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第21話、最初のノリで最後まで攻めるつもりだった

 それは、魔界で激闘を繰り広げた次の日の事だった。


 現在、午前十一時。

 質素なマンションの一室にある修真宅。その日は、昨日のハッスルぶりが嘘のように静かだった。

 一家の大黒柱である修真は、ソファーの上で毛布に包まれて熟睡。


「…んが〜…」


 もぞもぞと動くと、ずるりとソファーから落ちた。

 片桐家の玄関までの廊下の途中にある扉。その奥は元修真の部屋、現女子部屋。そろそろ昼だというのに、マキ、ミュランダ、ポチが一つのベッドでさも狭そうにすやすやと寝息を立てている。

 水色のパジャマに身を包んだマキが寝返りを打つ。


「しゅぅ…さまぁ」


 んへへと楽しそうに笑いながら、何かを掴み取ろうとしているのか、手を宙でわしゃわしゃ動かした。

 その右隣、壁側では、ポチがきっつきつの白いパジャマをはだけさせ、色っぽく眠っている。その下半身はパンツ一丁というおっさんスタイルで、白い下着からなまめかしく細く長い足が伸びている。


「えんやすぅ…でふれぇ…」


 その寝言には、色気の欠片も無い。

 マキの左側には、ピンク色のパジャマを着たミュランダが、がーがーいびきをかいている。だが、マキが寝返りを打ったことにより、スペースが狭くなったミュランダは、ベッドから落下。


「ぐふッ」


 などという車に轢き逃げされたカエルのような声を上げて、むっくりと身を起こす。


「…ん〜」


 目をごしごしこすり、無表情でマキとポチによって占領されてしまったベッドを見る。


「あぁぁぁぁ…」


 ゾンビのようにそう言うと、ミュランダはがちゃりと扉を開け女子部屋を出た。そして、目を閉じたまま不思議そうに首を傾げた。


「…?」


 静かだった。前代未聞、空前絶後に静かだった。

 ミュランダは何事も無かったように、半分寝ている状態でぺたぺたとリビングまで歩いて行く。


「…ふわぁ〜」


 開け放たれた窓から風が舞い込み、往来を行き交う車の音が微かに聞こえる。床では、ソファーからずり落ちてしまった修真が寝入っている。

 大きくあくびをしたミュランダに、ふと、温かそうな修真が寝ている毛布が目に止まった。

 あったかそう。

 入ってみたい。

 そんな衝動に駆られたミュランダは、もそもそと毛布の中に入っていく。そこは、予想通りとても温かかった。それに、なんとなく落ち着く。

 その小さな体が毛布の中で小さく丸くなる。そして、ミュランダはたちまちまどろみの中へ吸い込まれた。


 再び女子部屋の扉が開く。そこから現れたのは、寝癖頭のマキだった。彼女は眠たい瞳のまま、ひたひたと素足でリビングまで歩いてくる。と、そこで修真を見つけた。

 彼女の顔から、どこか落ち着いた笑みが漏れる。


「しゅ〜さまったらぁ…ねぞうがわるいですねぇ…」


 そして、ずれた毛布を掛け直してやろうと、足を踏み出すが――


「――ッ」


 寝ていたミュランダにつまずいて、前のめりに傾く。

 間髪入れずに、

 どがん

 という音と、


「ぎゃ」


 という悲鳴が静かな片桐家に響いた。

 マキは、テレビの前の小さなテーブルの角に全身全霊で頭をぶつけていた。その激痛たるや相当なもので、彼女の意識でさえも軽くどこか彼方へと去っていってしまう程。

 マキ轟沈ごうちん

 そして、数分後。

 今度は、ポチが目を覚まし、コーヒーを飲みにリビングに現れる。が、異様な光景に足を止めた。

 

