二戦目!~剣vs銃のプライドをかけた決戦~
青い空。白い雲。光を弾く澄んだ海。丸い砂浜。真中にヤシの木。波の音。
リゾート気分満載。
「ふざけてるの?」
多少の苛立ちを込めて私は呟いた。
生徒からかってんの? ファック。
「格ゲーかよ」
千里は銃型ガジェットを肩に乗せて、辺りを見渡しながら言った。
「あー。こういう南国風のステージってなんか知らないけど出てくるよな」
眼帯マン。とげとげした黄色い杖で肩を叩いていた。
「特に一昔前の格ゲーには多い気がするけど、なんでだろ」
包帯マン。赤いひらひらの付いた槍をひゅんひゅん手で回して遊んでいる。
「漫画とかだと砂浜の特訓とかもあるよな!」
お面マン。グローブ状のガジェットもあり、全体的に現地の人っぽい。
「地面がさらさらしてるから踏ん張りがきかないってやつだよね」
私。ついつい聞き覚えのある話題に食いついてしまう。
「俺も五歳のときに亜空魔心眼流の師範代に連れられて砂浜で練習をした」
八雲。お前のことは聞いてない。
ロケーションが良過ぎたせいか和気あいあいとしてしまった。緊張感ゼロ。
んで、しっかりしろと言わんばかりにホイッスルが鳴る。ピー。
「あっ、やべっ、もう? しゃっす!」
「「しゃーっす!」」
愉快な三人は礼儀正しかった。体育会系だぁ。
試合前と後の挨拶はルールに含まれていない。下手すりゃ挨拶しているときに倒すクズもいるだろう。千里なら場合によってはやりそう。
「お、お願いしまーす」
若干ためらった挨拶の後、私は千里にアイコンタクトを送る。
やれ、と頷く千里。
やりますとも。
私は剣を構えて、攻撃の意思を表示した。
「ちょっとだけじっとしててもらえる?」
「「「おねがいします!」」」
三人は声を合わせると体を九十度に曲げた挨拶。そして気をつけをして直立不動。そこまでしなくていいのに。そんなにありがたいのだろうか。
「痛くしないからね! ごめんね!」
切れないほうを向けてぺちっと叩く。
眼帯マン。肩ヒット。
包帯マン。脇ヒット。
「強く、強くお願いします!」
さすがにお面マンの熱い訴えは顔をしかめざるを得ませんでしたな。頭を狙って叩いてやったら「あふぅん」とか嬉しそうな声を漏らした。
「お前キメーよ」
とかいいつつ、千里は半笑いで面白がっている。日丸とかもそうだけど、一癖あるキャラのほうが好きみたいだ。
私? 私は普通だから。
「お、おい……これはどういうことだ」
開始直後の茶番劇に、戦う気でいたらしい八雲は狼狽していた。せっかく木刀からポン刀――日本刀――に格上げされているのに、迫力もクソもない。可哀相な男の子が一人寂しく困っているだけだ。
愉快な三人は顔を見合わせる。
「八雲さぁ……お前が強いのはわかる。努力してたのも、グループ組んでわかった。お前も悪いやつじゃないよ。でも、俺らってこういうノリじゃないから強制されても困るんだ。正直……クッソ恥ずかしくて死にそう」
最初に口を開いたのは包帯マンだった。わりと可愛めのぱっちりした大きな目と細い眉が、複雑そうに歪んでいる。
「同感だ。眼帯なんて意味なくしてても邪魔だし、目に悪いし……」
と言いながら眼帯を取る眼帯マン。こちらのほうが不服感が強いらしい。心底うざったそうに眼帯を外し、すっきりした顔で八雲を真っ直ぐ見つめる。
「俺なんか女子に嘲笑される快感に目覚めさせられた。訴訟ものだ」
仁王立ちするお面マン。それは才能だ、人が悪いみたいに言うな。
「そんな……」
八雲はショックを受けた顔を長く見せまいと俯いた。震えている。ポン刀を握った手もぶるぶる震えている。怒りではなく、悲しみだろう。一人ぼっちの辛さや悲しみは最近だと、とても同情できる。
