vs森羅
午後の授業が終わり、放課後。
私はチャイムが鳴ってから三十分くらいわざわざ待って、あえて遅れて所定の場所へ向かった。
運動場の隣に、体育館がある。
体育館の隣にあるのが練習場で、だいたい同じくらいの大きさ。外観も中身も似ている。
練習場には野次馬以外誰もいなかった。
森羅 いねぇ。
野次馬は決闘が見たい男子と、恭ちゃんか森羅のファンの女子だった。
「恭ちゃん来ないよ」と告げると、半分以上があっさり消えた。
森羅ファンの女子だけ残った。
「アンタは森羅君と組むんでしょ?」
「一回断るってどういうつもりよ。嫌なやつ」
「しかも鳴海君と森羅君よ! 幼馴染だか特待生だか知らないけど腹立つ」
「あんたなんかが森羅君と組んでいいと思ってんの? 身の程知らず!」
口々に喚かれて耳が痛い。鼓膜に刺さってくる声だ。そんな気ないのにまったく困る。言い訳もこんなた状態じゃ通じないだろう。
どうしようかなぁぁぁ……日本語通じるかなぁ。
とか思っていたら、ズカズカした足音が聞こえてきたわけだ。
「やーすまんすまん、うたた寝してたら寝過ごしちまったぃ。でも宮本武蔵だって遅刻したんだし、別に俺が遅刻したって悪かないよな。ってか二位が来ないってマジ?」
謝るつもりがないやけに軽薄な謝罪。
めちゃくちゃ屁理屈な自己正当化。
挙句人の幼馴染を順位で呼びやがって……。
あっけらかーんと遅刻魔がやってきた。
私より十分遅刻って……ファック……。
「はいはいお出迎えありがとー。じゃあ解散な」
森羅はヘラヘラ気の抜けた笑いで周囲の女子を適当にあしらう。
「ねえ、なんで美空さんなの? 私も森羅君と組みたーい」
一番手近に来ていた子は、さっき森羅の取り巻きの中にいた一人だ。私のクラスメイトでもある。いつも思うけど、女子力高い。
「んー。ハンデをものともしない俺ってかっこいいだろ? 最高に足でまといじゃないと意味がないんだよ。どうせ君と組むなら、今度ベットの上でな。ということでみんな解散してくれるか? もう何にもないから」
美人には明らかに優しい態度だった。ファック。
しかし、ファン達はご機嫌でご退場された。よく調教されている。
「……ま、営業トークだけど。Cカップ以下には興味ねぇ」
練習場には私と森羅の二人きりになってしまった。
急に静かになったから、伸びをして呟く森羅の声はよーく聞えた。あしらいうまいけど最悪だこいつ。
「で。お前は俺と決闘すんの? 鳴海はこねぇんだろ」
「決闘はしない。どうせ負けるよ」
私は軽く首を振った。
そして、ちょっと気分はうまく整っていないけれど、腕を組んでニヤニヤ笑いながら考えてきた台詞を吐く。
「いいよ。あんたがそんなに言うなら、仕方ないからグループ組んであげる」
すっごく偉そうである。腹を立てて誘いが反故になったらそれはそれだ。
思った通りに森羅はカチンと来たようだ。口がムッと尖った。
が、それも一瞬だけの話。
フンと鼻で笑いやがった。
「それっくらいでちょうどいいぜ」
それから人差し指をぴっと立てる。
「いいか? 鳴海と何があったかは知らないし興味もないが、俺を巻き込むなよ。面倒くさいから」
「別に何を言うつもりもないし興味をもたれても困るけど、そう言われるとなんか腹立つ。お願いされても話に混ぜてあげないもん」
「無駄な話は聞かない。でも、連絡用の電話番号は教えろ」
「悪用しない?」とか言いながら、通信完了。
「じゃ、書類とかそういうの頼んだ」
携帯をポッケにしまいながら、さっそくそんなことを言いやがりました。
「え、一人でやらせるとか酷くない」
「あんなもん二人で書くのもバカバカしいだろ。ましてや大勢で回して書くのなんてバカの所業だっつーの。一人のほうが建設的、合理的」
「それなら森羅がやったっていいでしょ。交代制度を要求する」
「書類書く程度しかやることないだろ。やらせてやるからありがたくやれ」
「それが本音か! 最悪!」
肩を竦めた森羅は、ふうー、やれやれ、とため息。
「じゃ、そゆことで」
異論は認めないらしい。強く引くと書いて強引。まさにこれだ。
「……仕方ないな。やってやるよ!」
上から言う作戦も通用せず。背中を向けて手を上げて、ひらひらと振るだけ。
遅れてきたのにさっさと帰っちまったよ。なんだアイツ。よっぽど忙しくても許せんやつだ。
書類は書き終わって、昨日出してきた。
私と森羅のコンビについては、そりゃもう瞬く速さで学校中に知れ渡ってしまっていた。登録が終わる前にみんな知ってるってどういうこと。