「…なんじゃこりゃ?」


 ポチが思わずそう言ってしまったのも無理も無かった。

 まず、修真が寝ている。ここは問題無い。

 次に、彼の足にミュランダがしがみ付くようにして寝ている。特に問題無い。

 最後に、そんな二人の上で、流血して倒れているマキ。まるで、チーズケーキに掛かっているイチゴソースの如く赤い血が、修真とミュランダをデコレーションしている。


「世紀末的光景ね」


 コーヒーの素が入った子瓶こびんを片手に、呆れ声で呟くと、あることに気付いた。

 コーヒーの粉が無い。

 ポチは、だるそうに頭をがしがし掻くと、流し台の前まで歩いて行き、頭上の戸棚を開けた。

 その刹那、

 どんがらんがっしゃーん。

 コミカルかつ盛大な音と共に、鍋やらフライパンやらがポチの頭に降り注いだ。そして、

 こーん。

 と、留めの一発とばかりに、お玉が彼女の頭にぶつかり、乾いた音を立てた。


「がはっ…無念…」


 そう言い残し、彼女はどさりと倒れた。


「…ふぇ?」


 何か凄い音がして、目を覚ましたミュランダ。何故か息苦しい。


「…ママ?」


 覆い被さっているマキをどけ、身を起こすミュランダ。そして、ごろりと転がったマキを見て、その表情が無くなった。

 やにわに悲鳴を上げる。

 

「――ひぃぃぃぃぃッ!」


 ミュランダの瞳に映ったのは、頭から謎の大流血続行中のマキだった。それはもう出血大サービス。

 あまりの恐怖体験に、ミュランダは半歩後ずさる。そんな彼女の足元には、ポチが起こした雪崩から転がってきた鍋のふたが。


「な、何があったのマ――」


 そして、ミュランダはもう一歩後にさがってしまった。

 つるん。


「ぎょべ」


 ミュランダは滑った。それはもう、バナナの皮を踏んだ時のような要領で滑って転んで、ソファーの手かけに頭を打った。しかも、そこだけ木で出来ているので、痛みも半端ではない。

 ミュランダの首が、がっくりと垂れる。



 そして、誰も動かなくなった。



 時刻は昼下がり。


「ぬぅぅぅぅ、よく寝たぁぁぁぁ」


 修真は、伸びをしながら身を起こす。時計を見れば、時刻は12時45分。


(昨日、帰ってきたのが9時で、寝たのが…)


 まだ虚ろな頭で睡眠時間を計算する。


(お〜、半日以上寝てるじゃん。体力も全快だな)


 そうして、立ち上がって、


「ぎゃあああああああ!」


 絶叫した。

 そこには、自宅だがそれとはかけ離れた光景が広がっていた。狂おしい程凄惨せいさんな状況に置かれた片桐家のリビング。所々、血痕がある。

 パニクった彼の目に止まったのは、血溜まりに倒れているマキだった。


「うおおおッ!マキいいい!大丈夫か!?」


 その華奢な体を助け起こし、肩を揺らしてみる。


「…」


 だが、死んだように、いや、死んでいるように見える。全く反応を示さない。

 爽やかな目覚めの筈が、予想だにしないサスペンス。死者1名。


(ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ)


 救急車でも呼ぶべきかと焦りながら考え、辺りを見回してみる。

 そして、


「――いぃぃぃぃやぁぁぁぁあッ!」


 次に彼の目に映ったのは、ソファーにもたれるようにして俯いているミュランダ。しかも、こっちも血塗れ。

 修真は、その場にマキを寝かせると、ミュランダに飛ぶように近づく。


「ミュランダ!ミュランダ!おい!」


 しかし、もはやしかばねのようにミュランダは動かない。いつも元気な彼女が、ぴくりとも動かないのだ。

 一瞬にして修真の表情が絶望に凍りつく。死者2名。


「そんな…うそだろ?」


 まさか、敵襲?

 俺が寝ている間に戦って――

 と、最悪の事態を想像し、震える修真。

 そうだ、ポチは?

 ミュランダを優しく寝かせ、立ち上がる。

 からーん。

 同時に乾いた音がして、流し台のほうから鍋の蓋が転がってくると、

 くわんくわんくわんくわん

 と、足元で回転して倒れた。


(こええええええ!?何?このホラー過ぎる状況!?)


