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第三十三話 ムルギー渓谷

カーウェイン邸。今後のことについて、ブリジットはクリスに話した。


「エドラ卿のことだが、奴は密かに帝国の転覆を狙っていた逆賊で、手始めにお前を殺そうとしていたところを私が始末した、ということにしておく。いいな?」


「……はい。」


クリスは承諾した。これはクリスが動きやすいようにというブリジットの配慮だ。エドラがクリスの命を狙っていたというのは事実だし、帝国の転覆ではなくエレノーグの息が掛かってはいた配下だったが、嘘は言っていない。


「皇帝陛下も私が圧力を掛ければ、従わざるをえんさ。」


「……姉様は帝国において、皇帝陛下以上の力をお持ちなのですね。」


「少し脅してやったらすぐ下手に出たよ。あれは吠えることしか能のない、弱く卑小な愚か者だ。あんな雑魚に私が負けるはずがない」


帝国最強のブリジット。彼女がひとたび暴れれば誰も止められず、強いがゆえにエレノーグも切り捨てられない。そのため、彼女が何か無茶を言ってもそれに従わなければならないのだ。ブリジットがその気になれば、それこそ帝国の転覆など容易い。


「それほどの力を持ちながら、侵略をやめるために動いては下さらないのですね。」


「当然だ。やめたら私の楽しみが、狩りができなくなってしまう。」


クリスもそんなブリジットに、今まで何度も帝国の侵略行為を止めてもらうよう頼んだ。しかし、ブリジットはクリスの言うことを聞かなかった。それはそうだ。そんなことをすれば、もう狩りができなくなってしまう。


「私が何を言っても無駄ですか?」


「無駄だな。言葉で私の心は動かんし、力ずくで止めようとしても、お前のような非力な女では不可能だ。」


「……」


確かにその通りだ。クリスはブリジットのように訓練をしているわけでも、戦場で腕を磨いているわけでもない。力ずくでブリジットを止めるというのは、絶対に不可能だ。


「諦めろ。お前には何もできん」


「諦めるわけにはいきません。あなたがやっていることは、間違いだからです。」


「間違い、か……そうかもしれんな。さて、私はそろそろ帝都に戻る。先の騒動を陛下に報告せねばならんし、翠のことも報告せねばならん。」


「翠のことも!?」


「当たり前だろう?私は将軍だ。皇帝陛下に国の危機を伝えることも、私の義務だからな。」


ブリジットがそう言うと、クリスは部屋のドアの前に立ちはだかった。


「行かせません。翠だけは、あの人だけは絶対に殺させない!!」


翠を守ろうと両手を広げるクリス。しかし、ブリジットはそんな彼女に一瞬で近付き、


「っ!」


当て身を喰らわせて気絶させた。そのままクリスを抱き抱え、ベッドの上に寝かせる。


「心配するな。私以外の者に、奴は狩れんさ。」


ブリジットは今まで、翠は自分の獲物だから手を出すなとエレノーグ達に言ってきた。だが、エレノーグの差し金か偶然か、翠は帝国軍と何度も接触し、その度に強くなり、もう六大魔将軍を三人も落としてみせた。思えば干渉させないという選択をしたのは間違いだと言える。逆に干渉させ続け、翠をさらに極上の、自分が全力を出すに値する獲物へと鍛え上げる。


(奴は竜王になると言っていたな……)


城に戻る支度をしながら、ブリジットは翠がどこに行ったのか考える。翠は人間に変身できるようになるために、竜王種になると言っていた。ドラゴン系モンスターが対応する色の竜王種の鱗を吸収することによって、その竜王種に進化できるという話は、彼女も聞いたことがあった。翠はグリーンドラゴンなので、対応する竜王種はエメラルドドラゴン。そしてここから数日ほどでたどり着ける場所に、そのエメラルドドラゴンが住んでいることも知っている。


(シーラ。ということは、ムルギー渓谷か)


