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第23話、エプロン

 雨のとばりが降りた夜の街。かすみがかかった淡い光をはなっている街灯。

 ネオンが消える頃、街灯の光を頼りに修真達はさまよっていた。修真は荷車を引いて、マキは荷車を後ろから押して。その隣をミュランダとポチが雨に打たれながら歩いている。


「……」


 人並みが消えた寂しい夜の街を、ただただ歩いて行く。皆、疲れた表情で沈黙していた。いや、喋る体力も惜しくなるのだ。

 こんな調子でかれこれ四時間。

 昌弘(4話で登場して以来、影も形もないバカみたいなキャラの友人)をは出かけていて居なかった。

 かといって嘉奈の家に転がり込む訳にもいかない。

 行くあてが無い。


「……もう、ダメ」


 どさり。

 タイルが敷き詰められた地面にミュランダが倒れ込んだ。


「みゅ、ミュラちゃん! 大丈夫ですか!?」


 マキが小さな体を支え起こす。

 いつもはピンク色の唇が真っ青になってしまっている。明らかに体温の低下が問題だった。


「あうぅ……」


 マキの腕の中でげっそりとしたミュランダがうめき声を漏らし、

 ぎゅごるるる〜〜、

 腹の虫が鳴いた。


「お腹……減った……。死ぬかも……」


 なんだかんだで実は空腹が問題だった。


「修様、ミュラちゃんが……」


 不安そうな顔で修真を見るマキ。しかし修真は手遅れの患者に対する医者のように首を横に振った。


「すまん。食べ物は冷蔵庫の中に入ってる生肉しかないんだ。しかも豚肉」


 荷車の上にロープでくくりつけられている冷蔵庫。しかも電気が通っていないため、中身が腐るのも時間の問題だ。

 しかし、震える手がそれを欲した。


「それでも、良いから……。生しゃぶしゃぶでいいから」


「豚肉なんか生で食ったらえらいことになるぞ! 腹が壊れるとかいうレベルじゃないからな! 粉砕されるからな!」


「そうですよミュラちゃん。小腸が爆発するのはイヤでしょう?」


 がっくりと脱力するミュランダ。


「しゃぶしゃぶできないぃ……」


 さすがに小腸が爆発するのはイヤだった。それでも腹は減っている。

 ひもじい。

 あたたかいご飯が食べたい。


「わかった」


 そんな妹を見るに見かねたポチが決意の表情で冷蔵庫に手を伸ばした。

 真っ暗なそこから生卵を取り出すと、


「ミュランダ!」


 めずらしく大きな声で言うやいなや、生卵をミュランダにぶん投げた。


「ぎゃう!」


 ばちゃーん。

 小さな悲鳴と共に頭にぶち当たった生卵は、素敵な音をたてて破裂した。黄身と白身がマキとミュランダに飛び散る。

 修真が首を伸ばして激怒。


「てめぇなにやってんだよ! もったいねぇだろうが!」


「卵は生でも食べられるっ」


 ぐっと親指を立てたポチ。その背後から、髪の毛が卵まみれでべちゃべちゃのマキが頭をわきの下に入れ、両腕を胴に回した。

 その体勢でぽつりと呟く。


「おイタが過ぎましたね?」


 背筋が凍るような低い声だった。


「――え?」


 まずい。そう思った時にはもう手遅れ。


「ふんッ!」


 マキはそのまま反り返るように倒れこむ。

 視界が移り変わっていく。雨の街並み、灰色の夜空、やがて逆さまの街並み。

 どぐちゃ!

