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第四十三話 ブリジット・カーウェイン

「やめてぇぇぇぇ!!!」


クリスが叫ぶ。あまりにも声が大きかったので、翠もブリジットもクリスを見てしまった。


「どうして……どうしてこんなことになってるの?やっぱり、あの時私のせいで……」


涙を流すクリス。翠は、そういえば半年前別れた時、クリスは同じことを言っていたなと思い出した。


「せいじゃないさ。お前のおかげだ」


やはり、ブリジットは何かを知っている。


「……一体、何があったんだ?」


「……ネイゼン将軍と別れてから、三年後のことだった。」


ブリジットは語り出す。











それは、今から六年前のこと。ブリジットとクリスは、あの平原に狩りに出掛けた。ブリジットはその時から今ほどではないが狩りが好きで、対照的にクリスはあまり狩りが好きではなく、いつもブリジットに連れられる形で狩りに行っていた。そしてその日、最悪の事件が起きた。いつの間にか背後に迫っていたジャイアントスライムに、クリスが襲われてしまったのだ。ブリジットはクリスを助けるため、無我夢中でジャイアントスライムのコアを、弓矢で射抜いた。その時、ブリジットは自分でも恐ろしいという感覚を覚えた。ジャイアントスライムを仕留めた感覚が、正確に言えば自分より遥かに強大な相手を仕留めた感覚が、とても気持ち良かったのだ。それからどんなに獣を仕留めても、あの時と同じ感覚は得られなかった。やはりモンスターが相手でなければ駄目かと思い、次にブリジットはホブゴブリンを狩った。ジャイアントスライムを狩った時ほどではないが、その時ホブゴブリンを狩った時の感覚は、あれによく似たものだった。それからブリジットは毎日のように狩りに出掛け、モンスターを狩りまくった。やがてブリジットは、モンスターを狩ることにすら、満足感を得られなくなってしまう。もっと強い獲物をたくさん狩りたい。どうすればそれができるか。そしてブリジットは、さらに恐ろしい結論にたどり着いた。



人間は?と。



人間なら、そこらのモンスターよりずっと強い。きっと今まで以上の快楽を得られるはずだと思ったブリジットは、正当に人間を狩るために帝国軍に志願した。結果は、予想通りだった。


「だからクリス。私はお前に、いつも感謝しているんだ。私をこんな快楽に目覚めさせてくれたことにな」


クリスがあの時モンスターに襲われてくれたおかげで、自分は狩りというものの真髄に気付くことができた。それはあまりにも狂った快楽だったが、ブリジットは幸せだったのだ。


「昔語りは終わりだ。私は既に、有象無象の兵士を狩ることにすら、満足できなくなっている。だから、失望させないでくれ。」


ブリジットはそう言うと、アブソリュートザミエルを手に翠に切り掛かった。翠は素早くそれを受け流し、ブリジットの脇腹に手刀の一撃を入れる。


「ぐっ……はぁっ!!」


ブリジットはよろめいたが、再度アブソリュートザミエルで切り掛かる。翠はそれを右へ左へ後ろへよけながら、攻撃のチャンスを探して一発一発確実に打ち込んでいく。


「ふ、ふふふ……素晴らしい。素晴らしいぞ翠!ここまで強くなっていたとはな!」


翠の戦闘力は、ブリジットを凌駕するほど高いものになっていた。しかし、劣勢に陥っているはずのブリジットは、それを知って喜んでいる。


「これなら、全力を出しても問題なさそうだ。」


そう言ったブリジットは、懐から小さな袋を取り出し、中から何かを一つ、手に取った。カプセル剤だ。真っ赤なカプセル剤だ。


「……っ!」


ブリジットは取り出したカプセル剤を、水も使わず一気に飲み込んだ。すると、


「うっ!」


ブリジットの身体に変化が現れる。全身の皮膚が真っ黒に染まり、硬質化していくのだ。完全に変化が終わった時、ブリジットの姿は元の姿と区別ができないくらい、変わり果ててしまっていた。心なしか、その姿は魔導兵に似ている。


