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第六話『東欧の悪霊』

 ニコライ・デレクヴィッチ准将は落ち着かなかった。

 自分の部屋の中を歩きまわり、ベッドに寝転がるがまた起き上がり再び歩き始める。

 この政府軍の基地の一つである、通称『ペンタグラマ』。ここには政府軍の兵士の中でも精鋭中の精鋭が百人以上おり、厳重な警備体制が組まれてあった。たとえ、反政府軍が奇襲してきても、軽くあしらう事もできるほどだ。

 なのに、この胸騒ぎは何なのだろうと思う。

 ニコライはこの三階の自分の部屋の窓から外を見た。大雨の中、突撃銃を手に持ち基地を警備している多数の兵士が手前に見え、遠くに見えるのは漆黒の闇で時に空が雷で光るだけの景色だった。

 厳しい訓練を受けたその中でも選び抜かれた、この兵士たちが今はすごくたよりなく思えた。

「気のせいだ、疲れているんだ。そうに違いない」

 ひとりごち、それでも机の引き出しの中から護身用のデリンジャーピストルを取り出しウェストに挿す。若い頃は銃を手にするだけで強くなった気持ちでいられたものだ。

 窓から離れ、再度ベッドに仰向けになる。ストレスを少しでも和らげるため、寝たままポケットから煙草を取り出すと、マッチで火を灯した。

 煙を深々と吸い込み、吐く。ニコチンとタールが脳内を駆け巡り、ぼーっとしてきた。

 外の雨足が強くなってきたように感じられる。大粒の水が窓を叩き、雷の音も徐々に近づいてきた。


 ニコライは我知らず寝ていた。一時間ばかり寝息を立てていたが、雷の爆音で飛び起きた。

 軽く舌打ちをし、再び横になろうとしたその時、壁のインターホンが鳴った。

 ニコライは通話スイッチを入れる。

「何かあったか?」

「先程、基地の東部のゲートに何者かが侵入された形跡があったようです。そこにいた警備兵二人も殺されていました」

「なんだと」

 予想外だった。まさか本当に侵入者が現れるとは。堂々とゲートから入って、精鋭で構成された警備兵を二人共殺すなど。

 ニコライは終には、上着を着てこの基地の北部にある司令室に向かった。


            ※


(司令により警戒態勢が発令されました。総員、警戒を。繰り返します――)

 やる気のなさそうな女性のアナウンスが流れる中、ペンタグラマ基地の兵士達は銃を片手に持ち、慌ただしく歩き回っていた。

「勘弁してくれよ。眠いんだぜ、俺」

 警備の番が終わり、寝床につこうとしてた兵士は愚痴を叩きつつも気を引き締めてAK突撃銃を手に取る。

「なに、気にすることはない。侵入者を捕らえるだけの簡単な指令だ。すぐ終わることだし、もしかしたら俺らの出番はないかもな」

 もう一人の兵士は野戦服のベストに弾倉(マガジン)を挿しつつにやけながら言った。

「はは、言えてるな、それ。しかしどこの馬鹿だ? 政府軍の基地の中でも指折りの警備が堅いこの基地を襲撃しようとか考えている奴は」

「さぁな、いずれにせよ好き勝手にはさせんよ」

 二人は武器庫から出た。その瞬間、廊下の奥の方から絶叫と銃声が木霊した。

 二人の兵士は顔を見合わせた後、聞こえた方向に急いだ。


            ※


「なんだこれは……」

 兵士の二人は信じられない表情で廊下の一角を見ていた。その先にあったのは無秩序に転がっている政府軍兵士達の死体だった。廊下の床やら壁やらには大量の血がこびり付いており、中には腹を裂かれ臓器を引き出された兵士もいた。

 兵士の一人は死体を調べる。

「……刃物だな。この転がってる死体の全部に共通する特徴は切り裂かれたような痕があることだ。たぶん、ナイフで殺されたんだろう」

 兵士は冷静に分析した。

「ナイフって……、こいつらはアサルトライフルで武装してて、ナイフで殺されたというのか!?」

 もう一人の兵士は素っ頓狂な口調で言った。

「ああ……俺も信じたくないが……」

 兵士は死体を跨いでいくと、もう一人の兵士の方に振り向いた。

「行こう。こいつらが殺られたとなればこの周辺に残ってるのは俺達だけだ」

 もう一人の兵士も死体を跨いで、突撃銃を構えた。

 兵士は無線を取り出し、

「こちら、エリア02-14。多数の政府軍兵士の死体を発見した。死体に共通する特徴は刃物で刺突されたような形跡があるということだ。至急、応援を――」

 無線にそう吹きこむ中でこの兵士たちは後ろの様子に気がついてなかった。

 背後からその‹死体›の一人が起き上がって二人に近づいている事に。

 二人がこの死体を跨いだその時点で、勝敗は決まっていたのだ。


          ※


「侵入者は捕らえたのか?」

 自分の部屋を出て司令室に入るなりニコライはオペレーターに聞いた。

「いえ、まだです。侵入者は単独で侵入したようですが、この基地の各エリアからは通信が途絶えるばかりで……」

「たかだかネズミ一匹に、どうしてこんなに苦戦しているのだ!?」

 ニコライは苛立ち混じりにそう吐き捨てた。

(こちら、エリア14-06! う、うわああああ!)

 何度目かわからないエリアの通信兵の断末魔をオペレーターとニコライは聞いた。

「どうしたんだ! エリア14-06! 応答を願う!」

 ニコライは無線にそう怒鳴りつける。さっきから何度か無線で通信兵と交信を試みてはいるのだが、返事はない。

 当然ながら今回も返事はなかった。諦めて、無線を通信端末のホルダーに戻そうとしたその時、無線からなにか聞こえたような気がした。

 ニコライは即座に無線を耳元に近づける。

「エリア14! 生きているのか!? 状況を知らせろ!」

 ニコライは僅かな希望を胸に言った。

(彼らなら死んだよ)

 無線から低い声が響いた。

「お前……、誰だ」

(イヴァン・ハーン……、数日前あんたが無残にも焼き払った街で一度死に、新たに生まれた『悪霊』さ)

 低く、憎しみがこもった声でそう言った。ニコライは先日、運動を止めない反政府軍への見せしめとして焼き払った街のことを思い出していた。

(邪魔しに行くよ、准将。あんたにあの街の人々が味わった地獄を見せてやる……)


             ※


 この晩、政府軍の基地『ペンタグラマ』は没落した。

 基地に所属している政府兵達は皆殺しにされ、刃物で殺されたような痕があった。特にこの基地の司令官だったニコライ・デレクヴィッチ准将の遺体には原型を留めてないほど刺突された形跡があり、政府の見解では政府軍に恨みを持つ者による犯行と認識された。

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