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第一話 目覚め

転生ファンタジーが人気と聞いて始めてみました。不定期更新ですが、暇潰し程度にどうぞ。

(……ここは?)


その日、深い森の中で、一匹の蛇が自我に目覚めた。卵から孵ったばかりの時は、その辺にいる蛇と変わらない思考回路の持ち主だったが、身体がある程度成長したことで、徐々に頭の中がはっきりしてきた。


(……えーっと……)


そして思い出した。彼は蛇などではない。彼は元々人間で、櫻井翠みどりという名前だった。それがなぜ、こんなことになっているのか。彼は記憶の糸を辿る。


(僕の記憶が確かなら、僕はあの時……)


そうだ。思い出した。彼は二十五歳の男性だった。頭はあまりいい方ではなく、性格も何もかも平均的。パッとしない男だった。きっと自分の人生も、パッとしないもので終わるだろう。そう思っていた時、彼は恋をした。恋をして、付き合った。恋とはこんなに素晴らしいものなのだと知り、パッとしなかった自分の人生が光に包まれたのだ。彼女と一緒にいろんなことをした。デートもしたし、安月給を無理に使って高級レストランで夕食を摂ったりもした。いろいろつらいことはあったが、彼女を想うと全く苦にならなかった。



だがある日、絶望が訪れた。彼女は、浮気していたのだ。なぜ浮気をしたのか、翠は問い詰めた。彼女は、今までの付き合いは遊びだったと答えた。目の前が真っ暗になった翠は、近所にある廃ビルの屋上から……


(……思い出すんじゃなかった)


そう、彼は死んだのだ。そして目が覚めた時、彼は蛇になっていた。意味がわからなかったが、昔何かの本でこういう状況を見たことがある。転生。死後、別の生き物に生まれ変わること。翠が見た本はホラー雑誌で、女性にストーカーしていた男性が、女性の子供に転生して復活した、という話だった。あれとほぼ同じことが、自分に起こった。翠はそう確認した。


(どうしよう……)


翠は必死に考えた。人間に転生したのならまだしも、蛇ではどうしようもない。それから、この世界がおかしいということにも気付いていたのだ。今までは人間としての記憶を失っていたというだけで、蛇として生まれてから、今記憶を取り戻すまでに見たことは、全て覚えている。この世界には、モンスターがいる。見たのだ。棍棒を持って群れで徘徊する、緑色の鬼を。目も口も鼻もないのに、ひとりでに動き回る水色の液体を。自分の何倍も大きな、毒々しい色の羽を持つ蝶を。あんな生き物、あり得ない。モンスターと呼ぶ以外にない生き物が、大量に生息している。


(とにかく逃げなきゃ!)


まずは安全を確保すること。今自分がいる場所は、安全とは言い難い。だから安全な場所を探して、森の奥に入っていった。











二時間くらい掛けて森を進んだ翠は、開けた場所に出た。そこには、一本の木が生えている。周囲の木は、まるでこの木を避けるかのようにして円状に生えていた。


(何だろう、この場所……)


この森に生まれてから九ヶ月くらい経つが、こんな場所は知らない。単にあまり移動していなかっただけかもしれないが、とにかく初めて来る場所だった。翠は木に近付いて、どんな木なのかよく見てみる。木は色とりどりな実を、たくさん付けていた。翠は蛇に転生したことで、食事の趣向が変わっている。蛇なので、肉食だ。しかし肉食の翠にさえ、この木の実は、かなり美味しそうと言えた。と、


(わっ!)


