第九話 魔群
(喋った!?)
翠は目の前のモンスターに、素早くスーパーサーチを使用する。
『オーガメイジ オーガの中でも知能に目覚めたものが、魔法を学び、使えるようになった。実力の高いものは、人語も介す。 使える魔法・ファイアブラスト、サンダーブラスト、ウォーターブラスト、ファイアブラスター、サンダーブラスター、ウォーターブラスター、ファイアバスター、ウインドカッター、アースクエイク、リフレクション、プロテクション、ストロング、ヒール、ヒーラ、リカバリー、リカバーラ。』
間違いない。このモンスターが、オーガメイジ。流暢に人語を介したところから見て、かなり実力があるだろう。使える魔法も多いし、知らない魔法もある。と、オーガメイジの後ろから何体ものオーガが出現し、右や後ろにポイズンウルフ、ウォーキングウッド、ホブゴブリンが。空中にはガーゴイルやダークインプが大量に現れ、二人を完全に包囲した。これだけの数のモンスターに加え、さらにオーガメイジまで相手にするというのは、勝てないとは言わないが厄介だ。なので、翠はまず交渉する。
「僕達はこの先にあるケミスト草を取りに来ただけです。あなた達と戦うつもりはありません。そこを通して頂けませんか?」
素早く連続で頷くサム。それを聞いたオーガメイジは答えた。
「俺の山をこんだけ荒らしといて、戦うつもりはねぇだと?ふざけやがって。何が目的だろうと関係ねぇよ!俺はもう、お前らを殺すことしか考えてねぇんだ!何言ったってこの考えは変えねぇ!」
交渉は決裂。元々オーガはとても攻撃的な種族なので、いくら知能があっても話し合いをしようというのは無理だったかもしれない。今のハードマウンテンのボスという地位だって、きっと戦って勝ち取ったはずだ。
「仕方ない。戦います」
「戦うって、こんな数相手に!?」
「サムさんは何もしなくていいですよ。魔力が切れたらマジックポーションで援護して頂ければ、十分勝てます。」
サムは驚いたが、翠にとっては多少面倒くらいなことでしかない。モンスターを倒し、魔力を奪い、ポーションで回復させながら、翠は進化を重ね、もはやハードマウンテンのモンスター達すら雑魚のようにあしらえるほど、強くなっていたのだ。あと勝てるかどうか不安な相手は、オーガメイジだけである。
「ほう。これだけの数を前にして、まだそんな口が叩けるとはな。」
翠の物言いにかちんときたオーガメイジは、額に青筋を浮かべながら言う。そして、
「お前ら!!思い知らせてやれ!!」
オーガメイジは突撃命令を出した。周囲のモンスター達が雄叫びを上げながら、一斉に雪崩れ込んでくる。
「サムさん伏せて!!」
「はっ、はい!!」
翠はサムに伏せるよう言い、サムはそれに従って素早く伏せた。それを確認すると、翠は自分の周囲に雷球を出現させ、
「サンダーブラスター!!!」
サンダーブラスターを発動した。雷球は今までで一番多く出現しており、そこから四方八方に向けて光線を連続で発射する。魔法の精度と威力を上げる進化をしたのだ。
「ギャッ!!」「ギギッ!!」「グゲッ!!」「オアーッ!!」
地上にいるモンスターも空中にいるモンスターもまとめて撃ち抜き、消し炭に変えていく。当然オーガメイジも狙ったが、
「リフレクション!!!」
リフレクションを使われ、防がれてしまった。それでも完全には威力を殺しきれなかったようで、少し痛そうな顔をしている。オーガメイジだけは仕留められなかったが、これで周囲のモンスターは全滅した。
「すごい……」
モンスターがいなくなったのを確認してから、サムは起き上がる。アレスが魔法を使ってモンスターを一掃するところは見たことがあるが、これはそれ以上だった。魔法に関しては、兄より上ではないかと思っている。
「ヒール!」
