第三十五話 師弟
「踏み込みが浅いぞ!それでは百年かかっても私には届かん!!」
「くっ!」
翠とシーラの修行は続く。まず基礎的な動きから叩き込まれた。
「恐れを捨てろ!確実に一撃を打ち込み、ダメージを与えるという気概を持て!」
「はぁっ!」
翠は拳を放ち、シーラはそれを片手で止める。
「そうだ!敵の気迫に怯むな!怯めば当たらん!逆に攻め込ませる隙を作るぞ!」
敵の気迫に怯まないことを教えるシーラ。翠は今まで様々な強敵と戦ってきたが、目にした瞬間に死を確信するような相手は、ブリジットとシーラ以外に出会っていない。いや、シーラは間違いなくブリジット以上だった。ブリジットを超えるシーラの気迫が、思わず翠を怯ませる。
「やぁぁっ!!」
しかし翠はその恐れを捩じ伏せて、ひたすらシーラに打ち込んだ。時々反撃されるが、前もってシーラから教えられていた防御の型を駆使することで、致命傷は避けている。
数時間ほどシーラと組み手をし、翠は休憩する。
「思った通りだ。お前は筋がいい」
「でも、全然敵いません……」
翠の隣に座るシーラと、そのシーラに息も絶え絶えに返す翠。
「伊達に竜王種最強を名乗ってはいない。いかに相手が超進化持ちといっても、そう易々と超えられはしないさ。」
ちなみに翠は、進化を禁じられている。進化によって闘竜拳を身に付けるのではなく、修練で身に付けるよう言われているのだ。進化や手術など、外的要因で身に付けた即席の力では、必ず慢心と隙が生まれる。事実、今まで翠は進化で得た力や特殊能力で、力任せに戦ってきた。それが通じないシーラが相手だと、とたんに弱くなる。これからは力だけでなく、技を使った戦いも必要になるのだ。
「でも本当に僕って筋がいいんですか?お世辞とかじゃなくて?」
「ああ。今まで教えてきた中で、動きが一番完成形に近い。」
それは恐らく、翠とシーラの両者が人間に近いからだろう。武術とは本来、人間が使うものだ。通常のドラゴンにはそういった概念がなく、いきなり人間の技など教えられても真似できない。しかしシーラは竜王種のエメラルドドラゴンであるため、人間に変身できる。となると、他のドラゴンより挙動が自然と人間に近くなるのだ。シーラはそんな竜王種の中でも格闘センスが優れていたため、闘竜拳という武術を編み出し、修得することができた。つまり人間に近い、特に翠のような元々人間だった者が闘竜拳を習えば、他のドラゴンよりもずっと自然に、かつ早く習得できるのだ。
「もしかしたら習得には半年もかからんかもしれんが、できる限り精度は高めるべきだ。しっかり教えていくぞ」
「はい!お願いします!」
休憩を終えて、二人はまた修行を始めた。
*
修行を始めて一週間後。
「今回は攻撃の型を教える。」
「はい!お願いします!」
「まず、私が初めてお前に使った技、穿破拳を教えよう。」
シーラは大きな岩の前に立ち、岩にプロテクションをかけた。シーラも魔法が使える。彼は生まれついての純粋なエメラルドドラゴンであり、ドラゴンは魔力を持たないが、竜王種はとても強い魔力を持つそうだ。
「穿破拳は力を一点に集中させて拳を喰らわせる技だ。真に一点集中した力を以てすれば、防御魔法さえ抜くことができる。」
なるほど、それであの時プロテクションが破られたのか、と翠は納得する。
「穿破拳!!」
シーラは拳の、相手にぶつける部分にのみ力を集中させ、岩を殴った。あの時と同じようにシーラの拳はプロテクションを砕き、岩を破壊する。だが客観的に見ることにより、翠はシーラの拳がただプロテクションを破壊しているのではなく、プロテクションの一点に穴を空け、そこから連鎖的に破壊されているのを理解した。まさに、穴を穿って破壊する拳である。
「原理はわかったか?」
「はい!」
「よし。ではやってみろ」
シーラは自身にプロテクションを使い、片手を翠に向けて構えた。ここに打ち込んでこい、という意味なのだろう。的が小さくなったことで、本当に一点に力を集中させなければ当てられないということがわかった。
「はぁっ!!」
翠は拳に力を込め、力を一点に集中させて放つ。しかし、翠の拳はプロテクションに弾かれてしまった。
「まだだ。力の集中が十分ではなかった。もっと集中しろ!」
「はい!」
命中させることはできたが、破壊できなければ意味はない。
「もう一度だ!」
「はい!」
「弱い!もう一度!」
「はい!」
ひたすら打ち込み続ける翠。
それから二時間経った。
「はぁ……はぁ……」
シーラは反撃などしていない。翠がひたすら殴っただけだ。それなのに、翠はもう疲労困憊だった。と、
「シーラ様!」
グリーンドラゴンが一匹、二人のところに飛んできた。
「どうした?」
「イルシール帝国の軍隊が、この渓谷に近付いてきています!!」
「何!?」
シーラは驚いた。帝国の者は全員シーラの実力を知っているため、シーラの方から手を出さない限り、向こうから手出しはしてこないはずなのだ。
「いよいよここを手に入れる手筈が整ったというわけか……わかった!案内しろ!」
「はい!」
帝国軍を成敗しに行こうとするシーラ。それを、翠が呼び止めた。
「待って下さい!僕も行きます!」
「その疲労では戦えまい。来るだけ無駄だ」
「それでも行きたいんです!行かせて下さい!お願いします!」
「……わかった。なら来い」
必死に頭を下げる翠を見て、シーラは仕方なく同行を許した。
渓谷の入り口に立つ翠とシーラ。そして、警戒してやってきたグリーンドラゴン達。そこへ、帝国軍が進軍してくる。シーラが姿を見せているのに、怯みもしないで。
「どうしたんでしょうか?シーラ様がお姿を見せれば、帝国軍はいつも帰ってしまうのに……」
グリーンドラゴンは心配そうにシーラを見た。
「何かよほどの自信があるのだろう。例えば、魔将軍級の戦力を連れてきている、とか。」
シーラが見据える先。帝国軍の先頭には、馬三頭を使って引かせている、山車があった。その山車には、重厚な鎧を着た大柄な男が乗っている。間もなくして帝国軍は到着し、帝国軍に向けてシーラは言った。
「私はこの地を守護する者、シーラだ。イルシール帝国の方々とお見受けするが、何用で参られた?もしこの地が欲しいというのなら、お引き取り願おう。」
ここは自分が築き上げた安住の地であり、人間が踏み込んで荒らしていい場所ではない。シーラはそう警告する。
「守っているのが、モンスターだけなら、よかったんだが、ほかまで守られると、迷惑なんだ。ここは、帝国の、りょうどだからな。」
鎧を着た大男が、山車から降りてシーラに反論した。
「そなたは?」
「魔斧将軍、ゴーレン・リズナー。」
やはり、この帝国軍は魔将軍クラスの戦力を連れていた。だからシーラが現れても、進軍をやめないという強気な態度を崩さなかったのだ。
「まず、おまえがかくまってる、櫻井翠を出せ。そいつから先に、殺してやる。」
(!!狙いは僕か!!)