以前ブリジットは、竜王種最弱のエメラルドドラゴンでありながら、全ての竜王種の頂点に立つシーラに興味を持ち、戦いに行こうとしたことがある。だが、エレノーグを始めとする帝国の全兵士に止められてしまい、行けなかった。もし行ったら一族を皆殺しにすると言われている。エレノーグはブリジットがシーラと戦い、敗れることを恐れているのだ。だから、絶対に行かせたくない。シーラもまた自分の縄張りから出てこようとはしないので、手出しさえしなければ帝国は安全だ。しかし、今回シーラの下に行ったのは、明確に帝国を滅ぼそうとしている翠だ。このことを伝えれば、エレノーグは必ず何らかのアクションを起こす。


(そして私は、近いうちにエメラルドドラゴンに進化した翠と戦えるようになるというわけだ)


ブリジットは心を踊らせながら馬に乗り、帝都を目指す。


(そうだ。翠を狩ったら、今度はシーラを狩りに行こう)


そんな物騒なことを考えながら。











翠はよくよく地図を確認し、時々現れるモンスターを倒して食べながら、ムルギー渓谷を目指す。と、少し気になった翠は、ネイゼンを呼び出した。


(ネイゼンさん。シーラってどんなドラゴンなんですか?)


ネイゼンはシーラに会ったことがあると言っていた。なら、シーラがどんな性格のドラゴンかも知っているはずだ。


(わしが会った時は、とても厳格で心優しく、王たる気質を持つに相応しい男だった。なぜ奴のような男が皇帝になってくれないのかと思うほどにな)


(へぇ……)


(奴が帝国に屈することは絶対にないだろう。エレノーグの横暴を知れば、付近の人間も守ろうとするだろうな)


(人間も守るんですか?)


(奴は時折人間に変身し、人間の町に行く。その時にいろいろよくしてもらっているそうだ)


竜王が人間を守るのかと気になったが、付近に住まわせてもらっている恩返しということらしい。翠は核心を聞く。


(鱗が欲しいと言ったら、下さる方ですか?)


(……それはわしにもわからん。何せわしは元々人間で、竜王種から鱗をもらう必要がないからな。それに、竜王種に進化できるという話も、話を聞いただけだから、本当はどうなのかわからんのだ。だが、お前の気持ちを無下にしたりはしないと断言する)


仮に鱗をもらえなかったとしても、何らかの救済措置はしてくれるとのことだ。


(あっ!町が見えてきました!)


しばらく飛んでいると、町が見えてきた。その向こうに、巨大な渓谷が見える。


(あれが、ムルギー渓谷……)


町はシーラが守っているという町だろう。遂にたどり着いたのだ。ムルギー渓谷に。翠は空を飛び、ムルギー渓谷に入ろうとする。と、


「そこで止まれ。」


突然声を掛けられて、空中で止まった。


「よし。そのまま降りろ」


言われる通り、翠は降りる。すると、目の前にある二つの岩の陰から、二匹のグリーンドラゴンが出てきた。


「グリーンドラゴンだな。お前、ここに何をしに来た?」


「シーラさんに会いに来ました。」


「……そうか。お前もシーラ様に、ここに迎え入れてもらいに来たのか。」


「なら来い。シーラ様はこちらだ」


グリーンドラゴンの一匹が翠を先導し、渓谷を案内する。翠が周囲を見回してみると、辺りにたくさんのグリーンドラゴンがいた。クライズから聞いた通り、シーラはグリーンドラゴン達をこの渓谷に迎え入れているようだ。




しばらく歩くと、巨大な岩が見えてきた。しかし、洞窟ではない。岩を削り、組み合わせ、積み上げて造られた、宮殿のように見える。


「シーラ様はこの中だ。粗相のないようにな」


「はい。」


翠はグリーンドラゴンを先頭にして、宮殿の中に入る。



中には、一匹のドラゴンがいた。だが、グリーンドラゴンではないと一目でわかる。背中には翼が四枚あり、鱗に鮮やかな艶があるのだ。これがエメラルドドラゴン。このムルギー渓谷を治める、緑竜王シーラなのだ。


「……見ない顔だな。新入りか?」


シーラは厳かな声を出し、グリーンドラゴンに尋ねた。

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