第二話 進化
(さて、早速行動を開始しようか)
翠はどうしようか考えていた。ネイゼンの話が本当なら、あまり時間はない。一刻も早く強くなり、エレノーグという男を倒す必要がある。が、まずどう強くなるかだ。超進化の実を食べたおかげで、翠はどんな存在にも進化できる。しかし、その選択肢の多さが、翠を迷わせていた。
(……まずは、やっぱり人化、かな?)
一番最初に思い付いたのは人化だ。やはり人間にならなければ、何もできない。よし、なら人間進化しよう。と、決意した。決意したのはいいのだが、
(……どうすれば進化できるんだろう……)
進化のし方がわからなかった。と、翠は思い出す。困った時は、頭の中で強く呼び掛けろ。ネイゼンはそう言っていた。
(ネイゼンさん!ネイゼンさん!)
翠は必死でネイゼンに呼び掛ける。すると、
(早速来たな。どうした?)
本当にネイゼンから答えが返ってきた。翠は早速質問する。
(どうすれば進化できるんですか?)
(……実を言うとな。わしにもわからん。だが、前にわしが知り合っていた組織には、進化の宝珠という宝石を使っている者達がいた)
進化の宝珠とは、使った者を望んだ存在に進化させる宝石らしい。
(奴らはこうなりたいと強く思うことで進化していた。同じようなやり方で進化できるのではないか?)
(わかりました。やってみます)
翠はネイゼンのアドバイスを聞き、強く念じる。
(人間になりたい……人間になりたい……!!)
しかし、いくら念じても、翠は人間になれなかった。再びネイゼンに訊く。
(……人間に進化できませんでした。やり方が間違っているんじゃないですか?)
(むぅ……それもあるかもしれんが、もしかしたら、進化が高度すぎるのかもしれんぞ?)
ネイゼン曰く、高度な進化をするには、相応の魔力が必要になると図鑑に書いてあったそうだ。それを聞いて、翠は考える。蛇から人間へ。そう考えると、確かにあまりにも種族としての過程やら何やらを無視しすぎている。今の翠の魔力では、そこまで高度な進化はできないらしい。
(代わりに、何か特殊な力を付けるという進化ではどうだ?)
(特殊な力……)
翠は考える。いきなり選択肢が狭まってしまったが、まだ特殊能力を身に付けるという進化が残っていた。人間へ進化するためには、とてつもない大魔力が必要になるだろうし、その魔力を得られるように進化するとなると、やはり生存確率を上げる能力がいいだろう。ネイゼンがアドバイスする。
(お前はまだ弱い。戦闘力は、ほぼ皆無と言える。ならば、危険を察知する能力を付けるべきだ)
なるほど。確かにその通りだ。ただの蛇のままでは、モンスターと戦っても勝ち目はない。しかし、事前に攻撃や罠などの危険を察知する能力があれば、生存確率は一気に上がる。
(じゃあ、危険を察知する能力が欲しい!危険を察知する能力が欲しい!)
翠は強く念じた。すると、翠は自分の身体から、何かが喪失するような感覚を覚えた。恐らく、これが魔力なのだろう。ということは、進化が成功したということだ。そしてその喪失感の直後、頭の中に何かが閃いた。
(知りたい)
翠はそう念じて、試しに魔宝樹を見た。すると、視界の下に白い線と、それに繋がるウィンドウのようなものが出現し、その中にこう表示された。
『魔宝樹 秘境などの危険地帯にのみ生える特殊な樹。魔力が大量に込められた実を落とす。七百年に一度、食べた者を進化させる超進化の実を落とす。ただしこの木に成る実は、地面に落ちてから三日以内に採取しないと、効果が消えてしまう』
翠は今表示されたものをネイゼンに伝える。
(それはスーパーサーチという能力だな。自分が知りたいと思ったものを、その場で知ることができる能力だ。)
翠はこれは便利だと思った。魔宝樹についての情報はもういいので、
(この情報はもういい)
と念じるとウィンドウが消えた。これで危険察知は万全である。付けられる能力はあと二つか一つだが、また翠は悩む。再びネイゼンがアドバイスした。
(次は攻撃系の能力などどうだろうか?)
(攻撃系……)
翠は考えた。前にも説明したが、彼は生まれてから今までの記憶を、全て覚えている。その間に学んだことだが、彼は毒を持つタイプの蛇だ。かなり強力な神経毒で、噛みついた相手(といっても小動物だが)が、すぐに弱って死んでしまったのを覚えている。この毒は、彼にとって唯一の武器だ。となれば、この毒を確実に注入できるようにならなければならない。
(頑丈な牙が欲しい!頑丈な牙が欲しい!)
