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少年漫画風逆ハーバトル少女小説 すたばと!  作者: 九時良
三章 ここから努力パート!
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ダメダメな私

 十分前に来いと前回言われたので、別に従うわけじゃないけれど昼休みが始ってすぐに大広間に来ていた。


 もちろんいつもの席。日丸と待ち合わせて。


 机にはノートサイズのタブレット。教務課で貸し出ししているものだ。試合の映像を学校のデータバンクから持ってくることとかできる。


 私たちが今見ているのは、前回のグループ30との試合の映像だった。もちろん消音で。日丸はボタンを押して映像を一時停止させる。


「お二人とも一歩も動いとらんでしょ?」


 指先で二人の足元を指差す日丸。砂浜には足跡がない。


「うん。これ不思議だったの。なんで?」


「これが万里はんの作戦なんよ。なんせ八雲はんは動くのも切るのもえろぅ素早いですから、距離をつめられたらアッとしている間にバッサリ! ひとたまりもござーせん。万里はんの銃は接近戦で使えんこともありませんけど、遠距離で輝きますからぁ。せやから、この距離から動かなければ勝てるっちゅーわけですわ」


 ほうほう。理屈は納得できた。


 先に話されていたらそりゃー無理だろ笑止笑止と間違いなくバカにしてしまうような作戦だとも。だから最初に三人を引き剥がして、心理的動揺も誘う必要があったのか。あんな余裕ある調子に見せてわりかしギリギリだったのだ。


 映像を進めて、千里が八雲に最初の攻撃をする。どうやら私達が見逃した話題のシーンはここらしい。


「それでな、も一つ、八雲はんの見切りの問題あえりますやろ。ここで八雲はんが弾丸叩っきったん、偶然っぽいな。ほら、ちょっと変な顔してはる。万里はんも焦っとりますけど、あれで鋭ぉ目をお持ちですから、気づきはったんでしょうな。そんで動かさんようにお得意の舌戦ですわ。逃げたら間合い詰められてまうから動けんように心から攻める……教員的にはあんま嬉しゅうない勝ち方やろな。もちろんボクは拍手喝采。ホンマお見事。パチパチパチ~」


 ごきげんに手なんか叩いている。こいつ千里が見てないからってバカにしてんじゃないのかな。


 技レベルを合わせたということは、生徒同士の連携とか、作戦の立て方、駆け引きや判断力なんかを見ていると考えられる。この試合を悪いとも言わないし、確かに教員の心境としては評価を付けにくいだろう。


「なるほ……ふわぁー」


 あくびしちゃった。


 手で口を押さえる。眠くて頭がふわふわしている。


「……難しかった?」


 ちょっと発言を悩んでから日丸が首を傾げる。多分、他の候補はつまらなかった? かな。


 なぜその言葉を選んだ。ファック。


 ……いや、あくびは私が悪い。


「ごめん……わざわざわかりやすく説明してもらったのに。話はわかったんだけど、疲れてて。でも今の発言は見逃さない」


「すんまへん。いやな、ボク、あんま説明するの得意やのぅて」


 嘘吐けファック。お前の仕事は他人への説明じゃないか。


 まぁ、他でもない日丸だし。今回はおおらかに見逃そう。


「いつも元気なミミ子はんがお疲れモードなんは心配やわ。どしたん?」


 話、そらしたな。ずるいやつだ。前の話題を追いかける気もないけど。


「ん……ここ三日、早朝ランニングっていうのをやってて。でも、朝に走ると学校辛いんだよね、放課後まで体力持たないっていうか」


「……ダイエット?」


「いい加減殴るぞ」


「えろうすんまへん……気にする必要ないって言うつもりやったんですぅ」


 嘘か本当か。日丸は指先つんつんしながら肩幅を縮める。


 ま、いいか。日丸だし。許そう。


「体力作りのつもりなんだ。がんばっても、ちっともガジェットが使いこなせないから、せめて基礎体力とかつけようって思ったの。今からじゃなんともならないかもしれないけど、何もしないよりはいいかなって」


 みんながみんな遠くの人みたいだった。何でもいいから、みんなに追いつける何かが欲しかった。偽りの冠ではなく、手に取れる剣のような力を。それは、みんなが敬遠する面倒くさくて理屈っぽくて漢字が多くて読みにくい論文を読んだくらいじゃダメだった。