 世にも美しいバックドロップだった。



「ま、ますます、冷えて、きたな」


 それからしばらく歩いていると、ふと修真が荒い呼吸で言った。

 ミュランダをおぶっているマキが静かに答える。


「そうですね」


 そんな二人の1メートル後方。

 ずるずる。

 何かを引きずるような音。地面にたれ下がっているロープ。

 ずるずる。

 ずるずる。

 さっきから継続的に聞こえてくる音に我慢できなくなった修真は、ようやくマキに進言した。


「なぁ、いい加減に許してあげようよ。あんまりじゃん」


 マキは顔を険しくした。めずらしく怒っている。


「食べ物を粗末にするのは許しませんっ」


 ずるずる。


「確かにそうかもしれないけどさ。かわいそうだろ?」


 ずるずる。


「あのですねぇ、子供にはしつけが必要なんですよ。学校とかでいきなり卵投げ始めたら困ります」


「いきなり卵投げる奴なんていねぇよ。そんな奴ただのバカだ」


「そんなバカが家には居るんですよ」


 ふぅ、と溜息をついて振り返るマキ。伸びたロープの先には、頭にものすごいたんこぶをかんしているポチが縛り付けられていた。もちろん気を失っている。


「まったく。誰に似たんでしょうね」


 じろりと修真を見るマキ。


「え、俺!? いやいや、卵とか投げたこと無いから!」


 ぶんぶん手を横に振る修真。


「嘘つかないで下さい! 昔は札付きのワルで、毎日人様の家に生卵を投げて回ったんでしょ!」


「誰だよそいつ。最早ワルとかじゃねぇよ、卵投げる人だ」


「昌弘さんがこの前電話で言ってました!」


「あいつうううう!! 他には!?」


 尋ねられて、マキは指先をあごに当てた。


「えっと、確か。プールの水をサイダーと間違えて飲んだとか」


 マキの頭の上には「あはは美味しい〜」などと言いながらプールの水をがぶ飲みするかわいそうな修真が浮かび上がっている。


「変な想像すんな、間違えるわけねぇだろ」


 あとは、と付け加える。


「ビート板を両足にくっつけたら浮けると思ってるとか」


 例の如くその頭上には、両足にビート板をつけた修真が水面の上をすいーすいーと歩いている。恐ろしく楽しそうに。


「ごめん。ちょっと思ってた」


「ぇえええ!?」


 そんなばかな、と言わんばかりの表情。

 修真は目を細める。


「小さい時の話だよバカ」


「バカは修様です! そんなので浮けるわけないでしょ!」


「ああバカだよ! 浮けなかったよ! ひっくり返って人に迷惑かけたわ!」


 と、やけくそになって言った。

 幼少時の甘酸っぱい思い出にマキは大爆笑。


「あっははははは! 頭悪い〜〜!」


 それはもう盛大に笑われてぐぬぅと拳を握り締める修真。

 マキは目尻の涙を指で拭いながら言った。


「ところで、ビート板ってなんですか?」


「もうお前黙ってろよ」


 二人がそんな調子でさまよっていたその時である。


「きゃ!」


 悲鳴めいた声が背後から響いた。

 なんだと思って振り返ってみるマキ。そこに、見知らぬ女の子が立っていた。


「えと、あの、えと」


 十代前半という所だろうか、ミュランダやポチ(小)ほどではないが背が小さい女の子。ほんのりブラウンがかった髪を頭の後ろで一つにまとめている。

 初々しい雰囲気のエプロン姿、という出で立ちの少女がどこぞの店、その勝手口から出てきた所で固まっていた。

 マキはにこにこと微笑みながら自虐まじりに言った。


「あ、なんでもないんですよぉ〜。ただのホームレスですから」


「は、え? そ、そうなんですか?」


 エプロン少女の瞳がきょろきょろと泳ぐ。間違いなくおかしな一団だった。

 大仰おおぎょうな荷車に積まれたこれまた大仰な荷物。それを引く少年。小さなハチミツ色の髪の女の子を背負った、黒髪の少女。そして荷車に繋がれて引きずられているこれまた小さな真珠色の髪を生やした女の子。


(こ、これは、夜逃げ? 誘拐?)


