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第四十一話 魔槍将軍

帝都アルルーヴァ。周囲をぐるりと高い壁で囲まれた、城塞都市である。本日は婚礼の儀ということもあって、唯一の入り口である帝都の門は固く閉められていた。というのも、この日を狙って襲撃してくる者達を恐れてのことだ。今この帝国がどれだけの敵を作っているか、わからないほどエレノーグは馬鹿ではない。


(そう。馬鹿ではないのだが、私の妹はずいぶんとつまらない男と結婚することになったものだ……)


ブリジットは心中呟いた。彼女は今、弓兵隊とともに外壁の上で敵の接近を警戒している。門の前では、大量の魔導兵を率いたウィンブルが陣取っているため、正面突破はかなり難しい。


(さて、襲撃者は今のところ見えないが……)


ブリジットの見解では、襲撃者は必ず現れる。今日という日を逃す者などいない。攻めてくるのは現在戦争中の大国か、それとも反乱軍か。


(それとも櫻井翠か……)


翠なら必ず来るはずだ。来ないはずがない。ブリジットは翠が現れるのを心待ちにしていた。


「!」


と、向こうから何か飛んでくるのが見えた。四枚の翼と、輝く緑色の鱗。エメラルドドラゴンだ。


(エメラルドドラゴン?シーラか?だがこちらには弓兵隊と私がいる。いくら竜王種といえど……)


ブリジット率いる弓兵隊がいる以上、例え竜王種でも外壁を乗り越えての侵入は不可能だ。と、エメラルドドラゴンは突然地面に降り立ち、人間に変身して歩いてきた。


(人化して的を小さくしたか)


確かにこれなら、弓兵隊に攻撃されるリスクは減る。だが、地上にはウィンブル達魔導兵隊がいるのだ。


「何用か。」


エメラルドドラゴンが門の前にたどり着いた辺りで、ウィンブルはエメラルドドラゴンに問いかけた。しかしエメラルドドラゴンは答えず、ウィンブルに向かって手をかざした。すると、魔導兵達から魔力が抜き取られ、エメラルドドラゴンに吸収されたではないか。


(あれは、吸魔!!)


ブリジットはあの光景に見覚えがあった。魔力を吸い取る特殊能力、吸魔だ。あのエメラルドドラゴンは吸魔を使った。吸魔を使うドラゴンなど一匹しか、いや、一人しかいない。


(櫻井翠!!やはり現れたか!!)


翠だ。翠がエメラルドドラゴンに進化し、結婚式の妨害に来たのだ。ブリジットは望んでいた相手が現れたことに歓喜し、うち震えた。




「貴様……」


「妙な真似をされる前に、そちらの兵を無力化させてもらった。僕は、櫻井翠。悪いが、そこを通してもらう。」


「させると思うか?私はウィンブル・ダーツ。皇帝陛下より魔槍将軍の称号を賜った私が、襲撃者を通すとでも?」


(魔槍将軍……)


ここに来る途中で、翠はネイゼンから最後の将軍、魔槍将軍について聞いていた。


(ウィンブルはエレノーグの同僚だ。わしを失脚させた時、恐らく奴も一枚噛んでいたに違いない。何せ当時の魔槍将軍はわしであり、奴はわしが魔槍将軍に任命されたことを妬んでいたからな)


ウィンブルが魔槍将軍になる前、元々この称号はネイゼンのものだった。エレノーグばかり気になっていたが、ウィンブルはエレノーグと仲が良く、またウィンブルは自分を差し置いて魔槍将軍になったネイゼンを良く思っていなかったので、二人で共謀してネイゼンを追い出したということも十分考えられる。




そして、エレノーグはそんなウィンブルを、帝都防衛に回していた。


「一つ質問がある。」


「何だ。」


「お前はエレノーグと共謀して、ネイゼンさんを失脚させたのか?」


ネイゼンから聞いた時からずっと気になっていたことを、ウィンブルに尋ねる翠。ウィンブルは答えた。


「ああ。現在の皇帝陛下、エレノーグは自分が皇帝になるのに、ネイゼンの存在が邪魔になると言っていた。だから、奴に協力してやったのさ。私はネイゼンが、大嫌いだったものでな。」


「どうして嫌いだったんだ?」


「ただ単に気に食わなかっただけだ。あんな甘いやつが魔槍将軍になるなど、断じて認められなかった。それだけだ」


「……そうか。よくわかった」


翠は理解した。やはり、ウィンブルは魔槍将軍として相応しい人間ではないと。


「僕の目的はエレノーグだけだから、他は無視しようと思っていた。だが、お前だけは殺さなければいけない。お前みたいなやつが魔槍将軍の後任なんてことになったら、ネイゼンさんにとって恥になるから。」


「生意気な口を……このデスゲイボルグで心臓を貫いてやる!!」


翠の言葉に怒ったウィンブルは、槍、デスゲイボルグを使って、刺突を繰り出してくる。翠はそれを片手で弾いて懐に飛び込み、三発拳を叩き込んでウィンブルを吹き飛ばした。


「ブリジット将軍!いかがなさいますか!?」


弓兵の一人が、ブリジットに指示を仰ぐ。ブリジットは特に焦った様子もなく、弓兵隊に命じた。


「全員攻撃開始。ウィンブル将軍を援護しろ」


「はっ!!」


弓兵隊は翠に向けて一斉に矢を射る。だが、ブリジットだけは何もしない。ブリジットの矢は魔力の矢であるため、翠の吸魔に吸い取られてしまう。それもあるが、翠がどれほど強くなったか確かめるためだ。


