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第二十話 生け贄

イリスの家、というか村には、あっという間に着いた。本当にあっという間に着いた。三分も経っていない。イリスを下ろす。


「ここがイリスちゃんの住んでる所?」


「うん。ヒルクの村」


イリスの説明によると、ここはヒルクの村というらしい。


「……何だか活気のない村だなぁ……」


翠はそこに気付いた。人がいないわけではない、というか村がすごく大きいのでかなり多いが、住民全員が浮かない顔をしており、リーアの港町とはまた別ベクトルで活気がない。


「何かあったの?」


もしかしたらこの村も帝国の被害に悩まされているのかもしれないと思い、翠はイリスに尋ねた。すると、イリスが突然目尻に涙を浮かべた。



その時、



「イリスッ!!」


イリスの両親と思われる男性と女性がやってきて、イリスをひったくっていった。イリスが翠に襲われていると思ったのだろう。


「あ、あの……」


「来るなモンスターめ!!この大変な時に……!!」


男性は翠を警戒している。他の住民達も気付き、家の中に逃げ込んだり、武器を持ってきて構えたりしていた。翠は、まぁ普通の反応だなと思いながらも、誤解を解こうと話しかけようとした。だが、それより先に、イリスが泣き出したのだ。


「うわあああああん!!!お姉ちゃんが食べられちゃうぅぅ~~!!!!」











その後、どうにか両親の誤解を解いた翠は、娘を守ってもらったお礼にと、イリスの家に招かれていた。


「お水です。粗末なものしかお出しできなくて申し訳ありません」


「いえ、お構い無く。」


翠はイリスの母、エイラからコップ一杯水をもらった。水を飲み干して、一息ついてから尋ねる。


「……さっきイリスちゃんが言ってたんですけど、お姉ちゃんが食べられちゃうってどういうことですか?」


「……お恥ずかしい話ですが、もう四年も前の話になります。」


イリスの父、ドイルが話し始めた。




六年前、皇帝の座に即位したエレノーグは、全世界に向けて侵略戦争を開始した。あらゆる国で闘争が繰り返され、日に日に勢力を拡大していく帝国軍に、多くの国が敗れた。負けた国からは、奴隷や新しい兵士が帝都に徴収されていった。このヒルクの村がある国も四年前に戦争に敗れ、奴隷徴収隊がやってくるのは時間の問題だったそうだ。


「ところが四年前、森神様が現れて啓示されたのです。我に生け贄を捧げよと」


「生け贄?」


いつ奴隷徴収隊が来るかと気が気でなく、森の奥にある神を奉った祠に村長が願掛けしに行った時に、祠から声がしたのだ。自分はお前達が崇める森の神であり、村を守って欲しかったら半年に一人、生け贄をよこせと。


「半年に一人って、結構早い間隔ですね……」


「事実その通りにしたところ、本当にこの村は帝国から守られているのです。ですが……」


ドイルは少し言い淀んだが、意を決して告げる。


「……今回は、私達の娘の番なのです。」


生け贄は森神がランダムに決定し、村長の家の前に生け贄となる者の名前が書かれた木の札が届けられる。今回はその札に、ドイルとエイラの娘でありイリスの姉、メイプルの名前が書かれていたそうだ。


「お姉ちゃんが食べられちゃうなんて絶対やだ!だから私、お姉ちゃんを助けてくれる人を探しに行ったの!」


「それでホブゴブリンに襲われてたのか……」


翠はなぜイリスがホブゴブリンに襲われていたのかを理解した。姉を助けてくれる強い人を探して森を抜けようとしていた時に、ホブゴブリンに見つかって襲われていたのだ。


「お願い翠お兄ちゃん!!お兄ちゃんすごく強かったじゃない!!お姉ちゃんを助けて!!」


イリスは翠にすがり付き、姉を救ってくれるよう懇願した。翠がどれだけ強いかは、あの時見た。あれだけ強ければ、絶対に姉を助けられるはず。イリスはそう思った。


「よさないか、イリス!」


しかし、ドイルはイリスを翠から引き離した。


「お父さんは嫌じゃないの!?お姉ちゃんが食べられちゃうだよ!?お姉ちゃんだって家族なのに、殺されちゃってもいいの!?」


「いいわけないだろう!!メイプルだって、父さんのかけがえのない娘だ!!それを生け贄だなんて、耐えられない……!!」


「だったらどうして!?」


「仕方ないんだ!!生け贄を捧げなくちゃ、森神様はこの村を守ってくれない。森神様の加護がなくなったら、もっと恐ろしい帝国の人が村を荒らしに来るんだ。仕方ないことなんだ……!!」


ドイルはとてもつらそうに話す。エイラも黙っていたが、必死に両手で目頭を押さえていた。彼らも、娘を森神などという得体の知れない存在に引き渡すなど、絶対に嫌なのだ。しかしこれには、村そのものの存亡が懸かっている。彼らだけの考えで、村を帝国の危険にさらすわけにはいかない。だから身を切られるような思いで、メイプルを生け贄に捧げることを決めたのだ。


