第五話 旅立ち
今回の戦闘シーンは、某時代劇の戦闘BGMを脳内再生して頂けると、楽しいかもしれません。
「……遠いなぁ……」
エリーの後ろをついていきながら、翠は呟いた。
「そんなに遠くないわよ。もう少しで着くから、頑張りなさい。」
ぼやいた翠に、エリーは呆れた。人間にとっては大した距離ではないのかもしれないが、翠は蛇なので移動速度がエリーより遅く、短い距離でも長く感じ、エリーから度々離れそうになる。そのつどエリーが立ち止まり、翠が追い付くのを待ってくれるのだが。
「そうだ。もっと早く動けるように進化しよう」
さっきたっぷり休んだので、魔力は回復している。翠は素早く動けるよう、自分の身体を進化しようとする。身体が強靭になり、より早く動かせるようになった。と、翠の身体がまた一回り大きく成長する。
「ちょっと!進化するのはいいけど、あんまり大きくなりすぎないでよ。小さい村だけど、グリーンスネークが村の真ん中這い回ってたらびっくりするじゃない。」
ファンタジー的な世界であっても、村の中をモンスターがうろついていたら大変だ。エリーは翠と一緒に村に入るのだが、気付かれないように入るつもりでいるので、大きくなりすぎると隠し辛い。
「大丈夫だよ。インビジブルを使えばいいじゃないか」
「……ああ。」
つい先ほどエリーから習った新しい魔法、インビジブル。使った者を透明にする。この魔法を使えば、翠の姿は誰にも見えない。と、
「あっ、見えてきたわ。ハボンの村よ」
「ん?おお!」
遠目に見えてきた。確かに、村がある。
「ほら、インビジブル使って!」
「あ、うん。インビジブル!」
ある程度村に近付くと、エリーがインビジブルを使うよう促し、翠はインビジブルで透明になった。これで翠の姿は誰にも見えないので、二人は堂々と村に入る。
ハボンの村。小さい村だが、フォルの森の近くに存在する唯一の村であり、フォルの森に挑戦する者が数多く拠点にしているから、活気はある。エリーは村に入ると、宿屋の一件に向かい、翠を外で待たせてから、中に入って店主の中年女性と話をする。
「ただいま店主さん。」
「あらエリーちゃんおかえりなさい!収穫はあった?」
「まあまあってところね。」
「それはよかったわ。はい、鍵。」
「ありがとう。」
エリーは既にこの宿に数日宿泊している。自分が取っている部屋の鍵を受け取り、鍵を使って部屋に入った。エリーが取っている部屋は、二階の一番右端だ。すぐに窓を開け、外の翠に呼び掛ける。
「翠!こっちよ!」
その声を聞いた翠は、宿屋の柱を伝って二階によじ登り、壁を伝って部屋に入ってから、インビジブルを解く。普通に入るわけにはいかないので、こういう方法を取ったのだ。
「宿屋なんて初めて入ったけど、結構綺麗だね。」
翠は前世でも、ホテルなどを使った経験がない。なので、こういうのはとても新鮮だった。人間ではなく蛇になってからというのは、少し納得いかなかったが。
「お水飲む?」
「うん。」
エリーは部屋に備え付けてある箱から、瓶を一本出す。瓶の中には水が入っており、それを箱の上にあるコップに入れて、テーブルの上に置いた。エリーはコップに口を付けて飲み、翠は口を大きく開けてコップ全体をくわえて飲む。
「!」
水を飲み干してから、翠はコップをテーブルに戻した。
「これ、冷水!?ってことはあの箱、冷蔵庫!?」
「そうだけど、冷蔵庫が珍しい?あんた前世では冷蔵庫使ってなかったの?」
「いや使ってたけどさ、この世界でも、電気通ってるんだって思って……」