翠はこう考えた。自分の牙が、どんな相手の表皮も貫通できるくらい鋭利で頑丈になれば、確実に毒を送り込めるのではないかと。すると、また魔力を喪失した感覚を覚え、牙に違和感を感じた。翠は近くにあった木に噛み付く。そのまま、木を噛みちぎった。以前の彼の牙に、こんな頑丈さも鋭利さもなかった。彼の牙は、より強力な武器に進化したのだ。
(なるほど、能力を付けるのではなく成長させたか。こういう進化もあるな)
ネイゼンの言う通り、これは進化ではなく成長だが、まぁよしとしよう。さて魔力の残量からして、あと一回くらいは進化できそうだ。何だかすぐ限界が来てしまったと感じる翠。新たな力を身に付け、強くなっていく感覚に、彼は病み付きになったのだ。と、翠は思う。魔力がもっともっとたくさんあれば、もっともっと強くなれるのだろう?それなら……
(魔力を吸い取れるようになりたい!魔力を吸い取れるようになりたい!)
翠はそう念じた。すると、また牙に違和感を感じ、また閃いた。どうやら新しい特殊能力を身に付けると、本能でどんな能力なのかがおぼろげながらもわかるらしい。今彼は、噛みついた相手から魔力を吸い取る能力を、牙に付加した。ネイゼンにそのことを話す。
(吸魔か。なるほど、考えたな)
(でも、どの程度の能力かまだわからないので、これから試せる相手を探しに行きます)
(アドバイスは?)
(必要になったら、またお呼びします)
(そうか。気になることがあったら、またわしを呼べ)
それっきり、ネイゼンの声が聞こえなくなる。魔宝樹の実を取って魔力も得たかったが、今は新しい力を試したいという気持ちの方が強かった。魔宝樹の実なら食べた瞬間魔力を得られることがわかっているので、吸魔の実験にはならない。翠は魔力を持っているであろう生物を求めて、森の中を徘徊した。
*
(うーん、いないなぁ……)
かれこれ三十分は徘徊しているが、生物は見つからない。三十分も歩けば二~三匹は見かけるくらい、この森にはモンスターがいるのだが、今回に限ってはなぜか見つからないのだ。
(出口辺りまで行ってみようかな?)
森の出口。この森の外には、だだっ広い草原が広がっている。外に近付けば近付くほどモンスターはいなくなるのだが、もしかしたらと思って移動を開始した。
その時だった。
「誰!?」
人間の、女性の声が聞こえた。驚いた翠は、反射的に近くの草むらに隠れた。そのまま様子を伺っていると、木の陰から一人の女性が出てきた。およそ森に入るには相応しくない軽装で、また見た感じの年齢には不釣り合いな木の杖を持っていた。
(女の人だ)
翠は女性を見ながら思う。どんな人間かと思い、翠はスーパーサーチを発動した。
『エリー・アリアス 年齢十九歳 魔法使い 最強の魔法使いになるため、修行としてこのフォルの森を訪れた。中級魔法が得意で、一部の上級魔法も使える。』
(魔法使い!?)
驚いた。異世界だからあまり考えていなかったが、魔法が本当にあるとは思っていなかった。というか、ついでにこの森の名前も初めて知った。また魔力を得たら、魔法も覚えてみたいな、と翠は思う。あのエリーという魔法使いは、恐らく自分を探しているのだと思い、翠はこのまま彼女をやりすごそうと考える。
しかしその時、別の木の陰から、全裸の女性が現れたではないか。
「(!?!?!?)」
これにはエリーも翠も驚いている。なぜ?なぜこんな所に全裸の女性が?すると、
「助けて……盗賊に襲われたの……」
女性は涙を流しながら、エリーに助けを求めた。
「そうだったの……」
女性に近付いていくエリー。しかし、
(何だあの人?何かおかしいぞ?)
翠は野生の勘からか、女性に違和感のようなものを感じていた。気になったので、スーパーサーチを使って女性を調べてみる。
『メタモルスライム 高い魔力と知能を持つスライム系モンスター。魔力を使って自分の細胞を自在に変化させ、人間や動物に変身して獲物を誘き寄せ食らう。魔法が最も有効な攻撃だが、コアを潰さなければすぐ再生する。 弱点・火、または雷 吸収・水』
(モンスター!?)
どうやら、あの女性はメタモルスライムというモンスターが変身しているらしい。しかも、エリーは女性の正体に気付いていないようだ。このままでは、エリーが襲われてしまう。翠はエリーを助けるため、草むらから飛び出した。
(危ない!!)