 謎の一団からはかなり犯罪の匂いがした。

 警察に連絡した方が良いのかそれとも、などと思って困惑していると、背負われている女の子のくりくりとした眼が見開かれた。


「……美味しそうな匂いがする」


 と、か細い声。


「え?」


 マキの背からぴょんと飛び降りると、凄まじい勢いでエプロン少女に駆け寄ってくんくん匂いを嗅ぎ始めた。

 エプロン少女は困惑するしかない。


「あの、えっと、わわっ」


 ひとしきり匂いを嗅ぐと、ミュランダはエプロン少女を指差してわめいた。


「甘い! 手が甘いよこの人!」


「コラ! 人様に向かっていきなり戦略性のダメ出しをするんじゃない!」


 修真が叱って、


「ほんっとに何でもないんですよぉ〜。どうもすいませ〜ん」


 マキがミュランダの頭をがっしりわしづかみにして、ぺこぺこ頭を下げる。

 少女は思い当たった。


「あの、えっと、これのことでしょうか?」


 おずおずと差し出されたのは白い箱。その上半分は透明で、中には美味しそうな、


「ケーキ!」


 ミュランダがきらきらと瞳を輝かせて言った。

 可愛らしい飾り付けがほどこされた、純白のショートケーキが1ホール丸々入っている。

 エプロン少女はちょっと驚きながらも、それがどういう言葉なのか悟った。


「お嬢ちゃん、食べたいの?」


 お嬢ちゃん?

 疑問に思いながら修真は考える。

 お嬢ちゃん。確かにそう言った。

 ミュランダと同じくらいに見えるんだけどな……

 うーんと腕組みしていると、ミュランダがエプロン少女に言った。


「すっごく食べたいぃ」


 食べ物を乞うその捨てられた仔犬のような表情。もしあるなら尻尾を左右に振って、きゅ〜んと切ない鳴き声をあげていそうだ。


(――か、かわいいっ)


 何の悪も知らない純粋無垢じゅんすいむくなミュランダに(あくまでもそう見えている)、エプロン少女は顔の線をほころばせた。

 あげたい。

 喜ばせたい。

 そんな衝動に駆られて、ケーキの箱をミュランダの前に差し出す。


「じゃあ、あげるね」 


 差し出された箱を前にして、本当に貰えるとは思っていなかったミュランダは大混乱。わたわたと地団太を踏み出した。


「え? あの、あの」 


 エプロン少女と修真とを見比べて、どうしていいか分からなくなってしまっている。

 修真がふっと笑った。


「ちゃんとお礼言うんだぞ?」


 表情がぱぁっ喜びに満ちた。くるりと向き直って、深々とお辞儀をして見せる。


「甘いお姉ちゃんありがとう!」


「どういたしまして〜」


 箱を受け取って、くるくると小躍り。マキに喜びを伝えに行く。


「ねぇ、貰ったよ! ケーキケーキ!」


「良かったですねぇ〜」


 よしよしとミュランダの頭を撫でてやる。

 修真がごとんと荷車を傾けて、エプロン少女に歩み寄った。微笑ましい光景に吊られてほくほくの笑顔になっているところに失礼して、謝辞しゃじと共に頭を下げた。


「あの、うちのむす……゛妹″がご迷惑をおかけしました」


 エプロン少女はどぎまぎした様子で手の平をぶんぶん横に振って答える。 


「い、いえ、大したことしてませんのでっ」


 その背後。

 ぎちぎち。

 妙な音。


「良かったんですか? あんなに大きいケーキ……」


 ぎぎぎぎ。


「いえ、私も作ってみたものの、どうしようかと思っていた所だったんです。気にしないで下さい」


 ぎりぎり。

 

「え、自分で作ったんですか?」


「あ、はい。あの、趣味で」 


 どがっしゃーーーん!!

 ロープが切れて積荷が雪崩を起こした音だった。


「――え。 うわっ、ポチ!?」


「お姉ちゃぁあああん!!」


「ポチちゃん!!」


 地面に倒れていたポチは見事に雪崩に飲み込まれ、家電やら家具に埋もれてしまっている。

 咄嗟とっさに荷物の山に駆け寄って、ポチの救出作業に取り掛かる修真達。


「あれ!? これって俺のせい!? 俺の不注意!?」


「そんなこと言ってる場合じゃないです! この場合、過失致死罪に該当するんじゃないですか!?」


「うわあああああ!! ポチィイイイ!!」


「お姉ちゃん死んじゃいやあああああ!!」


 まさかの阿鼻叫喚あびきょうかんの事態に、エプロン少女は取り乱して何がなにやら。


「え、あの、どうして、そうだ、きゅ、救急車!」


 そう言って一歩踏み出した所で、


「それは無しの方向で!!」


 誰ともなく、三人の声がほぼ同時にかぶさった。



「痛かったよ」


 ふてぶてしい態度でどっかりとソファーに腰掛けたポチが言った。その鋭い視線の先には、地べたに正座を組まされ小さくなっている修真という構図。


「本当にすいませんでした」


 土下座の勢いあまって、ごんと額を床に打ちつけた。

 そこは白を基調とした清潔感の溢れる空間。ぴかぴかのショーウィンドウの他に、客席がいくつか設けられている。壁には絵などが飾られていて、少しお洒落な雰囲気を醸し出していた。恐らく、昼間であれば窓から日が差し込んで明るいことだろう。

