第四話 決闘
「グォォォォォ!!!」
翠の頭目掛けて、巨大な棍棒が振り下ろされる。しかし、身体能力を強化した翠は、それをやすやすとかわした。スーパーサーチを使い、自分を襲ってきたこの大鬼について調べる。
『オーガ 巨人系モンスター。行動や知能などはゴブリンに酷似しているが、その身体はゴブリンの数倍の大きさで、力に至っては十倍以上である。過酷な環境で鍛えられた頑強な肉体は、生半可な攻撃を跳ね返してしまう。』
オーガ。RPGにおいても初心者の前に立ちはだかる、最初の壁。翠は今、この大物モンスターと対峙していた。どうやって倒そうか考える。説明文にあったように頑強な肉体を持ち、おまけに巨大な棍棒で範囲をカバーしているとなれば、いくら能力が強化されたといっても接近戦を挑むなど論外だ。それなら、取るべき道は一つ。さらなる遠距離。アウトレンジからの、魔法攻撃しかない。進化した魔法能力の使い時が、早くもやってきた。
「ファイアボール!!!」
翠はファイアボールを放ち、オーガに命中させた。なるほど、威力が上がっているし、消費魔力も今までよりずっと少ない。うまく進化できたようだ。
「グルルル……」
しかしあのオーガ、なんと笑っている。威力は上がっているのだが、ダメージはあまり受けていないようだ。そこで翠は、自分の使っている魔法が、所詮初級でしかないということを思い知った。この程度の魔法、何発ぶつけてもオーガは倒せない。次の瞬間、オーガがその巨体からは想像できないほどの跳躍力を見せながら、棍棒で殴り掛かってきた。避けるか、と思ったが、まだ使っていない魔法があるのを思い出し、使う。
「プロテクション!!」
物理防御魔法だ。翠の全身を強い衝撃が襲うが、オーガの棍棒も弾かれる。プロテクションを使っていなかったら、今の一撃で翠はぺちゃんこだ。しかしどうするかと、考える。考えて、いい方法を思い付いた。
「一発で駄目なら……」
ファイアボールで倒せなかったのではない。一発だから倒せなかったのだ。例えダメージが少なかろうと、倒れるまでひたすら撃ち込み続ければいい。翠が複数の火球をイメージすると、翠の周囲に複数の火球が瞬時に出現する。
「ファイアボール!!!」
そして、それら全てをオーガにぶつけた。
「グァァァァァ!!!」
ダメージは受けているが、まだ倒れない。ならばと次々次々にファイアボールを放ち続ける。前にはできなかったことなので、魔法の精度を上げるという進化もうまくいっているようだ。
何発撃ち込んだかわからないが、多分五十発だ。オーガは黒焦げになり、ようやく倒れた。かなり魔力を消費したが、まだ余裕といったところか。と、
「ファイアシューターか。」
すぐそばの木陰から、エリーが姿を現した。今の戦いを見ていたようだ。
「ファイアシューター?」
「複数のファイアボールをぶつける魔法。限りなく中級に近い初級魔法よ」
どうやら、今の魔法はファイアボールではなく、別系統の魔法だったらしい。
「それにしても、まさかオーガを倒せるくらい強くなるなんてね。やっぱり超進化の実の力はすごいわ」
数日前まではメタモルスライムを噛みついて倒すなどという無茶をしていたグリーンスネークが、オーガを中級に近い初級魔法で倒すところまで成長した。とてつもない成長速度である。
「それで、どうしたの?見てたなら助けてくれればよかったじゃないか。」
翠はなぜエリーが現れたか尋ねる。
「あたし、もうすぐこの森を離れようと思うの。この森のモンスターは弱いし、元々ここには超進化の実目当てで来たわけだしね。魔宝樹の実は全部収穫して魔力も手に入れたから、もう用なしってわけ。」
エリーはよほど超進化の実が欲しかったようだ。一刻も早く両親を助けたいのだから、当然だろう。しかし、翠にもこの世界を救うという目的がある。もう食べてしまったし、譲ることはできない。
「……そっか。短い間だったけど、君のおかげでいろいろと助けられたよ。じゃあねエリーさん。どうか元気で」
名残惜しいが、翠はまだ森を離れられるほど強くなっていないので、仕方なくエリーを見送ることにする。と、
「まだ話は終わってないわ。それと、さん付けはやめて。」