私と森羅が付き合ってるという噂も立ったけど、森羅が「はぁ? あんな垢抜けないののどこがいいんだよ」と一蹴。あの調子で私をこき下ろしたらしい。ファック。こればっかりは本当に死んでほしいと思った。
恭ちゃんは一日休んだあと、他の人と組んだみたい。優等生グループということで、こっちも注目の的だ。
申請期間が終了し、登録完了の日、来たり。
私はとってもいい気分だ。
「美空いるかっ!」
確認用紙と思われるプリントをくしゃくしゃになる掴み方をして、森羅は教室にズカズカ上がり込んで来た。
怒ってる怒ってる。
うぷぷ。しらばっくれてやるぜ。
「え~なんか用~?」
「てめぇっ、人の名前わざと間違えただろ!」
プリントをご覧いただこう。ちょうど森羅がしわしわのやつを広げてくれまたところだ。
《グループナンバー:18
グループ長:森羅千里
メンバー:美空ミミ子》
お気付きだろうか。
森羅の名前は、生意気なことに万里である。
「勝手に人の格を下げんじゃねぇ!」
クラスのあちこちから忍んだ笑い声が上がった。
「笑ってんじゃねぇクソッ!」
「うふふ~ごめんねぇ~私バカだから間違っちゃったみたい~。あだ名になっちゃうかもねぇ~恥ずかしいねぇ~」
「くっ、くそぉっ……!」
くっくっく。奥歯を噛み締めて悔しんでいらっしゃる。
ざまぁ見やがれ。やられっぱなしじゃいませんぜ。さすがに女子に手はあげないだろうし。
しばらく悔しがっていたけれど、へっ、と笑いを吐き捨てて額に手を当てる森羅。それから、笑いながら睨み付けて、頭をワシっと掴んだ。
「この借りはいつか三倍にして返してやるからな。覚悟しとけ……ハンムラビ法典を採用だ。お前にあだ名をつけてやる」
「そんなすぐに思いつくの~? 言ってみろよ! 千里さんよう!」
これは完全勝利ですな。ものすごくいい気になって強気で煽る。
そこでフンフンと鼻で笑う森羅。何かを勝ち誇っている。
「ミミミ。よし決まり」
「やだー! 一個多い! 語感が間抜け!」
「ミミミーやーいミミミー」
両方の右手で指される。そしてこの腹の立つ満面の笑顔。
小学生かよっ!
でも、言い得ないがすごく嫌なことには違いない。
――と、そこにやってくる担任。爽やかな笑顔が鼻に付く。
「やぁ森羅千里君。遠くまで見渡せそうないい名前じゃないか」
「そりゃドーモ……なんでここにいるんスか」
「いやぁ、忘れ物してしまいまして。いけないいけない。それより、違うクラスに勝手に入ってはいけませんよ。打ち合わせは指定の場所でしてください」
「ウィーっす」
森羅は不良学生だが、成績が優等生なので担任的にはオッケーなのだろう。
それから私をチラッと見て。
「お荷物が重たいかもしれませんが、頑張ってくださいね。君がグループの格を上げれば、全体の底上げになるかもしれない」
相変わらず担任はファックな野郎だった。バタ臭いイタリアスーツのイケメンに妙なアレルギーでもできてしまいそうだ。ごもっともなんだけどね。
あー学校来るの嫌んなっちゃうなー森羅と組んでからというもの、女の子はよりアグレッシブに嫌がらせをしてくるし。
しかし、森羅はカチンと来たみたいだ。
眉間に皺が寄って、いかにも不快というような表情。そこから口だけ笑わせる。
おっ? 庇ってくれる?
「……やー、まー、勝ちますとも。もちろん勝ちますとも。だけど先生のクラスの生徒のために頑張るわけじゃありませんからぁ? あくまでも俺は俺が一番になるためだけに、余裕で勝っちまうつもりなんで」
「はっはっは! 若さですね。実に勇ましい。いいことですよ」
「ええ、ねちっこくてバタ臭いおっさんより全然若いっスよ! あんたのクラスの生徒全員を全身全霊かけたフルパワーでボコボコにして差し上げますんで、俺の活躍楽しみにしててくださいねぇ~」
森羅も十分ねちっこいと思う。バターというよりソースだから、違いはそこか。
でも、気分はいい。
担任の笑みがぎこちない。ムカついてる。
森羅はチラッと私に振り向いた。
「おめーのためでもねーからな」
「知ってらぁ」
べーっと舌を出して返事。森羅はロクにこっちを見ちゃいねえ。
「んじゃっ、あんまりここにいると根暗が移りそうなんで、失礼しゃーっす」
チャッと手を立てて担任に挨拶。ここで森羅がもう一回私を見た。
「おいミミミ、お前も行くんだよ」
――ということで瞬速の支度。お財布ケータイメモお菓子お茶オッケー!
「持ちすぎだアホ」
なぜか森羅に呆れられたけど問題なし。