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第四十話 真実

どこかの町。


「号外!!号外だよーっ!!」


一人の男が、何かを配っている。それは、このデミトラシアにおける新聞のようなものだ。


「おひとつ頂けますか?」


「はいよーっ!」


と、一人の女性が新聞を受け取り、少し先にある路地に入ってから内容を読み上げた。


「『イルシール帝国皇帝エレノーグ、カーウェイン家のクリスティーナと婚約』?」


さらに詳しく読んでいくと、婚礼の式は一ヶ月後に開かれることが判明する。


「何よこれ。超チャンスじゃない!」


女性は喜んだ。皇帝の結婚式という大きな行事なので、どんなに頑張っても帝都に隙ができる。帝都を落とすなら、これを除いて他にチャンスはない。


「……遂にこの時が来たのね。」


厳しい修行を重ね、魔法使いになった苦労が、ようやく報われる時が来た。


「待ってて!父さん!母さん!」


魔法使いエリー・アリアスは、帝都に向かって旅立った。




メトの村。


「サム!!大変だ!!」


「どうしたの兄さん?」


アレスがとても驚いた様子で家に帰ってきた。


「これを見ろ。」


彼の手には新聞が握られている。サムはアレスから新聞を受け取り、内容を把握した。


「これって……」


「もし翠さんがこのことを知れば、必ず動くはずだ。」


「助けに行きたいってことだね?」


「ああ。だが俺が離れたら、この村は……」


「……大丈夫!僕が開発した襲撃者撃退装置のことは知ってるでしょ?モンスターだろうが奴隷徴収隊だろうが、まとめて返り討ちにしてやるよ。だから、兄さんは行って。戦えない僕達の代わりに」


「……すまない。必ずいい結果を持って戻る」


アレスは急ぎ旅支度を整え、帝都に出発した。




「フェリア隊長!!」


ロルウェイ近隣の砦。ここに一人の反乱軍兵が新聞を持ち込み、フェリアに読ませた。


「……なんてことだ……」


「どうしますか!?」


「……これ以上帝国の勢力を拡大させるような真似を許すわけにはいかない。直ちに全軍帝都アルルーヴァに出立する!」


反乱軍もまた、帝都に進撃することを決意した。




ラニア王国。


「陛下!!大変です!!皇帝エレノーグが一ヶ月後、クリスティーナお嬢様との婚礼を挙げるとの伝令が入りました!!」


「何だと!?」


兵士の一人が、エレノーグ結婚の話を、クライズに伝えた。


「戦争反対派のクリスティーナ嬢が、奴と婚約などあり得ん。さてはエレノーグめ……何らかの方法で彼女を脅迫したな!?」


「いかが致しますか!?」


「全軍を帝都アルルーヴァに進軍させよ!!この蛮行は許し難い!!」


今までは抵抗を続けるのみだったが、エレノーグのやり口にはいい加減頭にきた。一ヶ月後に総攻撃を仕掛け、一気に戦争を終わらせる。そう決意したクライズは、兵士達に出撃命令を下した。




ムルギー渓谷。


「……さて。私もこのまま黙って見ているわけにはいくまい」


「シーラ様?」


シーラはグリーンドラゴン達に言った。


「私の弟子が帝都に乗り込もうというのだ。師匠が戦わずに何とする」


「……ならば、我々も!!」


「私達も行きます!!」


「俺達を暖かく迎えて下さったご恩を、今こそ返させて下さい!!」


「お前達……」


グリーンドラゴン達は、シーラに今までよくしてもらった恩を返そうと、同行を申し出てきた。


「……ふっ。なら誰も死なないと約束しろ!」


『はっ!!』


こうして、シーラ達ドラゴン軍団も、帝都に向かった。











「……っ!」


翠はベッドの上で、やかましい音を聞きながら目を覚ました。それから、机の上に置いてある目覚まし時計を取って、アラームを止める。


「うわ!もうこんな時間!」


今日はとても大切な日。ある人物と、大事な約束をしている。急いで支度をして、家から飛び出した。




「お待たせ!」


待ち合わせの場所に行くと、もうそこには彼女、鈴原加奈子が待っていた。


「遅いよ櫻井くん!」


「ごめんごめん。朝がどうにも弱くってさ」


「もう……まぁいいや。行こっ!」


「うん。」


今日は、生まれて初めてできた自分の彼女とのデートの日だ。今日のことで緊張してしまい、夕べはうまく寝付けず、寝坊してしまったのだが、許してもらえたようだ。


「……?」


と、翠は突然立ち止まる。


(何だろう?なんか……すごく大事なことを忘れてる気がする……)