 ガジェットの特訓なんて、どうすればいいかわからない。だから私は基礎力に頼ろうと思ったのだ。どんなに頑張っても女子の付け焼刃程度だけど、だとしても。


 八雲はガジェットの力よりも本人の力のほうがすごかった。すっごい足速かった。もちろん八雲のすごさはこつこつと積み上げた努力があって、才能もあるだろう。


 世の中には才能だけではなく、努力する才能すら持たざるものもいる。でも、だからって、びりっかすのうんこが何もせずに甘えていいわけじゃない。


「ええことやと思うで。でも、授業も大事やから時間ずらしたらええんちゃう?」


「そうしよっかな……一日目だからかもしれないけど、体力持たないや」


「うーん、女の子を夜一人で走らすんも心配……せやね。夜の八時くらい、学校近くの公園は、わりかし美空はんみたいな人も多かったかな。バイトなければボクがご一緒させてもらうんやけど。放課後、運動部に混ざってグラウンドぐるぐるするっちゅーんもありかな。こっちのが安全かもしれへん」


「なんかありがとう。でも大丈夫だから。てゆーか私なんか相手にされないし、ビリでもミーティアだし」


「確かに一般人はミーティア相手につっかかってきませんわ。でも気をつけてな。ボクはグラウンドコースをオススメしますぅ」


 笑い話にしているけれど、心配そうな目をしているから、そこだけは本当なのだろう。私はこういう細やかな優しさを評価したい、だってそういうの嬉しいじゃん。


 大広間の空気がちょっと引き締まったときは、千里が近づいている証拠である。私に千里眼はないけど、近づいてくると何かとわかりやすいやつだ。オーラとは言わないけどな。


「よっ」


 いつも通り、片手をあげてどかっと座り込む千里。


 と、横について回る金魚のフンこと八雲が頭を下げる。


 千里が禁止令を出した木刀は腰に添えるだけ。若様が座っているとき彼は椅子に座ることができないので立ったままだ。もちろん座ることができないのは彼ルールだから私達は干渉しないし座ることも勧めない。


 じろっと八雲に睨まれたのは対抗意識だろう。苦笑いを返す。


「いやー、千里はーん。ついでに八雲はーん。ちょーど今、お二人の試合のおさらいしとったところですわー」


「おお、いい心がけだ。しかし常に進化し続ける俺は研究したところで倒せねーぞ。ふはははは」


 大広間に響くちょっぴり気の抜けた高笑いは、おそらく周囲への威嚇だろう。もしくは逆撫で。いっつも人の目を気にする男だね。日丸も八雲もヨイショするばかりだからさぞ気分よかろうよ。


 心の端にくすぶる嫉妬心が不機嫌をくすぐる。私もつくづく嫌な女の子だ。


「それより日丸君、グループ25との試合どうだったの? 私、千里に気を使ってここまで見ないように我慢してたんだから」


「はぁ?」


 信じられなーい、と言わんばかりの千里の聞き返し。ぐっと眉が寄る。


「いや、おかしいだろ。映画の上映会じゃねーんだから。予習してから授業受けろよ。俺くらいにもなると普通の授業は予習も復習もいらねーけど」


 オチはもういいよ、いつもの千里だから。それより、あまりにもクールな言い方をされると、怒られているような気がしてしまう。つらい。


「すみません~……次回からちゃんとやってきますぅ」


 そんな言い方しなくてもいいじゃん、という気持ちを込めて口を尖らせる。確かに私も悪いんだけどさ……社会に出たらいきなり怒鳴られても仕方ないと思うし。


 でもなんか、なんか。千里に言われるのは、なんか、悔しい。


 私はぎゅっと拳を握る。


 怪訝に眉を寄せる千里は、不機嫌を隠さずにため息をついた。


「できねーのは仕方ねーけど、努力しないやつは嫌いだ。言っておこう。俺がこの世の中で一番嫌いなのは、努力しないで強い者や与える者に甘えて寄りかかってぶら下がって不満をぼやいて足をひっぱり駄々をこね自分の立場を逆手にとって横暴に喚く、自称、弱者だ。反吐が出るぜ。そういうやつらは飢えて死んじまえ」