「えっ?」
エリーの話はまだ終わってなかったらしく、エリーは話を続ける。
「で、一つ提案があるんだけど、翠。あんたあたしと戦ってみない?」
「エリーと、僕が?」
「あんたは恐らく、今この森最強のモンスターよ。できるだけ強い相手と戦って腕を上げたいあたしとしては、あんたと戦いたいわけ。あんたも実戦の方が、進化しやすいでしょ?」
「それはそうだけど……」
確かに、戦っている間の方が、具体的な進化を見出だせる。この前ゴブリンの大群に囲まれた時が、そのいい例だ。
「どう?あんたがあたしに勝てたら、面白い魔法を教えてあげようと思うんだけど。」
「……」
翠は考える。もっと強くなりたいし、勝てば面白い魔法を教えてくれると言っていた。魔法は一つでも多く覚えたい。
「わかった。じゃあ、戦うよ。」
「そうこなくちゃ!」
「でも、ちょっと待ってもらっていい?身体と魔力を回復させないと……」
オーガとの戦いで、翠はかなりの魔力を消費したし、少しばかりダメージも受けた。エリーは手負いの状態で勝てる相手ではなさそうだし、できるなら万全な状態で戦いたい。
「いいわよ。じゃあ、あんたが回復するまで待っててあげる。」
「ありがとう。」
エリーは翠の頼みを聞き入れ、翠が回復するまで待つことにする。
「じゃあまず、身体を治すね。」
翠は初めて、回復魔法を使う。傷が治っていくイメージを思い浮かべ、
「ヒール!」
初級回復魔法を唱えた。大した傷ではなかったおかげか、翠は完全回復する。あとは魔力の回復を待つだけだが、ただ待つのも暇なので、少し話をすることに。
「ねぇエリー。君の両親って、どんな人だったの?」
「……どんなって訊かれてもねぇ……平凡だったとしか答えられないわ。平凡だったけど、十分すぎるくらい幸せだった。」
この世界の家族の平凡がどんなものなのか翠にはわからなかったが、少なくともエリーの家庭は平凡で、エリー自身それに満足していたようだ。
「……それなのに、あいつらが全てを奪った。」
エリーの声に憎悪が混じる。翠が彼女の目を見ると、その瞳は確かに怒りを湛えていた。平凡だが、家族との生活は、彼女にとってかけがえのない幸福だったのだ。しかし、イルシール帝国は彼女の村がある国を占領すると、彼女の村にも押し掛け、奴隷として使えそうな大人を根こそぎ奪っていった。その中には、彼女の両親も入っていたのだ。そして、エリーはイルシール帝国に復讐を誓った。必ずお前達を滅ぼし、お前達が連れ去った父さんと母さんを取り戻してみせる。元々魔法使いを目指していたエリーは、より一層激しい修行に取り組み、本来十年以上かかる魔法の習得を、たった四年で成し遂げた。それだけ必死なのだ。本気なのだ。どんな手を使ってでも、家族を取り戻す。エリーはそう決意したのだ。
「あんたの前世はどんな感じだったの?」
今度はエリーが、翠の前世について尋ねる。
「……僕も平凡だったよ。平凡で普通で、とにかくパッとしない人生だった。」
そんな中あの人に恋をし、そして恋を成就させるために頑張った。会いたくない人にも会ったし、下げたくない頭も下げた。とにかく頑張って頑張って、頑張り続けたのに、彼女にとっては遊びに過ぎなかったのだ。
「……信じてたのに……」
自分が初めて、己の全てを懸けられることに出会えた。それなのに、それを遊びと切り捨てられたら、どれだけ痛いだろうか。
「……でも、僕はネイゼンさんのお願いを引き受けようと思ったんだ。」
「何で?普通そんなことされたら、人間なんて誰も信じられなくなるでしょ?」
「逆だよ。裏切られたことがあるからこそ、自分だけは誰も裏切らないようにしようって思えるんだ。」
人間不信になってもおかしくない出来事。だが、翠は人の頼みを引き受けた。裏切られることの痛みを知っているから、誰にもその痛みを与えないように、自分が信じてもらえる存在になる。その方がいい。翠はそう思ったのだ。
「……すごいわねあんた。あたしそんなことが言えるやつ、人間でも見たことないわ。」
「裏切られたことがある人にしか言えないよ。」
裏切られたことがある自分だからこそ、こういうことが言える。翠はそう言った。
