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ぷろろ~~ぐ…かもよ?

「あの作品は、本当は私が書いたものなんです」


雪子は大きな黒い瞳を潤ませて、


「もうこれ以上真実を隠せないっ! 精神衛生上無理ですっ! 私っ! 記者会見開きますからっ!」


黒いおかっぱ頭を弾ませて、両肘を折り曲げ力いっぱい拳を握り胸元に引き寄せて、頑張れ私って感じをアピールしてますよ? 的な体制をボクに向けて、そう宣言した。


「…またテレビの情報の真似事か。馬鹿馬鹿しい。もう寝る――」

「待って待って待って待って待って待って~っ!」

「いや、ボク、ここんとこ徹夜続きでほんとに凄く眠いんだよね?」

「いやん♪ だ…だって、それはぁ…、オマイさんが毎晩私を激しく…」

「黙れ。また塩撒くよ?」

「あいやぁあああ~~っ! 塩だけは堪忍しておくれやすぅう~~っ!」


…やれやれ全く鬱陶しい奴だな。


「てか! 塩なんて撒いたら、もうお話書いてあげませんよっ!? ワタシ、書カナイ。アナタ、困ル。ソレ、ハッピージャナイデショ~?」


なにを見てネタを仕入れたのやら。くだらないカタコトな外人口調を披露されて疲労が増した。


「大体さあ、あの作品はお前が書いたものとか、よくそんな図々――」

「私が書いたんだもんっ! 誰がなんと言おうと、あの小説はオマイさんじゃなくて私が書いたんですっ! だ~か~ら~、記者会見~~~っ!!」


よしきた、塩撒くぞと。ボクはベッド頭に常備してる食卓用の塩の瓶の蓋を無言で開けて雪子に向けてひと撒きした。


「ひいやぁあああああああ~~っ! お清め反対っ! 澱んだ空気大好きぃぃいいーっ!!」



雪子は、ガラス製の小さなテーブルに、まるで心太のように素早くにょろんと潜り込み、馬鹿馬鹿しい奇声を発しながら塩から身を守る。


「一生そこから出てくるな鬱陶しい」

つぶやいて、ボクは布団にしっかりと潜り込み眠りの体制に入った…がしかし。


「認めなさいよぉ…」

雪子は瞬時に掛け布団の上からボクにまたがるよう乗っかって、今にも互いの鼻先がくっつきそうな顔の距離で恨めしげに呟いた。

あまりにも近すぎて、無駄にぼやける視界にため息ひとつ。


「あの作品はお前の作品じゃない。元々はボクが書き出した作品だろ。それをお前が勝手に書き進めてるだけだろ。それから許可なくボクの動きを身勝手に縛るなよ。つーか毎回毎回、顔すんげ近いのは何故だ?」

「よし、オマイさんが認めないならこのまま接吻の刑といきましょうか?」

「問いかけ完全スルーかよ。別にいいけど? 出来るもんならやってみろってんだ」

「あの作品はオマイさんがもう書かないと身勝手に棄てたんでしょ。謂わばあの子は捨て子なのですよね。私は可哀想でかわいい捨て子を拾って大事に大事に育てている育ての親なわけですよ。ほらね? 私の作品じゃないですか」

「人を育児放棄の罪人呼ばわりするのやめて貰えます? あんなの。つまらん落書き程度のただの文字だろ」

「ただの文字じゃないです。書き始めたばかりの短い文章の中でもお話の世界は始まっていたのですよ。登場人物は歩き出していたのですよ?」

「はいはいさーせんね。お前様のように志高く執筆出来なくてさーせんね。無礼なアマチュアのど素人なのですよ許してくださいませねー」

「いいですよ、許してあげましょう。そのかわり一生書くなよ? 私が書く事に対して一切口も出すなよ? 物書きを語ったら呪い殺しますよ?」

「やめろ、お前がそういう表現するとリアル過ぎて怖いだろ」

「え~、私の存在は素敵で可愛いファンタジーでしょ?」

「…馬鹿馬鹿しい」

「そうですか? 私はとっても楽しいですよ~」

「つーか、眠いんだけど。早くどいてくれ」

「え~~っ! やだやだやだやだ~~っ! 認めなければ接吻の刑って言ったじゃないですか~~っ」

「めんどくせ…お前ほんとめんどくせ」


こう見えて雪子とのこのなんとも馬鹿馬鹿しいやり取りはここ数日毎日毎日繰り返してるボクの日常だ。

そしてこいつがボクにキスなど絶対に出来るわけがないのはもう嫌というほど理解出来てるわけで。

ドキドキしたのは最初の数回だけだよ。

今じゃ、くだらないじゃれあい過ぎて欠伸してもいいですかね?



