第二十六話 魔獣将軍
ブラックドラゴン。ドラゴン系モンスターの最強種。黒のブラックドラゴンが、どういうわけかこの戦場にいた。ブラックドラゴンは周囲を見回し、そして呟く。
「……ふん。皇帝陛下が大慌てで造らせた魔導兵も、たった一匹のリザードソルジャー相手にこの有り様か。闇魔法の産物とはいえ、所詮人形だな。」
「喋った!」
翠は驚く。喋るとは思わなかった。しかも、かなり流暢だ。が、先ほど翠に声を掛けたのは、このブラックドラゴンではない。声質が明らかに違う。
「ジェイク、相手はただのリザードソルジャーではない。超進化の実を食って、常軌を逸する力を得ていると言ったではないか。」
今度はブラックドラゴンの背中から声が聞こえた。この声だ。さっき翠に話しかけたのは。見ると、ジェイクと呼ばれたブラックドラゴンは、背中小柄な男性を乗せている。
「お前が僕に話しかけたのか!?」
「そうだ!!私の名はナーシェラ!!魔獣将軍ナーシェラ・ケヒトだ!!」
「魔獣将軍!?」
ネイゼンからは、魔獣将軍はモンスターテイマーだと確かに聞いたのだが、使役しているのがブラックドラゴンとは思わなかった。
「まさかこの国に来ていたとはな。ラニア王国のついでに、貴様も潰すことができる。」
ナーシェラも翠がラニア王国に来ているというのは、予想外だったようだ。しかし、彼にとっては嬉しい誤算だっただろう。ナーシェラとジェイクは言う。
「皇帝陛下は力と恐怖で全てを屈服させようとしておられる。だがこのラニア王国のように、それに反発して抵抗する者もいるのだ。」
「そしてお前は、そういった存在の希望になりつつある。希望は光となり、抗う者達の礎となる。ゆえに、摘み取らねばならん。希望など、帝国が支配する世界には必要ない。」
皇帝エレノーグが求めるのは、自身を絶対的な支配者とする世界。逆らう者は、例えそれが子供一人であろうと許しはしない。圧倒的な恐怖政治。しかし、ここにそれに縛られず反発する者が現れた。翠だ。翠はモンスターだが、帝国と戦う存在は何者であれ、世界中の人々の希望になる。希望を見出だせば、それは抗う力となる。世界中の人々が、帝国に逆らい出すのだ。それを恐れ、エレノーグは翠を討伐する命令を出した。
「ふざけるな!!何が力と恐怖だ!!そんなもので人々を押さえつけて支配するなんて、絶対に間違ってる!!」
しかし、翠はそんなエレノーグの考えに真正面から反対した。
「そうか。だが陛下も鬼ではない。お前が帝国の軍門に降るのであれば、陛下は快く迎え入れて下さるだろう。どうだ?」
「お断りだ。お前達こそ下がれば?僕の目的はあくまでもエレノーグだけだから、ここでお前達が引いてくれれば死ななくて済む。」
「それはできん相談だ。私は魔獣将軍なのでな」
互いに提案し、互いに拒否し合う。片方は帝国の繁栄を、もう片方は世界の安寧を願っている。しかし、どちらもそれを譲れない。譲れないのなら、戦うしかない。
「なら僕はお前を倒す!!まずはそのブラックドラゴンからだ!!」
翠はスケイルブレードを振りかざし、宣言通りまずブラックドラゴンのジェイクを攻撃する。
「ストロング!!」
ストロングで自身を強化しながら前方に鋭く跳躍し、スケイルブレードでジェイクの胸を通り抜けざまに十字に切った。
「ははは。何だそれは?」
ジェイクは笑う。
「か、固い!!」
ストロングで強化して切ったというのに、翠の攻撃は軽く鱗を傷付けただけだった。さすがドラゴン系の最強種。凄まじい防御力である。
「だったら……サンダーブラスター!!」
戦法を変える。ジェイクに向けてサンダーブラスターを使った。図体がでかいこともあって、サンダーブラスターは簡単に命中するのだが、命中したサンダーブラスターはことごとく鱗に弾かれてしまう。それでも主を狙われてはまずいと思ったのか、ジェイクはこちらを向いてナーシェラを守る。
「無駄だ!!ドラゴン系モンスターは物理にも魔法にも高い防御力を持っている!!その程度の魔法ではダメージを受けんぞ!!」
得意げに言うナーシェラ。しかし、参ったことになった。翠はこれより強力な魔法を持ち合わせていない。
「だったら強引にやってやる!!ストロング!!」
なら肉弾戦をとことん強化するまで。翠は二回目のストロングを唱えて突撃し、素早く切りつけた。先ほどよりは深く切れているが、それでも致命傷とはとても言えない。
「まだまだ行くぞ!!ストロング!!」
三回目のストロングを唱える翠。今度はただ切るだけではなく、足からもスケイルブレードを生やして飛び蹴りを放つ。さっきよりもっと深く切れたが、倒せるとは言えないレベルだ。
「ストロング!!!」
