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第七話 魔の山

「さて、そろそろメトの村に着くな。」


「……すいません御者さん。僕のことは、村の皆さんには内緒にしていてもらえませんか?」


「……ああ、あんた帝国に追われてる身だったな。村の連中に土産話ができないのは残念だが、わかった。黙っててやるよ」


帝国と戦うのに十分な実力を付けるまで、可能な限り自分の存在は隠さなければならない。今回も追い剥ぎに襲われさえしなければ、御者に素性を明かすことはなかった。


「……すいません。」


「いいってことよ。あと、俺のことはギュレイって呼びな。」


「はい。ありがとうございました、ギュレイさん。インビジブル!」


ギュレイに礼を言った翠はインビジブルを唱えて透明になり、荷台から降りるとハードマウンテンに向かった。




さて、ギュレイはメトの村にたどり着いた。


「さぁさ、荷物を下ろすぜ。」


ギュレイは馬車を村の受け付けまで走らせ、荷物を役人に渡す。


「いつもご苦労様。」


「これが仕事だからな。」


伝票を渡し、サインをもらう。と、


「ん?サム坊が来てねぇようだが?」


ギュレイは気付いた。ギュレイの馬車は宅配便もやっており、この受け付けでは宅配の受け渡しも行っている。だが、今日は朝一で来るはずの、一人の学者がいない。


「ああ。それが、一時間前にハードマウンテンに登っていったっきり、帰ってこないんだ。何でも、研究に必要な薬草を取りに行くとかで。」


「何だって!?ハードマウンテンに登っていった!?一人でか!?」


「ああ。」


確かに今、彼にはのっぴきならない理由があるのだが、それでもたった一人でハードマウンテンに登るなど危険すぎる。


(……そういえば翠もハードマウンテンに行くって言ってたな。うまく鉢合わせてくれりゃいいんだが……)


ギュレイは無事を祈った。











ハードマウンテン。別名魔の山。この山は険しいだけでなく、黒曜樹という黒い樹が至るところに生えており、遠くから見ると山全体が闇の塊のように見えるため、ビジュアル面でも人を寄せ付けない。


「ふぅ……」


そんな山に、翠は意気揚々と登っていた。思っていたよりずっと大きな山で、また険しいので疲れてしまい、今は少し休憩していた。


「山なんて初めて登ったけど、蛇でも意外に疲れるものなんだな……」


これが前世の人間のままだったら、もっと疲れていることだろう。まだモンスターが出てきていないことが、唯一の救いか。


「……もういいや。進もう」


休憩時間は終わりだ。ここにはモンスターと戦う目的で来たので、早くモンスターと戦いたい。敵の力に合わせて新しい進化の道を見出だすので、戦う相手は強い方がいいのだ。


「ん?誰かいる?」


しばらく進むと、前方に複数の人影が見えてきた。しかし、もう少し近付いてみると、それは人影ではないことがわかる。正確に言うと人間は一人だけで、その一人の人間を複数のモンスターが取り囲んでいるのだ。


(あっ!モンスター!それも初めて見るやつだ!)


ハードマウンテンに来て初めて見るモンスターに少し興奮し、翠はスーパーサーチを使う。


『ホブゴブリン 小鬼系モンスターゴブリンの上位種。ゴブリンよりも力が強く、知能も少し高い。』


ゴブリンの上位種。ゴブリンというのが少し気になったが、今まで倒してきたゴブリンよりは強いはずだ。続いて、ホブゴブリンに襲われている人間を調べる。


『サム・ロゼスト 学者 メトの村で最高峰の頭脳を持つ学者で、現在は兄を救う研究をしている。』


(学者!?)


ここに来る前に、翠はギュレイから、メトの村に学者がいるという話を聞いていた。恐らく、あのサムという男が、ギュレイの言っていた学者なのだろう。しかし、なぜ学者がこんな所にいるのだろうか。気になることはいろいろあるが、まず彼を助けなければならない。


「インビジブル!」


できることなら、自分の存在をあまり知られずに、彼を救いたい。そう思った翠は、まずインビジブルを使って透明になり、次にホブゴブリンの数を数える。


(六匹か……)


少し多いが、まずは注意を引き付ける。


「サンダーボール!!」


サムに当たらないよう、ホブゴブリンの一体にうまく狙いを定めて、加減なしのサンダーボールを唱えた。


「ガッ!?」


ホブゴブリンは背中にサンダーボールを受けて倒れる。他のホブゴブリンは突然魔法攻撃を受けたことに驚き、サムから注意を外して周囲を見回した。


「ググ……」


と、先ほどサンダーボールを喰らったホブゴブリンが、ゆらりと起き上がった。


(手加減なしで撃ったのに生きてる!?)