 流れ出る嫌な汗。心拍数が驚異的な速度で上がる。修真はごくりと唾を飲むと、それが転がってきた方を恐る恐る見た。

 無残にも下着スタイルで倒れているポチ。


「プゥオオオオチイイイイイイイ!!」


 叫びと共に、床に散乱した鍋類を避けながらポチに駆け寄り、抱き起こす。


「おい!何があったんだ!?おい!」


 その背後から、ゆらりと人影が立ち上がる。

 ぺたり。ぺたり。

 と、足音が静かに響く。


「おい!ポチってば!」


 そして、修真の肩をとんと叩いた。修真の体がびくりと反応する。


「……」


(もしかして、敵か?まずい、背後を取られた!)


 目を見開く修真。ぎぎぎとゆっくり振り返る。

 死んだ筈のマキが立っていた。


「ぬぉぉおおおお!悪霊退散!悪霊退散!」


 必死の形相で言ってみるが、


「しゅ〜さまぁぁぁ」


 どうやら、アンデットマキには効果が無い。マキがぬっと手を伸ばす。

 修真はひっくり返りながら、距離を取る。


「きゃああああ!マキちゃん成仏してぇぇぇええ!こっち来るなぁぁぁああ!」


 悲痛な叫びで懇願こんがんする修真。彼の足を、何かが掴んだ。


「ひいいいいいいい!!」


 全身に鳥肌のオンパレード。

 そこには、


「パぁぁぁパぁぁぁ」


 と、これまた死んだ筈のミュランダが蘇生そせい


「ひょええええええ!呪うつもりか!俺を呪って道連れにするつもりかあああああ!!」


 そして、ポチも呻き声を上げながら立ち上がる。


「うぅぅぅぅぅ」


「死なんぞぉぉおぉおお!誰がてめーらなんかと心中するかあああああ!」


 修真は必死の思いで、マキとミュランダを振りほどき、


「インザブルゥゥゥスカアアアアイ!」


 がしゃーんと窓ガラスを突き破って、それなりの高さのマンションから飛び降りた。落ちてゆく世界。気持ちの悪い浮遊感。それでも修真は冷静だった。


「広がれ俺の翼!」


 落下の中、修真の背中から機械の羽が広がる。が、


「ん?」


 とある事に思い当たった。


(しまった―――制御の仕方がわからん!)


 いつも飛行はマキに任せているので、飛び方が分からない。このままでは、地面とキスすることになってしまう。しかも『17歳男子高校生、白昼堂々飛び降り自殺。イジメが原因か』とかいううたい文句が、明日の紙面を覆い尽くしてしまう。


「たぁぁぁぁすけぇぇぇぇてぇぇぇぇぇ」


 迫り来る駐車場の光景。

 だが、誰も助けてはくれない事を悟る。自分で何とかしなければ。


(いや、できるはず!できるはずだ!人間舐めんなよおおおおッ)


 そして、


「アイキャンフラぁぁぁぁイ!」


 べちゃ。

 陰惨いんさんな音に、ベランダから身を乗り出して見ていたマキ、ポチ、ミュランダは顔を逸らした。



 数分後、修真は久しぶりにベッドで寝ていた。ソファーと比べれば、天にも昇るような心地よさだが、彼は今、全身打撲に加え右足の骨折。包帯で体をぐるぐる巻きにされている。