「……私が、そうだって言いたいのか!」


 うん。そうだね。私だってそう思う。


 そりゃ、私をかなり強引にグループに組み込んだ千里は千里だとしても、勝たせてもらっているのは私だし。


 買い言葉は返ってこない。肯定の言葉も返ってこない。


 それは無言の肯定か、出方をうかがっているだけなのか。


 千里はただじっと私の目をまっすぐ見つめる。睨まれてはいない。だけど、射抜くような鋭い瞳。これからの一挙一動ですべてを決めるような、そんな厳しい目。


 泣きそうだった。涙が視界に溜まってくるのを感じた。世界がぼやけて、顔が熱くなる。涙は鼻の奥にもやってくる。垂れそうだ。


 垂れる前に、私は逃げ出した。大広間を出た。周囲はざわついていた。


「ミミ子はん!」


 日丸の慌てた声。


「放っておけ」


 千里の冷たい声。


 うん、放っておいて。不細工な泣き顔なんて見られたくない。



 私は走った。


 走って息が切れたら振り切れるような気がして、階段を上ってみた。


 登り続けていたら、恭ちゃんが前につれてきてくれた、封鎖された屋上の前だった。


 ここは静かだからちょうどいい。


 私は階段に腰掛けて丸まった。泣いた。


 千里はもともと頭が良いみたいだし、色々恵まれてて、傲慢でナルシストでウザい性格以外、本当に欠点が見当たらない。その上、ミーティアの才能にも恵まれている。それでも飽きたらず、魅せ方を考えたり、敵を研究して作戦を立てたり、いつの間にか新しい技を作っていたり、敵でも味方でも巻き込むように人に気を使ったり、いろんな努力を滞りなくできる。すごい。こんなのは選ばれた人間しかできないことだろうけど、センスだけでは到底成しえないことだ。


 日丸だって、趣味とは言いながらも集めてくる情報は毎回しっかりしている。まとめ方だってうまい。ある意味、営業も。ほかのことはよく知らないけど、からかっても不快な気分にさせないのはすごいと思う。


 八雲は頭の中がお花畑で木刀ロン毛だけど、移動が早くて剣道めっちゃ強い。あんまり格好良くないけど制服だってまじめに着てるし。きちんと反省して謝ることもできる。


 恭ちゃんは病気でこの間は妙に気持ち悪かったかもしれないが、だけど、普通に取り繕う努力を今までずっとしてきたんだ。平均に届かない人間が平均のフリを……ううん、優等生だから、優等生のフリをするのはもっと大変なはず。死ぬほどの努力をしているのかもしれない。平均にも届かない地の底の私は、そう思う。


 みんな、いいところあるよね。努力して、自分のウリを作ってるよね。


 その点、私といったら。


 まず、言うことを聞かせなくちゃいけない。機嫌を取らなくちゃいけない。すぐ熱くなるから適当に受け流さなくちゃいけない。自己中でひがみっぽくてねたみっぽくてそのくせ人の悪口が大好きで口が悪くて疑り深くて上から目線で……わかってる。悪いところのほうが多い。


 彼らといると、自分の嫌なところが浮かび上がってくるようだ。逆に、私のいいところってなんだろう。わからない。



 だけど、千里に甘えようなんて一回も考えたことなかった。


 今こんなに苦しくて悔しいのは、対等になれないからだ。


 私だって、同じ推薦枠のはずなのに。何かできてもいいはずなのに。勝てなくてもいい。一番じゃなくていい。どこかで、自信を持って自分のできることだと言い切れる何かが欲しい。


 それはたとえば、誰かが私を好きって言ってくれるとか。ミーティアで特待生なりの成績を出すとか。他には、挙げられる例が考え付かないけれど。


 私は誰かにきちんと認めて欲しいだけなのに。……馬鹿にしていた八雲とさしてかわらない。


 なんにもダメだ。ぜんぜんダメだ。努力もできなければ、人に気を使うこともできない。与えられるものに不満を言うだけのダメダメ人間。


 袖で涙を拭いながらべそべそ泣いた。

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