第十二話 海へ
さて、うまく港町リーアに潜り込めたリーアだったが、問題はここから先だ。海を渡るわけだが、泳いで渡るわけにはいかない。船だ。船に乗る必要がある。
(乗る方法は、馬車の時と同じでいいか)
またタダ乗りになってしまうが、蛇である彼には金が用意できない。町を歩く途中で冒険者ギルドという興味深いものも見つけたが、一刻も早く皇帝エレノーグを倒すという目的がある以上、無駄な行動をしている暇はない。翠は成り上がりたいわけではないのだ。ただ、ネイゼンの期待に応えたい。そのためだけに、旅を続けている。と、
(あった……)
翠は船を見つけた。海沿いに進んでいけば、必ず港にたどり着くと思っていたのだ。すぐ近くに、木造の大きな建物を見つける。上に何か書いてあるが、見たことのない文字で、読めない。
(そうだ!スーパーサーチを使ってみよう!)
困った時のスーパーサーチ。翠は文字にスーパーサーチを使った。すると、文字が日本語に翻訳され、定期船乗り場と書いてあるのがわかった。
(定期船……あの船のことだよな?)
他に船らしき船は見当たらないし、間違いないだろう。ここは定期船に乗るための手続きをするための場所のはずだから、中に入れば定期船の出港時間がわかるはずだ。出港時間を見計らって、定期船に忍び込む。翠はインビジブルの効果時間に気を付けながら、乗り場に入った。
(……変だな)
翠は気付いた。この定期船乗り場、人が異常に少ないのだ。普通定期船乗り場といったら、常にたくさんの人に埋め尽くされ、早く船を出せとか、そんな野次が飛んでいる場所だと翠は勝手にイメージしていたのだが、どういうわけか、この定期船乗り場には、人が十人程度しかいない。少なすぎる。思えば、ここだけでなく町全体に活気がなかった。何か理由があるはずだ。もしかしたら、もうこの町は帝国の被害に遭ったのかもしれない。
(誰かと話ができればいいんだけど……)
しかし、翠は蛇だ。突然話し掛けたりしたら、相手をびっくりさせてしまう。仕方なく断念し、翠は定期船の出港時間を確認するだけにしておく。カウンターの前に出港時刻と書かれた板があり、そこに次の出港時間は十五時と書いてあった。
(……あれ?)
ここでまた奇妙なことに気付いた。今日出港する定期船はもうその十五時の分しかなく、その次の便は翌日の朝の九時と書いてあったのだ。そして、その次の便はまた十五時で、それ以降がない。一日に二便しか船が出ていないのである。これは本格的におかしいと感じ、誰かに話を聞く方法を考えた。考えて、閃いた。進化するのだ。人間に、ではない。自分が人間に変身して話をしているという、幻覚を見せるガスを吐けるように、だ。早速進化した翠は、乗り場中にガスを充満させ、近くにいた客と思われる人に話し掛けた。
「すいません。この港って、一日に二便しか船が出てないんですか?」
「ん?ああ。今海は危ないからねぇ……」
「危ない?どういうことですか?」
「……あんたなんにも知らないのかい?」
客は不審そうにしながらも、翠に今海で何が起きているのかを丁寧に教えてくれた。
「……幽霊船だよ。」
*
客の話だと、二ヶ月ほど前から海に幽霊船が出没しているそうだ。突然空が暗雲に包まれたかと思うと深い濃霧が発生し、その霧の向こうからぼろぼろの幽霊船がやってくるのだという。
「幽霊船に出会った船はみんな沈んじまった。昔は幽霊船の仕業だってまだわからなかったから、何で船がたどり着かないのか調べるために、五隻もの船団を組んで調べに行ったんだが、戻ってきたのは一隻だけだった。その一隻が残した情報だよ」
その後、定期船の便数は一気に減り、今までは一日に何度も定期船が出入りしていたこの港も、朝と昼、日が出ている間に二便しか出せないという状況になってしまった。
「不便で仕方ねぇが、死んじまったら意味ねぇからな。手間が掛かるが、まぁ死ぬよりはましだってこった。」
客は笑った。その後翠は、客から定期船に貨物室があるか聞き、時間を確認して乗り場から出た。
「……幽霊船か……」
昔からよくある怪談話の一つだが、実害を出しているとなれば見過ごせない。うまく出会えたら、自分が幽霊船事件を解決しよう。そう決めた翠は、一足先に定期船に乗り込み、貨物室に向かった。貨物室を見つけた翠は、しっぽをドアノブに巻き付けて回し、中に入った。
「……意外とできるもんだな。」
今までやったことがなかったのでできないと思っていたが、できてしまった。貨物室に入った翠は、船が目的地に着くまで眠ることにした。
*
外が騒がしい。翠はそう感じて目を覚ました。戦いの音が聞こえたからだ。幽霊船が出る海域に出るので、この船は戦士や魔法使いを数人護衛に付け、厳戒態勢で航海している。ということは……
「……出たか!」
翠はそう呟くと貨物室を出て、甲板に向かった。
物陰からこっそり様子を見る翠。確かに護衛は戦っていたのだが、相手は幽霊船ではなかった。タコだ。とてつもなく巨大なタコのモンスターが定期船を襲っており、護衛はそれと戦っている。翠はそのモンスターに見覚えがあった。いや、実際に見たわけではないのだが、とりあえずスーパーサーチを使う。予想が確かなら、このモンスターは……
『クラーケン 水棲系モンスター。普段は海底に生息しているが、獲物として船を襲うこともある。その巨大さと凶暴さ、戦闘力の高さから、海の王者とも呼ばれている。弱点・雷』
(やっぱり!)