 どこか遠くを見ながら、溜息交じりに呟く。


「はぁ、痛いよ。どこがって基本的に全部痛い」


 その隣には、柔らかな微笑みを浮かべたマキが、使い終わった救急箱を片付けている。


「自業自得ですよぉ〜。急に飛び降り自殺なんて趣味が悪いですねぇ」


 笑われて少し照れくさい修真は、ぽりぽりと頬を掻きながら言う。


「だってさ、お前らが死んでるんだもん。ゾンビかと思ったわ」


 その様子にくすくすと笑うマキ。


「そんな訳ないじゃないですか。ゾンビは今の修様ですよぉ」


「ま、確かに」


そこにで、がちゃりと扉が開き、ミュランダが元気の良い笑顔を覗かせた。


「お昼ご飯できたよー」


 は〜いと返事をするマキ。

 心のどこかで、ほっと安堵する修真。

 あれは怖かった。

 マキはすっと立ち上がると、部屋を出て行く。


「修様、お昼ご飯持ってきてあげますね。待ってて下さい」


「あ、うん。さんきゅ」


「出来るお嫁さんですからね。私は」


 と、空恐ろしい台詞と、爽やかな笑顔を残して居なくなった。

 一分もたたない内に、マキがお盆を手に戻ってきた。白いご飯、コロッケ、味噌汁という質素な昼食。

 マキは、お盆を勉強机に置きながら、どこか楽しそうに言った。


「あ、手が動かないですよね。私が食べさせてあげます」


 などと、爆弾発言を修真の心に投下する。


「え、ちょ、だ、ダメだって」


 マキは、あわわと慌てふためく修真をじっと見詰め、いつになく真剣な表情になる。


「つまりアレですね。はずかしいってことですよね?ってことは、少なくとも私の事を一人の女として見ていて、しかもここはベッドでって……あ、なるほど、分かりました」


 何を思ったのか、すっとエプロンを外すマキ。そして、修真のベッドに色っぽく腰掛けた。指先でブラウスのボタンを一つ外し、両手を広げて


「さぁ!!」


 と、真顔で言った。


「ぶっとばすぞ」


 なんだ違うのか、と肩を落としたマキは、コロッケを修真の前に差し出す。


「ま、それは追々やっていくとして…はい、あ〜んして下さい」


 ずい、ずいずいっとコロッケが修真の口へと進んでくる。

 修真は、笑顔でそれを振り払う。


「それは絶対に無いとして――あははは、やめてよマキちゃん」


「嫌です。私には、修様に昼食を食べてもらうという義務が、責任があるのです!」


「いや、無いからね。動けないんだよ。勘弁して」


 しかし火のついたマキが止まる筈もなく。素早くコロッケを修真の口に目掛けて、


「せい!」


「ぬおッ」


 間一髪というところでコロッケを攻撃をかわす。

 睨み合う二人の間に、妙な静けさが漂う。

 食べさせたい。

 恥ずかしいから嫌だ。

 そんな二人の思いが交錯する。


「てい!えい!そい!」


「ちょッ、やめッ、頼むッ」


 マキの神速コロッケ三連撃を、上半身だけの動きで見事に避けた修真。

 じとっとした目で、お互いを見やる。


「むむむ、やりますねぇ…」


「お前、怪我人に容赦ねぇな!どわッ」


 その後も、マキの猛攻撃は数分に渡り続いた。修真も負けじと避けまくる。二人の姿は、最早残像しか見えない。


「せりゃせりゃせりゃせりゃせりゃせりゃ!!」 


「うおおおおおおおおお!!」


 そして、ぜぇぜぇと肩で息をする。


「はぁ…はぁ…。どうして、そ、そんなに…」


「はぁ…はぁ…。やらせねぇ…絶対にやらせねぇ…」


 互いに眼光を鋭く輝かせ、マキは攻撃のチャンスを、修真はいつくるか分からないコロッケに備える。


(くッ、修様ったら、恐ろしいですね。隙が全くありません。最初の頃に比べると強くなられて…)


 どうでも良いところで、修真の成長を垣間見るマキ。同時に、


(修様、そんなに私に食べさせてもらうの嫌なのかな…)


 照れ隠しや冗談と分かっていながらも、ほんの少しだけそんな不安が彼女の脳裏をぎってしまった。

 一方修真は、


(いつだ、一体いつ仕掛けてくるッ!?)


 全力で警戒していた。

 そうして、見合ったまま数秒が過ぎようとした時だった。

 唐突に、闘志に燃えていたマキの表情が、少し変わった。どこか虚しいような、悲しいような。

 修真は、只ならぬ雰囲気を感じ、身構える。


「か、かかって来やがれ!ぜってー避けてやるわ!」


 そして言ってから後悔した。


「――なッ!?」


 ほろり、とマキの瞳から涙が伝う。

 その瞬間、修真の顔から血の気が一斉に引いた。もう真っ青。


「…あ、あれ?お、おかしいですね」


 涙の跡を、ごしごしと擦るマキ。


(泣いてらっしゃる―――――――――!!)