「電気?」
翠はエリーに、自分がいた世界では電気を使って様々なものを動かしていたことを話した。
「そうなんだ……でもこの世界の冷蔵庫は、ちょっと違うわよ。見てみなさい」
エリーは冷蔵庫を開けて、中身を見せた。冷蔵庫の中は、木で出来ているところ以外は、翠がいた世界と同じような作りだったが、冷蔵庫の上部分に、大きな深い青の宝石が埋め込まれていた。
「この宝石、冷たい……?」
「これは氷属性の魔石よ。魔石っていうのは、魔力が結晶化した石のことね。」
魔石には様々な属性があり、赤なら火属性。青なら水属性といったように、色で判別できる。この魔石は深い青なので、氷属性だ。この世界の冷蔵庫は、氷属性の魔石を加工して、常に冷気を発するようにしてから冷蔵庫の中に埋め込んで使っているそうだ。しかし冷気を発するということは、結晶化した魔力を解放しているということなので、次第に消えてなくなる。大体一年ほどで消滅し、その度に新しい魔石を埋め込んで使い直しているのだという。地球でも、冷蔵庫は使い続ければいつか壊れるので、少々燃費は悪いが同じことだと言える。
「さすが異世界。」
翠はそう呟いた。
*
時刻は、午後五時くらいだった。エリーから聞いたところ、この世界の時間は地球と同じ、二十四時間だそうだ。
「ん?」
エリーと一緒に部屋の中で寝ていた翠は、外が騒がしいことに気付き、目を覚ます。
「何だろう?」
「ん~?どうしたの~?」
エリーも目を覚まし、二人で開け放した窓から外を見た。村の中央広場に、奇妙な一団がいる。人が四十人は乗れそうな大きな馬車が五台あり、その周囲には鎧を着込んだ兵士が三十人近く立っていた。その中でもリーダーと思われる一番立派な鎧を着た兵士が、壇上に立って何かの書類を見せながら、集まっている村人達に話している。そしてその兵士のすぐそばには、旗を持った兵士が立っていた。三本の槍が重ねられ、その上に王冠があるという絵が描かれた旗だ。
「何だあの人達?」
翠は兵士達を見て呟いた。と、
「あいつら……!!」
エリーも呟く。しかし、その声は震えており、強い感情を押し殺した声だった。様子がおかしいと感じ、翠は尋ねる。
「エリー。あの人達が誰だか知ってるの?」
「……知ってるも何も、あたしは前にあいつらを見てるわ。あの旗の紋章は、イルシール帝国の紋章。」
「イルシール帝国!?」
翠が戦おうとしている帝国の名前だ。つまり、あの兵士達は、イルシール帝国の兵士ということになる。そしてエリーは、彼らについてより詳細な情報を、翠に与えた。
「奴らは……イルシール帝国の奴隷徴収隊よ!!」
「奴隷徴収隊!?何でそんな奴らが!?」
「……考えられる理由としては、この国がイルシール帝国に負けたということ……」
「負けたって……この国、イルシール帝国と戦争してたの!?」
「一ヶ月くらい前からね。結果は、ご覧の有り様みたいだけど。」
イルシール帝国は今、世界中のあらゆる国に戦争を仕掛けている。そして負けた国は帝国の領土となり、村という村、町という町が全て植民地化されるのだ。そして負けた国に送り込まれるのが、奴隷徴収隊。様々な村や町を回って使えそうな人間を探し、奴隷として帝国の首都、帝都アルルーヴァに送るのである。エリーの故郷の国もイルシール帝国との戦争に敗れ、やってきた奴隷徴収隊に多くの人間が奴隷化され帝都に送られた。奴隷の基準は、力の強い二十歳以上五十歳未満。エリーは若すぎたため、見逃されたのだ。
「あっ!村の人達が!」
