第三十七話 半年後
翠がムルギー渓谷でシーラと修行を始めてから、半年が経った。とても厳しいものだったが、どうにか翠は闘竜拳の技全てを、会得することができたのだ。
「私がお前に教えるべきことは全て教えた。今日はその総復習だ」
シーラから与えられる最後の試練が始まる。これに合格すれば、翠はシーラから鱗をもらえるのだ。
「私を倒してみろ。勝てばお前に私の鱗をやる」
「はい!」
二人は構えた。先に仕掛けたのは翠だ。
「飛竜走!!」
高速移動を可能とする歩法で近付き、
「竜群打!!」
いきなり必殺の竜群打を放つ。しかし、
「強風流し」
シーラは、それを全て避けてしまう。だが、翠もただ馬鹿正直に殴っていたわけではない。シーラの片手を両手で掴んで引っ張り、
「剛破墜!!!」
「がっ……!!」
シーラを脳天から地面に叩きつけた。
「……」
しかし、シーラは翠に向けて蹴りを放ち、翠は手を離してそれを回避する。着地したシーラは、頭を軽く振ったあと、首の骨をゴキリと鳴らした。全身の力を抜いていたことで衝撃を逃がし、致命傷を防いだらしい。頭から血を流しているが、まだまだ余裕そうだ。
「疾風脚!!」
無論、この程度で翠も攻撃をやめたりはしない。シーラに攻撃させたら、いくら修行した翠でも危ないので、攻撃される前に終わらせる。翠が蹴りを放つと、真空の刃がシーラに向かって飛んでいった。しかし、シーラはそれを手刀で破壊し、翠に向かってくる。攻撃に回られてしまった。
「山砕き!!」
右肩をいからせたタックルだ。
「強風流し!!」
今度は先ほどのシーラと同じように、強風流しで回避する。と、
「竜群爪!!!」
シーラは手刀による連打を繰り出してきた。空気を切り裂く手刀は拳より速く、触れただけでもダメージを負う。
「!!」
ならばと翠は左に回転しながらかわし、
「背拳!!」
シーラの延髄に裏拳を当てた。
「っ!!」
これにはさすがのシーラもぐらつく。
「双竜脚!!」
すかさず次の技を出す翠。これは一瞬で二回の蹴りを放つという技で、あまりの速度から脚が増えたように見えるゆえに、こう名付けられた。
「ごぉぉっ!!」
これもうまく入り、シーラにダメージを与える。今が最大のチャンスだ。
「爆裂掌!!!」
翠はシーラの腹に、掌底を打ち込む。衝撃が腹から全身に伝わり、シーラは遂に倒れた。
「はぁ……はぁ……」
荒い息継ぎをする翠。厳しい戦いだった。ほんの少しでも油断すれば、一瞬で意識を刈り取られていただろう。
「……ふふ。合格だ」
シーラは起き上がり、自分に回復魔法をかける。翠はシーラに尋ねた。
「手加減、して下さってたんですよね?」
戦っている最中に翠は感じていた。自分は手加減されていると。
「まぁな。」
しかし、それは仕方ないことだ。グリーンドラゴンとエメラルドドラゴンでは、身体的なポテンシャルにどうしても差が出てしまう。互いに技が使えるという、技量の差がなくなれば、あとは力の差だ。こうなると、翠が勝つためにはシーラが手加減しなければならない。
「だが、お前が勝ったことに変わりはない。どれ、私の鱗をやろう。」
シーラは自分の鱗を一枚剥がすと、それを翠に渡した。
「ありがとうございます!」
これでようやく、翠はエメラルドドラゴンに進化することができる。と、翠は考えた。鱗を手に入れたはいいが、これをどう使えばいいのだろうか?取り込むと聞いたので、食べればいいのだろうかと考える。その疑問に答えるように、シーラが言った。
「そのまま鱗を取り込んでも、エメラルドドラゴンにはなれないぞ。それを持って、世界樹に行くんだ。」
「世界樹?」
「このデミトラシアに何億年も前から存在する神の樹だ。」
シーラの話だと、これは全てのドラゴンに言えることだが、自分の色に対応する竜王種の鱗を手に入れ、世界樹の祝福を受けて取り込むことで、竜王種に進化できるらしい。
「世界樹はここから北の方角にある。とてつもなく大きな樹だから、見ればすぐわかるだろう。」
どうやら、まだエメラルドドラゴンにはなれないらしい。だが、なる方法はわかった。
「じゃあ、早速出発します。」
「もう少しゆっくりして言ってもいいぞ?疲れただろう。」
シーラの言う通り、翠はかなり疲れていた。少し休養が必要だ。
と、
「シーラ様。いらっしゃいますか?」
そこへ、一匹のグリーンドラゴンがやってきた。
「ミィル。」
「どうした?」
二人はグリーンドラゴンの名を呼ぶ。翠はこのムルギー渓谷で暮らすうちに、ここに住むグリーンドラゴン達と友達になっていたのだ。このミィルというグリーンドラゴンは、情報収集を担当しており、いつも様々な情報を持ってきてくれる。
「イルシール帝国に動きがあったのでお伝えしに来ました。といっても、俺達に直接関係することじゃないんですが。」
「聞かせろ。何があった?」
「皇帝エレノーグの結婚が決まりました。」
「結婚?相手は誰だ?」
シーラは驚いている。どうやらエレノーグは、まだ結婚していなかったようだ。確かにシーラ達に直接関係することではないが、相手が誰か気になったので尋ねる。ミィルは答えた。
「クリスティーナ・カーウェインです。」
「何だって!?クリスが!?」
翠はシーラ以上に驚く。ミィルは続けた。
「ああ。何でも、結婚しなきゃ今いる奴隷や捕虜を皆殺しにするって脅したらしい。クリスティーナ嬢は戦争反対派だったから、黙らせようってつもりなんだろうな。」
「……エレノーグ……どこまで卑怯なやつなんだ……!!」
クリスがエレノーグを愛していないことなど自明。しかし、エレノーグは知っててクリスを脅迫したのだ。一刻も早くエレノーグを倒し、クリスを救う必要がある。
「ミィル!結婚式はいつなの!?」
「ちょうど一ヶ月後だ。」
「一ヶ月……シーラさん。ここから世界樹に行って、そこから帝都に行くのにどれくらいかかります?」
「……よくわからないが、一ヶ月以内には必ずたどり着ける。」
「わかりました。じゃあ、やっぱり今すぐ出発します。」
「……そうか。一刻を争う事態である以上、仕方ないな。よし!行ってこい!」
「はい!」
もはや一刻の猶予もない。エレノーグを倒してクリスを助け出すため、翠は急ぎ世界樹に向けて旅立った。
(頑張れ翠。私の修行を乗り越えられたお前なら、必ず世界樹の試練にも打ち勝てるはずだ)
シーラは自分の弟子に、心の中でエールを送った。