 修真はどうしたら良いのか分からない。ただただ、女の子を泣かせてしまったらしい事に、恐れおののいた。ほとばしる罪悪感。

 心が痛い。


「え、うそ?あ、その、ちょ、ごめん、ごめんね?」


 わたわたと慌てながら、そう言って許しをうかのように、マキの顔を覗き込む。

 しかし、マキは俯いてしまう。


「ご、ごめんなさい!やり過ぎた、許して。ほんとごめん!」


 と、精一杯に取りつくろう。彼の心は、罪を犯した後のように後悔やら懺悔ざんげしたいやら贖罪しょくざいしたいやら、背徳感のオンパレード。

 マキはマキで、泣いてしまった自分が情けなかったりする訳で、


「ち、違うんです。修様は悪くない。私が空気読めないから…」


 ほろほろと涙を流している。

 それを目の当たりにした修真は、罪悪感の大津波。今までに無いビックウェーブ。


「いや、あれなんだよ。別にそういうんじゃなくってね、なんつーか、恥ずかしいじゃん?ごめん!俺が100%悪いわ!」


 すると、俯いたままのマキから、はしに挟まれたコロッケが差し出される。

 ごくりと唾を飲む修真。そして、意を決した。


「い、頂きます!あむッ…ぬおおおおッマジうめえええええ」


 マキはふっと顔を上げる。


「ほ、ほんとに?」 


 その潤んだ瞳に、少し胸が高鳴る修真。


「おお、本当だとも!インディアン嘘つかないから!」 


「修様、インディアンじゃないですよね?」


「はい、すいませんでした。でも嘘じゃないっす。ほんとっす。信じて欲しいっす」


「……わかったっす!」


 と言って、マキはいつもの可愛らしい笑顔に戻った。

 修真は許してもらえたらしい事に、魂が抜け出るくらいの安堵の溜息を吐いた。


「はぁ〜〜〜〜〜〜。…ん?」


 ふと視線を感じ、部屋の入り口の方を見やる。すると、目が合った。合ってしまった。

 ほんの少しだけ開いた扉の隙間から、ポチとミュランダが、目を細めてこちらを凝視している。


「…え、ごめん。一個聞いていいかな?」


「何?マスター」


「いつから見てたのかな?」


「最初っからだよパパ。ママを泣かすなんてサイテー」


 勿論ばっちり傍聴ぼうちょうしていた。


「え、マジで?」


 彼女等は、ぼそぼそと交互に呟く。


「ええ、全て見させてもらったわ。中々やきもきさせてくれるじゃない。歯痒いわ」


「そうだよ。さっさとくっつけば良いのに」


 そう言うや否や、ばたんと扉を閉じた。


「待てコラアアアアアアッ!!」


 不思議そうな顔をしたマキが、声を荒げた修真に尋ねる。


「どうかしたんですか?」


「ううん、なんでもないんだよ。ははは、今日は良い天気だねマキちゃん」


 どこか、ロボットのようなギクシャクした口調で答える。

 そこで全てが止まった。まるで永劫えいごうとも思える静寂。

 彼の目には、頬をほんのりピンク色に染め、上目遣いでどこかもじもじしているマキが映っている。


「あ、あの、修様?」


「な、ななな、なんでしょう?」


 おっかなびっくり返事をする修真。

 マキは、おずおずと続ける。


「修様は、私の事どう思いますか?」


(―――――――何このラブな展開!!)


 修真は焦った。人生で一番焦っていた。


「どどどどど、どうって?」


「私の事嫌いですか?」


「ううん、嫌いじゃないよ!嫌いではないです!」


 彼の逃げ道を徐々に塞いで行く。


「じゃあ……好きですか?」


 ぼっ、と発火したかのように赤くなる修真。彼の脳内では、がしゃこんがしゃこん動いている筈の脳内マシーンが、蒸気を噴き出してエンスト寸前。


「そ……それは…ですね…」


 びーびーっとけたたましく警報が鳴り始める。もう限界。更に、起死回生の言葉も見つからない。

 修真の目がぐるぐると泳ぎ始める。

 だが、マキはチャンスとばかりに追い詰める。


「そう…ですよね…。私は、仕方なく一緒にいる変な古代兵器ですもんね」


 修真のハートに、ストールで切り刻まれたかのような一撃がぶち込まれる。


(ぎゃ―――――――すッ!!)