翠は声を上げた。帝国兵のリーダーが書類を下げると同時に、村人達が逃げ出したのだ。恐らく、あの書類はこの国が帝国に負けたということと、この村の村人達を徴収することを知らせるための書類だったのだろう。奴隷として使われて喜ぶ者などいるはずはなく、村人達は逃げ出したのだ。しかし、徴収するために散開した帝国兵に次々と捕まり、馬車の中に押し込まれていく。
「イルシール帝国……!!」
己の脳裏に焼き付けられた悪夢が目の前で再現され、激怒したエリーは杖を取り、窓の外の帝国兵のリーダーに向けた。杖の先に、サンダーブラストの雷が集まっていく。ここから帝国兵達を攻撃するつもりだ。
「駄目だ!!」
翠はエリーの全身に絡み付き、エリーは翠を外そうともがく。
「離して!!あたしはあいつらを殺すの!!」
「そんなことしたら、君は完全に帝国に目を付けられる!!追われることになるんだぞ!!」
「望むところよ!!それに、一人残らず皆殺しにしてやれば、あたしがやったってバレることはないわ!!」
「本当にそれだけの力があるのか!?もしあいつらが君より強くて、君まで捕まったらご両親は助けられなくなる!!とにかく落ち着くんだ!!」
奴隷を捕らえることを目的としている連中だ。抵抗されることは予想しているだろうし、確実に奴隷を捕まえられる準備をしているはず。翠は必死にエリーを説得し、どうにか落ち着かせた。
「……じゃあどうしろっていうのよ?このまま村の人達が帝都に送られるのを、黙って見てろっての?」
「そうは言ってない。ただ、慎重に行動するべきだと言ったんだ。ここから帝都まで、どれくらい時間が掛かる?」
「……一週間くらい。」
「今から奴隷にできる人を集めても、集め終わる頃には夜になる。」
モンスターが出没するこの世界で、夜出歩くのがどれほど危険かということは、連中もよくわかっているはずだ。加えて帝都まで一週間も掛かるなら、間違いなく今夜連中はこの村に留まって休む。つまり、今日村人が帝都に送られることはないのだ。ゆっくりと計画を練ってから、村人達を取り戻せばいい。翠がそう説明した時、
「!」
翠は窓の外を見て気付いた。帝国兵が、この宿にも向かってきている。宿泊客も奴隷として徴収するつもりなのだろう。
「見境がないな……」
「まず、あたし達が捕まらないようにしなくちゃいけないみたいね……」
エリーはまだ二十歳ではないが、強い魔法使いなので、奴隷ではなく帝国の戦力として徴収されるかもしれない。とにかく、ここで捕まったら全てが終わりだ。
「「インビジブル!!」」
二人はインビジブルを唱えて透明になり、翠は窓の外へ逃げ、エリーは部屋の隅に立つ。間もなくして帝国兵が三人、ドアを蹴破って突入してきた。その内の一人が、ついさっきまでエリー達が寝ていたベッドを調べる。
「……まだ温かい。そう遠くには行っていないはずだ!探せ!」
「「はっ!」」
帝国兵達は、すぐ近くにエリーがいることに気付かず、部屋の外に出ていく。隣の部屋から、宿泊客と思われる男性の声と、帝国兵の声が聞こえてきた。
「いててっ!離せよ!俺はこの村の人間じゃねぇぞ!たまたま泊まってただけだ!」
「うるさい!ここはもうイルシール帝国の領土だ!そこに住んでいる者は、全員エレノーグ皇帝の所有物なのだ!つべこべ言わずに来い!」
「そんなのありかよ!?離せ!!離せって!!おい!!」
やがて隣の部屋の喧騒がなくなり、バタバタという音が下へと消えていった。
(ごめんなさい!!必ず助けるから、待ってて!!)