「……わかりました。」


そんな彼らの姿を見て、翠は一つの決断を下す。


「メイプルさんは僕が助けます。」


「翠お兄ちゃん!!」


イリスが目を輝かせ、再び翠に抱きついた。ドイルは驚く。


「翠さん!?私の話を聞いていたんですか!?」


「ちゃんと聞いてましたよ。」


「だったら……!!」


「ちゃんと聞いた上で、メイプルさんを助けると言ったんです。守ってやるから生け贄をよこせだなんて、そんなやつは間違ってる!」


翠はこの村を守る、森神が許せなかった。守る代わりに見返りとして生け贄を要求するなど、どう考えても間違っている。半年に一人という割合だが、これでは彼らが恐れている帝国の奴隷徴収隊と、やっていることが同じだ。


「森神は僕が倒します。」


「そ、そんなことをしたらこの村は……」


「間違ってるものは間違ってるんです。村長さんの所に連れていって下さい。僕が話を着けますから」


ドイルに言っても無駄だ。生け贄の話を直接聞いた、村長と話をしなければ。











というわけで、翠達一同は、村長の家に来た。翠は自分の素性と、森神を倒す旨を話す。


「やめて下さい!!そんなことをすれば、このヒルクの村は帝国に狙われることになる!!」


予想通り、村長の老人は翠に森神討伐をやめさせようとした。だが、翠は自分の意見を変えない。変えるつもりもない。


「よく考えて下さい。確かに今は守られているかもしれませんが、森神が生け贄を要求しているのは半年に一人。普通は短くても一年に一人のはずなのに、その半分ですよ?」


いくらなんでも早すぎる。翠はそう思っていた。


「それは私も思っていましたが……」


「生け贄なんて要求するくらいですから、相手の正体は神なんかじゃなくてモンスターに決まってます。このままだと半年に一人じゃ満足できなくなって、三ヶ月に二人とか、一月に四人とか、どんどん条件が厳しくなるかもしれませんよ?期間の短さから見て、向こうはこの村を食い尽くす気満々ですから。」


「そ、そんなこと……」


村長は、あり得ないと言い切れなかった。もしかしたら翠の言う通り、これから生け贄の条件が厳しくなってくるかもしれない。そう思い始めていたからだ。


「あなたの言う通りかもしれません。ですが、それでも森神様のお力を借りなければ、我々は帝国に蹂躙されるしかないのです。」


「まだそんなことを言っているんですか!!いくら村の人達を守るためとはいえ、犠牲を出したら意味なんかないでしょう!!」


「う……」


反論できない。当然だ。帝国の犠牲を出さないための手段なのに、結局犠牲を出してしまっているのだから。


「翠さん。」


と、村長の家の中から、一人の女性が出てきた。


「あなたがメイプルさんですね?」


「はい。お話は聞かせて頂きました」


この女性がイリスの姉、メイプルだ。彼女は生け贄としての責務を果たすため、村長の家で美しい衣装に着替えさせられていたのである。


「ですが、いいんです。私一人の命で村が助かるなら、本望ですから。無関係なあなたが、危険に身をさらす必要はありません。無理しないで下さい」


メイプルは翠をこの件から遠ざけようとしていた。だが、彼女の目には明らかに、死にたくない、生け贄になんかなりたくないという思いが見えている。


「僕は無理なんてしてません。無理してるのはあなたの方でしょう?」


「……していないと言えば、嘘になります。」


「無理する必要なんてない。本心を言って下さい!本当はどうしたいのか、その気持ちを僕に教えて下さい!」


村のためだとか、仕方ないだとか、そんな言葉はもう聞き飽きた。本心を聞きたい。翠はメイプルに、自分の本心を聞かせるよう要求した。


「……死にたくない。どうして生け贄になんかならなきゃいけないの?私何もしてないのに。イリスや父さん達と、一緒に生きたいだけなのに……!!」


「お姉ちゃん!!」


メイプルとイリスは抱き合い、泣き出してしまった。これでメイプルの本心は聞けた。あとは……


「ドイルさん。あなた、娘が生け贄にされるなんて耐えられないって言ってましたよね?あれがあなたの本心で間違いないんですね?」


「……あの……その……」


「そうです。」


答えたのはエイラだった。


「村の人間が生け贄として森神様に献上されるのを見る度に、これ以外に他の方法はないのかと思いました。もう嫌なんです!翠さん。この悪夢を終わらせて下さい!」


エイラの言葉に、ドイルも頷く。翠は村長にも確認した。


「村長さん。」


「……いくら暴帝の圧政から村を守るためとはいえ、あまりに理不尽すぎる。こんなこと、本当ならしたくありませんでした。終わらせられるなら終わらせたい!」


「……よく言って下さいました。」


これで、本心を聞くことができた。本当は、みんな嫌なのだ。生け贄を捧げるなど。


「翠お兄ちゃん!!」


「安心してイリスちゃん。お姉さんは僕が助ける」


翠はイリスに約束した。村長が翠に尋ねる。


「しかし、森神様が消えた後はどうすれば!?」


「大丈夫です。僕に考えがあります」


どうすればいいか、翠はちゃんと考えている。だが、これを実行に移した場合、森神が邪魔をしてくる可能性があるのだ。だから、まず先に森神を倒す必要がある。生け贄が森神に捧げられるのは今夜。今夜が勝負だ。

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