四回目のストロングを唱える。これで有効なダメージが与えられなかったら、進化して能力を上げるしかない。
「はぁぁぁぁっ!!!」
疾風のごとく駆け出し、右腕のスケイルブレードを振るう翠。すると、
「ぐぅっ!?」
翠のスケイルブレードが、なんとジェイクの右腕を切り落とした。
「やった!!」
ようやくダメージらしいダメージが入った。これで勝てると確信する翠。
だが、
「やはり、治るとわかっていても、痛いものは痛いな。」
先ほど切り落としたジェイクの右腕が、再生した。よく見ると、今まで翠が付けた傷まで全部治っている。
「当たり前だ。痛覚が消えたわけではないのだから」
ナーシェラがジェイクに言う。
「自己再生!?」
これは驚いた。ドラゴン系モンスターには、自己再生能力が備わっているようだ。
「さて、私もそろそろ、参加させてもらうか。」
ナーシェラがジェイクの背中から飛び降り、腰に差してある剣を抜く。
「死ね!!」
そのまま突撃してきた。だが、
「遅い!!」
「ぐああああああ!!!」
翠はスケイルブレードを振るい、ナーシェラを胴体から真っ二つにした。普通の兵士よりはいい動きだが、翠にとっては虫が止まるような遅い動きだ。
「お前の主は倒したぞ!!」
勝利宣言する翠。
「……ふん。」
しかし、ジェイクは構わず、再生させたばかりの右腕を振るって、翠を攻撃した。スケイルブレードで受け止めるが、重い。ジェイクが巨体なのもあるが、とんでもない重さの攻撃だ。
その時、翠の背中に何かが当たった。
「!?」
ジェイクの腕を受け止めたまま振り返ってみると、
「この程度の武器では傷一つ負わんか。」
さっき真っ二つにしたはずのナーシェラが元通りの姿で立っており、翠の背中に剣を突き立てていた。幸いにも翠の鱗は頑丈なので、貫かれてはいないが。
「何!?」
だがそれよりも、ナーシェラが復活しているということの方が問題だ。翠は幻を見ている気分になったが、ナーシェラを両断した手応えも、背中に剣を突き立てられている感触も、全て本物である。
「一体、どうなって!?」
困惑する翠。すると、不意にジェイクが腕をどけ、
「はぁっ!!」
今度はナーシェラが剣を振り下ろしてきた。振り向いて受け止める翠。
「今だ!!」
「おおっ!!」
ナーシェラから合図を受けたジェイクは息を大きく吸い込み、
「ガァァァァァァァ!!!」
口から真っ黒な炎を吐き出した。
「ぐあああああああああ!!!」
翠の背中から熱波が吹き付ける。熱波に鱗が溶かされ、肉が焼かれる感覚がある。
「熱い熱い。熱いなぁ~」
翠の目の前で彼を足止めしているナーシェラも、笑いながらジェイクの炎に焼かれている。だが翠に比べてナーシェラの耐久力は低く、翠の影にいても炎が燃え移り、あっという間に骨まで灰になってしまった。特殊な処置でもしてあるのか、剣と服だけがそのままの形で地面に落ちる。
「くっ!!」
自分を押さえる相手がいなくなり、翠はすぐに離脱した。
「はぁ……はぁ……」
全身大火傷だが、自己再生が働いて翠を治癒していく。
「ナーシェラが燃え尽きるまで耐えた挙げ句、俺の炎から逃げられるだけの体力もあるとはな。」
相手が逃げたのを確認して、炎を吐くのをやめるジェイク。
「全く、頑丈でタフなやつだ。既にリザードソルジャーとしての能力を超えているな」
その目の前で、灰になったナーシェラが、またしても元通りに再生して剣を取る。
「一体どうなってるんだ!?さっき完全に死んだはずなのに……!!」
灰になった状態から復活するなどあり得ない。ソウルマスターを掛けられたアンデッドモンスターならできるだろうが、ナーシェラにそんな感じはない。
その時、砦の屋上から弓兵の一人が叫んだ。
「翠さん!!そいつらはソウルコントラクトという魔法を使っています!!」
「ソウルコントラクト!?」
翠は聞き返した。だが、
「ジェイク。黙らせろ」
「ああ。」
ナーシェラがジェイクに指示を出し、ジェイクが砦の屋上に向かって炎を吐いた。
「ウォーターブラスター!!」
炎には水だ。翠は弓兵達を守るため、炎に向かってウォーターブラスターを使う。だが、ジェイクの吐く炎は、物陰にいる人間さえ瞬く間に灰にしてしまえる、超高熱だ。いくら水の中級魔法とはいえ、威力を弱めることはできても消しきることはできていない。上級魔法でも消しきれるか、怪しい威力だ。しかし翠が魔法を使ったおかげで、多少だが時間を稼げた。その間に弓兵達は、全員砦の中に逃げ込む。威力が弱まった炎が命中し、砦の屋上は半壊した。威力を落としてもこの破壊力。自分はこんな攻撃を受け続けていたのかと思うと、翠はぞっとした。
「……そうだ。私はソウルコントラクトという魔法を使っている」