エリーは心中謝罪し、帝国兵が全員この宿からいなくなるのを待つ。
*
夜になってから、エリーは情報収集に出た。規定年齢に入っていなかった者、施設を運営していた者は徴収されずに残り、帝国兵達について話を聞くことができたのだ。
「どうだった?」
蛇なので情報収集ができず宿で待っていた翠は、戻ってきたエリーから情報を聞く。
「奴隷として集められた人達は、刑務所に収容されてるわ。」
こういう世界にも、刑務所というものはある。しかし善良な村人を勝手に集めて刑務所送りとは、本当に奴隷扱いだ。さらに、やってきた帝国兵の半数が見張りとして刑務所に留まり、もう半数は村長の家に滞在していて、交代を繰り返しているという。村に滞在していた冒険者や探検家も、理不尽な徴収に抵抗したが、さすがに世界中に戦争を仕掛け、勝ち続けている帝国の兵だけはあって、一人一人の実力が恐ろしく高く、さらに反魔導アーマーという魔法を無効化する特殊な鎧を身に付けていて、戦士も魔法使いも武術家も、抵抗らしい抵抗ができず、全員捕まって刑務所送りになった。そして徴収された者達は、明朝帝都に送られるらしい。
「なら、その前に助け出さないとだね。」
翠は、戦士、魔法使い、武術家、冒険者などを聞いて、ファンタジー世界らしい用語だなと思いながらも、どうやって助ければいいかを考えていた。
「当然!刑務所と村長さんの家に乗り込んで一網打尽よ!!」
「僕もそれを考えていたけど、ちょっと落ち着きなよ。」
エリーは憎い相手が現れたからか、思考がかなり攻撃的になっている。気持ちはわかるが、少し落ち着かせた。一番の懸念材料は、反魔導アーマーの存在だ。魔法を防ぐ鎧。翠が一番恐れていた存在である。まずエリーは魔法使いであるため、正面から挑むなど自殺行為だ。翠もまた攻撃手段を魔法に頼る傾向にあるし、接近戦を挑んでも勝てる気がしない。
「じゃあどうするの?この村の戦える人、みんな刑務所に連れていかれちゃったのよ?」
今このハボンの村に戦力と呼べる存在は、翠とエリーの二人だけ。しかし、その数少ない戦力さえ、敵との力の差が圧倒的に離れすぎている。不利な状況を見て、翠は決断を下した。
「僕がどっちも解放するよ。」
翠が戦い、刑務所と村長の家の帝国兵を、全滅させる。
「そんな……危険すぎるわ!!」
「大丈夫だよ。僕は反魔導アーマーでは防げない攻撃方法を持っているし、やってきたのが蛇なんて想像できないはずだ。」
翠の攻撃手段は、魔法や毒牙だけではない。毒と催眠の、二種類の吐息もある。魔法ではないため、この二つは反魔導アーマーでは防げない。
「でも、あんた一人にやらせるわけには……」
「僕一人でやった方が都合がいいんだ。ここは僕に任せてよ」
「……あたしに手伝えることはない?」
奴隷徴収隊はイルシール帝国の中でも、エリーにとって深い因縁のある部隊だ。しかし今のエリーは、まだ魔法を無効化する相手への攻撃手段がないため、どうしようもない。だがいくら勝てないとはいえ、倒すべき相手を他人に任せ、自分は指をくわえて見ていることなど、できなかった。それならせめて何か手伝いがしたい。何もできないことだけは、絶対に嫌だった。
「……じゃあ、君の魔力を分けてもらえるかな?」
「あたしの魔力を?」
その強い想いを受け取った翠は、彼女に協力してもらうことにした。今のままでは少し厳しいので、進化を行う必要がある。その影響で作戦実行までに魔力が回復しなかったら困るから、エリーの高い魔力を分けてもらいたいのだ。
「わかったわ。あたしの魔力、使って。」
エリーが手をかざすと、エリーの手が光り、翠は自分の中に魔力が満ちていくのを感じる。魔力を分けているのだ。翠はエリーに噛みついて魔力を吸い取ろうと思っていたので、少し驚いた。
「すごいな。こんなこともできるんだ」
「当然じゃない。あたしは本職の魔法使いよ?」
エリーはウインクした。
*
作戦は、人間の意識が緩み出す深夜に決行された。
「ふぁ~あ。いいよなぁ隊長は」
巨大な鉄扉の内側、二人の帝国兵のうち一人があくびをする。先ほどまで村長の家で寝ており、交代のために叩き起こされたばかりなのだ。
「俺達みたいに交代しなくていいんだから。」
「まぁそう言うなよ。今回の戦争に勝って、また帝国が大きくなった。で、人手の補充も完了ってわけだ。これで俺達の仕事も楽になるし、奴隷共が作った飯でいい思いができる。」
「だよな!俺帝国についてよかったわ~!イルシール帝国の兵士だぞ!って言えば、今やどの国も俺達にへこへこ頭を垂れやがる。力があるっていいよなぁ~!」
下卑た話題で盛り上がり、笑い合う二人。と、
ゴンゴン!ゴンゴン!
