第三十九話 世界樹の試練
光に包まれたと思った時、気付けば翠は、不思議な場所にいた。石造りになっていて、そこら中に文字やら、光る石やらが置いてある。しかもこの場所、巨大な翠が入っても、全然余裕と言えるくらい広かった。
「ここが、世界樹の中?」
世界樹の話だと、あの光は世界樹の中に続いているとのことだったので、ここは世界樹の中なのだろう。しかし、樹の中というのだから、もっともっと植物っぽい内部だと思っていたのだが、入ってみればどうにも、人の手が入ったようにしか見えない場所だ。
「ようこそ、祝福の間へ。竜王種への進化を望む者など、何十年ぶりか。」
その時、翠の目の前に何かが現れた。一応人に見えるし、顔つきだけ見れば女性なのだが、その身体は男性とも女性とも見える、いわゆる両性具有というやつだ。ちなみになぜ両性具有がわかったかというと、全裸だったから。
「だ、誰ですか!?」
翠は目のやり場に困り、動揺しながらも、それに尋ねた。
「我はこの樹の魂であり、すなわち化身だ。」
それの正体は、世界樹の魂そのものであり、世界樹が人の姿に化身したものだった。
「ここは祝福の間。祝福を求める者に、私が祝福を与える場所。」
世界樹の化身曰く、この世界樹には様々な用途に向けた場所が設けてあり、ここは世界樹が祝福を与える場所なのだという。
「シーラからお前に祝福を与えるよう頼まれているのでな。ここにお前を通したというわけだ」
「……さっきも言ってましたけど、どうして僕のことを知っているんですか?シーラさんは今ムルギー渓谷にいるはずですけど。」
「聞かされていなかったか。エメラルドドラゴンはな、いつでも自由に我と交信する権限を持っているのだ。有事の際には、我から力を借りることもできる。」
シーラはその力を使って世界樹と交信し、翠のことを教え、翠を祝福してやって欲しいと頼んできたそうだ。ちなみにこの交信権はエメラルドドラゴンのみが持っており、他の竜王種にはできないらしい。力こそオニキスドラゴンが最強だが、最弱のエメラルドドラゴンが最高の権限を持っているというのは、何とも妙な話だ。翠は内心安堵している。もしあの時グリーンドラゴンではなく、イエロードラゴンやレッドドラゴンに進化していたら、エメラルドドラゴンの権限を得られなかったのだ。危ないところだった。
「僕が急いでいるってことも聞きました?」
「ああ。」
「じゃあ早速祝福をお願いします。時間がないんで」
「そう急くな。帝都までは、ここから四日でたどり着ける。」
「そうかもしれませんけど……!!」
四日でたどり着けるなら、確かに急ぐ必要はないだろう。しかし、エレノーグの打倒は早ければ早いほどいい。一刻も早く、クリスの安全を確保したいのだ。
「急くなと言っている。まずお前が本当に祝福を受けるに相応しい存在か、見極めさせてもらわなければな。」
「見極めさせてもらうって……」
世界樹の化身は、急ぐ翠に待ったをかけた。
*
ムルギー渓谷。
「翠はそろそろ、世界樹にたどり着いた頃だろう。」
シーラはミィルに言った。
「世界樹経由とはいえ、翠も空を飛べるグリーンドラゴンです。帝都に行くのに、一ヶ月どころか二週間も必要ないでしょう。」
ミィルの言う通り、空路が使えるグリーンドラゴンなら、帝都に行くのに一ヶ月も必要ない。そう。ただ帝都に行くだけ、なら。
「……ところがそうとも言えんのだ。」
「えっ?何でですか?」
「お前の言う通り、ただ帝都に行くだけならすぐだ。だが今回、翠はエメラルドドラゴンに進化するために、世界樹を経由している。これが大きな問題なのだ」
「というと?」
「世界樹は己の祝福を求める者に、本当に祝福を授けるべきか見極めるため、試練を課す。」
世界樹の祝福。それはドラゴンのみならず、様々な存在に能力強化などの恩恵をもたらす。しかし、その絶大な力を悪用しないかどうか、世界樹は自ら審査を行うのだ。試練自体は授ける祝福の内容によって異なるが、グリーンドラゴンから自分と交信できるエメラルドドラゴンに進化するための祝福となれば、その試練も最大級のものになる。シーラがいくら推したところで、世界樹は自分で確かめると言って聞かない。
「試練の突破には相応の時間がかかる。果たして一ヶ月で突破できるかどうか……」
シーラは生まれた時からエメラルドドラゴンだったが、それでも自分と交信できるということで、世界樹から試練を受けさせられた。だからそれがどれほど危険な試練か、彼は知っているのだ。
(負けるな翠。お前ならできる)
しかし、シーラは翠なら必ず突破できると信じていた。
*
「櫻井翠。お前は何のために戦う?」
世界樹の化身は翠に尋ねた。もう何度もされた質問なので、翠は同じ答えを返す。
「この世界を救いたいからです。」
「なぜ救いたい?モンスターのお前なら、人間の法などに縛られず自由に生きられる。救う理由がない」
「……お願いされたからです。死んで魂だけになった、ネイゼンさんから。」
「明らかにお前が命を懸ける理由と繋がっていないな。頼まれたから死ぬかもしれない戦いに挑むのか?お前の命はずいぶん安いのだな。」
矢継ぎ早に尋ねる世界樹の化身。それに対し、翠は負けずに答える。
「……僕はかつて、恋人に裏切られて自殺しました。この世界に生まれ変わって、それでわかったんです。人に裏切られるとどれくらい痛いのか」
だから、自分だけは誰かに信じてもらえるように、誰も裏切らないようになろうと、そう決心した。だからネイゼンの頼みを引き受ける気になったのだ。
「……ならば、その覚悟に偽りがないかどうか、試させてもらう。」
世界樹の化身は片手を出した。
「今から我は、お前にとって最も苦痛となる幻影を見せる。そのまやかしに負けず、己の覚悟を貫き通すことができれば、お前を祝福してやろう。」
「……お願いします。」
世界樹の試練に挑戦する翠。彼は世界樹の化身に頭を下げ、世界樹の化身は翠の頭に触れる。
次の瞬間、翠の意識は闇に落ちた。