「……辛気くさい話は終わりにしましょ。魔力はもう大丈夫?」
「うん。なんとか行けそうだよ」
話している間に、翠の魔力は戦闘可能なレベルまで回復した。二人は距離を取り、エリーが決闘のルールを教える。
「ルールは簡単よ。どっちかが戦えなくなるか、気絶するまで戦う。無理になったら自主的にギブアップしてもいいわ」
「わかった。それじゃ始めよう」
戦闘の開始は公平に、同時に三つ数える。
「「三、二、一」」
ゼロと言い終わった瞬間が、決闘の始まりだ。
「「ゼロ!」」
二人は同時に、決闘の開始を宣言する。
「サンダーブラスト!!!」
「うわっ!!」
開幕と同時に、中級魔法のサンダーブラストを放つエリー。翠は間一髪で回避し、翠が今さっきいた場所にクレーターができた。
「い、いきなりそんな強力なやつ使う!?」
「避けられるってわかってたからね。ほらほら!決闘の最中なんだからどんどん行くわよ!!ファイアブラスト!!!」
続いてエリーは、圧縮した炎の光線、ファイアブラストを放った。翠はこれも回避する。また一つクレーターができた。
「ウォーターブラスト!!!」
また終わらない。今度は圧縮した水流を放つ魔法、ウォーターブラストだ。これもどうにか回避できたが、翠の後ろに並んでいた木が、何本か水圧で叩き折られた。
「的が小さい上に素早いから上手く当たらないわね……」
エリーは苛立ちながらも、強力な中級魔法を連発していく。
「この……ファイアシューター!!!」
いつまでも回避できないので、先ほど習得したばかりのファイアシューターで反撃する。だが、
「リフレクション!!!」
火球は全て、エリーを防御する魔力の衣に弾かれてしまった。オーガを倒した攻撃魔法があっさりと防がれたのに、翠は浅からぬショックを受ける。仕方ない。ファイアシューターはファイアボールを大量に撃って弾幕を張るだけの魔法なのだ。一発一発はファイアボールと同じ威力。精度も防御力も翠を遥かに上回るエリーのリフレクションには、簡単に防がれてしまう。
「リフレクション!!!」
だが、おかげで気付けた。翠は魔法攻撃を防ぐ術を持っているので、避けなくてもこれを使えばいいのだ。しかし、
「ファイアボール!!!」
エリーはファイアボールを使ってきた。ランクも威力もファイアブラストに劣る、ファイアボールを。翠はなぜエリーがそんなことをしたのかわからず構えていたが、すぐエリーの意図を知ることになる。
「ぐあっ!!」
直撃。魔法は効かないと思っていたがゆえの、直撃。翠のリフレクションはファイアボールの威力を防ぎきれず、翠は吹き飛ばされて後ろの木に背中をぶつけた。同じファイアボールなのに、翠とエリーでは威力に凄まじいほどの差がある。そこで、翠は気付いた。エリーは自分との力の差を見せ付け、戦意を喪失させようとしているのだ。
「どうする?力の差がちょっと離れすぎてるみたいだけど、ギブアップする?」
思った通りだ。しかし、
「ヒール!」
素直に従いはしない。回復魔法で傷を癒し、体勢を立て直す。
「まだまだ!試してみたいことがたくさんあるんだ!」
まだ魔力はたくさん残っている。諦めるには早い。
「なら、どんどん行くわよ!!ファイアボール!!」
エリーは再び、ファイアボールを撃った。
「リフレクション!!リフレクション!!」
対する翠は、リフレクションを二回唱える。すると、今度はファイアボールを跳ね返すことができた。
「あら、やるじゃない。」
「どうやら三回重ね掛けすれば、初級魔法なら防げるみたいだね。」
「……生意気よ!!サンダーブラスト!!!」
「うぐっ……!!」
初級魔法が弾かれたのを見たエリーは、再び中級魔法に攻撃を切り替える。初級魔法は防げたが、中級魔法は防げず、少しダメージを喰らう。
「リフレクション!!」
エリーの魔法を完全に防ぐため、四度目のリフレクションを唱える翠。だが、
「そうはさせないわよ。スペルデリート!!」
エリーが魔法を唱えた瞬間、リフレクションの効果が消えた。
「えっ!?」
「補助魔法消去の魔法よ。残念でした!」
再び中級魔法の嵐が翠を襲う。また防戦一方になってしまった。
(こうなったら……!!)