だが、まだ相手は一匹残っていた。回復魔法でダメージを回復させたオーガメイジを見て、いつでも翠を援護できるよう身構える。
「口だけじゃなかったってわけか。面白ぇ!!今度は俺が相手だ!!」
オーガメイジは拳を振り上げ、
「アースクエイク!!!」
地面を殴り付けた。すると、地面が隆起し、棘や石柱が地面から突き出しながら、翠に向かって進んでくる。大地に干渉して操る上級魔法で、大地を操っているだけなため、魔法でありながらリフレクションや反魔導アーマーでは防げない。アレスもこの魔法が使えるため、魔法の特性を知っていたサムは翠に言う。
「翠さんかわして下さい!!その魔法はリフレクションでは防げません!!」
そう、使われたらかわすしかない。一応ダークインプとの戦いで、翠がリフレクションを使えることはわかっている。だから、魔法ならリフレクションで防げるだろうと、勘違いしてリフレクションを使いかねない。
「リフレクション!!」
翠はサムが注意したにも関わらず、リフレクションを使った。しかし、ちゃんと真上に跳んでかわす。オーガメイジは魔法を使うので、リフレクションは使っておいた方がいいにはいいのだ。
「ウォーターブラスター!!!」
空中に跳んでから、追撃を受けないよう即座にウォーターブラスターで弾幕を張る。しかし、
「リフレクション!!!」
オーガメイジはここで二度目のリフレクション。魔法防御力を強化されたリフレクションによって、ウォーターブラスターは完全に防がれてしまった。
(魔法は効かないか……なら!!)
物理攻撃しかない。翠は着地した後、オーガメイジに飛び掛かる。
「ウラァッ!!」
拳を繰り出すオーガメイジ。
「プロテクション!!!」
翠はプロテクションで防御力を強化し、オーガメイジの拳を弾き飛ばす。その隙を突いてオーガメイジの全身に巻き付き、締め上げた。進化した翠の力は、オーガメイジでも振りほどけない。
「ストロング!!!」
そのままでは。オーガメイジは新たな魔法を唱えた。ストロングは、使用者の身体能力を強化する魔法である。パワーもスピードも、耐久力も強化される。力を増したオーガメイジは、翠を易々と引き剥がし、放り投げてしまった。
「ハァァァァァ……!!」
魔法でもパワーでも敵わないと見た翠は、毒の吐息を使用する。実はサムに自分の手の内を明かしており、ポイズンキュアポーションのような毒消しの薬を前もって使っておけば、一時間は毒の影響は受けないと聞いている。もちろんサムはオーガメイジとの戦いが始まる直前に飲んでいるため、彼を気遣う必要はない。即死の毒煙が、オーガメイジに向かって進んでいく。あれが決まれば、翠の勝ちだ。
「ウインドカッター!!!」
しかし、突如として毒煙は一迅の風き切られ、吹き飛ばされた。そして気付いた時、
「う、うあ……」
翠の身体の長さが、半分になってしまっていた。
「うあああああああああ!!!」
切られた部分から勢いよく鮮血が吹き出し、翠は激痛に絶叫を上げる。今オーガメイジがやったのは魔法だが、リフレクションを使ったはずなのにまるで効いていない。
「お前は魔法が使えるくせに魔法について何も知らないみたいだな?」
毒煙がなくなったので、オーガメイジは悠々と近付いてくる。
「先駆者の俺が、死ぬ前に教えてやるよ。ファイア系やサンダー系の魔法は、その場にあるはずのない炎や雷を魔力で作って放つ。魔力の塊だから、リフレクションで防げるんだ。けどな、その場にあるものを使って攻撃するアースクエイクやウインドカッターは、魔力で操ってるだけだから、リフレクションじゃ防げねぇんだよ!」
アースクエイクは大地を操る魔法で、ウインドカッターは空気を操って風の刃を飛ばす風属性の上級魔法。つまり、魔法攻撃というよりは、物理攻撃といえる魔法なのだ。
「な、ならプロテクションで防げるはず……」
