第四十二話 帝都アルルーヴァ
「……しかし、ひどい場所だな。」
翠は城に向かって走りながら、城下町の様子を見る。誰もが貧相な服を着ており、のたれ死んでいる者すらいた。巨大な帝都の城下町という感じが欠片もしない、貧民街そのものである。ただ城だけが立派で、町と城のギャップがひどい。
(町の人々がこんなに苦しんでいるのに、エレノーグは何とも思わないのか!?)
翠は疑問に思ったが、すぐ考え直した。思わないだろう。世界中からたくさんの奴隷を集め続けているのは、集めたそばから奴隷を使い潰しているから。そうとしか考えられない。そうでなければ、奴隷を集める理由がない。その所業、まさしく暴帝。そして帝国の世界制覇を許せば、世界中の人々がみんなエレノーグの奴隷にされてしまうのだ。
(急がないと……!!)
一刻も早くエレノーグを倒し、この悪夢を終わらせなければならない。それに、クリスにやりたくもない結婚をさせることになる。翠はさらにスピードを上げ、城に突入した。
*
メハベル城礼拝堂。ここには多くの関係者が集まり、クリスとエレノーグの結婚を祝っていた。
「……」
純白のウェディングドレスを着たクリス。今は女性の幸福の絶頂である結婚式。にも関わらず、その顔には幸福感というものがまるでなかった。当然だ。全く好みでない男と、しかも脅されて結婚する。幸せなはずがない。しかし、やるしかないのだ。彼女の双肩には、この世界の人々の命が懸かっている。エレノーグの機嫌を損ねるような真似をしてはいけない。
「では、新郎エレノーグ皇帝陛下。あなたはクリスティーナとの永遠の愛を誓いますか?」
神父がエレノーグに、結婚を認めるかどうかを尋ねる。エレノーグは至極当然といった感じで、満面の笑みを浮かべて答える。
「誓います。」
不満などあるはずがない。何せクリスは、帝国最強の将軍、ブリジットの妹なのだ。クリスを手に入れれば、ブリジットをもっと操りやすくなる。それに、ブリジットに似てとても美しい。それから、クリスと接触した翠を悔しがらせてやることもできる。ちょうどいい具合に、さっきウィンブルの遺言の魔石が飛んできてくれたおかげで、翠がすぐそこまで来ていることに気付けた。ここまで来るのにどれぐらいかかるかわからないが、それでもクリスが愛を誓う方が早い。
「では新婦クリスティーナ。エレノーグ皇帝陛下との永遠の愛を誓いますか?」
神父がクリスにも尋ねる。クリスは、答えない。ちらりと横目でエレノーグを見ると、口元は笑っていたが、目が笑っていなかった。誓え。誓わなければ、どうなるかわかっているな?そう目で言っている。
「……」
仕方ない。自分の身勝手のために、たくさんの人々を死なせるわけにはいかない。このエレノーグという男に、人が苦しんでるから助けようだとか、可哀想だとかいう慈悲は一片もないと断言できる。クリスがどういう気持ちでいるのか、それに対して感じることもないだろう。あるのは、欲しいものは全て手に入れたい、全てを支配したいという黒い欲望だけ。
「……ちか」
クリスが愛を誓おうとしたその時、
「その結婚待った!!」
礼拝堂のドアが勢い良く開けられ、クリスの誓いが遮られた。クリスが、エレノーグが、関係者達が振り返る。そこにいたのは、一人の青年だった。
「久しぶり。待たせちゃってごめんね、クリス。」
「……翠?翠なの!?翠なのね!?」
「うん!」
クリスの問いかけに、翠は頷いた。無事に竜王種に進化し、自分を助けに来てくれたことが嬉しくて、クリスは翠のもとへ駆け出そうとする。しかし、それを阻む者がいた。エレノーグがクリスの手を掴み、引き戻したのだ。
「離して!!」
「大人しくしていろ!!」
暴れるクリスを黙らせ、エレノーグは翠を睨み付ける。翠はそれに、敵意の視線を以て応えた。
「ようやく会えたな。お前がエレノーグか」
「そうだ。お前が櫻井翠だな?思っていたより生意気そうな顔つきじゃないか。」
「それ、さっき倒したウィンブルにも散々言われたよ。生意気な小僧生意気な小僧って、お前達は同じことしか言えないのか?さすが友達だな。頭の中まで同類か」
翠は皮肉混じりに言う。それはそうだろう。ウィンブルとエレノーグは同僚であり、共謀してネイゼンを失脚させたのだ。友人というものは、大体考えることも同じものである。
「うるさい!!お前自分が何をしているのか、わかっているのか?ここはイルシール帝国の帝都、アルルーヴァのメハベル城だぞ?お前は皇帝である私を倒すために現れた逆賊だ。しかもあまつさえ、私の結婚の邪魔までした!死罪にするには十分すぎる話だ!!」
「もちろんわかってる。でも、僕が死刑にされることはない。なぜならイルシール帝国は、今日滅びるからだ。僕がお前を倒して滅ぼす!」
その後は新しい善良な人物を皇帝に据えて、新生帝国として復活させればいい。クリスが新しい皇帝になれば、エレノーグと同じことは二度と起きないはずだ。
「どこまでも生意気な……おい衛兵何をしている!!さっさとこの逆賊を始末しろ!!」
エレノーグが号令をかけると、礼拝堂内部を警備していた兵士達が、翠に向かって一斉に襲い掛かってくる。関係者達が悲鳴を上げて逃げ惑い、エレノーグはクリスを連れて別の出口から逃げていく。
