第十七話 砦
ファイアボール 火の玉を作って飛ばす、火属性の初級魔法。
サンダーボール 雷の玉を作って飛ばす、雷属性の初級魔法。
ウォーターボール 水の玉を作って飛ばす、水属性の初級魔法。
「ば、馬鹿な!サザーラが敗れただと!?」
イルシール帝国、帝都アルルーヴァのメハベル城玉座の間。玉座に座るエレノーグの目の前には、紫色に光る文字が浮かんでいた。これは、遺言の魔石である。遺言の魔石は死した者の想いを受け取ると、こうしてエレノーグの前に飛んでいき、魔力の文字に変わる。その文字は、死した者が最後に思い浮かべたことを、文にするのだ。その文には、サザーラが翠に敗れただと、翠がリザードソルジャーに進化し、凄まじい戦闘力を得ていることが書かれていた。
「まさか……魔将軍の一人が落とされるとは……!!」
魔力を使いきった文は消滅する。こうしてはいられない。エレノーグは急いで、魔将軍達を円卓の間に招集した。
「櫻井翠に、サザーラが倒された。」
「「「「!!」」」」
招集した四人、ブリジット、ナーシェラ、ウィンブル、ゴーレンは驚いた。
「サザーラ……死んだ……?」
「それは確かな情報なのですか?」
ゴーレンとウィンブルが確認する。
「ああ。サザーラの遺言の魔石が飛んできた」
「何と……」
ウィンブルは息を飲んだ。ナーシェラが言う。
「サザーラが倒されたということは、今奴はロルウェイにいるということ。恐らくロルウェイに向かわせた兵士達も全滅させられましたな……」
ロルウェイ制圧に向かった帝国軍から、一切の応答がない。隊長に通信の魔石を持たせてあるから、連絡ができないということはないはずだ。本当は全滅はしておらず、隊長が翠に倒されたため退却しただけなのだが、エレノーグ達にそれを知る術はない。
「しかし、あの町の近くには砦があります。そしてその砦には、今ザイガスが向かっている。至急彼に連絡して、櫻井翠を仕留めさせましょう。」
「駄目だ。」
ナーシェラの提案を拒否したのはエレノーグではない。ブリジットだ。エレノーグはブリジットの顔を見る。
「ブリジット?」
「奴は私の獲物だ。他の者が狩ることは許さない」
「そんなことを言っている場合じゃないだろう!!サザーラが倒されたんだぞ!?」
「確かにサザーラが倒されたことには驚きましたが、それでも私の意見は変わりません。もしどうしてもザイガスにやらせるというのなら、私はこの場で将軍の職を辞退します。その上、あなた達を皆殺しにしますが、よろしいか?」
これにはエレノーグだけでなく、魔将軍全員が参ってしまった。ブリジットは自分が一度狙いを定めた獲物に、異常なまでに執着する。他の者が狩ろうとすれば、皇帝のエレノーグにも余裕で反抗するほどだ。またタチの悪いことに、ブリジットは六大魔将軍最強の存在なのである。この場にいる全員で挑んでも、相討ちに持ち込むのが限界。それほどまでに、彼らとの力の差は離れていた。
「ならばこうしようではないかブリジット。」
ブリジットの反乱を何としてでも阻止するため、ナーシェラは一計を案じた。
「ザイガスに櫻井翠を倒させるのではなく、生け捕りにさせるのだ。我らの目の届く範囲で奴を進化させ、極上の獲物になったらお前が狩る。これでどうだ?」
「……今殺さないというのなら、それでいい。」
ナーシェラの考えを理解したのか、ブリジットは気を鎮めた。エレノーグは一息つく。
「ならそうするよう私がザイガスに連絡しておく。今日は解散だ」
ブリジットが治まったところで、今日の会議は終了した。
玉座の間に戻ったエレノーグは通信の魔石を取り出し、ザイガスに連絡した。
「お前が行く砦の近くに、ロルウェイの町があるだろう?報告が正しければ、今櫻井翠はそこにいる。直ちにロルウェイに向かい、櫻井翠を殺すのだ。」
もちろんナーシェラの言った生け捕り作戦が方便だということなど、エレノーグはわかりきっている。魔将軍の一角を落とすまでに成長した翠は、今や立派な帝国の脅威だ。生かしておく理由がない。ブリジットを治めるため、ナーシェラがああ言っただけだ。
「ただし十分に準備をして、全力で倒せ。何せ奴は、サザーラを倒したのだからな。必要であれば、『眼』を使っても構わん。とにかく、櫻井翠を倒してくれさえすればいい。わかったな?」
エレノーグはザイガスに厳重に注意し、通信を終えた。
*
翠が反乱軍と共にロルウェイを出発してから数時間後、彼らはとある場所に着いた。フェリアが説明する。
「砦を攻略するための拠点だ。ここで敵の動きを見張らせている」
たどり着いたのは夜営地。砦から二キロちょっと離れた場所に、いくつものテントが張ってある。周囲にはインビジブルの力が込められた魔石を多数用意してあるため、帝国軍やモンスターにこの夜営地の存在を気付かれることはない。
「魔剣将軍ザイガスが砦に入り次第、作戦を開始する。それまで全員待機だ」
