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まあー、まるで夢のよーだわあー…


執筆の為にとせがまれ、二日置きの約束で、仕事を終えて帰宅後から明け方までの時間に、渋々体を貸す事になって二週間が過ぎた頃の事。


雪子は本当に楽しそうに書く人…いや幽霊か。

でも人の形はしているし、元は人だったのだから、人という表現でも間違いではないか。


まあ、そんな雪子がパソコンに向かい小説を書く姿…といっても体はボクだなややこしや。

とにかく、雪子が執筆してる時間を一緒に過ごすのはボクにとってはまるで夢のように楽しい時間……


「…なわけないだろ。イライラ地獄だよ全くよー」


「お、おお黙りなさいよ、気が散ります! え~とぉ…き、き、き、あ~~っもうっ! kはどこよお~~っ!」


「…お前、タイピング出来ないのによくもまあパソコン貸せとか言えたよな?」


「うっ、うっさいわね~~っ! 仕方ないじゃないのっ! 私の時間は二十年前で止まってるのだからっ! パソコンなんてハイテクな機械はまだまだ高嶺の花だったあの頃の私に、操作なんてパパッと出来るわけがないでしょ~~が!」


「二十年前…いやでもワープロくらいはあっただろ」

「あ~、確かにあったねぇ、そんなものがうんうん。機械って嫌いなんだよねめんどくさい。小説は原稿用紙にしゃかしゃかと書いてこそ小説だよね~!」


「…要するに、ワープロすら扱えない機械オンチだったわけか」


「そんな機械オンチの私がこうして頑張ってパソコンのキーを打ち執筆するというこのチャレンジ精神、素晴らしいでしょ?」


「いや素晴らしいー。嗚呼素晴らしく遅すぎて、素晴らしくイラっイラする」


「ぁあああ~~っ!! もうっ!! オマイさんが無駄口叩くからまた間違えたじゃないのっ!!」


「…ねぇ、もうパソコンやめたら?」

「嫌だねっ! パソコンやめたら書けないじゃないのさっ! まだまだ返しませんよ! 折角得た体なんですからっ!」


「取り合えずノートにでも書いたら? 書けた分はボクがタイピングしてパソコンに入れて保存してやるからさあ…」

「い~や~だ~だ~だ~っ! 自~分~でやる~の~っ!」

「子供かよ」

「そうだよ! 小説はかわいいかわいい私の子供だよ! 魂削って大事な我が子を世に生み出してるんですよ私はっ! 完成するまでは他人なんぞに触れさせてたまるかこんにゃろ~ガルルルル~っ!」

「なんだよ、その無駄なオノマトペ。威嚇のつもりか? 狂犬か? そんな自己中なスタンスでよくもまあプロ作家とか出来たよな?」

「出来たのですよ~、羨ましかろう~っ、おっほほ~のほ~っ♪」

「別に全っ然、全っっ然羨ましくないよ。つーか羨むもなにも生前のお前の作品はおろか、作家名すら知らないしね、ボクは」


「し…知らない…ですと? ラブコメ界期待の星と唱われたこの紺野雪子を知らないですと?」

雪子はキーを探す手を止めて固まった。


「紺野雪子? 知らん。そもそもラブコメなんぞ読まないしな」


「…なんぞ…だ…と? ラブコメ…なんぞ…だと?」


「ボクは文学的価値のないものは読まないのでー」


「…なるほど。なるほどなるほど……」

「おい! ちょっとお前っ! 何する気だよ!」

雪子は、なるほどを繰り返しつぶやきながら、ボクの執筆中の小説を開いて読み始めた。


「勝手に読むなよ!」

「…ふむふむ、ほうほう…」


小さなつぶやきが止み、部屋が急に音を失ったかのような静寂に支配された。

なんとも居心地に困る静けさだ。人に読まれている。しかもプロ経験者に。そう実感して変に緊張してる自分が腹立たしい。


どうせつまらんとバッサリ切り捨てられるんだろ?

プロ作家様から見たらボクなんざお気楽な遊びの人なんだろうからね。単なる趣味の作家モドキのオマイさんなんざ小さく鼻を鳴らして終わる程度ですねって感じなんでしょうね? まあね。こんなしょーもないものを読むのは苦痛でしょうね。感想を述べる価値なんてありゃしない、それでも何か言わなきゃいけないというならば、まあ、ただ見た目なんとなーくそれっぽく見せてるだけの単なる文字ですよね? はいはいごくろ~様~とか言うんだろ?


わかってるよ。

どうせボクの書くものなんてなんの面白味もないクソつまらないただの文字だって事はさ。


「面白い」

「はいはいさーせ……。え…?」

「うん、これは中々面白いお話ですよ。いいよね、この主人公。悩みながらも決断に向かい歩こうという静かな強さを秘めている空気がこの子から伝わってきます」



雪子のつぶやきに、ボクは自分の耳を疑った。


「面白い? こんなものが?」

なにかの間違いだろ? あぁ、あれか。まあ、取り合えず適当にほめとけばいいかみたいなやつか。


「自分が書いた大事な作品にこんなものとはなんですか」

「いや、実際こんなものだろ? こんな素人が書いた落書き程度の小説モドキなんて」


なにが大事な作品だ。馬鹿馬鹿しい。鼻を鳴らして笑いたくなった。


「落書き程度でもなんでも関係ないです。書いた瞬間からそれはモドキではなく、小説です。あれですね。オマイさんは無駄にプライドだけが高いだけのひねくれたジイサンみたいなオッサンですね?」


「はいはいさーせんね」


「私は素直に面白いと思って、それをそのまま伝えたのですよ? なのになんで書いたオマイさん本人が作品を否定するのですか?」


「もうどうでもいいから。その小説モドキは削除するつもりの駄文だから。つーか、さっさと自分の小説書けば? 書かないならさっさとボクの体から出てけ」


「削除する? オマイさんはバカですか?」


「どうせ途中で書かなくなって終わるものだから別にどうでもいいです。はいはいバカな素人ですさーせんね」


「…わかりました。ではこの子は私が貰います。私がこの子をオマイさんの代わりに立派に育てて世に出しますから」


「はあ?」


なんだよ、こいつ。バカか?

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