なぜか翠はそう思った。何だろうか?財布も携帯電話も持ったし、ガスの元栓も、ドアの鍵もきちんと閉めてきた。


(……違う。そういうのじゃない)


しかし、翠は思い直す。自分が忘れているのは、そんなことではない、もっと大事なことだ。なぜかそう感じている。それが一体何なのか、必死に思い出そうとする翠。と、


「どうかしたの?」


突然翠が立ち止まって考え始めたので、加奈子に不審がられてしまった。


「……え?……ううん、何でもない。それより、今日はたくさん遊ぼうね!」


「うん!」


しかし結局思い出せなかったので、翠は気のせいだと片付けた。


(今日はすごく大事な日なんだ!だってデートの最後に、僕は……)











「あー楽しかった!」


時刻はすっかり夜。デートコースは全て回り終え、今は綺麗な夜景が見える橋の上だ。


(……よし!言うぞ!)


翠は意を決して、加奈子に言った。


「鈴原さん!」


「ん?何?」


加奈子がこちらを振り向く。そして、翠はある物を出した。小さな箱だ。箱を開けると、中にはダイヤがはまった指輪がある。


「僕と、結婚して下さい。」


結婚指輪だ。つまり、プロポーズである。いろいろ考えたが、結局気の利いた言葉は思い付かず、単刀直入にこう言うだけにした。毎日毎日たくさん働いて、先日ようやく購入した結婚指輪。どうか受け取って欲しい。翠はその想いを込めて、加奈子にプロポーズした。



しかし、



「は?あんた何言ってんの?無理に決まってるでしょ。」


加奈子の答えは、冷淡なものだった。


「……えっ?」


「あんたさぁ、鏡で自分の顔見たことがある?どう考えても私と釣り合わないでしょ。っていうか、私には本命の彼氏がいるし。」


「じゃあ、僕とは遊びだったってこと!?」


「他の意味に聞こえた?はぁ……それにしても萎えたわ。私にプロポーズとかマジあり得ないし、もうあんたの顔なんて見たくなくなった。じゃあそういうわけだから、二度と私に近付かないでね。」


あまりの落差。加奈子は翠を振ると、帰ってしまった。











その後は、どこをどう歩いたか覚えていない。気が付けば自分の家の前にいた。だが、家に入る気は起きず、近くに廃ビルがあることを思い出し、その屋上から飛び降りた。




真っ暗な闇の中、翠はようやく思い出した。自分が一体何を忘れていたのか。


(ああそうだ。僕はこんな死に方をしたんだ)


異世界のことも、ネイゼンから頼まれたことも、何もかも思い出した。


(何度経験しても、痛いものは痛いな)


痛いどころの話ではない。翠が最も味わいたくなかった感覚だ。今彼は世界樹の試練を受けている。試練の内容は、己にとって最も苦痛となる記憶を再体感するというもの。やはり、この記憶が翠にとって最も苦痛な記憶として選ばれたようだ。


(……本当はもう、こんな思いをしたくない)


だから、誰も信じたくない。裏切られて痛い思いをするくらいなら、初めから信じなければいいのだ。そう思ったから、翠は死を選んだ。死ねばもう、誰も信じなくて済む。裏切られなくて済む。痛い思いをしなくて済むから。



だが、一度死ぬことによって翠は思い直したのだ(荒療治すぎるが、頭が冷えたとも言う)。いくら傷付きたくないからとはいえ、人を信じることをやめてはいけないのだと。きっかけは、ネイゼンの姿を見たこと。デミトラシアの人間に対して人間不信に陥っていたネイゼンが、翠を頼ってくれたのだ。翠は、デミトラシアの人間ではない。赤の他人でしかないのに、頼ってもらえたことが嬉しかった。それからたくさんの人と出会い、信頼関係を築き上げ、信じてもらえることの喜びを知った。


(そうだ。僕は、たくさんの人に信じてもらっているんだ!)


裏切られる痛みを知っているなら、その痛みを他人に与えてはいけない。少なくとも、自分だけは絶対に裏切ってはいけない。例え、また同じ痛みを与えられることになったとしても。


(僕は迷わない!!僕はこの世界の人々を守る!!)