そう叫んだつもりだが、
「シャーッ!!」
エリーと女性にはそう聞こえている。
「っ!?グリーンスネーク!!」
自分はグリーンスネークというらしい。いやいや、そんなことはどうでもいいのだ。エリーは翠を警戒し、さらにメタモルスライムに近付いてしまった。メタモルスライムも翠を警戒しているが、このままではいつエリーが襲われるかわからない。
(しまった!一番最初にしなきゃいけなかった進化は、言葉を話せるようになる進化だった!)
翠は自分の間抜けさを激しく後悔するが、今はエリーを助けることが先だ。
(駄目だ!!そいつに近付いちゃいけない!!)
「シャーッ!!シャーシャーッ!!」
ひたすら叫んだり首を振ったりして、エリーにメタモルスライムの脅威を伝えようとする。
(なに、このグリーンスネーク?あたしに何かを伝えようとしてるの?)
最初はグリーンスネークが威嚇してきているだけだと思っていたエリーも、翠の威嚇のし方がおかしいと気付き、翠への警戒を解き始める。
「シャーッ!!シャーッ!!」
女性を頭で差し、それから激しく頭を横に振る翠。
(この人は、駄目?どういうこと?)
少しずつジェスチャーの内容を読み取って行くエリー。その時、
「シャーッ!!!!」
翠が一際強く叫んだ。その瞬間、女性から強い悪寒を感じ、エリーは飛び退く。
さっきまでエリーがいた所に、何かがあった。銀色に輝く、液体のようなもの。それは、女性の頭から伸びている。いや、女性の頭がない。正確に言うと、女性の頭が銀色の液体に変化しており、エリーを攻撃したのだ。女性の身体が崩れ、銀色に変色していく。やがて女性は、銀色に輝く楕円形の、人間大サイズの怪物に変化した。
「メタモルスライム……!!」
ここでようやく、エリーは理解した。女性はメタモルスライムが変身したものであり、翠はそれを自分に伝えようとしていたということを。
「ありがとう。でも、もう大丈夫よ。」
正体がわかった以上、もう容赦はしない。エリーは翠に礼を言うと、杖をメタモルスライムに向け唱えた。
「サンダーブラスト!!!」
次の瞬間、杖の先端に雷が迸り、光線が放たれメタモルスライムを吹き飛ばした。サンダーブラスト。圧縮した雷の光線を放つ、雷属性の中級魔法だ。
(すごい……)
翠は思った。あんな巨大なメタモルスライムを、一撃で飛散させてしまった。これが、魔法。実際に目にすると、でたらめな力である。しかし、相手もまたでたらめであった。打ち砕かれたはずのメタモルスライムが、瞬時に再生したのだ。
「コアを撃ち損ねたか……!!」
エリーは呟く。翠はメタモルスライムについての説明を思い出した。魔法が最も有効な攻撃だが、コアを潰さなければすぐ再生する。いくら強力な魔法を当てても、コアを破壊しなければメタモルスライムはいくらでも再生してしまうのだ。だがメタモルスライムは見ての通り全身銀色であるため、コアがどこにあるかわかりづらい。メタモルスライムは魔法を放たれた瞬間にコアを移動させることで、一撃死を免れているのである。
(スーパーサーチを使えば、コアの場所がわからないかな?)
翠はそう思い、メタモルスライムのコアの場所が知りたいと念じながら、スーパーサーチを発動した。
(あった!)