外から、扉を叩く音が聞こえた。はて、こんな時間に誰だろうか?交代ならさっき終えたばかりだが……もしかして村にまだ抵抗できる者がいて、奴隷達を取り戻しに来たのかもしれない。そう思った二人の帝国兵は、用心しながらゆっくりと、頭二つ分ほど扉を開ける。外には、誰もいなかった。一人が外に出て辺りを見回してみたが、人影一つない。おかしく思いながらも帝国兵は内側に戻り、扉を閉めた。
「どうだった?」
「誰もいなかった。ノックの音、聞こえたよな?」
「ああ。確かに聞いた」
二人とも同時に聞いているので、聞き間違いではなかったと確信する。なら、一体何だろうか?子供のいたずらか?確かにイルシール帝国のことはよく思われていないが……と二人はまた気付く。
「……なんか匂わねぇか?」
「……ほんとだ。甘い匂い、が……」
不意に鼻腔を突いた甘い匂い。その匂いを嗅いだ瞬間、二人は耐え難い眠気に襲われて倒れた。そしてその直後、二人は鎧の上から首を噛まれ、毒を送り込まれて眠ったまま息絶えた。
翠はエリーから魔力をもらい、増大した魔力を利用していくつかの進化を行った。まず、敵の居場所を確認するために、スーパーサーチを強化。サーチできる範囲を広げ、さらに遮蔽物や障害物越しにも相手の居場所、それから相手が何を考えているかもわかるようにした。インビジブルを使って透明になってから刑務所に行った翠は、スーパーサーチを使って扉の内側に帝国兵を見つけ、無理矢理戦わされたりしていないかどうかを確認し、彼らが救いようのないゲスであることを確認してから、しっぽで扉をノック。帝国兵が扉を開けたら、開けた隙間から滑り込み、帝国兵が扉を閉めてから眠りの吐息で眠らせた。それから、毒牙で体内に毒を送り込み、殺したのである。毒牙が鎧をも貫通できるよう、毒牙の強度と貫通力、顎の力など、口全体を強化した。どうしようもない連中だが、せめて夢を見ながら死んでもらおうという、翠なりの配慮だった。その後、同じ手を使って刑務所の建物の扉を開けさせる。今度は少ししか隙間を開けてもらえなかったが、その状況を想定して、ある程度自分のサイズを変えられるよう進化した。身体を細くして難なく滑り込み、眠りの吐息で眠らせてから毒牙で殺す。このパターンを繰り返し、まずは敵の戦力を削ぐため、牢屋以外の場所にいる帝国兵を全滅させる。卑怯卑劣と言われるかもしれないが、イルシール帝国はもっと卑劣で卑劣なことをやっているのだ。相手がとてつもないゲスの集まりであり、人間もまた動物だ、他のモンスターと変わりないと思うと、人を殺すことに抵抗はなかった。インビジブルの効果時間に注意しながら、気を付けて進む。
無事他の場所の帝国兵を全滅させた翠は、いよいよお待ちかね、目的の牢屋がある部屋へと潜入する。奴隷として捕らえられた人や、元々投獄されていた人など、全ての牢屋に人がいた。また、牢屋を守っている帝国兵も。いちいち帝国兵一人一人を眠らせるのが面倒だったので、翠は眠りの吐息を広く散布し、帝国兵も村人も、全員まとめて眠らせる。帝国兵は全員殺すのだから、問題はないだろう。目的通り全員を眠らせた翠は、帝国兵を殺す。それから、犯罪者まで一緒に解き放つと大変なので、善良そうな村人がいる牢の前にだけ、鍵を置いておいた。エリーの話だと、牢は地上だけでなく地下にもあるそうなので、地下牢にも向かう。