(見せてもらうぞ。半年も待ったのだから、相応の獲物になっていてくれねばな)


ウィンブルの攻撃と弓兵隊の攻撃にどう対応するか、ブリジットは静観することにした。


「鬱陶しいぞ!!暴風脚!!!」


弓兵隊の攻撃のせいでウィンブルとの戦いに集中できない翠は苛立ち、壁の上にいる弓兵隊に向かって蹴りを放った。すると、衝撃波が発生して、弓兵隊を全員壁の上から叩き落としてしまった。この暴風脚は疾風脚と同系統の技で、疾風脚を斬撃とするなら、こちらは打撃である。


(今、壁の上にブリジットがいたな)


翠は攻撃した際、壁の上にいたブリジットの存在を見逃さなかった。彼女だけは、衝撃波が当たる前に壁の上を走って逃げてしまっている。


(降りてこなかったところを見ると、様子見でもしてるのか?)


少し不気味に感じたが、今は目の前の魔槍将軍である。


「これで一対一だ。」


「おのれ生意気な小僧が!!」


ウィンブルはデスゲイボルグをおもいっきり引くと、全力で突きを繰り出す。


「サウザンドスピア!!!」


その瞬間、デスゲイボルグの刃が無数の刃に分裂して放たれた。これぞデスゲイボルグの固有能力、サウザンドスピアである。近距離でも中距離でも使える、優秀な技だ。


「竜群爪!!!」


しかし、相手が悪かった。翠は両腕の人化だけを解き、竜群爪を放って全て叩き落としたのだ。ちなみに、人化を解いたといっても、形だけエメラルドドラゴンに戻しただけだ。本当に解いていたら腕が大きくなって、小回りが利かなくなってしまう。


「くっ……」


舌打ちするウィンブル。どういう原理かはわからないが、デスゲイボルグの刃はすぐに再生する。そのためサウザンドスピアの連発は可能なのだが、翠には通用しない。初見でこの技を見切るのは不可能に近く、さばききれずにダメージを負うはずなのだが、翠の反応速度はエメラルドドラゴンに進化することで、これまでとは比較にならないほど速くなっていた。


(この私でさえ、あの技を初見でさばききるのは無理だった。それを……)


ブリジットさえ、急所への攻撃を弾き飛ばすのが限界だった。自分にもできなかったことを、翠は平然とやってのけた。ブリジットは翠の強さの底を計れず、さらに注意してよく見ている。


「それで終わりか?」


「!!……舐めるな小僧がぁぁぁぁぁぁ!!!サウザンドスピア!!!」


再度サウザンドスピアを放つウィンブル。しかし、


「穿破拳!!!」


刃が分裂する前に、翠の右拳がデスゲイボルグを破壊する。それだけでは翠の拳は止まらず、ウィンブルの心臓を貫いた。


「心臓を貫かれたのはお前の方だったな。魔槍将軍の座から降りろ。その地位はネイゼンさんのものだ」


翠はウィンブルの頭を左手で掴むと、ウィンブルを右腕から引き抜きながら放り投げた。絶命したウィンブルから遺言の魔石が飛んでいったが、ここまで来たのだから関係ない。


「……傷一つ付いてない。穿破拳を使ったからかな?」


翠は両腕に人化をかけながら言う。先ほど素手で槍の刃を殴ってしまったが、翠の右拳には傷一つ付いていなかった。とはいえ、魔槍将軍は倒したので、あとは門を開けるだけだ。しかし、門はとても大きく、てこでも開きそうにない。と、


「!?」


突然、門が大きな音を立てて開いた。


「……」


翠は警戒しながら、門をくぐる。と、


「ブリジット!?」


翠のすぐ横にブリジットが立っており、何かのレバーを引いていた。そしてその周囲には、弓兵隊やここを守っていたであろう兵士達の死体が転がっている。恐らく、これはブリジットがやったのだろう。次にブリジットがレバーを押した時、門が閉まったからだ。このことから、ブリジットはわざと翠を中に入れるため、周囲の兵士を全滅させたのだと推測できる。


「どういうつもりだ?」


「見ての通りだ。門番を倒したお前を、迎え入れたんだよ。」


「なぜそんなことをする?」


意味がわからなかった。ブリジットは、翠がここに来た理由を知っているはずだ。エレノーグが倒されれば、彼女にもメリットはないはずである。


「私と下らない問答をしていていいのか?お前は皇帝陛下を倒すためだけでなく、クリスの結婚を妨害するためにも来たんだろう?」


「……」


「……式は城の礼拝堂で行われる。急いだ方がいいぞ?もう始まっている頃だからな」


ブリジットはそう言うと、風のような、いや、風をも上回る速度で、城に向かって駆け出した。


(お前を城まで行かせてやる。何せ、シチュエーションを用意しなければならないからな)


ブリジットにはブリジットなりの考えがあった。それは、シチュエーション作りである。翠はブリジットの予想を、遥かに超える成長を遂げていた。翠との戦いは、彼女にとって間違いなく、生涯最高の狩りになる。それを、あんな不粋な場所で行うというのは、あまりにも寂しい。だから、自分が戦うに相応しい演出をしようというのだ。


(趣向を凝らそう。最高の狩りだからな)


ブリジットは、未だに門のところで立ち止まっている翠を、ちらりと一瞥してから、城を目指した。


「……どういうつもりなんだ……」


(わからん。だが、急いだ方がいいのは確かだ。最後の戦いは近いのだから、進化を怠るなよ)


(はい!)


翠はネイゼンに促され、先ほど吸い取った魔力を使って身体能力を上げながら、城を目指した。

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