二人の彼女との遊園地の楽しみ方
「いえーい遊園地だー」
「なんだそのテンション」
「わかります私も小学校の修学旅行以来ですから気持ちが昂りますね遠出した甲斐があるというものです」
日曜日。約束通り土曜日に彼女達と個別のデートを行った後、夢のハーレムデートということで県内にある遊園地に来ていた。県内とはいえど地元から電車で2時間も揺られる必要があるのだが、県内のまともな遊園地といえばここくらいしかないのだから仕方がない。
「どうでしょう私達浮いてませんかね男一人女二人だなんて」
「気にしすぎじゃないかなあ? 一人で遊園地に来る悲しい女性とかいるくらいだし、私と水草さんはその気になれば双子って言い張ることもできるしね」
休日の遊園地は人が多い。人が多いということは、少なければ浮いてしまうであろう俺達のような存在も、取るに足らない存在になるということだ。教室では視線が痛くなかなか落ち着くことができないが、今日は心置きなく彼女達と楽しむことが出来そうだ。
「それじゃあヴァイキングに行きましょう」
「いやいや、ヴァイキングは混んでるよ。遊べる時間は限られているんだから、混んでいないアトラクションを楽しむべきだ。フリーフォールにしよう」
「あんなもの上がって落ちるだけじゃないですか何の風情もありません」
「それを言うならヴァイキングだってぶらぶらするだけじゃないか。しかもこの時間で既に30分待ちだよ? フリーフォールならすぐ乗れる、オタクなら隙間産業を狙うべき」
「オタクが好き好んでマイナージャンルを選んでると思ったら大間違いです不人気をあえて選んで面白い面白い言うなんて滑稽ですね」
楽しむことが出来そうだと思ったのも束の間、乗りたいアトラクションでいきなり二人の仲が険悪に。下らない言い争いをした後、『どっち?』と言わんばかりの目で彼女達が俺を睨みつける。
「……俺がヴァイキング並んで置くから、二人でフリーフォール楽しんで来なよ。ほら、吊り橋効果ってあるだろう? 二人で絶叫してドキドキして、仲直りしなさい。君達が仲良くしてくれないと意味がないんだから」
「へえ、結構まともな返しだね。しどろもどろになるものかと思ってたよ」
「ごめんなさい意地悪してしまいましたね蛟さんに免じてフリーフォール楽しんで来ますそれじゃあ猫狩さん行きましょうか」
さっきまでの険悪なムードはどこへやら、和気藹々とフリーフォールへ向かう彼女達を見送りながら、俺はヴァイキングの最後尾に並ぶ。よく考えたらフリーフォールなんてすぐに終わるアトラクションな上に行列もないのだからすぐに終わるわけで。三人でフリーフォールに向かった後ヴァイキングに並んでも特にタイムロスにはならないじゃないかと気づいた頃には、フリーフォールの出口から彼女達がやってきた。相当心臓に響いたらしく、二人で肩を抱き合ってふらふらしながらこちらへ向かってくる。
「……」
「……」
「随分と仲良くなったみたいだね、俺が並んだ後誰も並ばなかったから普通に俺も行けばよかったよ」
「いや、絶叫系は駄目だ、あんな酷い顔を男に見られたくはない」
「同感ですそんなわけでヴァイキングは中止ですもっとほのぼのとしたところにしましょう」
「遊園地から絶叫系を取っ払うのか……」
俺の目論見通り二人で恐怖を共有して距離が近づいたようだ。男の俺としてはジェットコースターやらスイングハンマーやらに乗りたかったのだが、彼氏は彼女を立てなければいけない。この年になって恥ずかしいなんて感情を飲み込みながら、三人でコーヒーカップに乗り込む。
「この年になってコーヒーカップか……」
「恥ずかしいですね」
「……男の俺が恥ずかしさを飲み込もうとしてんのに口に出すなよ……」
周りを見ると家族連れとか、幸せそうなカップルとか、恥ずかしくても構わない、自分達は幸せだから……そんな連中だらけだ。いくら男一人に女二人という存在が浮かないからって、それで自分達が恥ずかしさとか、浮いているんじゃないかという不安とかを簡単に捨て去ることができるかと言われればそうでもないのだ。俺達が本当のハーレムにまだなれていない証拠なのかもしれない。
「よし、俺も男だ、覚悟を決めよう。全力で回すぞ」
「やっちゃってください」
「壊れてスタッフに怒られるくらいの覚悟でいこう」