「女の子としての魅力も無いし…。あーあ、修様のタイプに産まれて来たかったなぁ…」


 更に哀愁を感じさせる一撃。多分、テュッティのチャージショットぐらいの威力。


(ぴぎゃ―――――――ッ!!)


 続けざまに、マキはガルアスのチャージショット。


「ごめんなさい変な事聞いちゃって、私どうかしてますよね。兵器の分際で人間の男の人に好かれたい…なんて」


(ぬぅお―――――――ッ!!)


 そして最後に、アクアレイが発射される。


「分かってるんです。私に修様の人生を縛る権利なんて無いですもんね」


 と、信じられないくらいのとっびきり笑顔で言った。

 その瞬間、修真の難攻不落とも思われたハートの要塞が、音を立てて崩れ去る。

 もう逃げ場は無い。男の一世一代の覚悟。


「……わかったよ…言えば良いんだろ?」


「え?」


 マキの瞳が、期待とときめきに満ち溢れ、らんらんと輝く。


「耳の穴かっぽじって良く聞きやがれ…」


「は、はい。絶対に聞いています。聞かせて下さい修様の心を」


「俺はッお前の事が――」


 その刹那、

 どが―――――ん。

 と、女子部屋の壁が崩壊し、巨大な金属の塊がごごごと滑り込んできた。


「ええええええええッ!?」


「なッ!?なんですかこれ!!」


 機械らしいそれはマンションの外壁を突き破り、更には廊下まで突き進んだ。

 そしてうぃーんと、コックピットらしき部位が開き、


「あー、あかんわ。まだ微調整が足らんみたいや…アブソリュートテリトリーの形成もイマイチ。ゲート通過の際にも若干問題が――」


 操縦桿そうじゅうかんを前にして、ぶつくさと何かを呟いている見覚えのある少女が居た。彼女は腕を組み、う〜んと唸っている。

 昨日共に戦った仲間。エルナの副官である律。

 けれども、仲間だろうが何だろうがマキはぷるぷると怒りに震えていた。ばたばた地団太じだんだを踏み、突然の訪問者に怒声を飛ばす。


「なななな、なんなんですか!良い所だったのにぃ!!」


 マキは、きぃーっと絶好のチャンスを逃した事に腹を立てる。

 そんな声で我に帰った律は、よいしょとコックピットから軽やかに飛び出る。すたっとかっこよく着地し、


「あれ、ここって、魔王片桐様のお宅でいいんですか?」 


 あっけらかんとした様子で尋ねた。

 しかし、マキは収まらない。


「あのですねぇ!人ん家の壁を――」


 そこまで口にしたマキを、片足を労わりながらふらふら立ち上がった修真が制止した。


「修様!」


 普段の修真なら既に激怒爆発している所だが、今回ばっかりはそうでもなかった。

 修真は、無言のまま鋼鉄特攻少女に近づく。


「あ、魔王さん。お久しぶりですー。って、あ、そっかこっちとあっちでは時間に相違があるんやったっけ…。そっか!だからゲートの通過にひずみが生じたのか――」


 そして、その手を取った。


「ありがとう!」


「へ?あ、こりゃどうも」


 律は少し戸惑いながら、要領を得ない返事をする。彼女の瞳には、何故か涙をだーだー流しながら謝礼を述べる魔王が映っていた。

 マキは、む〜と眉をひそめる。


「もう!何しに来たんですか!」


「あ、そやそや」


 そう言うと、コックピットの辺りをごそごそと漁り始める。そして、大きな木箱を重そうに担ぎ出し、どすんと床に置いた。


「これ。私達からのお礼です」


 修真は首を傾げる。


「お礼?」


「ええ。アルテミナ様からの謝罪の印と、私達の感謝の気持ちです」


 律は木箱の蓋を開ける。その中には巨大エビ、カニ、貝、ウニなどの高級感溢れる食材達が、きらきらと神々しい光を放っていた。

 修真とマキに衝撃が走る。


「しゅ、修様…これってテレビでしか見たこと無いんですけど、もしかして…」


