応では彼女には通用しないらしく、昨日のような困惑した表情など見せず余裕に満ちた表情だ。そんな余裕を感じ取ったケースケが更に苛立ち、とうとう彼女に手をあげようとする。しかし神狩さんは武術も嗜んでいるようで、素早くケースケの右腕を掴むと捻ってケースケを地面にのたうち回らせた。
「て、てめえ、おいロゼッタ、邪魔をするな、つうか腕掴むな痛い痛い待て話はまだ終わってねえぞ○×△□」
「情けなさすぎる……んじゃ、邪魔者は退散しますネ」
呆れたロゼッタがケースケを引っ張って退散し、後には俺と彼女が残される。ケースケのおかげで彼女の調子は元に戻ったことだろう、この状態の方が会話がしやすいと思い声をかけてみることに。
「あはは、ごめんね、馬鹿な友人で……」
「友達は選んだ方がいいわよ」
「神狩さんが言うと説得力があるね、選ばれる方なのか選んだ結果なのか知らないけど」
「ふん、言うようになったわね」
それだけ会話を交わして、後は気まずい沈黙が流れる。授業もあるし、とりあえず今日はこの辺にするかなと、それじゃと言って去ろうとしたが腕を掴まれて引き留められてしまった。
「……何?」
「……いいわ。普通じゃない恋愛をしている男の魅力とやら、確認してやろうじゃないの。週末、デートししましょう」
顔を少し赤くしてそれだけ言うと手を放し、何事も無かったかのようにその場から去る神狩さん。ようやくチャンスがやってきたというわけだ。
水草さんは文字数稼げていいわぁ~