並みのモンスターなら、翠がサンダーボールを手加減なしで当てると、瞬時に感電死する。だがホブゴブリンはふらついているものの、致命傷には程遠いといった感じだ。オーガほどではないが、ホブゴブリンはかなりタフなモンスターのようである。


(そうだよこれだ!こういう相手と戦うために、僕はこの山に来たんだよ!)


「サンダーシューター!!!」


続いてサンダーシューターを放つ。雷球の弾幕は全てホブゴブリンに命中し、


「うわわっ!!」


サムは腰砕けになりながら情けない悲鳴を上げた。サンダーボールには耐えられたホブゴブリンだが、サンダーシューターには耐えられずに全滅する。少し位置的に厳しかったが、サムを守ることには成功した。


「……あの、誰かいるんですか!?」


サムは問いかけてきた。だが、翠は木陰に隠れて様子を伺い、質問には答えない。そのまましばらく翠を探していたサムだが、翠が見つからないとわかると、


「……仕方ない。」


呟いて、ハードマウンテンを登り始めた。これには翠も焦る。見たところ、サムは自分の護衛と思える人間を、誰も連れていない。一人だ。たった一人で、さっきみたいなモンスターが蠢くこのハードマウンテンを登ってきたのだろう。これ以上先に行けば、もっと危険なモンスターが出てくるはずだ。そうなると、下手を打てばサムは殺されてしまう。仕方なく、翠は姿を消したまま、声を掛けることにした。


「待って下さい!」


その声を聞き、サムは立ち止まる。


「……やっぱり誰かいるんですね?」


「はい。わけあって姿をお見せすることはできませんが、僕は櫻井翠と言います。」


「僕はサム・ロゼスト。先ほどは危ないところを助けて頂き、ありがとうございました。」


「いえ。っていうか、危ないところだってわかってるんですね。そんな危ないところをたった一人で進むとか、もっと危ないと思いますけど。一度村に戻って、誰か人と一緒に行った方がよくないですか?」


翠は何とかして、サムを村に帰そうとする。どんな目的があるのかは知らないが、これ以上先に進むのは危険だ。


「おっしゃる通りです。しかし、そんな悠長なことを言っている暇は、僕にはないんです。」


だが、サムは再び登り始めた。翠の言葉を聞き入れるつもりはないらしい。自分の言葉で駄目ならばと、翠は別の方向から攻めた。


「僕はギュレイさんの馬車に乗って来ました。大事なものが届いたと言っていましたけど」


「!?本当ですか!?」


よほど大事なものらしく、サムは踵を返して山を降り始めた。



だがその時、何かがサムに飛び掛かった。



「危ない!!伏せて!!」


「えっ?わっ!!」


サムもそれに気付き、すぐ頭を下げた。襲ってきたのは、二枚の羽と鳥のような嘴を持つ、人間と同じ大きさの悪魔だった。悪魔の爪はサムの頭をかすめ、翠はスーパーサーチで悪魔を調べる。


『ガーゴイル 悪魔系モンスター。素早い動きで空から獲物に襲い掛かり、爪で引き裂く。力は非常に強い』


(ガーゴイル……あんなモンスターもいるのか……)


翠がいた世界でも、とても有名なモンスターだ。ガーゴイルの目的はサムらしいので、ガーゴイルを倒さなければサムは山を降りられない。というわけで、翠はガーゴイルを倒すことにした。


「ファイアシューター!!!」


ガーゴイル目掛けて、ファイアシューターを乱れ撃つ。だがガーゴイルのスピードは翠の予想を遥かに超えており、ファイアシューターは全てかわされてしまった。


「もう一度だ!!ファイアシューター!!!」


再度ファイアシューターを放つ。今度はガーゴイルを狙うのではなく、広範囲を攻撃して、それに巻き込むような形だ。さすがのガーゴイルも全てをかわしきることはできず、三発ほど喰らう。しかし、直撃をもらったにも関わらず、ガーゴイルは平然と飛び回っていた。


