糖度-100%の関係
「栗原ー。」
声のした方を振り向くと、丁度担任がこちらに向かって歩いてくる所だった。
「これ、資料室に置いてきてくれるか?」
言いながらドサリと音をたてながら私の手の内に収まったそのファイルの山達は結構重くて、思わずよろける。
「…センセー、女の子にこの量の荷物を持たせるのはどうかと思います。」
「いやいや、栗原ならそれくらい平気だろ。意外とタフそうだし。」
どういう意味だそれは。
むぅっ、と眉を吊り上げると担任は、だって俺はこれから会議だし、と駄々をこねる始末。
…だってって、子供か。
「じゃ、頼んだぞ。」
「はぁ…。」
「先生。」
どうやら私に任せることは既に決定済みのようで、諦めて大人しく資料室に行くか、と思っていた矢先、テノールの声が私達の会話に割り込んでくる。
瞬間、私はぶるりと身を震わせた。
なんでって…そりゃ、こんな猫撫で声出されたんじゃ、ね。
「お、広瀬か。どうかしたか?」
「僕も手伝いますよ。その量は女の子には辛いでしょう。」
最後にニコリと愛想笑いを見せられれば、この単純な担任はいとも簡単に騙される。
憐れだ。ひそかに心の中だけで合掌する。
「そうかそうか、じゃあ手伝ってやってくれ。
いやー、こんな優秀で気の利く生徒を持てて先生は鼻が高いよ。」
「いえ、僕はただ自分がするべきことをしているだけですから。」
「他の先生方の間でも評判が良いんだし、そんな謙虚になる必要はないんだぞ?」
先に言っておく。
確かに先生や他の生徒から見ればコイツは優等生なんだろう。
けど、ですね。
上手い話には必ず裏があるもんなんですよ。
なんで皆それに気付かない。謎過ぎる。
私からみれば滑稽でしかない担任達の会話を適当に聞き流しながら待っていると、話に一区切りついたのか、ヤツは私の手元にあったファイルの3分の2を取り上げるとそのまま抱える。
うわぁ、その絶妙な配分の巧妙さにある意味脱帽。
「じゃ、行こうか。栗原さん。」
「…うん。」
では、と担任に一つ会釈して歩き出したヤツに続くようにして私も後を追う。
相変わらず、見事過ぎる。
「…点数稼ぎ。」
教室棟を出て、人気の少ない準備棟に入ってから私がボソリと呟くと、少し前を歩いていたヤツが振り返る。
瞳からは、ヤツが何を思っているのか読み取れない。
「そこは"こんな重いファイル持ってくれてありがとう"だろ、普通。」
「私はアンタに頼んだ覚えはない。」
「っとに、可愛くねェなぁお前。」
余計なお世話だ、と言いそうになる口を無理矢理閉じる。
下手に暴言を吐き過ぎたら最後、どんな仕返しをされるか分かったもんじゃないから。
あの愛想笑いは何処へ消えたのか、今はただの小馬鹿にしたような意地悪な笑み。
猫撫で声は鋭く尖った声、極めつけに眼鏡は教室棟を出た時点で既に外されて今はヤツの胸ポケットの中だ。
もうお分かりになるかとは思いますが。
そう、この表向き超優等生なコイツ、広瀬 由稀は、とんでもない二重人格男なのです。
そんな広瀬の裏の性格をひょんなことから知ってしまった憐れな私、栗原 露香。
只今ヤツの中では重要かつ危険人物と認識されているらしい。
別に、私がちょっと口を滑らせたって周りの皆は誰一人として信じてくれない自信がある。
それくらい、広瀬の表の性格は知れ渡っているのだ。
「…っていうかさ、何もそこまでして私を警戒する必要なくない?」
資料室の扉を開けて入った広瀬に続いて私も入ると、ヤツは再度私を見た後呆れたようにため息を吐いた。
うわぁ、なんか凄い馬鹿にされたみたいでムカつく。
「すぐ顔にも態度にも出るお前が、いつ俺のこと喋るか分かんねェだろ。
それくらい推測しろよウスノロ。」
…前言撤回。
コイツ完璧に私のこと馬鹿にしてるよ!
「だ、か、ら! 仮に私が口を滑らせたとしてもアンタがまさかそんな最低な性格だって皆が信じてくれる訳ないでしょ!?」
「まぁね? 確かに。
…けど、危険因子は爆発しないうちに出来るだけ傍に置いて監視しときたい訳よ。」
仮にバレたら今までの苦労が無駄になるし。と、更にヤツは付け加える。
んなこと知るかですよ。
つか、監視される私の身にもなってみやがれってんだ!
結構疲れるのよ? こうやって無駄にまとわり付かれるのって。
腹黒鬼畜男なんて、一番大嫌いな人種なのに!
「…だんだん、アンタに騙されてる生徒とか先生がかわいそうになってきたわ。」
本日一番かってくらい深い深いため息を吐き出すと、広瀬はこともなげに嘲笑うように笑みを広げた。
「は、勝手に騙される方が悪いんだろ。」
…とりあえず。
性格ホンット最悪だわ、コイツ。
糖度-100%の関係
(オラ、ちんたらしてねェでさっさと資料戻せよ。)
(ね、死んできて貰っても良い?)
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