愉快な三人も今は愉快な気持ちになれないだろう。気まずそうに顔を見合わせて、それでもこのまま残る気はないらしい。
「じゃ、八雲をよろしく。霜月、霧ヶ崎、白雪リタイアします!」
三人の姿にノイズが走り、揺らいで消えた。現実感のない絵面だ。
八雲は顔を上げない。声をかけるべきだろうか。泣いているんじゃないだろうか。
心配になって歩み寄ろうとする。
千里がチラッと私を見て、手で制止した。
大丈夫なの? と目だけで尋ねる。
大丈夫だ。と小さな頷きが帰ってくる。
「……お、俺は、世界最強、亜空魔心眼流の、継承者だ。俺は強い。俺は負けない。絶対に……」
八雲は、震えているけど低い声ではっきりと言った。誰かに向けた言葉でないことは明白だ。自分に言い聞かせている。
顔が上がる。意思の強い目だ。上げたポン刀の刀身と同じくらい真っ直ぐで、研ぎ澄まされている。だけど酷く意固地だ。
「よって――俺は正義なのだ! 森羅万里っ、俺と一対一で戦えっッ!!」
「いいねぇ。嫌いじゃないぜ、その考え方。だが、上には上がいるってことを教えてやる! かかってきやがれ!」
モチベーションが上がったのか、八雲や観客へのサービスか。千里は銃をくるくる回してからちょっと斜になって銃を構える。
これ、絶対に鏡の前で練習してたよなー……咄嗟でやったにしては決まりすぎである。
そんなことを考えてぼけーっと棒立ちしていた私が悪いのだ。
八雲が千里の横を抜けて私の眼前まで詰め寄った。砂粒が立ち上がる。
さながら彼は一陣の風。逃げようと思うにはまだ早く、せいぜい体を反射的に捻ることしかできなかった。
太陽の光に刃が輝く。
眩しさと驚き、痛みへの覚悟に目をつぶる。
「ぴゃっ!?」
びっくりしたけど肩をトンって叩かれた程度だった。案外大丈夫だったことにホッとして、目を瞬かせながら八雲を見上げる。
「すまない、手加減はした。おなご相手に刀を振るうのは俺の仁義に反するが――リタイアしていただく」
「あ、うん。いいのいいの。私は大丈夫。二人とも頑張ってね」
正直なところ、このまま棒立ちでも立場ないしね。ありがたいと言えよう。
でも、そういや試合前に手加減しないって言ってなかったか? 確かに手加減されなかったら私は高らかにキレなくてはいけないのだけど。
「美空、リタイアします」
手を挙げて降参ポーズ。
リゾート地の開放的な風景と練習場のこざっぱりとした景色が混ざった。いつもはガジェットに集中しているのだなぁ、と実感。まともに見るのは疲れるから目を閉じて開ける。と。
練習場の脇で、ぺたんと座り込んでいる私。初期装備君は消えていた。
隣には机に乗ったモニタを立ち見している愉快な三人がいた。既に眼帯も包帯も諸々取られていたけれど、お面マンだけはお面マンだった。取れよ。
「早いだろ、八雲。俺達みんなアレでやられたよ」
包帯マン――もとい霜月。自慢げとは言いがたいけど認めていることは伝わった。
一応前もって知ってはいたけれど、実際に目にするとかなりビビる。私は海外深く、大きく頷いた。
「もー、ホントびっくりしたよ。あれで人間技の域だからおっそろしいね」
「コメット組の恥さらしですね」
ちょっと離れたところにいた担任が忌々しげにつぶやいた。
別にいつものことだけどファック! うちのクラスでもめったに勝てねーよ! 相手にするだけ無駄だから黙っていた。
「なんでそんなこと言うんですか! 美空さんは悪い子じゃありません! 生活態度をたしなめるならともかく、きちんとやっている生徒の成績を取り上げて差別するのは間違っていると思います!」
霜月が先生の前まで歩み寄って、小さな身長で見上げながら大きな声を出した。