 あの家具雪崩事件から数十分。エプロン少女の家が経営するケーキショップ『リリーズ』に運び込まれて、てんやわんやした後、ポチは気を取り戻した。

 そしてこの状況である。


「喉が渇いた」


 ポチがそう言うと、


「ただいまお持ちしますいませんでした」


 修真が立ち上がって飲み物を取に行こうとする。

 しかし、


「その前に肩がこった」


 呼び止めて、そう告げる。すると、従順にも修真はくるりときびすを返し、


「あ、はい。揉みますいませんでした」


 ポチの肩をマッサージし始めるという次第である。

 店内で服を着替えさせてもらったミュランダとマキはもはや奴隷どれいとなった修真を苦笑まじりに見ていた。


「うっかりとはいえ、罪悪感は相当感じているみたいですね」


「お姉ちゃん性格悪いなぁ。パパがかわいそうだよ」


 テーブルの上に出されたオレンジジュースのストローを指で遊ばせながら、ミュランダが呟く。

 あの一件の後、ポチは修真が罪悪感を感じているのをいいことに、かなり陰湿にいじって遊んでいた。


「力が足りない」


 肩を揉んでいる修真に無表情で言った。


「すいませんでした」


 謝りながら手にぐっと力を込めると、くるりと振り返って睨み上げる。


「痛いよ。なにしてるの」


「……すいませんでした」


 修真が反抗できない事をわかっているポチはここぞとばかりに性格の悪さを発揮する。


「あ、肩を揉まれた。セクハラだ」


「もう、一思いに殺してください」


 がっくりと泣き崩れる。

 その横顔を、素足でうりうりと踏みつけ、そしてなじり倒す。


「あーあ、痛かった。冷蔵庫が頭に当たって痛かった。誰のせいだろう」


「僕のせいですいませんでした」


「謝ってすむ問題?」


 おいおい泣いている修真を精神的に責めつづける。にやにやとほくそえんでいる横顔にはなんともいえない邪悪な影がさしていて、むしろ悦びすら感じている節があった。


「ごめんなさいポチちゃん。もう許して」


「ちゃん?」


「ポチ様、どうしようもなくバカな僕を許していただけないでしょうか」


 にんまりと満足げに笑うポチ。


「どうしようかな」


 そこで、ようやくマキが立ち上がった。


「まぁまぁ、そのへんでやめておかないと、修様が変な才能に目覚めちゃいますよ」


 むっと押し黙る。


「悪気は無かったわけですし、そろそろ」


「……わかった」


 残念そうに修真の顔から足をどけて、ソファーから立ち上がる。未だに土下座をしている修真を一瞥いちべつして、そっと近寄った。

 低く下げられた頭を優しく撫でる。


「へ?」


 不思議に思った修真は顔を上げた。


「もう許してあげる」


 そう言って、ミュランダが座っている来客用のテーブルに戻って行く。

 一部始終を見ていたマキは、困ったように笑う。


「ポチちゃんて、性格がアレですね」


 返事もなく、首だけでこくりと修真がうなずいた。

 そうこうしていると、店の奥に姿を消していたエプロン少女が大きな皿を両手に持って、あわわと危なっかしく右往左往しながら現れた。


「あの、みなさん、これ……もし、よければ、あっ!」


 バランスを崩して転んだ所を、


「おっと、大丈夫ですか?」


 修真が体を支え、

 宙に舞った皿を、


「よっ、はっ、ととっ」


 マキが華麗にキャッチ。


「おお〜」


 感嘆かんたんの声を漏らした天使二名がぱちぱちと賞賛の拍手を送った。そんな二人に、マキはちょっぴり腰を落として礼をし、修真は片腕を前にしてサーカスのピエロのようにスタイリッシュなお辞儀をして答える。