目の前に何かが落ちてきて、翠は飛び退いた。なんということはない。木の実が一つ、落ちてきただけだ。


(……)


なぜかこの木の実が無性に食べたくなった翠は、思わずかぶり付いた。蛇は獲物を丸飲みする。実はあまり大きくなく、まだまだ入りそうだ。気付くと、木の実はまだまだ辺りに落ちており、翠はそれに近付いて食えるだけ食った。不思議と、最初食った木の実ほど美味しそうには見えなかったのだが、この時翠は食事に夢中で、それがどういう意味を持つのかわからなかった。











最終的に木の実は八個入り、食事を終えた翠は木の陰に寄りかかって、消化が終わるのを待っていた。


(……何やってるんだろう僕は)


こんなに膨れた腹では、敵に襲われた時動けない。今彼は、格好の的になってしまっているのだ。しかし、と翠は思い直す。


(僕は蛇だ。生き延びたところで、一体どうなるっていうんだろう)


彼は人間ではない。蛇だ。だから、人間として生きることは絶対にできない。それなのに、なぜ生きる必要があるというのだろうか。そう思うと、何だかとても虚しくなってきた。こんなことなら記憶なんて取り戻さずに、蛇のままで終わりたかった。


(ああ……もう一度死にたい……)


結局思い出したくもないことを思い出して、苦い思いをしただけだった。腹が一杯になったからか眠くなってきた翠は、うとうとと、眠りについた。











深い深い闇の中。


「そうか。死にたいか」


何者かの声が聞こえて、翠は目を覚ました。


「ならば二度目の生を終える前に、わしの頼みを聞いてくれんか?」


翠の目の前に、髭面の屈強な男性が現れたのだ。翠は尋ねる。


「あなたは?」


「わしの名はネイゼン。この世界、デミトラシアで生まれた者だ。」


「この世界……ってことは、やっぱり僕がいた世界じゃ、ないんですね……」


デミトラシア。ネイゼンと名乗った男は、そう呼んだ。


「そうだ。」


「頼みって何ですか?僕に頼むより、自分でやった方がいいと思いますけど。」


翠は投げやりに言った。何せ今の彼は蛇であり、ネイゼンは人間だ。人間の方が、できることは何より多い。そして彼は、何より人を信じたくなかった。人に頼まれて、何かをやりたくなかった。やるなら自分でやれと。


「それができるならわしがやっている。だが、無理なのだ。わしはもう、死んでいるのでな。」


「……えっ?」


翠は耳を疑った。今この男は、自分は既に死んでいると言わなかっただろうか。


「あなたは、死んでいる……?」


「少しわけあってな。」


「……どういうことですか?」


翠は訊き、ネイゼンは話し出した。


「わしは八年前、この世界にある、イルシール帝国という国の将軍を務めていたが、謀略に遭って国を追われた。それから新たな君主と出会い、異世界に渡って自身を機械の戦士に変え、世界を滅ぼすべく戦い、敗れて死んだのだ。」


「世界を……滅ぼす……?」


「ああ。何とも滑稽な話だろう?だが、今語ったことは全て事実だ。」


「そんな……どうして……」


「……耐えられなかったのだ。今まで仕えていた国から裏切られ、追われる身となったことに。」


今までの自分を全て否定されたような気がしたネイゼンは、もう全てを破壊してしまいたかった。そんな時新たな盟主が現れ、ネイゼンは全てを滅ぼそうとしたのだという。


「だが、敗れた時わしは悟った。結局わしがやってきたことは、全て間違いだったのだとな。こうなると、途端に気になってきたのだ。イルシール帝国が、今どのような状況にあるか。」


そしてネイゼンは、本題に入る。


「お前にはイルシール帝国に行って欲しい。そこにわしを謀略に嵌めた男、エレノーグがいる。そして、エレノーグを殺すのだ。」


「殺すって……僕にあなたの復讐をさせるってことですか!?」


「そうではない。わしは見た。エレノーグはわしを謀略に嵌めた数年後、皇帝をも謀略に嵌めて失脚させ、現在圧政を敷いておる。そして、この世界を征服するつもりでいるのだ。」