お面マンは何も言わないけど頷いていた。論争が苦手なのだろう。
二人の後ろからスッと入るように、霧ヶ崎が厳しい顔で続く。
「場合によっては教育委員会やミーティア連盟まで持っていきますよ」
「……わかりました。撤回します。教育者として不適切な発言でした」
顔をしかめる担任。
懲りてないんだろうな、と思ったけれど、溜飲は下がる。場所を変えていく姿が逃げたようで滑稽だ。
「あ……ありがとう……」
出会ってちょっとしか経ってないのに、こんなに他人に親身になれるんだ……自分が感じた他人のイメージを信じることができるのか。素直に感動した。目頭熱くなった。
霜月はひまわりみたいに二カッと、霧ヶ崎はフッとクールに、お面マンはお面の下で、それぞれにぴったりの笑みを浮かべた。こいつらかっこいい。
「試合の続き、見ないとなっ」
霜月の呼びかけで、再びモニターの前に集まる。私は端っこでよかったのだけれど、三人にドーゾドーゾと押しやられるように真ん中に入れてもらった。今までにないような優遇だ。でも周りが暑苦し……なんでもない。
千里と八雲は既に何回か攻撃を交わしているようだった。八雲の表情は険しいが、千里は大したことないように涼しげである。不思議なことに、千里は初期位置からの移動はあまりない。
「ほら、次の見せてくれよ。さっきのやつ、弾を切るみたいなかっこいーサプライズをよぉ」
なんか……すごくいいところを見逃したような気がしてならない。もったいないことしたなぁ、という微妙な空気が流れる。申し訳ないでござる。
歯を食いしばる八雲。ギリリと歯軋りの音が聞えてきそうだ。どうやら大分消耗しているらしい。肩で息をしている。
「負けるわけにはいかんのだ……俺のほうが先に必殺技を作っていた」
まさかそれが原因で決闘云々を申し込んだってわけ? こいつ、どこにプライドを持っているんだよ! アホくせぇ! 三人の手前、言わないけど。
私は呆れてしまったが、千里はそうでもないらしい。同類だからか。
「そうかもな。でも先に大衆へ認められたのは俺だ」
銃を構える手が下がる。片足に体重をかけたスカした立ち姿。
隙ではないと見たらしい。警戒の色を強めて、八雲はさらに緊張する。神経質そうな顔のせいでストレス態勢が低そうに見えてしまう。過呼吸でダウンしたりして。
「俺、お前のこと嫌いじゃないぜ。自分でスタイルを作っていくのは超かっこいいと思う。だけど、人に認めらるまではちょっち苦労と手段と捻りが必要なわけだ。そこを急いで強要すると、ただの寒い独裁者になんだよ。それが今のお前だ、八雲」
人差し指を八雲に突きつける千里。おふざけのない真面目な顔しやがって。
苦労と手段と捻り、か。目的のために振り回されているけれど、その分、近くで見ている私としては、なんとなく重みを実感できてしまった。認めたくないが、千里はやっぱり悪いやつではないし、すごいのだろう。
「言われてみれば確かに……流行って後から見るとおかしい。お袋の時代の服とかダサくて着れたもんじゃないからな。それが寒さか」
霧ヶ崎が顎に手を当てて、妙に真剣な顔で呟いた。わかりやすかったので「なるほどー」とリアクションを返しておく。
画面の八雲は、わずかにも動かずじっと堪えてポン刀を構えていた。動けないのかもしれないし、何も言い返すことができないのかもしれない。
ほんの一呼吸の間なのに、身を圧迫されるような、じりじりとした時間を感じた。
「俺はお前のスタイルを認める第一人者になるぜ。ま、お前より強いからマネしねーけど」
千里が撃った。
弾丸を目で追うのはなかなかに困難だけど、三発くらいに分裂したようだ。キィンという金属的な音。弾が一つ弾き飛んで、椰子の実を落とした。本体の八雲は前につんのめって膝を付いた。