 マキが皿をテーブルの上に置きに行くと、エプロン少女が赤面しながら言った。


「す、すいませんっ。ごごご迷惑をおかけしてしまって……」


「いえ、別に良いっすよ。お怪我がなくてなによ」


「って、浮気かいっ!」


 べいん、とお盆で殴りつける。


「いてーなこの野郎!!」


「なに初々しい感じになってんですか!」


「そういう茶々入れんなよ! 話が進まねぇだろうが!」


「むきいいい!! ところで、あれは?」


 いきなり皿を指差して尋ねた。


「おい。突然だな」


 大皿の上には、様々なケーキが所狭しと並んでいた。ショートケーキをはじめとした、チョコや、抹茶や、モンブランなどなど。

 エプロン少女は妙にかしこまって言った。


「あの、みなさん何も食べていないとのことでしたので、差し出がましいかもしれませんが食べてもらえたらと思って……」


 マキと顔を見合わせながら修真が遠慮がちに言う。


「え、でも、これは商品なんじゃ」


 そうですよねぇ、とさすがの二人も煌びやかなケーキを前にして気が引けていた。

 しかし、エプロン少女はにっこりと微笑む。


「いえ。うちはこれなので、私が趣味で作ったものなんです。まだ人に出せるようなお菓子じゃないんですけど……」


 がたん!

 ミュランダが座っていた椅子からいきり立った。エプロン少女をびしっと指差す。


「そんな人に出せないような物を私達に食べさせようと――いたたたた! お姉ちゃん痛いってば!」


 とっても失礼な何かを言いかけたその頬を、ポチが無表情につねり上げた。思慮深い彼女に向かって、修真は「ナイス」とオッケーサインを出す。

 何事も無かったかのようにマキが尋ねる。


「本当に良いんですか? 私達、空気とか読まずにばくばく食べますよ?」


「あの、こんなのしかなくって、普通だったらお食事を用意したいところなんですが……」


 思わず修真はエプロン少女の手を取って握手を交わした。


「ひっじょ〜にありがたいです。地獄に仏とはまさにこのこと!」


 この荒んだ世の中にこんなに良い人が存在しているとは!

 そんな感動に胸を打たれながら、褒めちぎる。


「ケーキっていうセンスが素晴らしい! しかもすっげぇ美味しそう!」


「え、あの、いや、そんな……」


 普通ならばここで「手を繋ぐな!」とマキが殴りそうなものだが、このエプロン少女の良い人っぷりはそれを忘れさせるほどだった。


(うわぁ、すっごく良い子だなぁ……)


 マキが驚いていると、エプロン少女ははにかんだように笑いながら、


「お口に合わないかもしれませんが、も、もし良ければ、皆さんで召し上がって下さい」


 控え目な調子でそう言った。 

 その時は、この一言が、ほのぼのした雰囲気をぶち壊すことになるとは夢にも思わなかった。

 片桐家一同の瞳に、燃えるような意志がが宿る。


「わかりました。それじゃ」


 修真、


「遠慮なく」


 マキ、


「いたただき」


 ポチの順番で言って、


「ます!」


 最後の一言をミュランダが変に意気込んで言い終えたその瞬間である。

 八本の腕が目にも止まらぬ速さで伸びた。


「――え」


 怒号が飛び交う。


「うおらぁあああ! どけッ、それは俺んだよ!」


「あぐあむ! ふぁぐ! むがあああ!」


「修様それニ個目! 私が! 全部!」


「あむ。中々、うま、あむ。ミュランダさっき食べたでしょ、あっち行け」


 押し合いへし合い、もう戦場だった。

 皆、フォークなどは使わず手づかみでケーキをむさぼる。獲物にたかるハゲタカのように食って食って食い散らかす。その常識から逸脱いつだつした姿には何か鬼気迫るものさえ感じ取れた。

 夕飯を取っていない彼らは必死だった。


「うがあああ!!」


 ある者は欲望のままに、


「ぐうううう!!」


 ある者は奪い、


「ぎゃおおお!!」


 またある者はそれを奪い返し、


「うま。なにこれ」


 そしてまたまたある者は静かに自分の取り分を別の皿に確保してケーキを食べる。

 エプロン少女は、修真達の豹変ぶりに唖然。


(えぇっと……)