あー、ウフンな絡み合いを期待してたならどーもさーせんねー(遠い目)



「わかりませんよ? 今日こそは出来るかもよぉ?」

「はいはい、がんばればー」

「んまあ、どこまでも冷たい人…。こんなに健気な私を見て、オマイさんはなんとも思わないのですか?」


雪子は、僅かに声を震わせて、大きな黒目を潤ませた。

だがしかし、そんな事ではもう動じないぞ。

…と思いつつ、若干心拍が乱れるのを感じて、冷静になるよう自分に言い聞かせる。くそう。


「寂しいなぁ…私がそんなに嫌いですか…?」

哀しそうな囁きが耳元に放たれ、ボクの脳内をさ迷うように漂った。落ち着け、これは罠だ。


「嫌いかと問われたら返事に困るからパスで」

「まあ、なんて曖昧な。でもその曖昧さ、好きですよ、私は」

「はいはいそりゃどーも。あざーす」

「うふふっ、オマイさんは本当に照れ屋ですね」

「全然照れてないけどな、つーか眠いんだよマジで」


くそう…これ、また、ヤバいパターンだろ。

動かない体の代わりに目が泳ぎそうだ。よし、目を閉じよう、そうしよう。

冷静に、冷静に…。

頭の中でそう唱えれば唱えるほど、冷静からどんどん遠ざかる自分を感じた。


「ねえ明孝…、私はオマイさんが好きで好きで好きで仕方がないのですよ。だって私の存在をちゃんと見てくれて、未練や欲を晴らしてくれる人はこの世でオマイさんだけなんだもの。だから。ね?」


ダメだ。目を閉じようと思っても縛られてるから閉じれない。いや違うな。ボクは自分の意思で雪子がどんな顔をしてボクになにをするのかを見ていたいと思っている。くそう。


「…お前本っ当ズルいんだよ…。いつもいつもそうやってさぁ…」


血の通いを感じない蒼白い陶器のような雪子の指先がボクの頬に添えられる。だけどその指先には温度なんてないばかりか、無感覚でボクの頬を本当にあっさりとすり抜けてしまう。それでもボクは、もしかしたら今日は…なんてどこかで期待をしてしまう。全く間抜けだな。


そんな事絶対にあり得ないのにな。

こんなに近くにいても、ボクらが決して触れあう事が出来ない絶対的な理由があるってわかってるのにな。


「本っ当無駄なんだよ、ここぞという時だけのお前のその意味不明なズルい色気は。幽霊のくせに全くよー…」


雪子は世に強い未練を残した幽霊なのだ。つまりはこの世の人ではないって事だ。


「ぇ~? しょうがないじゃないか~。でも今の私は生きてる時の半分以下の色気なんですよ? 五割以上減ですよ? 半額以下の私ですよ? どうです奥さん? お買得でしょ?」

「奥さんなんていねーしな? そしてお前はお買得でもなんでもないよ? 人生の消費期限は遥か昔にとっくに切れてるだろ? 早く成仏しな――」

「あ~~あ~~! ワタシユーレー、ナニモ聞こえな~~い」

「よし! 塩撒くっ!」

「残念ですが、今は私の縛りの力でオマイさんは動けませんので。私のターンはまだまだ続きますので」

「はいはい別にいいけどさ。ボクが睡眠不足と過労で倒れてポックリ死んだら、お前様はまた独りでさ迷う事になるだけですがね?」

「やだやだやだやだやだやだ~~~っ! オマイさんに死なれたら楽しくないので困絶対にります~~っ!」


雪子はベッドから降りて床の上でごろごろと身を転がしながら拗ねた声をあげた。


彼女がボクの上から退いたおかげでやっと金縛りから解放された。ふぅ…。


「…明日働けば連休だから、今日だけは我慢してくれないか? 1日はお前に自由をやるから」

拗ねた顔をしているだろう雪子を見る事なく目を閉じたまま声をかけると、


「1日自由っ! ほんとにっ!? 約束ですよっ!」

ベッドの際に彼女の気配と弾む声。

「約束は絶対に守るよ。おやすみ…」


雪子が嬉しそうに笑ってる。安堵を感じながら意識が遠退き眠りの世界に入る。彼女の「おやすみなさい」を微かに耳にしながら。




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