カウントダウン、そして
最初に思ったことは、"何アレ"…だった。
いやいや、だって仕方ないでしょうよ。
部活もなくて、更には久しぶりにヤツの監視から離れて下校出来るっていう最高の日(ヤツは生徒会の会議が長引きそうらしい。ざまぁ)なはずなんですが。
なんたって正門の前に黒塗りの車が鎮座しているんだろうか。
何かの撮影? と思ってあたりを見回してみてもカメラとかスタッフとか全くいないし。
この辺は高級住宅街ってわけでもないから余計とそれは映えて…というより、異質だった。
現に生徒達みんなびっくりしてるしね。道行く人々は揃ってベンツに釘付けだ。
勿論、私も。
ベンツなんてせいぜい雑誌とかテレビで見たことあるくらいで、だけど…なんかこう、迫力がある。気がする。(あれ、黒塗りってだけでベンツって決めつけてたけど、実は違ってたりするのかな…自信なくなってきた)
とりあえずこのまま突っ立っていても家に帰れるわけもないので、私はベンツ(もどき)の迫力に負けて棒になっていた足をまた動かし出した。
すれ違いざまにもう一度だけちらりと見る。
うひゃぁー…やっぱり素人目から見ても絶対お高いよこの車。
諭吉さんが何千万枚飛んでいくのやら。
若干口元をひきつらせながら、私はまた顔を正面に戻した。
と同時に、後部席のドアが開く。
「栗原 露香さんですね?」
…………え、
「…は、い?」
呼び掛けられた方を向くと、パリッとした仕立てもブランドも良さげな黒スーツをかっこ良く着こなした男性が、こちらを見下ろしていた。
30代前半か、ギリギリ20代かってくらいの男性だ。ついでに言えば黒の短髪か似合う良い男っていうステータス付き。
その人はもう一度"栗原 露香さんですね?"と問いかけてきたので、咄嗟に私はコクコクと首を縦に振る。
えぇえ、ち、ちょっと待って!
私にベンツ持ってるようなお金持ちなお友達なんていたっけ!?
瞬間的に脳ミソをフル回転させてみてもそんな人物が思い当たるわけがなくって。
私はただまごまごしながらその男性を見つめているだけだった。
っていうか視線ッ 皆の視線が痛い!!
針のムシロってこういうことを言うんだ…!
「あぁ、申し遅れました。
わたくし、日下部グループ本社秘書課、室長の宮城と申します。」
流れるように言われながら渡された名刺には、確かに今彼が言ったことと同じ情報が記されている。
日下部グループって…日本でも1、2を争うくらい超大規模な…もはや財閥とかに近いアレじゃんか。
色んな事業に手を出して、しかもそれをほぼ成功させているって噂の。
そんなすんごい所が、こんな一般人になんの用があるっていうんだ。
怪訝そうな顔になったのがよっぽど表に出ていたのか、宮城さんは少し表情を柔らかくしてくれた。
多分、私の緊張を少しでも解そうとしてくれているんだろう。
「いきなりこのように訪ねてしまい、真に申し訳ございません。
貴女があの方と離れている時でないと意味がなかったもので、やむなく。」
「はぁ…?」
"あの方"?…あの方ってどちら様だ。
「失礼なのは十分承知の上ですが、少しだけ時間を頂けないでしょうか。」
とても、大事なお話があるので。
と付け加えた宮城さんは、柔らかな表情の中に真剣さを滲ませていて。
これは聞かなきゃいけないな、って思うのと同時に、逃げたい、と思う私も…何故か少しだけ顔を出していた。
――――…
「飲み物は紅茶で宜しいですか?」
「あ、ハイ。」
「ケーキ等は?」
「いえ…お腹空いてないので。」
私の言葉に一つ頷くと、宮城さんはそこにコーヒーを付け加えてウェイトレスさんにメニューを返した。
てっきり車の中に入って話をするのかと思ってたけど、意外にも宮城さんが指定してきた場所は学校近くのカフェ
だった。
彼曰く、"見知らぬ男がいきなり車に連れ込むのはマナー違反"ということらしい。
言われて、それも確かにと納得した。…って、じゃあ宮城さんがカフェじゃなくて車を指定してきていたら私は普通に乗っていたわけで…危機管理能力が薄いのだろうか、私。
アイツにも何だかんだで無防備になっちゃうわけだし…顔の良い男には勝手にフィルターでもかかっちゃうのかなぁ…。私意外と面食いだしなぁ…。
自分の最大の欠点にひそかに頭を抱えていると、丁度さっきのウェイトレスさんがオーダーしたものを持ってきてくれた。
私には紅茶、宮城さんにはコーヒー。
出し終えたウェイトレスさんは伝票をテーブルの端に置き、"ごゆっくりどうぞ"というお決まりの台詞と営業スマイルを残して立ち去っていった。