「おおおおお! 弾いた!」
思わずみんなで歓声を上げてしまう。
「待て、足に当たっている。偶然かもしれない」
冷静なのは霧ヶ崎。私には見えなかったけど、それが転んだ原因なのか。
最後の一発は、予想外の方向から来た。
四人で「あっ」と声をもらす。空中でキュッと方向転換をする弾。
弾は八雲の後頭部を目がけて一直線に駆けていく。
「へぁっ!?」
直撃。ずいぶんと間抜けな悲鳴が上がった。
八雲は顔から砂浜に突っ込んだ。手からポン刀が滑り落ちた。膝だけ立っていて、お尻を上げているポーズの、なんとも情けないことか。
「グループ30戦闘不能。終了! 救護班!」
担任が機嫌の悪い声を張り上げる。今回も一番早く終わる試合だった。
私がさっきいたところで間抜けに伏している八雲が、両腕をついてムクリとやたら機敏に起き上がった。駆け寄ってくる救護班たちに、手を立てて静止をかける。
「必要ない」
「いっとけよ。足、青あざできてんじゃね? 冷やしとけって」
千里が勝者の余裕たっぷりな、ある意味では嫌味っぽいあっけらかんとした笑顔で手を差し出す。片膝付いているのは敬意の表明だろうか。
八雲は――その手を両手でガッシと取った。
見上げる目が輝いている。まるで空の虹を始めて見る子供のようだ。
「――若!!」
「ハハハ。若頭ってやつか。時代掛かってんなぁ」
おかしそうに千里は笑って、八雲を引き上げる。
うーん。ホモ臭い。遠い目をして私はぼやく。
「モテるやつは男にもモテるんだな~……」
「俺も惚れそう」
お面マンの冗談かどうかわからない言葉に、三人で一斉にぎょっと視線を向ける。……ダメだ。お面のせいでポーカーフェイス。真偽が不明で審議したいところ。だけど、まあ、それは後にしなければならないようだ。
「見たか、俺の大勝利。褒め讃えていいんだぜ?」
まずは私をしっかり見た千里。それから視線をちらっとだけ担任に投げた。
最後の技って新技? とか。
わりといいこと言ってた? とか。
お前も頑張ってるんだな。とか。
素直にすごい。とか。
色々思うには思ったけど。
「ごめーん。前半、見逃しちった」
口に出して認めるのは悔しいものがあった。
だって私はびりっかすなのに、こいつと同じくらいの才能があるはずなのだ。なんだかそれって、私が努力してないみたいで、苦しいじゃん。そういうの。
だからヘラヘラ笑ってそらすようなことを言ってしまった。よくないことだってわかっているけれど。
「は? お前何やってんの? 何のために生きてんの? バッカ野郎」
わしっと頭を掴まれた。ちょっと力強め。イラッとしたみたい。そりゃそうだ。そのまま髪の毛をわしゃわしゃと掻き回される。
慌てて手を掴む。
「やめろ! ボサボサになる!」
「なってしまえ! その寝ぼけた脳みそは直接刺激を与えんと起きらんねーだろ。俺が起こしてやる!」
穿き捨てるように言う千里、しばらくわしわしした後に解放された。
あーもー……手櫛で直す。すぐ直る。
「八雲!」
霜月の明るい呼び声。
「弾、弾くのすごかったぜ。やっぱお前は強いよ」
同調して頷く霧ヶ崎とお面マン。
八雲はきゅっと唇を噛んで眉を寄せる。気を付けをして深々頭を下げた。
「すまなかった」
「いいんだよ」
霜月は八雲の肩を叩く。
三人が八雲を取り囲んでいる。顔を上げたら仲間が視界いっぱいにいるのだろう。
それはきっと、素敵なことだ。
「いい経験になったぞ」
「でも、もう眼帯は御免だからな」
お面マンと霧ヶ崎。霧ヶ崎の言葉には輪の中でささやかな笑いが立ち上った。
二人……たぶん三人とも、許容の笑みを浮かべている。
こういうの、なんか、いいなぁ。素直に羨ましかった。