予想通り、クラーケンだった。かなり有名なモンスターである。こういう有名どころが出てくると、やっぱりここはファンタジーの世界なんだということが実感できる。
(って、感心してる場合じゃないよ……)
護衛はずいぶんと苦戦しているようだ。このままでは幽霊船と戦う前に沈められてしまう。
(弱点は雷だから……)
翠はクラーケンを攻撃しやすいよう、急いでマストに登る。そして、
「全員下がって!!僕がクラーケンを倒す!!」
護衛をクラーケンから下がらせてから、
「サンダーブラスター!!!」
全力のサンダーブラスターを放った。ここにいる魔法使いの数は、全部で六人。翠の魔力と魔法の精度は、その百倍近い。よってサンダーブラスターの威力は魔法使い達とは比較にならないほど高く、クラーケンは一瞬で消し炭と化した。
タダ乗りしていたことがバレてしまった翠は、そのことを護衛や船員達に謝った。だが、彼らの反応は翠の予想と違っていた。
「お、俺、櫻井翠ってグリーンスネーク知ってるぞ!」
「俺もだ!確かハボンの村とメトの村を、帝国の奴隷徴収隊から守ったっていう!」
翠がメトの村を救ってからまた少し時間が経っており、その間に翠の功績はかなり広まっていた。護衛や船員の中に、翠の功績の話を知っている者がいたのだ。
「とりあえずこちらへ!」
船員は動揺しながらも、翠を船長室に案内し、船長に今あったことを話した。
「私はボルドー・レントス。この定期船の船長を務めている者だ」
「僕は櫻井翠です。海を渡るために、恥ずかしながらタダ乗りさせてもらいました。」
ボルドーと名乗る老人に、翠も名乗った。
「いや、グリーンスネークに金など用意できまい。それより、先ほどこの船をクラーケンから守って頂いたこと、感謝する。」
「いえ……」
「よろしければ、あなたにもこの船を護衛して頂けないか?あなたが魔弓将軍相手にも拮抗したという噂に違わぬ実力の持ち主なら、これほど頼りになることはない。」
「それなら、お安い御用です。」
こうして、翠は定期船の護衛を引き受けることになった。
その時、
「船長!大変です!」
一人の船員が船長室に飛び込んできた。
「どうした副船長?」
「こちらへ!」
ボルドーに副船長と呼ばれた男は、ボルドーを連れ出した。翠と船員もついていく。副船長がボルドーを導いた場所は、船舵室だった。船をコントロールしていた船員は、窓から外を見て愕然としている。
「どうした?何があった?」
ボルドーが尋ねると、船員は震える手で窓を指差した。
窓の外は、いつの間にか濃霧に包まれていた。そう、濃霧だ。霧の向こうに、何かが見える。船だ。それもただの船ではない。マストやら船体やら、全てがぼろぼろ。どうして未だに浮かんでいられるのか、不思議なほどの損傷度合いだ。
「!!」
ボルドーは息を飲んだ。副船長と船員が、何を言おうとしているのかわかったから。翠は呟いた。
「今度こそ出たか……」
あの船は幽霊船だ。