「ところがだ。一応魔力は使ってるわけだから、魔法という枠組みから出てはいねぇんだなこれが。」
魔法でありながら物理攻撃の側面を持ち、それでいて魔法であることに変わりはないため物理防御魔法では防げない。アースクエイクやウインドカッターは、魔法が通じない相手を倒すために開発された魔法なのだ。
「久しぶりに本気で戦えて楽しかったぜ。」
オーガメイジの右手が光り、火球が出現する。大きい。それに熱い。オーガメイジが使える魔法の中に、ファイアバスターという魔法があった。名前から察するに、ファイア系魔法の上級魔法。中級魔法ならリフレクションが効いているし、このタイミングで使うとしたらそれしかない。恐らく、リフレクション越しにも翠を焼き殺せるだけの威力があるはずだ。あれを撃たれたら終わる。
だが、撃たれることはない。
「油断大敵って知ってる?」
次の瞬間、切り落とされた翠の身体が復活。オーガメイジの右手の火球に飛び掛かり、吸魔で食ってから巻き付いて締め上げ、首筋に噛みついた。
「て、てめぇ……!!」
オーガメイジは翠を振りほどこうとするが、できない。魔力を吸いながら、毒を送り込んでいる。魔力を吸うことで、オーガメイジのストロングを無効化したのだ。魔力を吸い尽くし、十分な毒を送り込んでから、翠は離す。
「死ぬ前に教えてやるよ。僕は超進化の実を食べて進化し、自己再生能力を身に付けた。お前から話を聞き出して油断させるために、再生を抑えてわざとやられたふりをしていたんだよ。」
自己再生能力を使ったのは初めてだが、自分の任意のタイミングで再生したり、再生速度をコントロールしたりできるので、うまく進化できたようだ。
「くそたれが……!!」
オーガメイジは悪態を吐き、絶命した。結局頭がいいのは、翠の方だったのだ。オーガメイジは翠との知恵比べに負けたのである。悠長に魔法の教授などせず、さっさと頭をウインドカッターで潰せば勝てたものを、やはり所詮は魔法が使えるだけのオーガだ。
「だ、大丈夫ですか!?真っ二つにされてましたけど!!」
「ええ。それより、山頂まであと少しです。急ぎましょう!」
「は、はい!」
最後の障害は排除した。あとはこのまま山頂に登り、ケミスト草を採取するだけだ。
*
「うまく生えているといいんですが……」
二人は山頂で、ケミスト草を探す。真っ青な色をした草なので、見ればすぐわかるらしいが……
「ありました!これです!」
サムが言った。翠が近付いて見てみる。そこには、植物的な青というより、青ペンキを塗り付けたような不自然な青さの草が生えていた。なるほど、これは目立つ。
「早く持って帰りましょう!」
「はい!」
サムと翠はケミスト草を必要な分採取すると、早々に下山した。
オーガメイジという統率者からの命令がなくなったからか、帰りはモンスターからの襲撃が全くなく、一時間程度ですぐ下山できた。家に着いたサムは早速採取してきたケミスト草をよく洗い、干した。これを半日ほど乾燥させ、粉末にして今までの草と混ぜ合わせれば、万能薬の完成だ。そして半日後、
「兄さん!万能薬が完成したよ!さぁ飲んで!」
サムは完成した万能薬をアレスに飲ませた。苦しそうにしていたアレスの顔色はみるみるうちに良くなり、やがて目を覚ました。
「……サム……?」
「兄さん!よかった……!」
万能薬は効果抜群で、ペインデッドアローの効果は完全に消えたようだ。サムは自分が万能薬を作ったことと、翠が助けてくれたことを話した。
「そうでしたか。何とお礼を言ったらいいか……」
「お礼はいりません。その代わり、魔法を教えて下さい。イメージだけ教えて下されば、あとは僕が勝手に覚えますので。」
「そ、それは簡単ですが、一体なぜ?」
「少しでも強くなりたいからです。」
そして翠は、なぜ強くなりたいかを語った。
「もうすぐこの村に、魔弓将軍が来ます。僕がその魔弓将軍と戦うからです」