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第一話『フリストとイヴァン』

・数ヶ月前……


 オンボロなルックスの軍用トラックが、僕や他の兵士達を荷台に乗せて、荒れ果てた荒野を走っていた。戦いを終えた兵士達を戻るべき場所に送り届ける為に。

 僕は周囲の兵士達に視線を巡らせた。戦いを終えた後なので、みんな疲れきっている。仮眠をとっている者や、仲間と談笑する者、中には棒きれを夢中で舐めている者もいた。

 僕はあの棒きれが何なのかを知っていた。そりゃあ、僕ら反政府軍の兵士の中であの棒を知らない者はまず居ない。あれは世間一般では『麻薬』と呼ばれる危ない薬だ。

 そんなのを使っているといずれは廃人になる、だとか、死にたくなければ使ってはダメだ、とか人は言うけれど兵士としてはこう言い返すだろう、知った事か、と。

 戦場で感じるストレスは尋常ではない。生と死の間に立たされている恐怖、銃撃、爆発音。そんな恐怖と戦っている中で、これなしでどう自分を制御しろと言うのか。一瞬後には消えてるかもしれない儚い命。戦場で薬物や嗜好品を禁止する程、人間というのはよくできてはいないのだから。

 それでも僕には、それを使わない理由があったのだけれど。


 僕、イヴァン・ハーンは正面を見据えた。いつから僕は戦争に参加してるんだろう、と改めて思う。戦う理由は漠然としすぎて未だにはっきりとはわからなかった。

 強いて言うならば「食い繋ぐため」なのかな。僕の親父も反政府軍の兵士だった。勇敢で逞しく、ユーモアに富んでいたらしかったが、僕と妹が物心がつく前に政府軍兵士に撃たれ戦死した。

 その後、母さんは女手一つで僕らを育ててくれた。まだ子供だった僕は我侭も多く言ったし、悪友とつるんで困らせるような事もいっぱいしてきた。

 でもそれは子供のうちの特権なのだ。十代後半からは自然と精神が自立しようとするし、自分で考え、行動するようにもなる。たぶん、片親の長男長女はみんな同じ考えなんじゃないかな。自分がしっかりしなければ、親にも申し訳ないし、弟や妹にも示しがつかないと言うプライドもあるのだろう。

 僕は反政府勢力のレジスタンス運動に参加することにした。正直、戦争の原因となった石油問題だとか、領土がどうとかよくわからないしどうでも良かったけど、稼ぐためにはこの方法が一番手っ取り早いと思ったのだ。


「お前にはもっと別の生き方があるはずよ。そんなつまらない事はおやめにして、違う道を探しなさい」

 そう言う母さんの顔はとても、とても悲しそうだった。

 それもそのはずだ。愛する夫を戦争で亡くして、その息子も戦争に行こうと言うのだ。

「わからないのかい? 僕は今まで母さんに反発して、学校もろくに通わなかったんだ。いつも悪友たちとつるんで、腐るだけ腐ってた。学も満足に受けようともしなかったし、今更どういう方法で稼げると思う? どうやって母や妹を守りながら養っていけると思う? 僕はこうするしかないんだよ、わかってよ」

 母さんのそんな反応を予想していた僕は、用意していた応えをまくし立てた。

 母さんは悲しそうに顔を俯ける。

「お前の父さんも戦で死んだわ。今、イヴァンが言ったことと同じようにそれが家族を養う為だとか言ってた。でもそれは違うのよ、イヴァン。人は誰でも幸せになる権利を持っているわ。戦争で得る幸せが本当の幸せだと思って? 一回立ち止まって、別の道があるかどうか探すのよ。他の方法はきっとあるはずなのだから」

「そんなの、希望論でしかないよ」

 僕はそう言った。自分でももっともな応えだと思った。

 でもその言葉を聞いた途端、母さんは嗚咽をあげた。

 僕はうなだれた。結局、子供と言うのは親の流す涙には敵わないのだ。勿論母さんは僕のことを想って泣いたのだろう。でも僕はこう言うやり口は卑怯だな、と思った。でも、それ以上に心の中が申し訳無さでいっぱいとなっていた。

「わかったよ、戦争には行かない。誰が好き好んで人殺しなんかやると思う。僕だって同じだ、他の職を見つけるよ」

 僕はハンカチを取り出しつつ、笑いながら言った。

「あぁ! イヴァン……!」

 感極まった母さんは僕の首に手を回し、抱きしめた。

 まだまだ僕は自分の信念も通すことができない子供だな、と僕は母さんの温もりを感じながら思った。


 しかし、そんな事も長くは言っていられなかった。

 母さんが病で倒れたのだ。母さんは食肉工場で働いているが、その工場で倒れている母さんを乗務員が発見したらしい。

「まだ働ける……。まだ頑張れるわ……」

 妹、イリーナに看病させられている母さんのその呟きを耳にした僕は家を飛び出した。向かったのは反政府軍のアジトだ。

 僕は家族を置いて先逝った父さんが憎くて仕方がなかった。なんで、どうして。そんな呪詛の言葉も、もはや父さんには届かないだろう。

 だから僕は政府軍を恨む事にした。勇敢だった父の仇として。母を悪夢へと追いやった象徴として。


「イヴァン、着いたぜ」

 不意に声をかけられ、僕は思考を中断し正面を見た。向かい側に座っているのはフリストフォール・マルコヴィッチ。僕の幼なじみだ。

 フリストもまた、母親に苦労をさせない為に反政府軍に志願したらしい。彼は幼少期、親父さんを薬物の過剰摂取で亡くしていた。一人っ子だったフリストは、支えあう兄弟もおらず、僕より早い段階で反政府軍の少年兵をやっていたとのことだ。

 家庭事情の事や環境の事……、僕らが意気投合しない理由はなかった。

 フリストは父を死に追いやった薬物自体を嫌悪していたし、僕もそんなフリストに気を利かせて、戦場でどんな痛みを感じようが薬物には頼らなかった。


 トラックを降りた僕とフリストは反政府軍の野営地に向かった。

「なぁ、イヴァン。今夜さ、お前のところでメシ食っていいか? イリーナの作る料理、日に日に美味くなってさ」

 フリストは歩きながらそう言った。

「うん、いいよ」

 僕は肯定の返事を出す。

「よっしゃ! んじゃ遠慮無くはっちゃけるとするか!」

 僕とフリストは野営地を抜けると、フリストの愛車である赤色のセダン車に乗った。

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