「!!」


翠は驚いた。エレノーグは、彼の想像を遥かに越える悪人だったのだ。つまり、ネイゼンは翠に、エレノーグの野望を阻止して欲しいと頼んでいるのである。


「……どうして僕なんですか?」


しかし、一つ腑に落ちないことがあった。なぜ自分なのか。何度も言うが、彼はできることが恐ろしく限られている蛇だ。そういうことはしがない蛇より、腕の立つ人間の兵士に頼んだ方がいい。ネイゼンは答えた。


「……わしはこの世界の人間を信用していない。」


自分を容易く裏切ったこの世界の人間を、ネイゼンは信用することができなかったのだ。その気持ちが、翠には痛いほどよくわかった。彼もまた裏切られ、その果てに自殺したのだから。


「わかりました。引き受けます」


ならせめて、自分だけは彼が信用できる存在になろう。そう決意した翠は、ネイゼンの頼みを引き受けることにした。


「おお!やってくれるか!」


「はい。でも、どうすればいいんでしょうか?」


「まずは力を付けろ。生き残れるようになることから始めるのだ。幸いにもお前は、力を付ける術を得ている。」


「えっ?力を付ける術?」


しがない蛇だと思っていた翠だが、なんと彼は強くなる術を得ているのだという。


「お前が食った木の実だ。」


それは、先ほどの木の実に秘密があった。



ネイゼンの話だと、翠が見た木は魔宝樹まほうじゅという木らしい。モンスターが多数生息する魔境や、過酷な秘境にのみ生える木で、魔力が豊富に込められた実を付けるという。そして魔宝樹は七百年に一度、特別な実を付ける。超進化の実。食した者に、望んだ通りの進化を与える実だ。これを食えば、任意のタイミングでいくらでも進化ができる。格上の存在に進化することもできる。ネイゼンも実際に見たのは初めてで、図鑑にあった挿し絵が偶然頭に残っていたそうだ。翠は、最初に食べたあの実が、どうしてあんなに美味しそうだったのか理解した。翠の生物としての本能が、あの実の性質を理解し、欲していたのだ。


「ただし、進化のためには膨大な量の魔力が必要だ。今のお前の魔力なら、二~三個特殊能力を付ける進化が限界だろう。」


「あれだけたくさんの実を食べたのに、ですか?」


「お前が食った実は、もうほとんど魔力が抜けていた。より多く魔力が欲しいのなら、落ちた瞬間を狙わなければ。」


どんな木の実も、地に落ちて時間が経てば、地面に潜るなり何なりする。ずっとそのままということはない。魔宝樹の実も同じで、時間が経つと魔力が地面に吸い込まれ、普通の木の実と同じになってしまう。超進化の実もまた然りで、過去、この実を百パーセントの状態で食べられた者は、とても少ない。


「とにかく、強くなりたかったら魔力を手に入れろ、ってことなんですよね?」


「そうだ。他に何か気になることがあれば、頭の中で強くわしに呼び掛けろ。わしの魂は冥界に在るため、この世界に来ることはできんが、テレパシーでサポートする。」


これは心強い。異世界など、右も左もわからないことだらけだが、この世界のエキスパートがサポートしてくれるなら、何も心配はいらない。


「さて、ここはお前の夢の中だ。疲れが癒えれば、夢は覚める。起きる時が来たぞ。他力本願で申し訳ないが、どうかわしに代わってこの世界を救ってくれ。」


ネイゼンの姿が、徐々に薄れていく。そんな彼の姿に、


「はい。わかりました!」


翠は返事をした。











目が覚めた時、空からは光が射し込んでいた。これは朝日の光だ。どうやら翠は、昼間から朝になるまで寝ていたらしい。


(……世界を救え、か……)


ゲームでよく見る、勇者が王から掛けられる言葉だ。まさかその言葉を、自分が掛けられるとは思わなかった。だが、あのネイゼンという人が言っていることが事実なら、これはきっと自分にしかできないこと。


(……よし。頑張ろう!)


翠は決意した。



こうして、蛇の勇者の物語が、幕を開けた。




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