「こ、これは!?」


「……ザイガスから聞かなかったのか?奴は陛下が復活させた闇魔法の技術で、肉体に強化改造を施されていたと。」


「まさか、ブリジット……お前も!?」


「そうだ。私もまた、陛下から改造手術を受けている。」


改造手術によってブリジットは、改造前より遥かに高い能力を得ただけでなく、薬を投与することによってその能力を十倍以上に高める能力を得たのだ。


「代償として、この姿で戦えば戦うほど、寿命を縮める身体になってしまったがな。」


「なんだって!?抑制薬みたいなものはないのか!?」


「無論ある。だが、必要ない。飲むにしても、お前を倒した後だ!!」


ブリジットは素早く矢をつがえ、翠に向けて放った。それを吸魔で吸い取ろうとする翠だが、なぜかその矢は吸収できず、翠の左腕に刺さってしまう。


「なっ!?」


「その矢は魔力が変化した矢ではない。私の生命力をエネルギーに変換し、矢にしたのだ。」


「……寿命を縮めるっていうのはそういう意味か……!!」


矢を引き抜いて捨て、ダメージを再生する。今ブリジットが放った矢は、ブリジットの命そのもの。魔力ではないゆえに吸魔で無効化されることはないが、使えば使うほどブリジットは加速度的に生命力を消費し、最後には死ぬ。


「これで私は魔弓将軍の技を、思う存分お前にぶつけてやれるというわけだ!!」


ブリジットは何度も矢をつがえ、翠に放つ。翠はそれを避けながら、ブリジットを説得する。


「やめろ!!その矢を使うな!!死ぬぞ!!」


「構うものか!!お前と戦うことができるのなら、私は今この瞬間に、己の命を燃やし尽くす!!それ以外はもう、何もいらないんだ!!」


ブリジットは翠の説得を聞かない。彼女にとっては狩りが全てであり、翠という最高の獲物を狩れるのなら、死んでしまっても構わないのだ。


「……ああそうかよ。なら望み通りにしてやる!!」


説得は無理だと悟った翠は、矢を防ぐための手段として、スケイルブレードを生成し、矢を弾いていく。こうなってはもう、ブリジットを翠が狩るしかない。


「ごめん、クリス!!許してくれ、ブリジット!!」


ブリジットを殺せば、クリスは一生翠を恨み続けるだろう。だが、彼にも止まれない理由があるのだ。


「謝る暇があるなら、戦え!!」


ブリジットは矢を放つ。


「迫り来る死の恐怖に、全力で抵抗しろ!!」


何度でも、放つ。


「やりたいことがあるなら、私を狩れ!!」


翠に向けて、放つ。放つ度に、ブリジットの命は削られていく。放つのをやめるという意思は、死が近付いてくることへの怯えは、微塵も感じられない。本当に自分の命を顧みていないのだ。


「くっ!!」


翠はスケイルブレードで矢を弾く。だが、次々と放たれる高威力の矢に、次第に追い詰められていく。接近戦を挑んでも、力で押し負ける。矢ではないただの攻撃にさえ、ブリジットは己の生命力を込めているのだ。死を恐れない人間がどういうものか、翠は思い知った。クリスは、一体どうしたらいいのかわからない。止めようにも身体は動かず、


「もう……やめて……!!」


消え入りそうな声を出しても、ブリジットは止まらない。


「どうした!!お前の力はそんなものか!!半年もお前を待ってやった私を失望させるな!!」


さらに激しく攻め立てるブリジット。このままでは負けてしまう。


「……こうなったら……!!」


翠は、奥の手を使うことにした。翠の全身をエメラルド色の鱗が包み、手足から爪が生え、背中から翼が生え、頭から角が生える。しかし、その姿は人型のままだ。彼はただ帝都に向かっていたわけではない。この星の叡智とも言える存在、世界樹とコンタクトを取りながら、自分の力の使い方について詳しいレクチャーを受けていた。そして編み出したのが、この竜人形態だ。人化すると竜形態の時よりパワーがかなり落ちてしまうが、人化状態で今のように、竜形態の姿を色濃く出すと、パワーが竜形態時にかなり近くなる。足りないパワーを補うための奥の手として、翠は竜人形態を使用した。


「そんなこともできたのか!!ますます面白くなってきたぞ!!」


獲物がまだ力を隠していたことに喜び、ブリジットの攻撃がもっと激しくなる。しかし、翠はもう力負けすることはなく、シーラとの修行で精練された技をフルに使い、ブリジットと拮抗していた。




ブリジットが矢を放てば、翠はスケイルブレードでそれを弾き、反撃として疾風脚を放つ。ブリジットはそれを弾き、アブソリュートザミエルから生命エネルギーの刃を飛ばし、翠がそれを叩き切る。スケイルブレードとアブソリュートザミエルの二つの刃が、何度もぶつかり合い、交錯する。


(ああ……なんて楽しいんだ……)


このやり取りに、ブリジットは恍惚とした笑みを浮かべていた。今までどんな強力な獲物と戦っても、絶対に得ることのできなかった感覚。精神の高揚、戦いの快楽、そして、


(私は今、生きている!!)