「闘竜拳、流動連撃。」
エレノーグを逃がすわけにはいかない。しかし、他の兵士を殺すつもりもない。そこで翠は、襲ってくる兵士達をより素早く、気絶させることにした。まず最初に正面から向かってきた兵士に手刀を当てて払いのけ、その後ろから向かってきた兵士を手刀の勢いで回転しながらもう一発手刀を放ち払いのける。自分の背後から襲ってきた兵士に肘打ちを当て、次に襲ってきた兵士にまた手刀を、次に襲ってきた兵士に蹴りを当てる。これらの動作を一切止めることなく、次々と放ち敵を倒していく翠。流動連撃。敵に包囲された時の技で、流れるような動作で素早く、途切れることなく一人一人確実に倒していく技だ。礼拝堂に向かう途中、向かってきた兵士達は全てこの技で気絶させた。
「逃がすものか……!!」
礼拝堂の衛兵を全て倒した翠は、スーパーサーチを使ってエレノーグの居場所を知りながら、追いかけた。
*
クリスを連れて逃げるエレノーグ。と、その途中で兵士が一人、慌てた様子で走ってきた。
「皇帝陛下!!」
「何をしている!!侵入者だ!!さっさと全ての兵士を向かわせろ!!」
「駄目です!!とてもそんな余裕はありません!!」
「何!?」
「反乱軍です!!既に全ての魔導兵を迎撃に向かわせていますが、それでも足りるかどうか……!!」
「反乱軍だと!?」
その頃、帝都の外。
「邪魔よ!!ガイアシェイカー!!!」
地面が大きく隆起し、押し寄せる魔導兵が吹き飛ばされる。エリーが半年掛けて修得した、アースクエイクの上位魔法だ。
「うおおおお!!!」
アレスがストロングで自身の肉体を強化し、一騎当千の活躍で魔導兵を倒していく。
「怯むな!!相手はただの人形だ!!志を持つ我々が、負けるはずがない!!」
フェリアが指示を出し、反乱軍がラニア王国軍と協力して、魔導兵と数で拮抗する。
「人間達を守れ!!」
シーラ達ドラゴン軍団が、一人の死者も出させまいと奮起する。今帝都の外では激戦が起きており、とても翠の撃退に戦力を裂ける状態ではなかった。
「くそ~こんな時に……!!」
いや、むしろこんな時だからこそ攻めてきたわけだが。
「!」
と、エレノーグに妙案が閃く。地下で造られている人工超進化の実。あれがもうそろそろ完成するはずだ。あれを使って神に進化すれば……
「お前達は時間を稼げ。時間さえ稼げば、私が全員まとめて一網打尽にしてやる。来い!」
エレノーグは嫌がるクリスを引っ張りながら、地下に向かった。
地下に降りていくエレノーグ。と、
「お待ちを、皇帝陛下。」
地下室の一室。わりと広い休憩室のような場所で、ブリジットが行く手を阻んだ。
「ブリジット!!お前こんな所で何をしている!?櫻井翠を迎撃しろ!!」
「その迎撃のための準備ですよ。」
「準備!?」
エレノーグの質問に答えるブリジット。その時、
「そこまでだエレノーグ!!」
翠が追い付いてきた。
「くそっ!!もう追い付いたのか!!」
「皇帝陛下、クリスをここに置いていって下さい。迎撃に必要ですので」
「何だと!?貴様何を言っている!!クリスは私の」
ブリジットに反論するエレノーグ。しかし、
「いいから言う通りにしろ!!!!この豚が!!!!」
ブリジットは渋るエレノーグを一喝した。その凄まじい気迫に圧されて、エレノーグはすごすごと一人地下に降りていく。
「姉様……」
助けてくれたのかと問うクリス。だが次の瞬間、ブリジットはクリスを軽く突き飛ばし、距離を少し離してから、魔力の矢をクリスめがけて射った。
「クリス!!」
翠が叫ぶ。矢は空中で分裂し、クリスを吹き飛ばした。矢が当たったのはクリスの服だけであり、壁に縫い付けられただけである。
「すまんがしばらくそうしていろ。この前のように邪魔されてはかなわんからな」
だが、これでクリスは動けない。半年前のように二人の戦いを止めることは、できなくなった。さらにブリジットがもう一本矢を射ると、それはクリスを守るバリアに変化した。
「姉様!!やめて!!」
「そうはいかん。この狩りは、私にとって生涯最高の狩りなのだ。」
ブリジットに、翠を狩るという考えを変える気はない。ブリジットは翠に言った。
「この先に人工製の超進化の実がある。陛下はそれを取りに行かれたのだ」
「超進化の実が!?」
「超進化の力を得たお前なら、それがどういうことかわかるだろう。そしてそれを止めたいなら、お前は私を狩るしかないというわけだ。」
これが、ブリジットが用意したシチュエーション。翠が全力で戦わざるをえない状況を作り出し、自分がその全力となった翠を狩る。強い獲物との狩りを望むブリジットにとって、まさに最高のシチュエーションだ。
「……わかった。お前とは、決着をつけないといけないって思ってたから。」
翠は、ブリジットを倒す決意をした。クリスの姉だが、彼女を倒さなければ、超進化の力を得たエレノーグに世界を滅ぼされてしまうのだ。
「それでいい。さぁ来い!!櫻井翠!!!」
ブリジットは翠を挑発した。
メトの村から始まった二人の因縁が、今、終わろうとしていた。