エリーのリフレクションを突破できる魔法を使うしかない。しかし、スペルデリートの使い方がわからないので、力押しで強引に破ることにする。
「サンダーブラスト!!!」
使ったのは、もう何回見たかわからないくらい見た、サンダーブラスト。頭の中に焼き付いてしまったそのイメージに魔力を込めて、口から放つ。サンダーブラストはうまくエリーに命中したが、さすが中級魔法。ファイアシューターより、魔力の消費がずっと多い。かなりの魔力を持っていかれてしまった。で、そんな苦労して撃った魔法が当たったエリーはというと、
「……つぅ~~!!効いたわ!!今のは効いたわ!!」
痛そうにしていたが、余裕そうだ。リフレクションが、相当威力を軽減してしまっている。
「よくもやってくれたわね。お返しよ」
エリーの周囲に、雷の玉が出現する。だがエリーが使ったのは、サンダーボールで弾幕を張るサンダーシューターではなかった。
「サンダーブラスター!!!」
自分の周囲に展開した雷の玉からサンダーブラストを発射して弾幕を張る、サンダーブラスターだ。
「!!」
一発一発がクレーターを作るレベルのサンダーブラストを連射するその魔法を、翠は必死で回避した。こうなると、もう体当たりなどの物理攻撃しかないが、プロテクションで防がれるに決まっている。しかし、一発だけでもごっそり魔力を奪われる中級魔法を、よくもこれだけ連発できるものだ。あの時手を貸さなくても、メタモルスライム程度余裕で倒せていただろう。
(そうだ。スーパーサーチで、エリーの魔力がどれくらいかわからないかな?)
翠は魔法を回避しながら、スーパーサーチを使ってエリーの魔力を調べる。彼の視界にはこう表示された。
『エリー・アリアスの魔力は、あなたの魔力の約六十倍です。』
(ろっ!?)