 知識、腕力を巧みに操り、限られた食料を獲得する。そこには熾烈な生存競争が展開されていた。

 エプロン少女は暴徒と化した彼らを見て思う。


(……飢えって怖いんだな)


 山盛りだったケーキがそれぞれの胃袋消えるのに、そう時間はかからなかった。



「どうもありがとうございました」


 ケーキショップ『リリーズ』の勝手口から出たところで、修真とマキがエプロン少女に礼と共に頭を下げた。まだ街には雨が降っている。

 いえいえ、とエプロン少女も頭を下げて返した。


「あの、ごめんなさい。泊めてあげられなくて」


「頭上げてくださいよ。僕達は大丈夫ですから」


 修真達はそれぞれ傘をさしている。もちろんエプロン少女が善意で借してくれた物だ。

 修真はもう一度礼を述べた。


「ほんっとに助かりました! 今度、ぜっーたいにお礼に来ますから!」


「い、いえ、そんな。傘も差し上げますので、無理はしないで下さい」


 そう言われて、一同顔を見合わせた。

 マキが一歩出る。


「じゃあ、借りときますね」


「え?」


 今度はミュランダが。


「お礼と一緒に返させて!」


「えっと、その」


 にっこりと力強く笑っている四人。とても家が無くなってさまよっている人達には見えなかった。

 なんとなく大丈夫。

 多分、もう一度会える。

 また明るい笑顔で。

 そんな風に思わせた。

 エプロン少女は自然と笑顔になった。


「それじゃあ、またのご来店お待ちしております」


「また来ます」


 最後にポチが呟いて、修真の引く荷車は進み始めた。


「ありがとう!」


 そう言い残して、少年達は夜の闇へと消えて行く。


「さー、これからどうすっかなー」


 楽しげに談笑しながら。


「歩くの疲れるよー」


「うん、疲れる」


「そんなこと言ったってなぁ」


「ま、なんとかなりますよ!」


 屈託無く笑い合いながら。

 ゆっくりと去って行った。

 その後姿を見ていて、エプロン少女はちょっぴり寂しい気分になる。

 私もあんな風に誰かと……


蓮見はすみ?」


 呼ばれて振り返る。ジャージ姿の妹が立っていた。同じようにブラウンがかった髪を、ポニーテールにしている少女だった。けれども、身長は妹の方が高いのがはっきりと分かる。

 エプロン少女は妹の寝巻き姿から、わざわざ家から呼びに来たらしいこと理解した。

 妹はぽつりと立っている姉にぶっきらぼうに言う。


「こんな夜中になにしてるの? 夜更かしは体に毒っていつも言ってるじゃん。そんなんだから背が伸びないんだぞ」


 蓮見と呼ばれたエプロン少女は、どこか遠くを見て言った。


逸美いつみちゃん。……うん、ちょっとね」


 逸美は呆れて目を細めた。


「ちょっとって、どうせまたケーキでも作ってたんでしょ? 好きだねぇ」


 蓮見は楽しそうに微笑んで答える。


「うん。素敵なお客さんが来てたの。私のケーキ美味しいって言って食べてくれた」


 訳が分からずきょとんとしている妹逸美。


「あ、そうそう」


 何かを思い出したように呟いて、夢見がちな姉蓮見の肩に腕を回した。


「それよりさ、勉強教えてくれない? ほら、来週中間テストじゃん? お願い。去年やったから楽勝でしょ?」


 蓮見はふっと爽やかに笑う。


「いいよ。さ、帰ろうか」


「ラッキー!」


 見た目が逆転している仲の良い姉妹は、歩き始めた。

 そしてすぐ、リリーズから道路をまたいだ反対側、

 安部。

 と書かれた表札の家に入って行ったのだった。

 はい。というわけで23話でした。

 まぁね「安部さんかい!」って思っていただければ幸いです。

 実はこの話は前回の段階では1ピクセルも存在してなかった話なんですけど、書いてたら知らず知らずのうちに生まれてきやがってですね、それで「まぁ、これはこれで更新するか」ってことになりました。

 はい。どうでもいいですね。

 というわけで前回が長かったので短めにしましたが、やっぱり短いような気がします。どうでしょうか?

 次回はもう出来てます。本当です。嘘じゃないです。

 明日!

 絶対明日更新する!

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