とりあえずとばかりにミルクの入った小さな瓶を手に取ったと同時に、オーダーしてから今までだんまりだった宮城さんがようやく口を開いた。
「栗原さんは、紅茶がお好きなんですね。」
「え? あ、ハイ。
コーヒーは昔から飲めなくて…せいぜい、カフェオレが限度なんです。」
「甘党なんですね?」
「そういう訳でもないと思うんですけど…あ、でも最近は。」
良くケーキやらクッキーやらを食べている気がする。
や、正確には作らされているのだ。私が。
書類が恋人のアイツは良く甘いものを欲しがる。糖分が欲しいって言って。
前に気まぐれで手作りのシフォンケーキをあげてからは、アイツは手作りっていう細かい注文まで寄越してくるようになりやがった。
ちょっと…や、かなり後悔してるけど(主にめんどくさい的な意味で)、例の如くヤツの真っ黒なオーラに負けて今に至る、という訳だ。
自分の情けなさにもう涙も出てこない。最悪。
そんなだから釣られて私も甘いもの良く食べるようになっちゃったんだよね。
味見しなきゃいけないし、どうせ作るならバリエーション増やしたいとか思って色んな味のお菓子をお店で見つけたら買ってみるし。
ちなみに最近体重計には乗っていない。見るのも恐ろしいから。
「…あの、」
「はい。」
窺うように声を掛けると、宮城さんは穏やかに返事をした。
私から話を切り出すのを待っていたみたいだ。それはそれで意地が悪い気がする。
とはいえこのままぐだぐだしてたって家に帰れる訳でもないから口を開くしかないんだけれど。
「私にお話って…なんでしょうか。」
「貴女が想像している通りのことだと思いますよ。」
尚も宮城さんは穏やかな笑顔を崩さない。
…私が想像していること?何それ。
私はただ、自分が甘いものを食べる機会が増えたって考えただけだ。
そう、アイツのせいで。
「あの方も甘いものを好んで食べる。
貴女が食べるようになったのもそういう理由ですね?」
「…え、」
「貴女の作る甘味はとても美味しいのでしょうね。
なんせあの方は自分が認めた者にしか甘味を任せませんから。」
「あの、」
「当てて差し上げましょうか?貴女が良く作る甘味を。
それは、」
「まっ…待って下さい!」
思わず声を上げてしまう。
けれど宮城さんは動じることなく、ただ笑顔を浮かべているだけだった。
どうして。なんで、
「なんで…そんなこと、」
「分かりますよ。調べさせて頂きましたから。」
思わず息を飲んだ。
どうして天下の日下部グループが、わざわざこんな一般市民なんかを調べる必要があるんだろう。
…違う。
この人は、この人達は、私を調べただけじゃない。
「貴女に関することは、基本事項のみを。
後は…元々"知って"いましたから。」
あぁ、止めて。
それ以上言わないで。
このまま進展も後退もしなくて良いって、思っていたのに。
あれから悩んで悩んで、やっと出せた答えだったのに。
自分の気持ちに、気付かずにいれる手段だったのに。
「柚稀様は、元々わたくしがお仕えしていましたから。」
ほら。
その名前が出たことで、私の不変はこんなにも簡単に崩れてしまう。
現に、私の頭は真っ白になってしまっていた。
そして、名を聞いただけなのにグラリとうごめく心。
どうしたら良いっていうの。誰か教えて欲しい。
「柚稀様…って、」
「想像は、なんとなくつきませんか。」
「……っだ、だって、名字が、」
「あれは母方の名字を柚稀様が勝手に名乗っているだけです。
本来の名字とは違います。」
ぴしゃりと言い切られて、私は目眩を起こしそうになった。
そしてふいに、アイツの顔が浮かぶ。
『…アンタって、いっつもそんな薄ら笑いしてんの?』
『学校だけだろ。他にしてねェよ面倒くさい。』
『けど、結局猫かぶってんじゃない。
偽物の笑顔とか学校でも私にしないでよ、腹立つ。』
『偽物の笑顔とは心外だな。
処世術って言えよ。』
態度も性格も笑顔も偽物だったヤツ。
なんなの。
名前まで偽物してたとか、ますます腹立つ。
腹立つ、筈なのに。
どうして…こんなに寂しく思うんだろう。
「…私に、何をさせたいんですか。」
まっすぐに宮城さんを見据えると、彼は少し笑みを深めた。
「貴女が、想像している通りのことです。」
先程と同じ言葉を返される。
やっぱり、宮城さんは少し意地が悪いと思った。
目を閉じれば浮かぶヤツの顔。
私はそれを、
ただ、振り払うことしか出来なかった。
カウントダウン、そして
(この生活も悪くない)
(そう思い始めたのは…いつからだっただろうか)
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