生の実感。この楽しい時が、永遠に続けばいいと、ブリジットは思っていた。しかし、それは叶わないとも感じている。戦えば戦うほどに、己の命が消えていくのを感じているのだ。もうすぐ自分は確実に死ぬ。それがよくわかる。だが、それに対して恐怖は感じなかった。むしろ、死を望んでさえいる自分がいることに気付いた。


(奴と戦って死ねるのなら、本望だ)


それに、自分のような争いを求める人間は、翠達が望む平和な世界では生きられない。それなら、自分が心から望む戦場で死んだ方がいい。


「っ!」


ブリジットが一瞬、バランスを崩した。生命力を使いすぎて、限界が来たのだ。その一瞬さえあれば、翠には十分だった。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


翠は全力で突撃し、スケイルブレードを振った。スケイルブレードはブリジットの胴体に命中する。翠はそのままブリジットを輪切りにするような真似はせず、押し当ててから振り抜いた。


「……げふっ!」


ブリジットは口から血を吐き出し、倒れた。


「……ブリジット!!」


「姉様!!」


翠は竜人形態を解き、倒れたブリジットに駆け寄る。クリスもまた、ブリジットが倒れたことによって矢とバリアが消失し、駆け寄ることができた。二人はブリジットを仰向けに寝かせると、衣服の中を探り、白いカプセル剤を見つけ出す。赤いカプセルが能力解放の薬だったので、この白いカプセルが抑制剤のはずだ。翠は白いカプセルを、ウォーターボールを使ってブリジットに飲ませた。すると翠の予想通り、ブリジットの身体が人間の姿に戻る。能力の解放が止まった。


「待ってろ!!今回復を……」


「無駄だ。私はもう、自分の命を使いすぎた。治したところで、すぐに死ぬ。それなら、このまま死なせてくれ。」


ブリジットは回復を拒否し、翠にお前から受けた名誉の傷を負ったまま死にたいと懇願した。これが狩りの掟であり、狩りに敗れた者は相手に食われなければならないと。


「……リカバリー!!」


しかし翠はそれを効かず、ブリジットを治した。


「なぜだ。なぜ死なせてくれない?」


「お前には妹がいる。それなら、妹の前で綺麗な姿で死にたいという気持ちにはならないのか?」


翠がブリジットを治したのは、クリスの目の前で綺麗な姿で死なせたいからだ。もう助かりはしない。ならせめて、妹の前ではむごたらしい死に様を見せないようにしようという、翠なりの配慮だ。


「姉様……」


クリスはブリジットに声を掛ける。ブリジットはクリスの頭を、優しく撫でた。


「クリス、お前は強い子だ。私がいなくても、きっといい女になれる。だから、私やエレノーグのような、つまらない人間にだけはならないでくれ。できるな?」


「……はい……!」


クリスは涙を流しながらも、ブリジットの手を取り、彼女に誓う。ブリジットは翠を見た。


「翠。クリスを、頼んだぞ。」


翠は無言で頷く。



その時だった。



「狩りに敗れた者は、その掟に従わなければならない。」


ブリジットはアブソリュートザミエルを、己の喉に突き刺した。


「ブリジット!!」


「姉様!!」


突然の行動驚く翠とクリス。これが、狩りの掟。狩りに敗れた者は、相手に食われなければならない。翠がそれをしないというのなら、自分で死ぬまでのことだ。


(これが、狩りの掟に呑まれるということか……)


ブリジットは二人の顔を見ながら、


(……悪くない……)


安らかに目を閉じた。











魔弓将軍ブリジットは、妹と好敵手に未来を託し、散華した。


「姉様ぁぁぁ……うっ、うっ……」


ブリジットの亡骸にすがりついて泣き崩れるクリス。そんな彼女に、翠は謝った。


「……ごめん。僕のせいで、ブリジットは……」


「……ううん。あなたは悪くない」


クリスは涙を拭う。


「むしろ私は、あなたにお礼を言うべきよ。私のせいで狂ってしまった姉様を、あなたが止めてくれた。あなたのおかげで姉様は、もう戦わなくて済む。ありがとう、翠。」


それから、翠に礼を言った。これでもう、ブリジットは獲物を狩るために、戦場に出ることはなくなった。もう、満たされない飢えに、苦しむことはないのだ。


「……それより、あなたは早く陛下を。この世界を、どうか!」


「……うん、わかった。必ず勝って戻ってくる!」


倒すべき相手は、まだ残っている。あの男を、エレノーグを倒さなければ、何も終わりはしないのだ。翠は全てを終わらせるため、城の最下層に向かった。

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