全ての帝国兵を始末し、村人達を救出した翠は、交代の兵士とすれ違わないように注意しながら、村長の家に向かう。村長の家も同じ手で開けさせた翠は、また同じように帝国兵を潰して回る。数も力も翠側を上回っていた帝国兵だが、翠の頭脳プレーによって全滅した。これで残るは奴隷徴収隊の隊長だけだが、隊長だけはどこにもいない。恐らく、あの一番立派な反魔導アーマーを着ていた男が、奴隷徴収隊の隊長だ。と、
「な、何をなさるのですか!?」
すぐ近くの部屋から、声が聞こえた。他の帝国兵はもういないので、いるとしたら隊長のみ。しかし、今の声は隊長の声とは思えないほど弱々しい声だった。多分、村長だ。翠はスーパーサーチを使い、扉越しに中の様子を探る。
中には予想通り、隊長と村長がいて、隊長は剣を抜き、村長の首に突き付けていた。
「このリストに書かれたあと一人、お前の息子はどこだ?探した時にはいなかったぞ。どこにいるか言え!」
隊長は村長から村人のリストを奪い、そこに書かれた村民を確認していた。しかし、リストを確認した時、この村に村長の息子がいないことに気付いたのだ。
「む、息子は現在、私が命じた物を買いに村の外に出ております!三日は帰ってきません!」
嘘だ。年齢が奴隷の基準に達していたため、本当は地下の食糧庫に隠してある。
「本当だな?」
「本当です!」
「……ではお前を殺すとしよう。父が死んだと知れば、すぐに帰ってくるだろうからな。」
「えっ!?」
「どのみちお前は奴隷の基準年齢をオーバーしている。奴隷にも戦力にもならん穀潰しの老害は帝国に必要ない、その場で処刑して構わんという皇帝陛下からのお達しだ。」
「そ、そんな……!!」
まずい。このままでは村長が殺されてしまう。そう思った翠は、慌てて扉をノックした。
「!」
隊長が動きを止める。
「何だ。」
しかし、翠は入らない。
「どうした。なぜ入ってこない?」
いや、入れない。ノックはできても、ドアノブが回せないのだ。
「……妙な真似をしたら殺す。」
不審に思った隊長は村長に警告し、確認するため扉に近付き、開けた。
そして開けた瞬間、翠は隊長に巻き付いて縛り上げた。同時に、インビジブルの効果が切れる。
「な、何!?グリーンスネークだと!?一体どこから……!!」
「お前が言っていたことは全部聞いたぞ。」
「!?」
翠が言葉を話せることに、隊長は驚いている。この男とは話をしてみたかったので、尋ねてみた。
「お前、今役立たずはいらないって言ってたな?お前はそれに納得しているのか?本当に、それでいいと思っているのか?」
すると、言葉が通じるとわかったからか、隊長は落ち着いて話し始めた。
「……ああそうだ。戦う力も持たず、ただ生きることしかできない役立たずなど、世界には不要だ!!この世から抹消すべきだ!!」
生殺与奪権を握られているのに、ずいぶんと威勢のいい男である。
「……そうか。」
だが、それは翠が予想していた答えで、最も聞きたくなかった答えだった。
「残念だよ。」
我慢が限界に達した翠は全身に力を入れた。翠はもう何度も肉体的な進化を重ねており、その力は普通のグリーンスネークの何倍も強い。翠が締め上げた瞬間、隊長の身体が鎧ごと妙な形にねじれた。口から激しく吐血する隊長から離れ、翠は言う。
「全身の骨を砕いた。内臓も何個か潰した感覚があったよ」
毒牙で殺ってもよかったのだが、隊長の役立たずという言葉が翠の逆鱗に触れた。彼も前世で言われたのだ。大した稼ぎもない役立たずなんかと、付き合いたくないと。
「お前みたいなゲス野郎は苦しんで死ね。」