きゃっきゃうふふとくるくる回している隣のカップルを睨みつけながら、高校生男子の全力全開のカップ回し。しかしアトラクションの設計者も馬鹿ではない、こうして壊すくらいにやろうとする馬鹿がいることを想定しているのか、ある程度のところでブレーキがかかってしまうようになっていた。結局隣のカップルと大差ないくらいのスピードで回りながら、コーヒーカップから出た時には疲れでゼーハーゼーハー言う羽目に。
「大丈夫? ジュース買ってくるから待ってて」
「煽ってごめんなさい」
「す、すまない……」
ロコが自動販売機を探して走り去っていくのを見送りながら、息を切らしてベンチに腰掛ける。その間に次は何に乗ろうか、蛟さんお疲れですしゆっくりできる観覧車にしましょうでも観覧車って大抵〆に乗るものですよねうーんムード的にはどうなんでしょうとかそんな会話をしていたのだが、なかなかロコが戻って来ない。たかだか3分くらいだけど、そんなぎゅうぎゅう詰でもない遊園地で自動販売機を見つけ飲み物を買ってくるなんて芸当が3分もかかるとは思えないのだ。何となく嫌な予感がした俺達は、休憩して回復した身体で彼女を探しに向かう。嫌な予感は的中したようで、自動販売機の近くで彼女が男に絡まれていた。
「だから! 私は彼氏がいるんです!」
「えーいいじゃん、俺の方がいいっしょ?」
どうやらナンパに捕まっていたらしい。やれやれと彼女の近くまで駆け寄り、無礼な男を睨みつける。
「探したよロコ。おいアンタ、こいつは俺の女だ」
「ああ? お前の女はその横のじゃねえのかよ」
そして一度は言ってみたかった男らしい台詞を吐くのだが、男は一緒についてきていた水草さんと見てそんなことを言う。
「……この子は彼女の妹だよ。俺達のデートについてきたんだ」
「……! はいそうですお姉ちゃんと蛟さんがデートするっていうから心配で監視しに来たんですでも来てよかったですよお姉ちゃんの危険をこうして守れたんですからわかったらさっさと消えてくださいお前みたいな下品な男よりは蛟さんの方が遥かにマシです」
水草さんに目くばせをしてそんな適当な嘘をつくと、物分かりのいい彼女はペラペラと口が悪くて姉に対して過保護な妹設定を押し通して男を罵倒する。男も納得してくれたのか面倒な連中と関わってしまったと思ったのか、舌打ちをしてその場から立ち去った。
「いやあ、まさかナンパされるなんて。私って意外とモテ女?」
「何馬鹿な事言ってんだ……ったく」
「さあ気を取り直して遊びましょうお姉ちゃん蛟さん」
「まだその設定引っ張るの?」
無事に彼女をナンパ野郎から助け出してデートを再開。年甲斐もなくヒーローショーに行ってみたり、ゴーカートで遊んだりとそれなりに遊園地を満喫してはみたものの、俺の心にはしこりが残っていた。そのもやもやを解消できないまま、遊園地も〆ということで観覧車へ。
「いや、別に高所恐怖症ってわけじゃないけど、なんでよりにもよってスケルトンなの、流石に怖いよ」
「うわーすごいですよ空を飛んでるみたいですアイキャンフライですねあもうすぐ頂上ですね妄想しませんかここで観覧車が止まったらどうしようって」
「やめてよ……どうしたんだいヒドラ、さっきからぶすっとして。あれかい、怖くて固まってるのかい?」
「……実はそうなんだよ、高いとこ結構苦手でな」
「あはは可愛いですね蛟さんギャップ萌え狙ってるんですか」
「だったら何故にスケルトン!? マゾなのかい!?」
実際にはもやもやに支配されて不機嫌なままだったのだが、彼女達にそれを察せられるわけにはいかない。絶妙の演技で身体を震わせて彼女達を見事に欺き、そのままつつがなく遊園地デートを終了させる。
「じゃ、おやすみヒドラ」
「ああ、おやすみロコ」
水草さんと別れ、ロコとも別れて自分の部屋に向かい、ベッドにダイブして大きくため息をつく。
「なんであの時、言えなかったかなぁ……」
本当はあんな嘘なんてつかずに、『どっちも俺の女だ』と言いたかったし、言うべきだった。けれども言えなかったのだ。俺達の関係がまだまだ未熟である証拠だった。最初から完璧なんてものは無理に決まっているけれど、それでも悔しいわけで、頑張ろうなんて曖昧な決意を固めてみるのであった。




