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水彩画の謎



真っ白な世界が、自分の手で、自分だけの色に染まっていく。

そんな感覚が好きだから、私は中学からずっと美術部なのだ。


「…うーん、こんなもんかな。」


たった今まで筆を動かしていた手を止めて私はぐっと一つ伸びをする。

窓の外は既に茜色を通り越して夕闇に染まる一歩手前で、まるで私に早く帰れと急かしているようだった。

美術室で絵を描く。

それが私にとって何よりも至福を感じられる時間だ。

いくらでも自分の世界に浸っていられるし、自分を見つめ直すことだって出来る。


…まぁ、誰かさんのせいで自分の時間が削られてて余計と貴重に感じられるからってのもあるからなんだろうけど。

そんなヤツは只今生徒会のお仕事真っ最中。

優等生の肩書き背負ってる以上、そういう役職はやっといた方が点数稼ぎになるからなんだって。

ホンット、そういう所が計算高いというか、利己主義というか…。


「…ま、そんな性格は今に始まったことじゃないんだけれども。」


ポツリと一言呟いてから筆やらキャンパスやらを片付けにかかる。

今回は水彩画だから割と片付けとかは楽で助かる。

片付けている最中、目の前にある風景画を眺めながら、明日はどんな着色で進めていこうか考える。

やっぱり赤みが足りないんだよね…いや、むしろ夕焼けにしてもキレイかな? 実は夕方とか夜は私の場合キレイにグラデーション出せないから苦手なんだよなぁ…。


そんなこんなでテキパキと片付けを終えて残りは施錠を確認して帰るだけ。

私は鞄を肩に引っ掛けると窓を一つ一つ確認していく。


「…よし、これで全部。」


「もう完全下校時間は過ぎてますよ。」


一瞬だけヤバイと感じたけど、よくよく考えてみたら聞き慣れた(慣れたくもなかったけど!)声色だということに気づいて私はゆっくりと後ろを振り返る。

ドアに軽くもたれるようにして立っている黒髪眼鏡男の姿が案の定視界に入って、知らずため息を吐きたくなった。


「…どうも、ご苦労様です広瀬クン。」


「お前耳付いてんのか、さっさと帰れっつってんだよ。」


馬鹿にしたような眼差しに軽く殺意が芽生える。

相変わらず傍若無人な態度は健在ですかそうですか!


「今帰る所だよ、見て分かんない訳?」


「俺にはお前がチンタラ片付けてチンタラ施錠確認してるようにしか見えねェ。」


いつから見てたコイツ!


「るさいなぁ、そこまでチンタラしてないし。」


「あぁ悪ぃ。鈍臭いお前はあれくらい時間かけないと下校の一つも満足に出来ねェか。」


コイツ…いつか殺してやりたい…!

フツフツと煮えたぎる怒りを唇を噛んで耐えていると、ヤツの視線が私から少し横にずれた。


「…それ、お前の?」


「は? …あぁ、この絵?」


「他に何があんだよ。」


この野郎は…人をムカつかせる言葉しか吐けないのかっつの。

広瀬につられるようにして視線を絵に移す。

まだ薄く、様子見程度にしか色付けされていないそれは赤みが足りないせいなのか他にも理由があるのか、少し寒々しく見えた。


「…そう、だったらなんな訳。」


「お前、そういう所がホンット可愛くねェな。

態度くらい改めたらー? 俺一応天下の生徒会役員よ?」


「うるさい! 生徒会は尊敬されるべきかもだけどアンタを敬う義理は私にはないっつのッ」


生徒会に入れる人っていうのは皆様色んな分野でトップクラスの実力を持っている人ばかりだ。

だから悔しいけど広瀬の言い分もちょこーっとは合っている。

けど!! それとこの横暴な態度を許すのとは全く別次元の話だ。少なくとも私にとってヤツは敵であることに変わりない。


「俺に指図すんな凡人。」


「…一度死んできてくれると凄い嬉しいわ。


で、この絵がなんなの。」


重々しいため息を一つ吐いて怒りバロメータを下げてから(と言ってもたかが知れてるけど)、私は再度自分の絵に視線をやる。

…余計寒々しく見えた。のは確実にコイツがいるからだと思うのは私だけだろうか。


「…いや、なんか、」


「何よ。」


珍しい、コイツが言いよどむなんて。

普段余裕ぶっこいた態度しか見ていなかった私はその様子が新鮮に思えた。


「お前が描いた中で一番マシな出来なんじゃねェかと思って。」


瞬間、ヤツの表情はクソ意地の悪いものに変貌した。

つか、マシって…マシって…!


「な、何エラソーに!

こういう時は上手いなとか言うでしょ普通!!」


「素人にんな高等技術求めんなよ。

何、それとも欲求不満な訳?」


「変な言い回ししないで!!」


たくもう! 多少なりともドキドキして損した!

返せ私の新鮮な気持ち!!


「もう良い、帰る!」


「…栗原。」


まだ何かあんのかコノヤロウ。

不機嫌MAXな表情のまま、広瀬を通り越してドアの取っ手に手を掛けた体制のままヤツの方へと振り返る。


それから、腕をグイッと引っ張られて(痛いっての、加減しろし)、それから…。


何が起きたか、一瞬分からなかった。

目の前にムカつくくらい整った広瀬の顔があること以外、何も。

私の思考は完全に休養を頂いてしまっていた。


「…っん、ぅ!?」


更に深くなるその行為。

抵抗しようにもヤツにがっちり身体とか頭とかをホールドされてしまっていてもがくだけでもかなりキツイものがあった。

と、いうより。

思考の停止した私にそんな器用な真似が出来る筈もなかった。


「…んー! ちょ、何す、」


「ふん、まだ喋れる余裕があんのか。」


一瞬だけ離されて、また塞がれる。

深く、深く、吸い取られるような感覚に全身が粟立つ。

既に膝は笑い始めていて、肩から滑り落ちた鞄を気にする余裕もなく、私は広瀬にしがみついてまで体勢を維持するだけで精一杯だった。


暫くして、ホントにもうこれ死ぬんじゃないかと思い始めた時、ようやくひとしきり満足したらしい広瀬はゆっくりと唇を離した。

繋がってすぐに切れた糸に、私は酸欠で朱くなっていた頬を更に朱くする。


「…ッは、ぅや、な、んで、」


いきなり。

ゼェゼェ言っている私をさすがに憐れだとでも思ったのか、広瀬はしがみついていた私を引きはがそうともせず、そのまま支えていた。

男子って力あるんだなぁとか(主に現実逃避の為に)そんなことを思う。

そのまま目線を合わせると、ヤツの目が細まる。


「……別に、したいと思ったからしただけ。

なんか問題があったか?」




…………。




「…ッ大ありだっ、ての、馬鹿!」


もう、やだ。

ただでさえ監視されてる身なのに、これ以上とか心臓がいくつあっても足りやしない…。

とりあえず思ったこと。

優等生面して実は広瀬…そっち方面でもとんでもなく慣れている。

…気付きたくもなかった!!


そして私は後から気付く。

広瀬とのそれは上手いからってだけじゃなく、何故か拒否しなかったこと。

それが、キスだとようやく理解したことを――――。





水彩画の謎

(どうして、いきなりあんなことされたのか)

(私は、きっと一生分かりっこないんだと思う)




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