感情のまま吐き捨てる翠。隊長は毒のようにすぐには死なないだろうが、こうなるともう助からない。苦しみながら、少し長く時間を掛けて死ぬだろう。
だが、感情に任せたのは翠の間違いだった。慎重に事を運ばなければなからなかったのに、ただ一つだけミスを犯した。
隊長はニヤリと笑って死に、その瞬間隊長の懐から何かが飛び出すと、窓を割って外に消えていった。
「今のは……?」
「……あなたがどういう存在かは存じませんが、早くお逃げ下さい。」
今までずっとショックで動けなかった村長が、翠に言った。
「恐らく今のは、遺言の魔石です。」
「遺言の魔石?」
「帝国が開発した特殊な魔石です。持ち主が死ぬ間際に抱いた強い思いを感じ取り、それをメッセージとして帝都に持ち帰る。すぐに帝都から後続の奴隷徴収隊が来るはずです」
翠は驚いた。帝国がそんな恐ろしい魔石を開発していたとは思わなかったのだ。
「ですが、帝都からここまでは一週間は掛かる。今から逃げれば、遠くまで行けるはずです。さぁ、早く。」
「……すいません。僕のことは、エリーという魔法使いが知っていますから、彼女に聞いて下さい。彼女をすぐこちらに向かわせます」
翠は言葉に甘えて逃げ出した。
*
宿屋に戻った翠は、エリーに今まであったことを伝えた。
「そういうわけだから、僕はもう行くよ。いつまでもここにいたら、みんなに迷惑が掛かるから。エリーはみんなを連れて、ここから逃げて欲しい。また奴隷徴収隊が来る前にね」
「……わかったわ。」
エリーは悔しそうだったが、今は逃げるしかない。遺言の魔石は、いわば反乱分子を見つけるための魔石なので、しばらく帝国は翠を追い続けるだろう。しかし、それでも再び、ここに奴隷徴収隊は配属されてくる。それまでに逃げる村人を守れる者が、守護者が必要だ。
「……今までありがとう。また会えるかな?」
「……会えるわよ。倒すべき相手が同じなんだから、必ず。」
二人が戦う相手は共通している。帝国と戦い続ける限り、また会えるはずだ。
「……うん。じゃあ、またいつか!」
帝国を惹き付けるため、翠は急いでハボンの村を出発した。
*
ハボンの村を出て、フォルの森と真逆の方向に向かう翠。今は夜だが、それを気にしている暇はない。ハボンの村への被害を減らすため、できる限り遠くに離れなければ。
「……また一人、か……」
一緒に戦える仲間ができたと思っていたが、予想よりずっと早いお別れに、翠は少し寂しい思いをしていた。だが、まだこれが今生の別れとなったわけではないし、今の翠にはネイゼンがいる。とりあえず、帝都に向かうため、ネイゼンを呼び出して帝都の位置を訊いた。
(ネイゼンさん。帝都にはどう行けばいいですか?こちらから打って出ます!今日と同じ戦法を使えば……)
(慌てるな翠。今のお前では、まだ帝国には勝てん。あのような搦め手に頼っているようではな)
ネイゼンは帝都への行き方を教えなかった。今行っても殺されるだけだと。帝国に勝つには、帝国兵の軍隊と小細工なしで戦って勝てるだけの実力が必要なのだ。
(まずはこのまま真っ直ぐ北に進んだところにある、ハードマウンテンという山に行くのだ。フォルの森より遥かに強力なモンスターが出るこの山で、しばらく実力を上げろ)
(……わかりました)
少し納得できなかったが、ネイゼンの言っていることは確かなので、翠は言う通り、身体を進めた。
次の物語の舞台は、魔の山、ハードマウンテンだ。
不定期更新です。毎日更新は、今後恐らくできなくなると思います。ですが、これからも読んで下さると嬉しいです。