「あ、ああ。幻の高級食材、ウニ様だ…」


 基本的に貧乏なので、上流階級の食べ物は見たことも無いのだ。

 そこで、突然の自宅ブレイクに驚いたポチとミュランダが部屋に飛び込んでくる。


「何か凄い音がしたわよ!だいじょ――りっちゃん!?」


「あ、ポチちゃん!おっひさー」


 きゃーっと抱き合う。

 ポチの感動の再開を他所よそに、ミュランダは木箱の前にしゃがみ込み、中でまだ生きている巨大エビを突付いてみる。


「なにこれ?なんかグロテスク。宇宙人みたい」


 びちびち跳ねているエビ様をむんずと掴み、しかめっ面でメンチを切っているミュランダ。どうにもエビ様が気に入らないらしい。

 エビ様の身が危ない。

 修真は、はやる気持ちを抑えながら、人質を取った犯人に交渉する警察官が如く取り合う。内心はエビ様の心配でどっきどき。


「落ち着けミュランダぁ!それは美味い食べ物だ。だから無茶してエビ様を台無しにするような事はするんじゃない。これは警告じゃない、命令だ。いいか?そこを動くな!」


 エビ様の非常事態にマキも続く。


「そうです!とーっても美味しいんですよ〜。例えば、天ぷらとか、姿焼きとか!」 


「え〜、これがぁ?」


 信じられないと言わんばかりの表情で、エビ様を凝視する。

 修真とマキはエビ様奪還だっかんを果たすべく、手をわきわきさせながら一歩、また一歩とミュランダに近づく。二人の脳裏にはエビチリやらエビフライやらで一杯だ。


「どうしたのパパ、ママもなんか様子がおかしいよ?」


「動くな〜ミュランダ動くなよ〜」


「みゅ、ミュラちゃん、さぁ、そそ、それをこちらに渡して下さい」 


「え、これ?きゃッ」


 その瞬間、跳ねたエビ様がミュランダの手から滑り落ちる。


「きゃあああああああ!」


「エビ様ああああああああ!!」


 修真はやにわに飛んだ。満身創痍の体で尚飛んだ。全てはエビ様の為に。落ちていくエビ様。修真の手が伸びる。

 だが、無情にもエビ様の神々しいお体は、修真の手の平の上でワンバウンド。床に落ちる。


「ぎゃあああああ骨がああああ骨がピキってえええええ!!」


 悲鳴を上げる修真。

 エビ様は床でびちびち跳ねながら、廊下へと姿を消す。


「修様!?だ、だいじょう――」


「俺に構うなあああ!!お前はエビ様を追えええええ!!」


「くッ――分かりました!」


 マキは涙を飲んで修真を助け起こさず、エビ様を追うべく部屋を出て行く。


「後は…頼んだぞ…」


 その勇ましい後姿を見送り、がくりと息絶える。

 一方、ミュランダは何が二人をそこまで駆り立てているのかさっぱり分からなかった。首をかしげたままのミュランダに律が近づく。


「はい、ミュランダちゃんにはこれ」


 彼女のから手渡される二つの箱。


「え、何この箱?」


「200分の1スケールのワダツミと潮騒のプラモデルです」


 ぴしゃーんとミュランダを稲妻が打つ。


「にゃあああああああ!!マジ!?もしかして変形は!?変形するの!?」


「勿論!なんと言っても私が監修したプラモやさかい。細部のディテールまでこだわってるよ〜」


 と、胸を張って答える律。

 それを拝むミュランダ。


「ありがたやー!ありがたやー!」 


「いいってこと、魔王片桐さん一家は私らの救世主やからね」 


 律は屈託なく笑い、元気良く言った。



 数分後。

 リビングで談笑している修真、ポチ、律の四人。仲良く午後のティータイムと洒落込んでいる。ミュランダは床にどっしりと座り込み、早速プラモデル制作に取り掛かっている。


「へ〜、あれってぶっ壊しちまった潮騒とワダツミの部品で作ったのか。つーか壁直せ」


 現在の話題は、いきなり突っ込んできた謎の機械の話である。 