すると、メタモルスライムの右端部分に、メタモルスライムのコアと表示された。
「もう一度……!!」
エリーは再度サンダーブラストを使おうとしているが、狙いは検討違いの真ん中だ。あのままでは打ち砕いても、また再生してしまう。そこで翠は、エリーがサンダーブラストでメタモルスライムを飛散させた瞬間に、自分がコアを潰そうと考えた。メタモルスライムの再生速度から見ても危険すぎる作戦だが、もしエリーが魔力を使い果たしたりでもしたらそれすらできなくなる。なら、多少リスクを犯してでも、実行するべきだ。
そして、時は来た。
「サンダーブラスト!!!」
エリーはサンダーブラストを使い、再びメタモルスライムを飛散させた。その瞬間に翠が飛び出す。
「あっ!?」
エリーが驚いたが、構わない。メタモルスライムが再生する前に、コアを潰さなければ。一瞬のタイムロスが命取りとなるこの作戦。翠は素早くメタモルスライムのコアを見つけ出し、噛み付いた。それと同時に、飛散していたメタモルスライムの身体が、翠を取り込む。しかし、離さない。メタモルスライムの身体は酸性を帯びており、翠の身体を溶かし始める。だが、離さない。食らい付いた翠の牙はメタモルスライムのコアから魔力を奪い、そして食いちぎった。メタモルスライムは断末魔のような声を上げ、翠を残してあっという間に蒸発した。
「!!」
エリーは駆け出し、様子を見た。そこには、半分になったメタモルスライムのコアが転がり、そばに翠が横たわっていた。全身あちこちが黒ずんでおり、翠は口からヒューヒューと息を漏らしている。気絶しているようだ。エリーは翠を抱え上げると、周囲の安全を確認しながら木陰に隠れた。
「……変なグリーンスネークよね、あんた。」
メタモルスライムの正体を見抜いて危険を知らせてくれたり、メタモルスライムを倒してくれたり、普通のグリーンスネークにはあり得ない。
「……お礼はしなくちゃね。リカバリー!」
エリーは翠に杖をかざす。すると、杖から淡い光が翠に浴びせられ、翠の傷がみるみるうちに回復した。回復魔法をかけてもらい、翠は目を覚ます。
「……?」
翠は辺りを見回してからエリーを見る。
「あたしが魔法で治してあげたのよ。感謝しなさい。って、グリーンスネークが喋れるわけないか。」
胸を張るエリー。翠は礼を言おうとしたが、喋れないことを思い出し、申し訳なさそうに頭を下げる。
(……あ、そうだ)
と、翠は思い出した。今自分は、吸魔を使ってかなりの量の魔力をメタモルスライムから吸収した。この魔力で、喋れるようにならないかと強く念じる。すると、また魔力の喪失感。うまくいったと思い、翠はエリーに言う。
「ありがとう。君がいなかったら、僕は危なかった。」
「!!」
当然、エリーは驚いた。喋れるはずのない蛇が、流暢に喋ったのだから。
「あんた喋れるの!?」
「今までは無理だったけど、さっき吸い取ったメタモルスライムの魔力を使って、喋れるように進化したんだ。」
「進化って……まさかあんた、超進化の実を食べたの!?」
「うん、そうだけど……」
翠が正直に答えると、エリーは悔しそうに頭を抱えた。
「くあ~!!あたしが食べて最強の魔法使いになるつもりだったのに~!!」
「……ごめん。」
エリーは超進化の実を狙っていたようで、すごく悔しそうだ。なので、翠は謝っておいた。
「でも、他の実はまだたくさん成ってたから、全部持っていっていいよ。」
「当然じゃない!!超進化の実が手に入らなかった分、他の実は全部あたしがもらうわ!!」
本当は翠にも大切な理由があるので、魔宝樹の実は全部翠が欲しかったのだが、こうなっては仕方ない。幸いにも、翠が魔力を得る手段はまだある。
「……それはともかく、何であんたあたしを助けてくれたの?あたしなんか見捨てて、逃げればよかったじゃない。」
「そういうわけにはいかないよ。だって、僕元人間だし。」
「……は?」
翠は全てを話した。自分が元人間だということ。ネイゼンに頼まれたことも、全部。
「……全部おかしいとしか思えないことだけど、あんたみたいなあり得ないやつがいるんだから、本当のことなんでしょうね……」
「うん。だから僕、もう少し進化したら、イルシール帝国に行こうと思うんだ。」
「……やめといた方がいいわ。」
「えっ?」
エリーは話した。イルシール帝国は、この世界でも最大の帝国であり、翠がちょっと進化した程度では勝負になどなりはしないと。
「あたしもあの帝国の強大さは身に染みてわかってる。だからあたしは、最強の魔法使いになってあの国を潰すの。」
イルシール帝国はエレノーグの指揮の基、世界各国に手を伸ばし、植民地化しているらしい。エリーの両親も四年前、帝国に奴隷として徴収されたのだそうだ。エリーは帝国に連れていかれた両親を取り戻すために、最強の魔法使いを目指しているのだという。
「そっちも大変な理由があるんだね……でも、やっぱり僕は行くよ。僕のことを信じてくれたネイゼンさんに、応えてあげたいから。」
エリーの理由はわかっただが、それでも翠が引く理由にはならない。
「じゃあ勝手にするといいわ。言っとくけど、あたしの邪魔をしたら帝国より先にあんたを潰すから。」
「邪魔なんてしないよ。でも一つだけ、お願いがある。」
「何よ?」
翠の中の魔力は、喋れるように進化してもまだ余裕がある。そして、目の前にいるのは魔法使い。なら、頼むことは一つしかなかった。
「僕に魔法を教えて欲しい。」