翠が己の誓いを貫き通した時、彼の意識は途切れた。











目が覚めた時、彼は再び世界樹の内部、祝福の間の中にいた。


「よくぞ我が試練を打ち破った。お前ならエメラルドドラゴンに進化しても、力に溺れることは決してないだろう。」


世界樹の化身は、翠に試練の結果は合格だと告げる。これでようやく、翠はエメラルドドラゴンになれるのだ。


「よかった。じゃあ早速お願いします」


「心得た。」


翠がシーラの鱗を差し出すと、世界樹の化身が鱗に両手をかざす。すると、鱗が翠の手を離れて光り輝き、翠の体内に取り込まれていった。そしてその瞬間、翠の身体に変化が起きる。鱗が取り込まれたのは、ちょうど翠の胸の中心。そこから翠の身体がエメラルド色になっていき、体格が変化し、翼が四枚になって、エメラルドドラゴンになったのだ。


「自分がなりたい人間の姿を思い浮かべ、変わると念じるのだ。それで人間に変身できる。戻ると念じれば、元の姿に戻れる。」


世界樹の化身は人間に変身する方法を教え、翠は前世の自分の姿を思い浮かべた。そして、その姿へと変わる。


「……ずいぶん時間が掛かっちゃったけど、ようやく戻れた。」


翠は人間に戻れたわけではない。あくまでも人間に変身できるようになっただけで、本質はエメラルドドラゴンだ。しかし、ようやく本来の姿を取り戻すことができたのが、たまらなく嬉しかった。


「……櫻井翠。実はな、お前をこの世界に転生させたのは我なのだ。」


「えっ!?」


世界樹の化身は突然、翠がこの世界に転生した理由を明かした。確かに人知を越えた力が関わっているだろうとは思っていたが、それが世界樹だとは思わなかった。


「我は皇帝エレノーグの企みに気付いた。だが、見ての通り我は樹だ。この地を離れることはできん」


そこで世界樹は、この世界を救ってくれる存在を、知覚能力を使って探すことにした。しかし、この世界の人間の心は弱く、勇者の気質を持つ者はいなかったのだ。ネイゼンですら、世界を滅ぼすという凶行に加担したほどである。いるはずがない。シーラのような心あるモンスターに頼ろうとしたこともあったが、本質がモンスターである以上エレノーグを倒した後が大変になる。世界樹はこの世界の人間ではなく、異世界の人間に頼ることにした。しかし、異なる世界の人間を召喚する力は、さすがの世界樹にもない。そこで少々時間は掛かるが、冥界にアクセスして魂を転生、勇者として成長させるという手段を取った。その際グリーンスネークに転生させたのは、翠が本当に勇者としての気質を持っているかどうか、試すためである。超進化の実を食べられるよう、因果律を操作したのも世界樹だ。これなら後から元人間だと言えば、いくらでも修正できる。そして、翠がいつか必ず自分の下にたどり着けるようにしたので、実は翠についての全てを知っている。


「お前は我の期待通りの成長を遂げてくれた。どうか今まで試していたことを許して欲しい」


世界樹は翠に数々の試練を課したことを謝罪した。


「……いいですよ。あなたもこの世界のことを真剣に考えたでしょうし、僕もすごくいい経験ができましたから。」


「……すまない。本当にありがとう」


「それじゃあ、僕は行きますね。早くしないと」


翠はエレノーグを倒すためにエメラルドドラゴンに進化したのだ。それを果たした以上、ぐずぐずはしていられない。


「言い忘れたが、結婚式まではあと四日だ。急いだ方がいい」


「……えっ!?あと四日!?」


世界樹の化身からの言葉に、翠は驚いた。


「試練によって体感時間と現実の時間は違う。」


翠の試練は厳しかったので、一日しか経ってないように見えて、実は一ヶ月近く経っていたのだという。


「た、大変だ!!僕もう行きますね!!」


慌ててエメラルドドラゴンに戻る翠。


「外まで送ろう。我の力を借りたい時は、心の中で我を呼べ。この世界のこと、頼んだぞ。」


「はい!!」


世界樹の化身は手をかざし、翠を世界樹からかなり離れたところまで飛ばす。翠は四枚の翼をはためかせ、帝都に向かって飛んだ。


「すごい……グリーンドラゴン以上の力を感じる!!」


力も飛ぶ速度も、グリーンドラゴンの時とは比べものにならない。新たな力に陶酔しながら、翠は帝都を目指した。

エメラルドドラゴン


竜王種の一体。全ての竜王種の中では最弱だが、世界樹といつでも交信できるという特殊能力を持つ。

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