「そうなんですー、まぁ6日もあればちょちょいですわ。元々、金属精錬や兵器開発には長けた種族やし。因みに、ワダツミと潮塞でワダサイです」


「「わーダサい」」


 ぼそりと声を揃えて呟いたのは、プラモを作っているミュランダと、コーヒーを飲んでいるポチ。


「お前らダジャレのセンス絶望的だな。ってか、あれを6日で作るのって可能か?」


 疑問を浮かべた修真に、ミュランダが答える。


「プラモは一週間そこらじゃできないよ」


「んなマニアな事聞いてねぇ。あ、切った後に散らばるちくちく掃除しとけよ。踏むと痛いからな」


 はははと笑いながら律が続ける。


「みんな魚取るぐらいしかやる事無いですからねぇ。手伝ってって言うたら、即オッケーでした」


 コーヒーを上品に啜っていたポチが尋ねる。


「あら、みんな暇なの?」


「ん〜そうやねー。今はみんなゆったりさせてもらってるって感じ。言うても今まで働き詰めで忙しかったから、当然と言えば当然ってエルナさんも言うてたし、私もそう思います」


「大変だったんだねぇ」


 と、しみじみ呟くミュランダ。


「そうだな。つーか壁直せ。ちくちく片付けろ」


 とにかくちくちくは踏むと痛いのである。

 しばらくして、律はコーヒーをぐいっと飲み干す。


「ほな、私帰りますわ。色々やることもあるし」


 少し残念そうなポチ。


「そう。じゃあ、また来てね。いつでも歓迎するわ」


「壁さえ直せばな」


 と、修真。

 ミュランダが後手に手を振りながら礼を言う。


「プラモありがとねー」


 律は小さく手を振る。そして思う。

 楽しかったな。

 エルナや仲間と一緒に居る時も楽しいのだが、それとは違った楽しさがそこにあった。


(帰ったら、艦長に色々話してあげよう)


 そうして、律はコックピットに乗り、数秒の内にワダサイが飛び立った。

 勿論、大破した壁はそのままで。


「待てコラアアアアアア!!」





 時刻は夕暮れ。

 とんかんとんかん。

リズミカルな景気の良い音が響く。

 ポチは、テレビを身ながらぼりぼりとせんべいを咀嚼そしゃくしている。その隣で、ミュランダがパチパチとプラモデルの部品を組み合わせている。

 修真は無残にも風穴の開いた壁を前にして、奮闘していた。


「やってらんねぇよ!何であいつが壊した壁を俺が…」


 近所のホームセンターで購入してきた板を、金槌と釘で打ち付けていく。外壁までもって行かれているので、管理人に気付かれる日も近いだろう。多分今日中に気付かれる。

 なんて言い訳しよう。

 間違いなく追い出されるだろう。


「やばいよな〜。もう魔界に永住しちゃおっかな」


 と、溜息交じりに呟く。


「ただいま〜」


 聞き覚えのある声が、無闇やたらと元気な声だ。マキが帰ってきたらしい。


「おー、おかえ…」


 全身擦り傷だらけ、泥だらけのマキ。誇らしげに突き出された手の中には、小汚いザリガニが一匹。わしゃわしゃと手足をうごめかしている。


「いや〜、エビ様ったら逃げ足が速いから、大変でしたよぉ。でもですねぇ、私この通りエビ様をちゃ〜んと捕まえて帰ってきたのです!」


「…食っただろ」


「―――え」


 彼女の手から、エビ様より遥かに小さいザリガニが、ぽとりと落ちた。



はい。とゆー訳でね、21話でございました。

まぁー、21話ですよ。21話。

それでですね「あ、最初の辺りってどんな話だっけ?」とか思って、第一話とか自分で読んでみたんですよ。ええ。

――こりゃひどい。

まぁ、軽く自殺はできますよ。何か、全てが滅茶苦茶です。つーか、今もそんなに変わらないけど。

はい。どうでもいいですね。

次は、とくに予定は無いです。ふわふわした感じでいきます。


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