「さすが、ハードマウンテンのモンスター。」


今まで戦ってきた場所に現れるモンスターとは、一味も二味も違う。だが、感心してばかりもいられない。こちらには守らなければならない存在がおり、しかも攻め手が限られている。面の攻撃が有効なら、毒の吐息を使えばいい。だがそれは翠一人だけならの話だ。ガーゴイルは倒せるだろうが、サムも一緒に死んでしまう。眠りの吐息も同じことだ。サムが眠ったら、待ってましたとばかりに他のモンスターが襲ってくるに決まっている。ならどうするか?サムを巻き込まない面の攻撃を使うしかない。そしてそれは、まだ一度も使ったことのない攻撃だ。


「……エリー。力を貸して……!!」


翠は祈り、ガーゴイルを倒すべく、その魔法を使う。翠が念じると、翠の周囲に雷球が出現した。ただの雷球ではない。サンダーシューターよりも、もっとずっと強力な魔法だ。



「サンダーブラスター!!!!」



前にエリーと決闘した時、エリーが翠に対して使った魔法。翠はばら蒔くようにして、強力な雷の光線をいくつも、同時に放つ。今までの魔法よりも速く、そして数も多い魔法を、ガーゴイルはかわし切れず、喰らって一撃で消し炭に変わった。


(うまくいった。エリー、ありがとう)


翠は心の中で、エリーがこの魔法を見せてくれたことに感謝する。


「あ……」


と、翠は気付いた。サムがこちらを見て、唖然としている。何事かと思って翠が自分を見てみると、インビジブルが解けていた。ガーゴイルを倒すのに夢中で、解けていたのに気付いていなかったようだ。


「……すいません。びっくり、しましたよね?」


「……かなり。」


それはそうだろう。今まで人間だと思っていた相手が、実は蛇だったのだ。驚かない者はいない。


「何なんですかあなた?もしかして、オーガメイジの仲間ですか?」


「オーガメイジって、ギュレイさんから聞いたんですけど、確かこの山のボスですよね?全然違いますよ。今来たばかりです」


サムは考えている。ギュレイはよくメトの村に来てくれる運送屋だ。サムとの親睦も深い。そういえば、翠は彼の馬車に乗せてもらって来たと言っていた。だが、信用するにはまだ足りない。


「あなたが僕の敵ではないと証明できるものはありますか?」


「えーっと……」


サムに聞かれて、翠は言い淀む。そこで、ダメ元でサムに聞いてみた。


「ハボンの村にイルシール帝国の奴隷徴収隊が行って、全滅したという話を聞いていますか?」


「……それなら聞いていますが……もしかしてあなたがやったんですか?」


ビンゴだ。人の噂が広まるのは早いとよく言うが、こんなに早く広まっているとは思っていなかった。


「はい。」


「……そういえば、その奴隷徴収隊の隊長は、言葉を話すグリーンスネークに殺されて、帝国はそれを探しているという話も聞きましたが、なるほどあなたが……」


イルシール帝国は、今やこの世界に住む者全員の敵だ。その敵について何かしたという情報を教えれば、サムは信じてくれるのではないかと、翠は思ったのである。


「……わかりました。あなたを信じます」


サムは翠を信じてくれた。翠は安心してサムに言う。


「山を降りるなら、それまであなたの護衛をしますが、どうします?」


「お願いします。山を降りたら、僕の家に来て下さい。」


翠はサムの命を守るために一緒に降りるのだが、なぜかサムの家に招かれてしまった。村の人間に自分の存在を知られるとまずいし、まだここで腕を上げたいので、断ることにする。


「いえ、それは遠慮しておきます。僕はここで腕を上げるために来たので」


「何のために腕を上げたいんですか?」


「……帝国と戦うためです。」


「やっぱり……ならなおさら来て下さい。あなたが本当に帝国と戦う気があるのなら」


サムは学者なだけあって、聡明な男だった。帝国と戦う気があるなら見て欲しいと言われてしまうと、気になってしまう。


「……わかりました。ではご一緒します」


翠はサムの家まで一緒に行くことにした。




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