翠は驚いた拍子に喰らいそうになり、慌てて回避に戻る。六十倍。インプ三匹分の魔力を吸って魔力総数を上げた翠の、六十倍。でたらめすぎる。そういえば、たくさんあった魔宝樹の実の魔力を、全部吸収したと言っていた。エリー自身の魔法の精度や魔力の節約も翠より上だろうし、そりゃあ連発できるわ。魔法ではとても敵わない。となれば、翠に残された武器はあと一つ、進化だけだ。しかし、今のサンダーブラストのせいで、もう進化に使えるだけの魔力は残っていない。何とかして、進化できるだけの魔力を得なければ。自然回復を待っているような時間はない。と、
(ん?もしかして……)
翠は気付いた。彼は、ある能力を身に付けている。これとエリーの力を利用すれば、あるいは……
(……試してみる価値はある)
この決闘には絶対に勝ちたい。わずかでも勝てる可能性があるなら、それにすがる。翠は動きを止め、エリーに向き直った。
「観念したみたいね。とどめよ!サンダーブラスト!!!」
翠目掛けて、エリーはサンダーブラストを放つ。それに合わせて、翠が口を大きく開けた。サンダーブラストは翠の口に向かって、一直線に飛んでいく。
そしてサンダーブラストが翠の牙に触れた瞬間、サンダーブラストは牙に吸い込まれるようにして消えた。
「!!」
エリーは、今の反応を見たことがあった。触れた魔力を吸収し、自分のものにする能力。
「吸魔……!!」
思えば、短期間でずいぶん翠の魔力が上昇したと思っていたが、あれは吸魔を使って他のモンスターから魔力を奪っていたのが原因だったのだ。そういえばメタモルスライムと戦った時も、魔力を吸ったと言っていた。
「うまくいったみたいだね。」
まさか本当に成功するとは思っていなかったが、吸魔を付加された牙は、敵の魔法を吸収することもできるということがわかった。これなら、リフレクションやプロテクションを貫通することもできる。しかし、今回はそこまでする必要はない。あくまでも、進化のために魔力を吸収した。そして、その進化はできた。
「くっ……サンダーブラスター!!!」
サンダーブラスターを使うエリー。翠は素早く動くと、サンダーブラスターを吸収しながら接近。
「ハァァァァァ……」
翠はエリーの顔に息を吹き掛けた。
(なに……この……におい……)
甘い香りがするその息を嗅いでしまったエリーは、そのまま眠ってしまった。
*
「……はっ!」
エリーは目を覚ました。頭の方から、翠の声が聞こえる。
「目が覚めた?」
見てみると、翠は自分の胴体を枕にして、エリーを寝かせていた。エリーは起き上がると、翠に尋ねた。
「あたし、どうなったの?」
翠は説明した。翠がエリーに勝つための手段として選んだのは、ガス攻撃だ。これなら、プロテクションもリフレクションも関係ない。しかし、翠が使えるガスは毒ガスしかない。それも、モンスターすら即死させる猛毒だ。これではエリーが死んでしまう。そこで翠は新たなガスを、相手を眠らせる安全なガスを出せるように進化したのである。そしてそのガスを嗅いだエリーは、眠ってしまったのだ。エリーが眠っている間にネイゼンから聞いたのだが、あれは眠りの吐息という技らしい。
「僕の勝ちだね。」
決闘の勝利条件には、相手を気絶させることも含まれていた。エリーは翠に眠らされたため、翠の勝ちだ。
「……あ~あ、負けちゃった。それじゃ、約束を果たさなきゃね。」
眠っている間に魔力は回復した。エリーは翠に、魔法を教えることにする。
「インビジブル!!」
エリーが魔法を唱えると、エリーの姿が消えた。
「エリー?どこ?」
「ここよ。」
エリーが姿を現す。エリーは魔法を使った場所から、一歩も動いていない。
「今私が使ったのは、インビジブルっていう透明になる魔法よ。」
透明になる魔法。確かに面白い。使い方のイメージとしては、プロテクションやリフレクションと同じで、透明になる衣を纏う。これも時間経過で解除されるが、一応解き方も教えてくれた。纏った衣を脱ぐ感じだ。
「さーて、久しぶりに充実した戦いもできたことだし、宿に一晩泊まってから、他の町に行こうかしら。」
「宿?」
「この森から出てしばらく行った所に、小さいけど村があるのよ。あたしはそこを拠点にしてこの森に来てるわ」
村がある。それは初めて知った。エリーは今から、その村に帰るそうだ。
「僕も行っていいかな?」
「いいけど、もういいの?」
「うん。そろそろ森から出ようと思ってたんだ」
エリーと戦ってみてわかった。強くなるためには、もっと強い相手と戦わなければならない。そしてこの森には、もう翠の相手になる者はいないのだ。なら、旅立つのは早い方がいい。
エリーは翠を連れて、森の出口に出る。
「こっちよ。」
それから、村に向けて歩き出した。翠は一度立ち止まると、後ろを振り向いた。
「……さよなら。今までありがとう」
自分を生み、育ててくれたフォルの森に別れを告げ、蛇の勇者は今、旅立った。