ゴーレンは翠を狙ってきたことがわかった。なぜ自分がここにいるのがバレたのか、翠は考える。そして思い出した。彼はクリスに、自分はエメラルドドラゴンになるということを教えた。あの時、それをブリジットも聞いていたのだ。ブリジットも当然、シーラのことは知っているはず。あの話から、一番近くに住んでいるエメラルドドラゴンであるシーラに会いに行ったということを、予想したのだ。
「シーラさん。ここは奴の言う通り、僕が行きます。」
自分のせいでシーラやグリーンドラゴン達を危険にさらすわけにはいかない。彼らを守るため、翠は進み出る。
しかし、シーラは翠の腕を掴んで自分の後ろに戻した。
「えっ?」
驚いてシーラを見る翠。シーラはゴーレンに言った。
「申し訳ないがそれはできない。彼はグリーンドラゴンであり、全てのグリーンドラゴンはその上位種であるエメラルドドラゴンの私が守るべき、と考えているのでな。」
「なんだと?」
「彼はそちらに対していろいろしたようだが、諸君らの横暴を考えれば正当な行為と言える。悪いのはどちらか、賢い者ならわかると思うがな?」
シーラの言うことを聞いて、グリーンドラゴン達からクスクスと笑い声が聞こえる。正論だからだ。己の身の程もわきまえず、全てが欲しい支配したいと抜かして侵略行為を続けているエレノーグとその配下の将軍達は、モンスターである彼らから見ても頭がおかしく見えるのである。その反応を見て面白くないと思ったゴーレンはとたんに不機嫌になり、山車に乗せてある巨大な黒い斧を降ろして肩に担いだ。
「なら、お前から先に殺す。どっちにしても、お前は邪魔だからな。」
「邪魔か。確かにそうだろう。だがな、私から言わせてもらえば、お前達の方が遥かに邪魔なのだぞ?お前達がいたずらに世を騒がせたせいで、多くのグリーンドラゴンが行き場を失っているのだ。」
帝国の侵略行為は人間のみならず、モンスターにも影響を与えている。その最たる例が、あのフォレストバブーンによる生け贄事件だろう。帝国が起こした世界の混乱に乗じて人々を騙し、食らう者もいる。帝国がモンスターの住みかを領地の拡大のために破壊して、結果絶滅してしまった種族さえいるのだ。グリーンドラゴンも現在、とても危うい状態にある。そんな行き場のないグリーンドラゴン達を守るために、シーラはムルギー渓谷を縄張りにした。だからこの渓谷に住むグリーンドラゴン達は、全員シーラに感謝している。ちなみにシーラが自分の家として使っているあの宮殿は、シーラを讃えたグリーンドラゴン達が自主的に作ったものだ。
「知るか。皇帝陛下の、邪魔になるから、追い出したんだ。モンスターがどうなろうと、知ったことか。」
このゴーレンの言い草には、さすがのシーラも怒りを覚えた。
「どうやら貴様は愚か者らしい。私は今、どうしても貴様を殺さねばならなくなった。」
シーラが放つ怒りの気迫に、グリーンドラゴン達がたじろぐ。と、次の瞬間シーラの身体が光り、光が収まった時には、美しいエメラルド色の長髪を持つ、美青年が立っていた。翠は確信する。
「これが、竜王種の人化能力……!!」
シーラは人化能力を使って、人間に変身したのだ。
「ハンデだ。この姿で貴様と戦ってやる」
「お前……俺を舐めているのか……?」
「本来の姿で戦う必要はないと判断した結果だ。」
本来の姿の方が、もちろん強い。人間の姿になると、パワーが幾分か落ちてしまうからだ。だが、シーラはそれを踏まえて、人化して戦うという選択肢を取った。つまり、ゴーレンは全力で戦う必要のない相手だと判断したのだ。
「来い魔斧将軍。絶対に敵に回してはならない存在とはどのようなものか、その命と引き換えに教えてやる。」
シーラはゴーレンを挑発した。