フェリアは反乱軍の兵士達に待機を命じた。目的の相手、ザイガスが目的の場所、砦に入りさえすれば、すぐに作戦を開始する。そして、一時間後。
「リーダー!」
全身黒ずくめの男が一人、やってきた。フェリアが翠に紹介する。
「砦を見張らせていた、反乱軍の密偵だ。何があった?」
「砦に魔剣将軍ザイガスが入りました!」
密偵からの報告を聞いて、反乱軍全体に緊張が走る。遂に、ザイガスが現れた。
「……みんな、恐れるな!」
しかし、フェリアはすぐに仲間達を鼓舞する。確かにザイガスは危険な相手だが、こちらには翠という強力な味方がいるのだ。恐れることはない。
「全員、出撃!!」
時は来た。反乱軍は、翠を連れて出撃した。
*
翠達は今、とても大きな砦の近くにいた。どこもかしこも帝国軍の兵士が警備に就いており、アリ一匹侵入できないような徹底ぶりである。
「翠、手筈通りに頼む。」
「わかりました。」
作戦はこうだ。翠が砦の内部に侵入し、暴れながら捕虜の安全を確保する。捕虜は全員反乱軍の兵士なので、武器さえ与えてやればいい。翠が捕虜達を戦えるようにし、内部が騒がしくなったら、反乱が外の警備連中と戦う。中と外から同時に攻めるのだ。その間翠はザイガスと接触し、打ち倒す。
「インビジブル!」
翠はインビジブルを使って透明になると、跳躍し、砦の壁を乗り越えて中に侵入した。この砦、下から入れる余地はないが、上からならいくらでも入れる。砦の内部構造は、フェリアに教えてもらった。翠は焦らないように、しかし急いで、捕虜がいる場所を目指す。この砦の地下には、敵を捕らえておく地下牢があるため、捕虜がいるとしたらそこだ。インビジブルの効果時間に注意し、途中で見掛ける兵士をスケイルブレードで倒しながら向かう。
「おい。なんか上が静かすぎねぇか?」
捕虜がいる地下牢。そこには三人の兵士がいて、捕虜達を見張っていた。
「ん?気のせいだろ。」
「そうそう。今ここには、あのザイガス将軍がいるんだし、何か起きたって問題ねぇよ。」
二人の兵士がそう言った直後、首が床に落ちた。
「ひっ!!なっ、何だぁ!?」
突然仲間が死亡し、残された兵士は驚いている。だが、その後すぐに、残った兵士も真っ二つになった。
「な、何だ!?」
「一体何が!?」
捕虜達が騒ぎ始める。やったのはもちろん翠だが、ここで捕虜を騒がせて敵に気付かれでもしたら、作戦が台無しだ。
「静かに!僕はフェリアさんに雇われた者です。」
「リーダーに!?」
なので、翠はインビジブルを解いて、捕虜達に作戦のことを告げる。翠がリザードソルジャーだということに捕虜達は驚いたが、フェリアの名前を出すと、捕虜達はすぐに大人しくなった。
「武器は僕が確保します。」
「わかった!」
作戦を説明した翠は、地下牢を出て兵士達を次々倒していく。捕虜達は翠についていき、やがてたくさんの武器が納められている部屋にたどり着いた。武器庫だ。剣も槍も斧も弓矢も、盾も鎧もよりどりみどりだ。
「もう大丈夫ですね?僕はこのまま、ザイガスを倒しに行きます。」
「ああ。気を付けてくれ!」
「はい!」
あとのことを捕虜達に任せた翠は、兵士達を倒しながら、ザイガスを探す。
「ザイガス!!どこだザイガス!!出てきて僕と戦え!!」
さすがにザイガスがどこにいるかはわからないので、大声で呼びながら探す。
「ザイガス!!」
と、
「うるせぇな。そんなに叫ばなくても聞こえてんだよ」
一つの部屋から、大剣を背負った一人の男が出てきた。右目に眼帯をしている。翠はザイガスに会ったことがないが、フェリアから特徴を聞いている。常に右目に眼帯を付けている男だ。砦の中のどの兵士も、眼帯なんて付けていなかった。つまり……
「お前が、魔剣将軍ザイガスだな!?」
「ああ。ザイガス・バールグラム。皇帝陛下から、魔剣将軍の称号をもらったモンだ。」
男はあっさり肯定した。
「僕は櫻井翠だ。お前を倒しに来た」
「櫻井翠?俺が聞いた話じゃ、櫻井翠はグリーンスネークだって……ああそうだ。リザードソルジャーに進化したって連絡が届いてたな」
「……ずいぶん話が広まるのが早いんだな。」
「通信の魔石のおかげでよ。ロルウェイの町にお前を殺しに行けって命令が来てたんだが、そっちから来てくれて手間が省けた。」
ザイガスは背負っている剣を抜き、翠に向ける。
「ブリジットには悪いが、このブラックデュランダルの錆になってもらうぜ。お前が死んだことはそうだな、事故だってことにして口裏合わせとくわ。」
「……僕は、負けない!!」
翠もまたスケイルブレードを両腕から生やし、ファイティングポーズを取った。
ファイアシューター 一度に複数のファイアボールを飛ばす、火属性の初級魔法。
サンダーシューター 複数のサンダーボールを飛ばす、雷属性の初級魔法。
ウォーターシューター 複数のウォーターボールを飛ばす、水属性の初級魔法。