弓兵にばらされ観念したナーシェラは、自分達の秘密を話す。ナーシェラはジェイクを使役する際、ソウルコントラクトという魔法を使った。魂の契約という呼び名の通り、この魔法を使ったモンスターテイマーとモンスターは、魂で深く結ばれる。結果、どれだけ深い傷を負っても、瞬時に完治させることができるようになるのだ。ソウルコントラクトで契約した者を倒すには、モンスターとモンスターテイマーを同時に倒さなければならない。
「なぜ私達がばらされたといえど秘密を話すかわかるか?」
翠に問いかけるナーシェラ。翠は答えられず、首を横に振る。
「お前に私達を同時に倒す術がないとわかったからだ。」
確かに、その通りである。片方だけでも生き残っていれば、もう片方は殺されても生き返れるのだ。翠にはナーシェラを一撃で倒せるだけの力はあっても、ジェイクを一撃で倒す力はない。つまり、この時点で翠はナーシェラを倒せないのだ。仮にジェイクを一撃で倒せたとしても、同時に倒せなければ、やはり意味はない。翠にはどちらもできないのだ。
「お前が私達に勝つのは不可能なのだ。」
「さぁどうする?大人しく負けを認めて俺達と来るなら、これ以上無駄に戦わなくて済むぞ?」
ジェイクはナーシェラに代わり、再び取り引きを持ちかけた。自分達の仲間になれば、勝てない戦いをしなくて済むと。
「……冗談じゃない。」
だが翠は、その取り引きを断った。例え勝ち目のない戦いだろうと、諦めたくなかったのだ。それに、まだ本当に勝てないと決まったわけではない。
(存在進化だ。もうそれしかこいつらを倒す方法はない!!)
さっき魔導兵をたくさん倒して、魔力を得た。今なら、ナーシェラとジェイクを倒せる存在に進化できるはずだ。
(僕にはパワーが絶対的に不足している。なら、やつらを同時に倒せるパワーを持つ存在に、進化するんだ!!)
リザードソルジャーのまま能力だけを進化させても、恐らく勝てない。確実性を持たせるなら、より高い攻撃力を持つ存在に進化すべきだ。
(ブラックドラゴンに、進化する!!)
ここはジェイクと同じ土俵に、ブラックドラゴンに進化すべきだ。そう考えた翠は、強く念じる。すると、翠の身体が光に包まれた。魔力が足りたのだ。
「何!?」
「そうか!!進化か!!」
ナーシェラとジェイクが気付くが、もう遅い。光に包まれた後の進化は、すぐに終わってしまうのだ。攻撃して阻止できるような暇はない。
そして翠は、進化した。ドラゴンに、進化した。進化したのだが……
「……はははは!!」
ジェイクは笑い出した。それもそのはず。翠はブラックドラゴンではなく、グリーンドラゴンに進化していたのだから。
「そんな……どうして……」
確かにブラックドラゴンに進化したいと念じたのに。翠の魔力はかなり多かったが、それでもブラックドラゴンに進化できるほどではなかったのだ。グリーンドラゴンに進化するのが、限界だった。それでも翠がドラゴンに進化したいと念じていたために、その願いを汲み取ってグリーンドラゴンに進化したのである。
「俺と同じブラックドラゴンになるかと思えば、グリーンドラゴンか!笑わせてくれる……グリーンドラゴンごときが、俺に勝てるわけないだろう!!」
ジェイクは翠に爪を振りかざしてきた。
「くっ!!」
破れかぶれとばかりに、翠も爪を出す。
「……何だと!?」
ジェイクは目を見開く。なんと、翠はその攻撃を止めることができた。
「小癪な!!」
すぐにもう片方の手で攻撃するジェイク。翠もそれに対抗してもう片方の手を出す。どちらも互いに攻撃を止め、力比べを始める。両者の力は互角。だが、翠が頭突きを喰らわせたことで、ジェイクは大きく下がる。
「馬鹿な!!なぜグリーンドラゴンごときが俺と張り合える!?」
「ジェイク!!油断するな!!サザーラからの遺言を忘れたのか!?奴は進化前の能力を上乗せできるんだぞ!!」
グリーンドラゴンとブラックドラゴンの力はとても大きく離れており、普通にそのまま戦えば抗することなどできない。しかし、翠は普通のグリーンドラゴンではないのだ。魔法の後押しがあったとはいえ、ブラックドラゴンの腕を切り落とせるリザードソルジャー。その力を上乗せされたグリーンドラゴンが、他のグリーンドラゴンと同じなはずはない。
「なるほどな。だが、これが俺の実力だと思ったら大間違いだぞ。」
しかし、
「ハァァ……!!」
翠はジェイクの力が、明らかに高まっているのを感じた。どうやら、今までは本気ではなかったらしい。
「なかなか、互角ってわけにはいかないか。」
対する翠は、リザードソルジャーから引き継いだスケイルブレードを、両腕に生成する。
「……第二ラウンドだ。」
翠は呟いた。




